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お見合いはご遠慮します  作者: 奏多


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67 君のためにできること

 建物の影から現れたのは、セネシュ伯爵だった。数人の剣を持った私兵を従えている。

 誰かに突き飛ばされたなら、すぐに倒れてしまいそうなほど線の細い気弱げな様子の男性だが、その目だけは爛々としていて、サリカは妙にぞっとする。


「そこまでにしていただけないかな、女官殿、騎士殿。そのご婦人をこちらに渡して貰いたいのだが」


 セネシュ伯は柔らかな口調で、カタリーナの引き渡しを求めてきた。

 彼らは火事か、サリカの起こした騒動に気づいてここまで駆けつけたのだろうか。

 それにしては早すぎると思い、返事をためらっていたサリカは、次にセネシュ伯の後ろから現れた人の姿に声を上げた。


「殿下!?」


 セネシュ伯の私兵に両脇から腕を掴まれて進み出てきたのは、エルデリックだった。

 特に怪我をしている様子はないが、その首もとには私兵が剣をつきつけている。


「なんで……どうして殿下に剣を!?」


 サリカには訳が分からなかった。

 クリストフェルから読み取った記憶によれば、彼らは自分の娘をエルデリックの妃にして、王国の実権を握りたかったはずだ。なのにエルデリックを人質のように扱うというのはどういうことなのか。

 思わず身を乗り出しかけたサリカを、セネシュ伯は牽制してきた。


「近づいてもらっては困りますな、女官殿。それに騎士殿、たぶん貴方がこちらを倒すより早く、我々は殿下を害することができる」


 剣が、エルデリックの首にぴったりと添えられていた。

 これでは、サリカが力を使っても上手くいかないかもしれない。ショックで当の兵士が手を動かしてしまえば、身動きを封じられているエルデリックの首が切り裂かれてしまう。


 いくらラーシュがサリカの能力によって素早く動けても、たぶん間に合わない。

 息を飲み、どうしたらいいのかわからなくなるサリカの代わりに、彼女を抱きしめていたラーシュが言った。


「殿下を害してどうする気だ?」

「最初は、殿下の方に良く言う事を聞いてもらうために、あなたを捕らえたのですがね」


 セネシュ伯は、口元を笑みの形にゆがませながら言った。


「大人しく言う事を聞くようになった女官殿の姿を見せたら、殿下はすぐに説得できると思ったのですが、ご婦人もクリストフェル殿も躾に失敗したようですね……。けれどやはり来て良かった。一番の危険人物である死神の血族であるあなたを抑えておけば、今後も役に立つでしょうし」


 その言葉に眉をひそめるサリカに、彼は続けて言った。


「今すぐ殿下に、話が娘ヨランダとの婚約を承諾させて下さい。話せなくとも署名と拇印を頂ければ証明になりますからね。貴方ならば、殿下に一筆書かせることなど簡単でしょう?」

「なっ……」


 サリカは唇を噛みしめた。

 セネシュ伯は、エルデリックの意思を無視して操れと言っているのだ。

 結婚となれば一生に関わる重大事。エルデリックは王位継承者だから、ある程度選択肢が狭まるのは仕方ないが、それでも気に入った人と結ばれて欲しいと願っていたのだ。

 姉代わり、母代わりと思って幸せを願っていたのに、それを自分の手で摘み取れと言うのか。

 迷うサリカを見透かしたように、セネシュ伯が告げる。


「別に我々としては、どうしても殿下でなければならない、ということはないのですよ。殿下を殺し、次の王位継承者候補へ取り入る迄です。その場合は貴方も死んで頂くことになりますので、殿下を殺したのは女官殿と騎士殿ということにすることも可能ですよ」

「そんなこと……」


 させない、と言いたかった。

 けれどエルデリックの命運は、セネシュ伯の手に握られている。

 セネシュ伯の精神を、一気に乗っ取るか、とも考えた。

 けれど、どうやっても一瞬だけ間が発生するのだ。その瞬間にエルデリックを殺せと命じられてしまったら元も子もない。

 そうなれば、たとえサリカが生き残ってセネシュ伯達を殲滅しても意味がないのだ。

 サリカは唇を噛みしめた後、絞り出すように告げた。


「わかったわ」


 うなずいたサリカに、セネシュ伯は「では」と紙と一緒に液体の入った小瓶を懐から取り出す。


「まず殿下に署名をさせて下さい。次に、貴方はこの瓶の中身を飲んで頂く」


 素直に従うだけでは済まないようだ。しかも一体何を飲ませようというのか。

 サリカはじっと瓶を見つめる。するとセネシュ伯が種証しをした。


「今も眠っている、女官長殿と同じ薬を用意したのですよ。もちろん、眠りすぎて死んでしまっては困りますからね。時々起こして差し上げます。私どもの管理下で」


 つまり、用が済めばサリカを昏睡状態に陥らせ、無力化しようというのだ。おそらく、同時に麻薬を使うかカタリーナを使うかして、言いなりにするつもりに違いない。


「サリカ……」


 ラーシュが苦しげに名前を呟く。

 彼が止めたい気持ちなのはわかる。けれども、今ここでうなずかなければエルデリックを救う機会もなくなる。

 だからサリカは精神の繋がりを再度開き、ラーシュに言う。


『大丈夫。それほど長い間のことじゃないわ。お祖母様が来て下されば、きっと全て解決してくれるから、今を乗り切るためには……』

『どうしてお前がそこまでするんだ!? お前を拉致したのはブライエルだし、あの王子はそれを分かっていてブライエルに実行の許可をしたんだ!』


 サリカは目を瞬く。


「殿下……が?」


 初めて聞く事実にサリカは困惑し、思わず声に出していた。

 ブライエルのことは分かっている。クリストフェルの記憶の中に、それに関することが眠っていたからだ。しかしブライエルは脅されてそうしただけかと思っていたのだ。


「許可をって……どうして」


 エルデリックがそれを知っていて、許可をしたとはどういうことなのか。もちろん、ラーシュが嘘をついているわけでもない。けれどサリカは信じられなかった。

 いつまでも可愛い、守ってあげるべき王子。

 ――いや、自分にも守ってあげられると錯覚できる対象であった王子、が正しいのかもしれない。

 力が足りなくて、どうにもできない自分にあきらめを感じていた時に出会ったから。

 サリカの欲しい物の全てを投影していた王子を、サリカはいつのまにか本当に守っているように思い込んでいたのだ。

 そしてエルデリックは、サリカにされるがままでいてくれた。

 けれどその王子が、サリカを拉致させたのだという。


(まさか、勝手に守っているつもりになってた私のことが、殿下は嫌いだった?)


 今のサリカには、そうとしか思えない。でなければ、サリカを危険な場所へ突き落とすような事をすると思えなかったのだ。

 そのつぶやき声が聞こえたように、エルデリックが顔を上げた。

 サリカは一瞬、エルデリックに睨まれるのではないかと思った。実はずっとうっとうしかったのだと。そう言われてしまったらどうしよう。

 怯えるサリカに、けれど天使のような笑みを浮かべて、彼は言った。


「サリカが、何かする必要は、ない。僕の方に、問題は、ない……んだ」


 その場に響いたのは、ややつたない、子供の声。

 皆が耳を疑った。

 サリカも一瞬、それは心の声があたかも耳から聞こえているように錯覚したのかと思ったのだ。

 けれど皆――セネシュ伯でさえも、発言者であるはずの人物を見て驚愕に目を見張っていた。


 本人は、うっすらと笑みすら浮かべている。

 そして次は、間違いなくその口を動かして言った。


「君を、守るためになら……僕の人生一つくらい捧げたって、何も惜しくはない。君が、ムリをしなくても、僕が了承したら……済むことだろう? セネシュ伯爵」


 ゆっくりと、つっかえつっかえであっても、間違いなくエルデリックは自分の声でそう伝えた。

 いつも心の中で聞いているの同じ、けれど話しなれていないかのように、少しかすれている。


「で、殿下……?」


 驚くセネシュ伯は、二歩ほど後ずさるようにしてエルデリックの顔を覗き込む。

 その動きに、エルデリックに剣をつきつけていた私兵が、セネシュ伯に当たらないようにだろう、剣を引いた。


 けれどエルデリックは逃げなかった。

 まっすぐにセネシュ伯を見返している。


「本当に、今の言葉は殿下が?」


 セネシュ伯の疑う気持ちはサリカにもよくわかる。今まで、一言だって話さなかったのだ。サリカなど、幼少期になんとか言葉を話したがった時に、エルデリックが苦悶していたのを見ていたせいで、尚更に幻を見ているような気分になる。

 エルデリックはその疑問には答えなかった。


「婚約は、受け入れよう。だけど記名は難しい。僕が安易に、記名しないと父は、知っている。父に見せれば、すぐに貴方は疑われるだろう。それに、サリカを人質に……したと分かれば、彼の祖父母と親友の我が父は、どんな手を使っても、貴方を処分する」

「ではどういう形で確約して下さるというのですか。婚約が無理ならば、貴方に価値はないのですよ、殿下」


 セネシュ伯が、自分も念のため腰に下げていたのだろう、剣を鞘から抜いた。


「殿下っ」


 エルデリックが話せたのも、自分の拉致についても、全ての疑問がサリカの頭の中から飛んでいく。

 だって、我が子に反抗されても、ただそれだけで子供を見捨てられるだろうか。

 それにエルデリックが何をしたにせよ、サリカのために人生を溝に捨てるような真似をさせたくはない。

 けれどエルデリックは、セネシュ伯に告げる。


「このまま滞在を…延長させて、宴を開けばいい。そこで、他の貴族のいる前で僕の口から発表すれば済むことだ。心配しなくても、伯爵は既に、僕の侍女達を拘束、している。彼らを見捨てはしない」


 だからサリカを拘束する必要もない。 

 そう申し出たエルデリックに、サリカは反論しようとして――心に、そっと忍び込む声なき言葉に目を瞬いた。


(もしこのまま話が進んでも、大丈夫。婚約も形だけのこと。国に不利な代物である以上、後から処分することもできる。だから安心して)

(殿下……)


 全ての意図がサリカの中でかみ合わないせいで、なぜ拉致させておきながら、サリカを守ろうとするのかはわからない。

 ただ信じたいと思わせるのは、エルデリックから伝わる親愛の情だ。

 どうするのか、サリカは戸惑う。

 エルデリックを信じるのか。でもまだ子供の彼に全部を押しつけて良いのか。

 迷う彼女に、エルデリックが心の中で笑ったのが伝わる。


(これだけ酷いことをしたら、僕を見捨てて、自分のことを優先してくれると思ったのに)

(え……?)


 どういうことなのか。疑問が増えていくサリカに、なおも彼は言う。まるで、サリカの知らない人のように。


(早く彼に命じてこの場から逃げたらいい……どうせセネシュ伯は僕を殺せないよ。僕の申し出を、彼は魅力的な取引材料だとおもっているんだから)

(それは……)


 確かにセネシュ伯は、エルデリックの言葉で迷いが出たようだ。眉間にしわを寄せて考え込んでいる。

 それでもサリカの能力を怖がって、サリカを拘束できる機会を失いたくないと思っているのだろう。けれどこの場から逃れるには、カタリーナを置いていかねばならない。そのせいでもし、エルデリックが無理矢理に意に沿わないことをさせられたらどうするのか。

 まごつくサリカに、珍しくエルデリックの心が苛立ちに波立った。


(捨ててくれないかな、僕のこと。嫌いだろう? そんな風に怪我をして、酷い目に遭ったんだ。嫌ってくれていいんだ。僕は……慣れてるから)


 エルデリックがそう言う理由を、サリカは知っていた。だから思わず口を噤んでしまった。


   ***


 エルデリックと名づけられた自分が生まれたのは、今から十二年前のことだ。

 国王と王妃の最初の子供。

 誕生時は誰もがそれを祝福し――王妃も憂いのない笑顔を浮かべていたと、エルデリックは聞かされた。 


 懐妊するまでは、どこか寂しげな表情を浮かべていたらしいという王妃。

 その理由は、誰もはっきりとは分からなかったという。


 政略結婚だったかもしれないが王妃を尊重し、優しかったフェレンツ王。

 だからだった、などとは誰も予想しなかったのだ。


 政略結婚にもかかわらず、その優しさに恋してしまった彼女は、その心に別な人が棲み、決して王妃に恋をしてくれない事が耐えられなかった。

 それでも子供が出来ればと思ったのだ。けれど王は王妃を賞賛し、労っても、王妃に恋をしてはくれなかった。


 王妃の心の闇は、産まれても役に立たなかったことで彼女には価値を見いだせなくなった、子供へ向かってしまったのだ。

 王に嫌われたくない彼女は、誰にも虐待を気づかれることなくエルデリックに毒を囁き続けた。

 その様子に異常を感じ取って泣けば、跡がつかないようにつねられる。

 エルデリックも、もちろん赤子の時のことなど覚えては居ない。それは、サリカの祖母が心の中を覗いた時に、埋もれるはずだった記憶から掘り当てて発覚したことだ。


 赤子だったエルデリックは、自分の身を守るために泣かないようになった。

 言葉も話せないうちに、その恐怖が彼の心に深く深く刻まれ、大人しいと思われていた子供が……恐怖から言葉を封じたことなど、誰も気づかなかったのだ。


 やがて発語が遅いことに周囲が気づきはじめる。

 異常がわかっていても、彼には何も口にすることができなかったがために、真実を知る者が現れるまで時間がかかることになった。

 そんな王妃を、エルデリックも母親としては見ることができなかった。


 誰が知るだろう。

 母親の建てた聖堂に寄進をするエルデリックが、事務的なものとしか思えない事を。

 更には、その魂が安らぐ必要などないだろうと冷たく思っていることも。

 けれど外を取り繕って寄進などしているのは、初めて何のてらいもなく愛情を捧げてくれた人がいるからだということを。


 そんな深い気持ちを、エルデリックは彼女に話したことなどない。

 悟られることすら避けた。

 それは物心つくのが異常に早かった彼だからこそできたことだ。

 ただ一人知っていたのは、サリカの祖母だけ。

 彼の願いを知った祖母サエリは誰にも話さないと約束し、そして間違いなく彼を守るだろうサリカを側に呼んでくれたのだ。

 サリカはそこに居るだけでエルデリックを守った。

 人の心を読み取ることができる。

 それを知らされた王妃は、エルデリックに近づけず、そして自分のしたことを暴かれないかという恐怖に苛まれ、体を弱くして逝ったのだ。


 けれど原因が無くなっても、エルデリックはしゃべることができなかった。

 自分の意思で無理矢理に押し込めたものは、そう簡単に元に戻ってはくれなかったのだ。

 代わりにサリカが側にいてくれることに、彼は幸福を感じながらも、このままではいられないことも分かっていた。

 今のままの自分では、サリカを守りきることなどできない。

 だから今彼女に必要な騎士を側におかせた。サリカが決して自分から離れないように、煽るような真似までして。

 それでも守りきることができない問題が持ち上がった時、エルデリックは決意したのだ。


 彼女を一時でも傷つけることになっても、今ある問題を全て消し去ると。


   ***


 けれど捨てて欲しいと言われても、サリカはうなずけなかった。

 確かに辛かった。

 どうなるのかと思って怖かったし、死ぬのは嫌だった。

 それほどの思いをするかもしれないと分かっていて、サリカを投げ込んだというエルデリックに、酷くショックを受けた。

 でもムリなのだ。


(捨てられませんよ……。だって殿下は、私の全てだったんです)


 結婚もしないと決めて以来、エルデリックはサリカにとって安心して側に居られる家族だったのだ。姉弟のように、親子のように、ほんの一瞬は恋人のように錯覚できるほど、エルデリックを愛してる。


 エルデリックは譲らないサリカに、呆れたような感情を抱いたようだ。

 とはいえ、サリカが捕まったところでエルデリックを解放できるわけではない。

 悩むサリカは、だから背後のことに気づくのが遅れた。


「生かしておくのが間違いなのよ」


 声に振り返る前に、サリカは強烈な苦痛と苦しさが湧き上がり、息が止まりそうになる。


「――っ、はぁっ」


 息が詰まりそうなほど苦しい。

 もがくサリカを、ラーシュが思わず抱き留める。そうして支えてもらいながらも、サリカは無理矢理に感情を背負わされて、のたうちまわる。


 それは今感じてるものじゃないのにと心が反発して悲鳴を上げている。けれど不意をつかれたせいで、深く入り込まれてしまった。

 なんとか対処しようにも、苦しさが邪魔してエルデリックと心をつなぐことさえできない。

 その時、ラーシュがサリカをその場に寝かせて手放した。


「貴様!」


 ラーシュがカタリーナに向かって行く。


「私を殺したからって止まないわよ?」


 カタリーナは、地面にはいつくばったまま笑った。


「心の奥にしまい込んだものを、えぐり出したのですもの。ふふっ……。それを抑えられるのが先か、苦しさに頭がおかしくなるのが先か……」

「このっ!」


 ラーシュはそのままカタリーナに刃を振り下ろそうとする。

 サリカはそれを止めようとした。けれど先に、ラーシュはカタリーナの糸に絡め取られたようだ。

 腕が自分の意志通りに動かず、かたかたと鍔を鳴らしたまま静止していた。


 いくら『契約』したからといって、サリカが能力を発揮していないのでは繋がりなど薄い。完全に支配できないまでも、ある程度抑えることはできるだろう。

 カタリーナがしたことがわかっても、サリカは自分を抱きしめるようにして縮こまる以外に何も出来ない。

 絶望しそうなサリカに、カタリーナがとどめを刺すようにセネシュ伯に命じた。


「さぁ早く、その薬を飲ませてやりなさいな。その小娘にも、ラーシュにもね。ラーシュは死んでしまうかしら? あなた、昔の後遺症で死にかけたんですってねぇ? その小娘は死ぬかしら? もし生きていたら、しばらく私にしたことを泣いて後悔してもらえるよう、遊んであげるわ」


 カタリーナの高笑いが響く。

 サリカは痛みを逃すのに必死でなにもできない。

 先にラーシュを危険だと判断したセネシュ伯が、私兵をラーシュに近づけようとし……。


 ――そこで、雨の音が世界を満たした。


 正確には雨ではない。でたらめな雑多な音の洪水が降り注いで、まるで豪雨のように響いていた。


「な……」


 サリカは何なのかと目を見開いて、それからようやく自分が苦痛から解放されていることに気づいた。

 これは、能力を誰かが使ったのだ。

 そう察した瞬間、サリカは顔から血の気が引いた。

 ちょっと待て。こんな乱暴で無差別な力の解放の仕方に、とても覚えがあるのだ。


「え、ちょ、うそ……」


 起き上がってみれば、カタリーナが悲鳴を上げていたた。

 倒れ伏したまま、耳を塞いで転げ回る。

 無差別に音を振りまいているようで、その実カタリーナを対象としていたのだろう。


 ラーシュは身動きできるようになっていて、右手の方向を凝視している。


 そちらから、こつこつと軽やかな足音が聞こえてきていた。

 やがて現れた人物は、亜麻色の髪を結い上げ、葡萄酒のように渋い色ながらも上品なドレスを着て、旅装らしく外套を羽織っていた。


「んもう、うちの娘は詰めが甘いんだから」


 幻の雨に打たれながら、サリカは――――自分の母親を見つめることしかできなかった。

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