69 まずは現状整理が大事です
そのために私、相手の身上調査までしたのに……と言うヴィエナに、サリカは目を見開く。
「だからお見合いって何!?」
相手って、身上調査をしたとのたまったのはラーシュのことだ。
何か聞いてる? と思わず振り返れば、ラーシュも驚いた鳩のように目を丸くしたまま首を横に振った。
「でもここ焼けちゃいましたわねー。娘の一大事なのに、ちょっと場所が悪くありません?」
娘の質問を無視して延焼している館を見るヴィエナに、エルデリックが応じる。
「場所を、移しますか。それに、まだ片付けが…終わってません」
「そう致しましょう殿下。あと、急にお話になって喉を痛めたのではございません? 私と娘が聞き取れますので、いつも通りに心の中でお話になって?」
さすがのヴィエナも、エルデリックのような子供が喉を押さえながら話す姿に、心配そうに表情を曇らせていた。
サリカも心配だ。
しかし自分抜きで話が進んでいくことに、サリカはついていけず、どうしていいのかわからない。
流されるようにヴィエナ達に従って、この場を後にするしかなかった。
***
だが、場所を変えてすぐには話を続けられる状態ではなかった。
館にあった馬車や荷馬車に、縛り上げたセネシュ伯達を積み、向かった先はエルデリックが逗留していたセネシュ伯の城だ。
まずはエルデリックを連れ出すために拘束されたハウファや護衛兵達を助け出さなければならないからだ。
その作業はエルデリックがヴィエナに依頼したのだが。
「さーて、こっちもどーんと行くわよ!」
「お母さん、どーんと行っちゃだめ! 大々的にやったら色々ばれちゃうでしょ!」
そんなやりとりの末に、麻薬を使った風を装い、何かの花の匂いをかいだと錯覚させてから全員を一度眠らせる手段を使うことになった。
嗅覚を錯覚させるのはサリカが行い、すかさず眠らせるのをヴィエナが担当する。
「前よりも力の使い方上手くなったじゃない。やっぱり実地訓練が一番だったのかしら」
「……そう言われると、なんか嬉しくないかも」
ヴィエナに言われてサリカは微妙な気持ちになる。
実地訓練は確かに積んだだろう。けれどそのおかげで酷い目に遭ったのだ。二度とやりたくないとサリカは嘆息する。
その後はセネシュ伯家の人間だけを拘束し、ようやく一息つけるかと思いきや、あちこち怪我をしていたサリカやラーシュの手当も行わなければならなかった。
何より一番怪我の酷いケイラの治療もあった。応急処置はしていたものの、それでは足りないのは明白だったからだ。
なのでサリカは先に医者を起こして、自分の怪我を消毒したり湿布を貼ったりしながら、ケイラの治療を見守ることになった。
その間にヴィエナがエルデリックの随行者だけをたたき起こし、兵士達は起きて早々にセネシュ伯の家人を拘留するため一箇所に運んだりと、重労働に追われた。
そこまで終えたところで、ようやくサリカ達は一息つけるようになった。
後のことはブライエルに任せてある。
なにせ先ほどの一件で、完全にサリカ達の秘密を知り、ついでにエルデリックの計画も把握しているのはブライエルだけだからだ。
色々ごまかしの説明をしてもらうにしても、全てを理解している人ではないと難しいので、彼にお願いしたのだ。
ヴィエナやサリカの存在について嘘の理由をでっち上げ、随行してきた騎士や兵士達に納得させるのはなかなか大変そうだったが、仕方ない。
仕事をブライエルに任せて王子が滞在している部屋に移ると、ヴィエナが目覚めさせておいたハウファが、お茶を入れてくれていた。
「君にも、苦労、かけたね」
ぽつぽつと言葉を紡いだエルデリックに、卓上に四つ茶器を置いたハウファは優しく微笑んだ。
「いいえ。殿下が無事でいらしたのなら、それで十分ですわ」
その光景を見ていたサリカは、目を丸くする。思わずハウファを部屋の隅まで追いかけ、盆を持っていた彼女に囁く。
「ハウファ、まさか殿下が話せるの、知ってたの!?」
まさか自分には内緒にしていたのに、ハウファには教えていたなんて。そう思って、先刻裏切られたかもしれないと思った時よりも変な方向に衝撃を受けてしまったサリカは、聞かずにいられなかったのだ。
するとハウファがくすくすと笑って囁き返した。
「殿下がサリカの当番ではない時に、夜更かししてらしたでしょう? ちょっとずつ、私と練習していたのよ」
「え……どうしてそんな。なんで私には内緒に……」
「サリカを驚かせたかったんでしょうね。もっと上手く話せるまでは黙っていてと頼まれていたのだけど、必要があって既にお声を出されたのでしょう? もう内緒にする必要はないだろうから、今度はサリカも練習に付き合って差し上げたらいいわ」
ではね、とハウファが退出してしまう。
「驚かせたかった……の?」
やっぱり内緒にされていたのはショックだったが、けれどとサリカは考えてみた。
もしかしてこれは、子供が親に内緒で誕生日プレゼントのために何日かかけて絵を描くとか、綺麗な石を沢山集めておくとか、そういう行動だろうかと。
そう思うと、サリカは衝撃が消え失せて少し幸せな気持ちになる。
(そうかぁ。殿下はようするに、私を喜ばせたかったのかな?)
なんて健気で可愛らしい。
エルデリックの愛情を感じてふわふわとした気持ちのまま、サリカはヴィエナが手招きするのに何も考えずに従って、その隣に座る。
それからようやく、微妙な席順になっていることに気づいた。
サリカの隣が母ヴィエナなのはまだわかる。その向い側にいるのがエルデリックだ。エルデリックの隣にラーシュがいて、所在なさげにサリカと目を見合わせている。
お見合いという単語にこの並び。
どう考えてもエルデリックがラーシュの保護者役で、親同伴のサリカとラーシュの見合いをさせる状態としか思えなかった。
〈まずは順番に、ここまでくる経緯を話した方がいいと思うんだ〉
口火を切ったのはエルデリックだった。
エルデリックの声がラーシュにも聞こえるよう、ラーシュと自分の心をつなぎながら、サリカは事情を聞いた。
〈サリカを暗殺しようという事件が起こって……。とにかくサリカの安全を確保しなければと、僕は父に頼んだ〉
エルデリックは、ラーシュが隣国王家の血筋の者だと知っていた。
そして彼が出国した事情と、フェレンツ王がサリカの母か祖母に預けようと考えていたことも。
いつどんな形でカタリーナのような者と係わってしまうかわからない。それならば、最初から止められるだろう人物の側にいさせた方が、ラーシュも意に反した事をしなくて済むからだ。
「当初は、うちのお母様に預けるということで、話が進んでいたと聞きましたわ。私じゃ何をさせられるかわからないから困るので……と。だから急に娘に預けることになった時には、引っ込み思案で私と違って常識人で、しかも力を使いたくない娘につけることになったと聞いた時は、その方がいいかと思っていたのよ」
ヴィエナの言葉に、サリカは目を丸くする。そんな娘の様子に、ヴィエナが怪訝そうな表情になった。
「どうしたの?」
「いや、お母さんが、自分のこと常識人じゃないと分かってたってことが衝撃だった」
「……あなたは少し、母のことを酷く思いすぎじゃないかしら」
不満そうなヴィエナの言葉を、サリカは無視することにした。
〈続けていいかな?〉
エルデリックが苦笑いして言った。
〈なにせサリカは剣が使えない。能力も、僕と心の中で話せるだけと思ってた君には、きっと今後もサリカの事情に関連して問題が起きた時に、火の粉も払えないだろう? それならば、と思ってラーシュを近づけたんだ。君だけの言う事を聞いて、決して逆らえない……そして確実に守れる人間を側に置けたらと思って〉
サリカの能力下にいる限り、ラーシュはサリカに逆らうことができず、言われるままにサリカを守る。
ラーシュの意思を無視するのなら、サリカにとっては理想的な守護者だ。
〈けれどずっと騎士を側に置くのは、サリカの身分からいって不自然だよね。その理由付けを考えた時に、女官長がお見合いだと騒いでいたのを聞いて、結婚させればいいのかなと思った。そうしたら、一生サリカを守ってくれるだろう?〉
エルデリックは苦悩するような表情で、サリカに告げる。
〈サリカを死なせたくなかったんだ。そのためにサリカと彼を引き合わせたんだけど……君を襲おうとした相手は、あまりに質がわるかった。ブライエルの囮捜査でようやく隣国の人間が係わっているとわかったんだ〉
女官長に指示していたセネシュ伯は、麻薬売買に手を染めていた。あげく外国と通じ、他国の王族の支配下に入ってしまっていた。
〈しかも敵には、サリカ達と同じ能力を持つ人間がいた。下手をすると軍隊を使っても相手を捕まえることはできないだろう。そうなれば、サリカもそれを守るはずのラーシュも危険だとわかったから……どうしてもここで、一網打尽にする必要があると思ったんだ〉
だからこそ、サリカを囮にするような真似をしたのだ。
〈ごめんね。ブライエルが探ったことからは、君を殺すのではなくて利用するつもりだと分かっていたとはいえ……サリカにとってはだまし討ちをされたようなものだよね〉
エルデリックの謝罪に、サリカは息をついて首を横に振る。
「いいえ殿下。捕まえようと思うのなら、たぶんそれが一番良かったのかもしれません。うちの母の動向も知っていたようですし、まもなく祖母がやってくる事も彼らはわかっていたでしょう。ということは、私達が万全を期して捕縛をしようにも、その頃には皆逃げた後だったかもしれません」
カタリーナとクリストフェルのことだ。セネシュ伯だけをとかげの尻尾切りのように見殺しにして、自分達は母国に逃げ込んでしまっただろう。そうして一度見失ってしまっては、再び他の国内貴族に彼らがつけいろうとしたとしても、再びその居場所を探し出すのは容易ではないだろう。
だからエルデリックの危惧も、計画も理解できた。
うなずいたエルデリックは話を続けた。
そういった危惧を抱いたエルデリック達は、だからサリカをわざと捕まえさせ、ラーシュに片付けさせる自然な流れを作ろうとした。
更にはヴィエナを呼んでおき、油断しているところを叩くことによって、サリカの秘密を守る問題も、エルデリックの妃の座の問題も、預かり物であるラーシュの問題も解決させようとしたのだ。
現状からすると、エルデリックはその全てに成功していると言っていいだろう。
後はヴィエナがセネシュ伯達の記憶を改ざんすることで、サリカの能力に関して忘れさせるだけだった。
一石三鳥。
そんな言葉がサリカの頭の中に浮かぶ。
エルデリックは、投じた石一つで三つの効果を得たわけだが、なぜそこに自分の見合いまでくっつけようとしたのか。
何よりソレが一番理解できなかった。




