8.4幸せな人生初めての挫折・苦悩 BADENDのみ
「おめでとう!」「おめでとう!」
沢山の祝福の言葉と花、それから米。ライスシャワーというらしい、よくわからないが結婚式には米をかける習慣があるらしい。自分はタキシード姿、隣には自分の結婚相手、つまり嫁さんだ。今は結婚式の真っ最中。メインの誓いのキスも終わり、周りの連中から冷やかされて歩いている。ここに至るまでには様々なことがあった。本当に、様々なことが。
自分の人生は幸せそのものと言えた。生まれた家は代々それなりに金持ちで、何かを買ってもらえなかった記憶はない。両親はだいたい家で仕事をしていたし、俺は外で遊ぶのが好きだったから、結局買ってもらったものといえばせいぜいサッカーボールとシューズくらいのものだった。
俺にはどうやらサッカーの才能があったらしい。もちろん一般人よりちょっと上手い程度だが、小学生からすればヒーローで、いつも褒められていた。相手からボールを奪う瞬間は楽しかったし、仲間に上手くパスが回ったときも楽しかった。ゴールを決めたときなんか、飛び上がって喜んだ。
だからといって勉強をしなかったわけではなかった。両親が家にいるせいで、宿題をサボることは出来ず、それに知らないことを知るのは楽しかった。見えない部分が見えるようになっていくのは、子供心ながらに面白いことばかりで、それは遊びや冒険と同じことが勉強にも言えた。まだ知らない物語を読むとき、解けなかった算数の問題を解いたとき、父親から褒められるのが嬉しくて必死で勉強をしていた。ちゃんと興味を持って、ある程度できてしまえばなんでも面白いものだということを、その時に知ったのだろう。
小学時代はそんな風にして、勉強も部活も両立して、友人関係にも困ることはなかった。中学に入ってからのことだった。初めての彼女が出来た。入学式の二日後のことだった。
下駄箱に入っていた手紙に呼び出されて、まだ慣れない学校の空き教室に放課後に行った。知らない、綺麗な女の人がいた。彼女は一つ上の先輩で、副会長をしていた。すらりと背が高く、髪が綺麗だったのをよく覚えている。俺は彼女に告白され、その日から俺たちは付き合い始めた。俺たちは時々喧嘩もしたが、だいたいは仲良くデートしていた。最初はベタに映画館。恋愛映画を見て、食事をして、そのまま別れた。もちろん最初のデートなので俺のおごり。半分払う、とか年上なのに、とか言っていたが、男としてのプライドを優先させてもらった。その時初めて、自分が男なんだと実感を持つことが出来たのを覚えている。そんな風にして、彼女と一緒の高校にいった。幸い、二人ともそれなりに勉強が出来たので、県の進学校に進むことができた。高校生活はそう語ることほどのことはなく、時々喧嘩もしながら、日々綺麗になっていく彼女にただただ惚れ直す自分がいるだけだった。
話が長く、だれてきたが、もうそんなに長い話ではない。俺は高校を卒業してから、大学に進んだ。彼女とは違う大学だ。二人で話し合って決めたことだった。彼女はこのまま地元の大学に、俺は東京の大学に進むことになった。彼女は一緒に東京に行きたいといったが、彼女の親が許さなかった。よくある話だ。
俺は離れてもきっと彼女との絆は失われないのだと、彼女を諭した。しかし結局、遠距離恋愛なんてものが成立するのは物語の中だけだった。いや、物語の中でさえ往々にして失敗するのだ。現実で成功するなんて、それこそ夢物語だった。結論から言えば、彼女には別の彼氏ができた。寂しさに耐えきれなかったというのが彼女の談だ。
俺はそれからというものの、大学で色んな女の子と付き合っては別れた。付き合うのも別れるのも、そう難しい話じゃなかった。相手が求めていて、こちらが求めているならば、それ以上に理由はいらなかった。大学三年生の冬。俺は早々に企業に内定をもらい、あとは卒業するだけで浮かれていた。あちらこちらに旅行にいき、第二外国語でとったドイツ語を活かそうとドイツにいって、習った言葉が通じないことに笑ったりと楽しく過ごした。
俺の人生の転機は、企業に入ってからだった。ここまでの人生、聞いていて面白くもなんともない、ただの自慢話に聞こえるような幸せな人生そのものだったように思う。極めて大きな失礼を覚悟で言わせてもらえば、それは全て、今この瞬間のための代価だったのだと思えば、納得できるものだった。
俺の入った企業は昨今のブラックブラックと言われているものとは無縁で、初日からどころか、ほぼ毎日定時で帰れる企業だった。そんなにめちゃくちゃ大きな企業ではないが、それなりに大きく安定していた。俺は時々先輩たちに連れていかれて、飲みにいった。上司や先輩、同僚と飲むのは嫌いじゃなかった。たまに話が面倒な時もあるが、他人の人生を漏れ聞くのは中々面白いものだ。
そうして呑んでいたある夜、とある過ちを犯してしまった。有体に言えば、間違えて『お局様』と一夜を明かしてしまったのだ。自分より20近く年上の女性と一夜を明かしてしまったという事実は、少なからず驚きだったし、動揺もした。本当は同僚の女の子と寝るはずだったのが、酔っ払っていたのだろう、なぜかお局様と一夜を共にしてしまったのだった。本当に失礼を覚悟で言わせてもらえば、女としての魅力は既に失われて久しかった。仕事はできるが、ただそれだけ。本当にそんな存在だった。ただ、そんなことは人生において些細なことだったのだと知るのは、一か月後のことだった。
こないの、と言われた。二人っきりの休憩所で、お局様に、覚悟をした口調で言われた。理解していながら、何を?と返した。答えはわかっていた。生理が、と予想していた答えを彼女は口にした。それから俺は男らしくないことをぐだぐだと言い訳をしたように思う。実際に彼女の口から生理がこないのだと言われると想定よりショックで、思考が上手くまとまらなかった。
散々色々言ったあげく、黙ってしまった彼女に、俺が言えるのはひとつだけだった。結婚しよう、と。その結果俺は彼女と結婚することになった。
いざ結婚生活を初めてみると、本当に彼女は仕事しかできない人だった。家事全般がダメで、得意料理はパスタという始末。レトルトのソースを温めるのは、料理ではないだろう。加えて夜のほうも、てんでダメだった。俺のほうがダメだった。根本的に、起たないのだ。彼女もあの夜が初めてだったらしく、経験値はなかった。
そんな風にして、俺たちの仲は冷めていった。しばらくすると彼女は子供を産んだ。女の子だった。俺にはどうしても、その子を愛することができなかった。自分の子供のように思えないのだ。
結局結婚して一年と経たないうちに、俺に限界がきた。まだ俺は若い、やり直せるのだ。なんたって二十三歳。相手には悪いが、ここで人生終わるにはあまりにもつらすぎる。俺は彼女に別れを切り出した。別れるのには難航した。相手の家族や友人からも責められ、慰謝料と養育費を月々に分割して払う羽目になった。
離婚してからというものの、仕事は上手くいかなくなった。当然だ、お局様と仲が悪いのだから。一年は耐えた。二年目も、必死で入った会社だと自分に言い聞かせて耐えた。そして三年目。俺は、自主退職に追い込まれた。
職がなくなってからは、毎日就活をしていた。だが悪いことは重なるものだ。同時期に、両親が事故で死んだ。即死だった。トラックとトラックの間に押し潰され、ガソリンを運んでいたトラックだったために火が強く、全身が焼け焦げ、つぶれ、歯でなんとか本人確認をしなければならないほどだった。俺は二人の姿を見ても、両親だとは思えなかった。ただの黒い塊。人の形をしてすらいなかった。
そして俺はどうやら、親戚の運もなかったらしい。あれよあれよという間に、両親の残してくれた遺産は殆ど顔も見たこともない親戚に持っていかれてしまっていた。遺産整理のために雇った弁護士も、懐柔されてしまっていたらしい。
俺の手に残ったのは、もう幾ばくかの遺産と、親の写真だけだった。泣いている暇も、茫然としている暇もなかった。働かなければ死んでしまうのだ、この国は。親戚のように、働く意思もなく生活保護を受けて安穏と生きるような、恥を晒す真似だけはしたくなかった。
面接は片っ端から落ちた。大きなところはとっくに受けていなかった。中小企業と呼ばれるものから、ブラックと呼ばれるところまでいったが、全て落ちていた。ここまでくると、何者かの陰謀としか思えなかった。きっと俺が、しゅうしょくできないようにするために、誰かがうごいているに違いない。
残っていたいさんは全てなくなっていた。スーツはもう汚れて、えきのトイレのかがみを見たときには、やつれたおっさんがうつっていた。ときどき、石をなげられることもあった。若いれんちゅうだ。おれのことを、ホームレスか何かだと思っているらしい。だいじょうぶ、おれにはまだかえる家がある。
そんないえも、ある日もえていた。ふしんびによる火災。おれはそうして、かえるべきいえをうしなった。
おれは公えんでねとまりをはじめた。だが、そこはよる若ものたちがあつまってきて、ねむっているおれをけったりなぐったりした。いたかった。もうとられるものもないのに、ふくをぬがされて、川になげられた。ひろいに行くしかなかった。みじめで、なみだがつぎからつぎからこぼれてきた。
ホームレスにもなわばりがあるらしい。あるひ、コンビニのざんぱんをあさっていると、よこからなぐられた。ここはおれのなわばりだ、でていけ。たしかそんなことをいっていたようにおもう。もうなんにちもたべていなかった。
いつしか、いしをなげられることにも、なぐり、けられることにもなれてしまった。めをつむっていれば、すぎていくことだった。なぐられているほーむれすはかわいそうだと、ふいにおもうようになった。
ときどき、ゆめをみた。そのゆめのなかでは、おとこのひとがなにかいそがしそうにしていた。それでもたのしそうだった。かわいいむすめがひとりいた。おとことむすめは、なかがよさそうだった。しあわせそうだった。うらやましかった。てをのばしたら、めがさめてしまった。
やがてふゆがやってきた。みちのわきでねるにはあまりにもさむかった。ねむることすらおぼつかなくなった。ときどき、うごかないほーむれすのすがたをみた。もううごかなかった。けれどあたたかそうなふくをきていたので、もらっていくこともあった。
ふゆになってもほーむれすのひとはいしをなげられていた。ふときづけばからだじゅうがいたいのだけれど、なぜかはわからなかった。そらからふってくるゆきが、つめたくてきもちよかった。
あるひおれがかわのちかくでかんをひろっているときだ。かんはかねになった。いっぱいひろった。いっぱいひろえばかねになった。かねをひろっているとわかものたちがやってきた。なんだかたのしそうにしていた。わかものたちはおれをふろにいれてくれるらしい。おれはよろこんでついていった。でもふろじゃなかった。かわだった。つめたかった。わかものたちのわらいごえがとおくにきこえた。たのしそうだった。おれもまぜてくれないかな……