一人芝居
優実花とユートとは、校舎を出てから別れた。
あの二人はこの後部活である。
二人は、走って体育館の方向へ向かって行った。俺は手を振り反対方向へ向かう。
校門へと歩みを進めていく。しばらく進むと、俺は立ち止まってしまった。校門の前だ。
「うわっ……」
校門には、不釣り合いな二人の少女が立っていた。いや、幽霊なのだから「二人」という表現はおかしいかもしれないが。それにおかしいといえば、一方の金髪の方が宙に浮いていて、もう一方は着物姿というのもおかしい。
俺は見えない振りをして見過ごそうとしたが、そんな行為を許さないのが一人いる。知らぬ間に襟首を後ろから掴まれた。そのまま引っ張られて後ろに倒れる。
「オイオイ、なに無視しようとしてんの?」
ヤンキーのような調子で金髪の少女――雪那は口を開いた。
はたから見れば、つまり、幽霊が見えない人から見れば俺の、勝手に襟が引っ張られ、なにもない場所で独りでに後ろに倒れる、という俺の不可思議な行動に、周りにいた生徒達がざわついた。
この場にユートのような友人でもいたなら、「なにパントマイムやってんだよ!」とでも言って、なにかこの場の処理を無事に出来たのだろうが、俺には友人と呼ばれる人の数は少ないことを思い出した。悲しくなった。今からでも涙が出そうだ。よく考えたら、このツッコミも寒い。
「そのツッコミはひどいな」
うるさい。そんなことわかっている。それよりも、なに恥ずかしい一人芝居させんだよ。
「お前がどこかに行こうとするからだろうが。……ったく」
雪那はゆっくりと両足で着地した。その後ろから、その雪那よりも身丈の小さい着物姿の少女――来奈がひょっこりと顔を覗かせた。動作は幼い子供のようだ。そして、雪那の前に立つ。
「とりあえず、あまり人目のつかない所に移動しましょうか。雪那ちゃんには和志君の言いたいことがわかっても、私にはわかりませんからね。和志君も変な独り言を言って、変な目で見られたくないでしょう?」
確かにその通りだ。
俺が納得して頷いていると、雪那は俺と来奈の間に横から入り込んだ。
「そんなの、私が通訳すれば事足りることだろう? そんなまどろっこしいことしなくてもさあ」
「……雪那ちゃんにそんなこと任せたら変な風に脚色したり、面倒臭くなって省略したりして言うでしょう? 和志君が思ってもないことまでも」
確かにその通りだ!
「てめえ! さっきより納得してんじゃねえか! 語尾を強調してんじゃねえよ!」
雪那が両手を挙げて殴り掛かってきた。俺も両手を挙げて雪那の振るう拳に合わせて応戦する。
「黙って受けてろ、コラァ!」
防戦いっぽうである。
とりあえず両手を上下に動かしているため、周りの人から見たら、本当にパントマイムをやっているように見えるだろう。道の真ん中で。ここで攻勢に出たらシャドーボクシングにレベルアップだ。いや、レベルダウンかもしれない。俺自身の印象的に、これ以上はこの学校で肩身の狭い思いを今後約二年過ごすことになるかもしれない。
そろそろやめてほしいんだけど。
「うるさい! さっきからてめえの言動にはムシャクシャしてたんだよ! 一発くらい顔に当てさせろ!」
痛いのは嫌だ!
そう心の中で懇願していると、来奈がゆっくりとした歩調で近づいてきた。散々見せてきた呆れ顔である。そして来奈の手の行く先は、自分の帯であった。見るからに短刀を取り出すつもりだ。雪那が痛い目に合っていたのは見たから、この光景はよく覚えている。
予想通り、来奈の帯から木製の鞘に納まっている短刀が姿を現した。それを雪那の後ろで振り上げるのだが、狙われている当の本人は気づくことなく俺に拳を振るっている。
オイ、雪那! 後ろ見ろ、後ろ!
「ああ!? 後ろが何だっ……て……」
俺の心の声で、雪那は振り返る。だが、振り返った時には、来奈の振り下ろした短刀(鞘付き)が雪那のちょうど額に当たるところだった。
カツン……。
「――――――!!!!」
雪那は声にならない悲鳴を上げて目を見開いた。その後、握っていた拳を緩めて両手で頭を押さえ、屈んだ。思ったより低い天井に頭をぶつけた時にする動作といったところだろうか。とすると、その時に感じるものと同じような痛さなのだろうか。来奈の当てる動作と音だけでは、全然痛そうではないのだが。
「じゃあ、……二人で行きましょうか」
来奈はとびっきりの笑顔を俺に向けてきた。しかし、「カシャンカシャン」という両手で持った短刀を鞘から抜き差ししている音により、どちらかというと恐怖の方が勝っていた。その後ろでは、まだ雪那が呻いている。
俺は無心に頷いて来奈の後ろについて行った。