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お見合いはご遠慮します  作者: 奏多


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番外編4 帰省と未知な父との再会

 その扉の前に立った時、ラーシュの頬には力が入り、歯を食いしばっているのだろうことが読み取れた。

 仕方ない。この扉は、ラーシュにとって魔王のいる場所へ続くのに近しい代物だ。これから彼は、真の変態を目にするかもしれないという、衝撃に備える必要があるのだろう。


 自分の父親に会うだけなのに、そこまでの覚悟がいるということに、サリカはこっそりため息をつきたい気分になっていた。


「大丈夫だよラーシュ。だってほら、うちの父的な変態は、一度見てるじゃない?」

「変態を……俺、どこかで見たかな」

「ロアルドさん。自前で簀巻きになったり、すごい涙ぐましい努力してたじゃない」


 一度見た変態なら、慣れというものが存在するはずだ。二度目ならばそう衝撃的な光景ではないだろうと慰めたのだが、ラーシュの考えは違ったようだ。


「いや待てサリカ。そこには忘れちゃいけない重要な違いがあるだろう」

「え?」

「ロアルドは目的があって仕方なくやってたんだ。そしてお前の父は……多分、喜んで恍惚としている可能性がある」

「…………」


 サリカは何も言えなかった。その通り過ぎて。

 二人顔を見合わせて、ややあってため息をつく。


「あの、でもずっとこうしてるわけにもいかないから……ね?」

「……ああ」


 ラーシュがうなずくのを見て、サリカは軽くノックをした。


「たっ、ただいま?」


 声を掛けたが、中から応じる声が聞こえることも、誰かが扉を開けようと歩いてくる足音もしない。

 仕方なくサリカは扉を自分で開けることにした。


 一応防犯のため鍵がかかっているので、一年に二度くらいしか使わない鍵をとりだし、鍵穴に差し込む。

 回せば鍵の開いた金属音が耳に届いた。

 今度はドアノブへと手を伸ばしたが、その指先がわずかに震える。


 おかしい……なぜ自分の家のドアを開けるだけなのに、こんなにも緊張せねばならないのか。

 全ては母がいけないのか。それとも父がいけないのか。

 悪い家族ではないのだ。充分に愛情もくれて、間違いなくサリカのことを守ってくれていた。

 ――ただただ変態なのだ。父も母も。


「くっ」


 覚悟を決めて、えいやっと固く厚い木の扉を引く。

 こじんまりとした雰囲気を醸し出す、濃い茶の床や壁の玄関。その向こうに、短い廊下と、居間へ続く木扉がある。


「たぶん、こっちにいると思うんだけど……」


 そう言ってラーシュを扇動しつつ、サリカは内心で冷や汗をかいていた。

 返事もなく、こうして中に入ってきても、だれもやってくる様子がないのだ。

 母親はもうカタリーナの放置を終えて戻ってきた後、祖母の所へ行っているという話を聞いていた。


 ――その前に、うっかり父を縛り上げて放置してたらどうしよう。


 嫌な想像が脳裏によぎる。

 吊されたままひからびていく父親。しかもちょっと恍惚とした表情とか。

 ありえそうで怖い。見たくない。てか殺人事件になっちゃうよお母さん!

 怖ろしい想像をしてしまったサリカは、口に出して自分の考えを打ち消そうとする。


「いえいえ大丈夫、確か母さんが辺境伯家に向かって二日ぐらいのはずで。だったらぎりぎり生きてる……」

「おい……なんて怖い言葉を呟いてるんだよ」

「だって吊されてたら……っ」


 その後の対応を考えるしかないじゃない。そう言おうとしたサリカは、呼びかけに飛び上がるほど驚いた。


「あー、サリカか? おかえりー」


 思わず目を見開く。


「い、生きてる……?」


 ほっとしかけたサリカだったが、はっとそこでまだ油断できないことに気づいた。


「ちょっと待って」


 思わず居間への扉を開こうとしたラーシュを止める。

 だって返事はしても、父がこちらには来ないのだ。娘が帰ってきたら、いそいそとやってくるはずのあの父が。

 怪しい、すごく怪しい。やっぱり吊られているんじゃないだろうか。

 でも呼ばれた以上は行かなければ。だからサリカはラーシュに真剣な表情で告げた。


「まず私が確認する。大丈夫だったらすぐ手招きするし、だめだったら……下ろすの手伝って」


 下ろす、という単語に、ラーシュもこわばった表情でうなずいた。


「たっ、ただいま父さん」


 サリカは扉を小さく開けて中をのぞいた。

 そしてそこにいたのは。


「あー、ちょっと待っててくれないか。手が離せなくて」

「う、うん……」


 父フェリクスは、齢四十を越えてもなお優男という単語を当てはめたくなるような人だ。母やサリカよりも淡い金の髪に、サリカの灰青の目よりも濃い夏空色の瞳をしている。

 そんな父親は、椅子に座ってテーブルに布を広げ、縫い物をしていた。


 ちくちくちくちく。


 うっかりとその様子を五秒ほど見つめて、ほっとしたサリカはラーシュを呼ぶ。危険は無かったので。

 しかし呼ばれて居間に入ったラーシュは、目を丸くしていた。何か変だっただろうか。


「ラーシュ?」


 小声で尋ねれば、ラーシュはぶつぶつと呟く。


「これが噂の……趣味か」


 それを聞いて、サリカは思い出す。確かに、父親の趣味について話したことがあったな、と。

 なるほど。男性としては特殊な趣味だから驚いたのか。

 納得したサリカは、どうせ父親はとりこみ中だからと、ラーシュに教えた。


「うちの父さんは布を扱う商人なんだけど、そもそもの発端がお裁縫好きだったからってものらしくて」

「それがどこをどうしたら辺境伯家のお嬢様と」

「布の商人として館に出入りしてたんですって」

「ああ……出入りの商人だったというのなら、そういう接点はあるだろうな」

「で、母さんが言うには、私のお祖父様に似てたから目を引いたらしいの」

「似て……た?」

「うちのお祖父様、裁縫を愛してるの」


 その言葉に、ラーシュはややしばらくサリカの父を見て「……ああ」と納得したようにつぶやいた。


(そこで納得するんだ……?)


 サリカはそう思ったが、まさかラーシュが「元が変だから、類は友を的な感じで集まったんだろうな」と考えているとは思いもしない。


「よし、できた!」

「何を作ってたの、お母さんの服?」


 サリカは興味を惹かれて尋ねた。

 父フェリクスの手の中にある布の色は白と翡翠のような緑。それだけならまだしも、緑の布は透けるほど薄く織られたミューク布だ。あまり男性向けの衣装に使うものではない。そして父はよく母の服を作るのだ。

 尋ねられたフェリクスは「よくぞ聞いてくれました」と立ち上がる。


「見てくれサリカ、ここ数年で一番の力作なんだ!」


 ばさあっと広げられたのは、裾長のひだが柔らかく風になびきそうな女性用の内着のワンピースだ。

 しかもやたら大きい。


「え、誰の注文?」


 そう尋ねたサリカだったが、父はさらりとその言葉を口にした。


「私のだ」

「は?」

「なかなかいいだろう?」

「……ひっ」


 そう言って四〇代半ばの男が、ひらひらのワンピースを体に当てて見せる、その衝撃的な姿に、サリカは卒倒しかけた。

 しかもそれが自分の父。自分といくらか面差しの似たパーツのある顔の男が、満面の笑みで女性服を体に合わせているのだ。

 破壊力が半端なさすぎる。


 慌てて倒れかけたその背中を支えてくれたのはラーシュだったが、彼も二の句が継げない様子で、父フェリクスの姿からそっと視線をそらしていた。

 サリカも現実逃避がしたい。

 けれどこれが自分の父なのだ。


「……変態属性が増えた……」


 つぶやくサリカの前で、父フェリクスは衣装を当てたまま一回転する。


「さぁこれで辺境伯にお見せできる!」

「お祖父様にってどういうこと!?」

「辺境伯と決めた期間で、お互いに自分の女装用の服を作って見せ合いっこしようって約束で……」

「ちょっと何考えてるのよてか何しようとしてんのこの変態は!」


 なんということだろう。変態が、裁縫好きなだけだったはずの祖父までが女装癖を装備しようとしているとは。

 いや絶対これは父のせいだ。母のせいで感染したわけではあるまい。


「サリちゃん、パパのこと変態とか酷っ……」


 サリカの変態呼びに、フェリクスが悲しそうな表情で抗議してくる。

 しかしワンピースを胸に抱きしめたままだ。その乙女っぽいしぐさにサリカは泣きそうになった。


「お祖母ちゃんに連絡する! その見せ合いっこ禁止だから!」


 四十代と六十代の男が女装する姿を野放しにできるものか。サリカは急いで祖母へ精神を繋げて連絡しようとする。


「えええっ! せっかく作ったのに!」

「誰かにやんなさいよ!」

「でもこれ僕に合わせて作ったのに……」

「お直ししてちょうだい。もう少し背が低くても着られるように、誰かに売って! ……あ、ちょっとお祖母ちゃん? なんかお祖父様が作ってるでしょ! すぐ止めて! 辺境伯家の威信にかかわるから超速で! 噂で広まったら従兄達みんなが王宮で後ろ指さされるから!」


 フェリクスと話しながら祖母と精神を繋げることができたサリカは、急いでこのとんでもない計画をつぶしにかかった。

 そっけなくされたフェリクスは、けれど自分の悲しみを訴えられるだろう相手を見つけたようだ。


「あ、君がうちに婿に来るって子だよね? ちょっとうちの娘ひどくない!?」


 服を抱えて駆け寄ったのは、サリカの後ろにいたラーシュのところだ。



 ラーシュはこの時のことをこう語った。

 よもや「娘さんをください」と言いに行った父親に、女装を批判されたと泣きつかれるとは思わなかった、と。


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