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少女の名前
見たことのない場所、見たことのない景色、見たことのない多くの人々。
俺が立っていたのは横断歩道の真ん中だった。何故だか、自転車を携えて。
そして、目の前の雑踏の中で、一人の少女が立っている。信号は青で点滅していた。
俺はその少女の名前を知っているはずだが、その名前だけは口から出せなかった。
何度も、何度も声を出そうとする。だが、出るのは掠れた息だけ。
俺には少女の名前を呼ぶ資格がないのだろう。
信号が赤に変わった。いつの間にか、周りの群集は消えていた。
「逃げろ」
俺は叫んだ。だが、それも少女に届くことはなかった。
視線の端に、大型の自動車が現れた。少女に向かっていく。
「逃げろ」
そして、少女は――