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0時  作者: 野村草太
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7.30石になった男

 ふと気づくと、椅子に座っていた。右手でひざに肘をついて、手であごを支えて。変な言い方に聞こえるかもしれない。けれど、本当にそうとしか言えない。昨日のことははっきりと覚えている。

 朝起きて、トーストとスクランブルエッグとコーヒーの簡単な朝食を摂り、日課の散歩に。休日だったのでいつもより遠回りをして、公園を回って帰ってきた。洗濯を干して、本を読んで、昼食は素麺。そこからまた夜までずっと本を読んで、夕食にはレトルトのカレー。シャワーを浴びて寝た。もちろん、布団で。

 まあ、ただ椅子に座っているだけなら、昨日の記憶違いかもしれないと思える。ただ、問題なのはこれが明らかに自分の椅子ではなく、石で出来た椅子で、それどころか自分の部屋ですらないということだ。

 公園。それも、散歩道にある公園。まだ椅子に座っているだけならよかっただろう。妙なことがあったなと思いながら、家に帰ればいいのだから。一番の問題はそこではない。私が、石になっていることだ。公園などにたまに置いてある石の像。誰が作ったのか、何の目的でそこに置かれているのかも対して気にする人はいないであろうその石像。もちろん、私も何か石像があるなと思う程度で、そんなに気にしたことはなかった。しかしどうしたことだろう。自分が石像になるなんて、それも気にしたことのなかった石像になるなんて、夢にも思わなかった。今こうしているのにも関わらず、まだ信じ切ることができないほどだ。

 少し、冷静になる必要があるだろう。まだ、私が夢を見ている可能性もある。そう思って頬をつねろうにも手が動かないのだからつねれない。それどころか目も動かない。足元にあるベンチをじっと見つめることしかできない。幸い、この身体はかゆくなったりすることがないらしく、虫が止まってもかゆくはならないが、何しろ暇である。

 老人や子供が時々くるが、殆どは一瞥もくれない。もちろん、話しかけてくれるなんていうのはありえない話で、私は来る日も来る日もこうしてベンチを見つめなければならないのかと思うと、憂鬱でたまらなくなった。

 そういえば、本当の身体のほうの私はどうしているだろうか。ちゃんと会社に行っているのだろうか。ああ、そういえばプレゼン用の資料まだ作ってなかったような気がする。大失敗したりしてないだろうか。それならまだいい。会社に行ってすらないとなると、こいつは困ったことになる。クビになったりするかもしれない。親は泣くだろうな。息子が会社を無断欠勤してクビになったなんて知ったら。それより、息子が石になったほうが泣くだろうか。それはないか。石になったことなんて、知りようがないんだから。

 しかし、石になって思ったが、中々に石になるというのは悪くないかもしれない。確かに暇ではあるが、忙しそうにしている車の音や、人の怒鳴り声を聞きながら、自分はただ椅子に座っている。ベンチに休む老人の姿を見ていれば少しは暇もつぶれるし、鳥の声なんかもじっと聴いていれば中々に多様で面白い。まあ、そう思えるのも最初のうちだけかもしれないが。

 それにしても、どうして石なんかになってしまったのだろう。全く見当もつかない。石像の周りを走ったわけでもないし、石像に触れたわけでも、石像のことを考えたわけでもない。もしかするとこれは、デパートの百万人目のお客様みたいなもので、私がこの公園にきて百万人目のお客様だったのかもしれない。それくらいしか、思いつかない。多分そうだ、きっと。そうじゃないと、他に説明がつかない。

 じゃあ次はまた百万人がこの公園に来るまで待てば、代われるのかもしれない。それまでは、こうしてじっと考えているのも、中々に悪くない気がする。

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