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0時  作者: 野村草太
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8.15灰色の世界の因幡の白ウサギ

 目の前には草原が広がっていて、遠くに一本の木。風が吹くたびにざわざわと草が揺れ、高い太陽が優しく輝いている。ゆったりとした雲が、どこかけだるげに漂う。ただ、その色は全て、灰にまみれた色をしていた。

 どこか時間が止まってしまったかのように、世界は色褪せていた。色がついていれば美しかったであろうその風景も、どこか寂しく見える。懐かしいはずのその風景も、どこか何かが欠落したように見える。

 そこを走る白い影があった。灰色の世界を、その白い影だけが白という色をもって走る。彼は、ウサギ。灰色の時計を持って、草原をひた走っている。

 しばらく走った後、木の傍で止まると時計を取り出す。時計は一定のリズムを刻んでいたが、それは一秒のそれではなかった。チコッチコッと針がうごくたびに、ウサギのひげが揺れる。

 彼は灰色のチョッキから、灰色のカギを取り出すと、木のウロに差し込む。鍵が回る。その先には、また灰色の世界。

 空には厚い雲が垂れ込め、人々が道を埋めるようにして歩く。高いビルが高さを競うようにして立ち並び、道行く人の上に影を落としていた。

 「アリスを探さなきゃ」

 ウサギは呟いて灰色の世界を走る。

 色とりどりの服を着た人も、看板も、何もかもが色を失っていた。色がついているのはわかるのに、どこか色は欠落していた。

 アリスはどこにもいなかった。しゃれた喫茶店の中にも、ダンスホールにも、映画館の中にも、スーパーのレジにも、小学校の中にも、どこにもアリスはいなかった。

 ウサギは道行く人に尋ねた。ボクのアリスはどこ? と。しかし人々は、揃って首を横に振った。

 時々首を縦に振って、知っているという人もいた。けれどそれも、ウサギの知っているアリスではなかった。

 ウサギはずっとずっと走り続けた。ただ一人で走り続けた。その足が千切れそうなほどに痛んでも、アリスを探し続けた。アリスは、古びた木造アパートの二階にいた。ウサギが見つけたときには、もうアリスは失われようとしていた。

 「そんなものないんだよ」「そんなことあるわけないじゃないか」「作り話だよ」「嘘なんだよ、全部」「フィクションだろう」

 世界は崩れようとしていた。アリスは、もう失われようとしていた。

 「そんな世界ないよ」「動物が喋るわけないじゃないか」「信じない」「また嘘ばっかりいって、この子は」「嘘つくと嫌われるよ」

 この世界には、元々たくさんのアリスがいて、彼らの、彼女らの目に映る世界はあんなにも美しかったのに。大人になるにつれて、心の瞳は閉じてしまう。

 ないんだと思えば、本当になくなってしまう。世界は壊れてしまう。

 この世界に、色は見えますか。

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