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お見合いはご遠慮します  作者: 奏多


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55 真相を隠すもの

 目覚めたものの、さすがに三日寝たきり状態で、しかも麻薬の影響で熱まで出していたラーシュは、すぐに身動きがとれなかった。

 主であるエルデリックに絶対安静を命じてもらい、彼が無理にでも起きてこないようにした上で、サリカはすべきことに着手した。


 ――まずは犯人捜しだ。


 夢ならばどうにかできる能力があるとわかったので、女官長の記憶にその方向で接触することにした。


 ほとんど牢番状態になってしまったブライエルに依頼し、サリカは離れた場所から女官長を眠らせる。

 警戒させては夢を誘導しずらくなるので、夜になったから眠くなったと思うように、既に外は真っ暗な時間だ。


「よーく眠ってますね」


 ブライエルは、女官長が眠る様子を口元に笑みを浮かべて見下ろして言う。

 それに曖昧に笑みを浮かべてみせた上で、サリカは慣れた手順で牢の扉を開けて中へ入る。


 今回、ラーシュがいないので万が一のためにブライエルが牢の外で待っていてくれる。

 フェレンツ王からは詳細を聞いていないと思うが、こうして他に漏らせない仕事を任されているだけあって、サリカがどうやって女官長を眠らせたのか、眠らせてどうするのかなどとは尋ねられない。

 きっといぶかしく思っているだろうし、何らかの予想は立てているのだろう。けれど想像を心の中にしまって、サリカにも知らんふりをしてくれるのは有り難かった。


 女官長の側に膝をついて座ったサリカは、女官長の手を握りしめてさっそく心の中への侵入を行う。

 今度はあのラーシュその2のようなけったいな者は現れないので、安心できる。


 ややしばらく待った後で夢への介入を始めるが、今回の女官長は誘導し難い夢を見ていた。

 少女時代の貴族の令嬢とはこうあるべしといった状況の女官長に、麻薬についての話題や毒について誘導しずらかったのだ。声をかけて意識をそちらに向けさせようとしても、麻薬自体がよくわかっていないという反応だ。


 しかし『毒』という単語はほんの少し効果を示した。

 雪で閉ざされる期間が長く団結しなければ生きていけない土地だったので、バルタ貴族は比較的権力争いは少ないらしいが、全くないわけでもない。飢饉と冬の長さで食料が乏しくなれば、近隣の土地を奪い取ってと考える者もいただろうし、そうした暗躍をする貴族達は毒を使うこともあった。

 貴族の女官長も、毒については聞かされて育ったのだろう。


 けれど女官長はよほど現在の状況から目をそむけたかったのだろうか。なかなか昔の良き日の思い出からは抜け出してはくれない。

 一部、ふっと女官長の夫について思い出したが、すぐに愛人や引き取った愛人の子供の事に夢が発展していき、その後逃げるように少女時代に戻ってしまうのだ。


(これはもう、毒とラーシュを殺そうとしたこと以外考えられないようにしてから、夢を見させるべきだったかな……)


 抵抗されることを恐れてやんわりと介入を試みたのだが、失敗だったようだとサリカは判断した。

 サリカは明日もう一度試みることにして、ブライエルにはサリカがやってくる昼までの間に、事件に関して尋問してくれるように頼んだ。

 その上でサリカが姿を現せば、嫌でもその周辺の出来事しか思い出せなくなるだろう。


 しかし次の機会は訪れなかった。


 エルデリックの朝の支度のため、サリカが部屋を出ようとした時だ。

 珍しく王宮の廊下を走ってきたブライエルが、有無を言わさずサリカを地下牢へ連れて行った。

 そうしてサリカが見たのは、毛布を掛けられて寝台の上に寝かされていた女官長だ。


 近くにある小卓の上には、スープがまだわずかに残った盆と、一口だけしかかじられていないパン。水が入っていただろうカップは倒れ、小卓の上に水たまりを広げ、一部はむき出しの石床にぽつりぽつりと落ちて染みをつくっていた。


「まさか……」


 朝食の途中で具合が悪くなり、それを見つけた誰かに寝かされたような状況だ。

 そして女官長は、バタバタと入ってきたブライエルとサリカの物音にも反応を示さない。


 ブライエルが先に牢の中に入り、念のため女官長を押さえつける。それでも女官長は身じろぎ一つしない。

 そんな女官長の頬に、サリカは触れる。

 少し冷たい頬。触れた先の女官長の心の中を覗こうとしたサリカは――ややしばらくして唇を噛みしめた。


「……だめですか?」


 ブライエルの短い問いに、サリカはうなずく。


「完全にではありません。多分、胃の中のものを吐かせたのですよね? だから……致死量には至っていないと思います」


 女官長は夢も見ないほど深く、意識を失っていた。

 そして心の中すら、何もかも停止してしまったかのように読み取れない。そろりと試みた分には、まだ脳自体が大きな障害を負ったようには思えなかったが。

 ブライエルがため息をつく。


「吐かせただけではダメということですか……。発見が遅れて、多少体の中に取り入れられた後だったか」

「麻薬の治療も、解毒を地道に行うしかないのですよね?」


 サリカの確認に、ブライエルはうなずいた。


「意識がないですからね。無理に解毒作用のあるものを飲ませるにも限界があるので。とにかく一度は目覚めさせて、それからですよ」

「時間が……かかりますね」


 しかもどれほどかかるかわからない。その間に、女官長以外の人間がサリカを狙わないとも限らず、ラーシュが回復してサリカの側に付き従うようになれば、再びラーシュも標的になるだろう。


(誰か、私の行動を監視してる?)


 この一連の出来事から、サリカはそうとしか思えなかった。それは王宮内に敵の配下がいるという証拠だろう。

 しかも、やはりサリカの能力をわかった上での行動だ。でなければ女官長の所で手を握るだけのサリカが、何かできるとは思うまい。


(……やるしかない)


 サリカは決意を固めて、女官長の眠る牢から出た。


***


「とりあえず、これですぐに私たちの事は誰にも分からなくなったでしょうが……」


 王宮にほど近い、貴族の別宅が建ち並ぶ地区。

 その一つ、宴の度に来客に感嘆される石積みの古風な作りの館の中で、彼らはひそやかに会話していた。


 一人は三十代後半のやせ形の男で、常に怯えているような気弱な印象を与える顔立ちをしている。

 そしてもう一人、大柄な白髪の男は、気弱な風体の男――セネシュ伯爵を振り返りながら、手に持った剣から血を振り払う。


 足下に転がるのは、先ほど裏門から密かに入り、彼ら二人に知らせをもたらした男だ。


「殺さずに、今後も城の様子を監視させても良かったのでは? クリストフェル殿」

「城に勤める下男が帰宅する際にそのまま失踪……ならば、全くない話ではないでしょう。それに、この男が不審に思われているかどうかも我々には分からず、明日になって死神の娘に思考でも読まれてしまっては、何もかも終わりになりますからな。……特に、そちらが」


 クリストフェルがうっすらと笑みを見せれば、セネシュ伯爵は一瞬肩をすくめて一礼した。


「お気遣いありがとうございます、閣下」


 クリストフェルはその礼に対してうなずいてみせる。


「それで、倒れた騎士というのは……間違いないのですね?」

「灰色の髪、灰色の目、年齢、背の高さからお尋ねの方で間違いないかと。なにより異国から来た者である上、ここ最近になって王に仕え始めたばかりというのも、つじつまが合いましょう」

「行方不明になってからかなり時間が経つが、それも薬の影響でどこかに閉じ込めて療養させてたのかもしれませんな。……名前こそ違うが、偽名でしょうな」


 クリストフェルは鼻で笑い、剣を鞘に収めた。


「あの方だとするならば、これ以上王宮で事を起こす事は望ましくないでしょうな。隙を突くしかないでしょう。あの方が出て来られないような隙を」


 セネシュ伯が気弱な笑みを浮かべていた顔に、懸念を浮かべる。


「隙を、ですか? けれどあの方が死神の騎士であるのなら、目覚めた以上はそうそう同じ手にはかからないかもしれません。それとも、黄昏よりも強い薬があると?」


 最後の言葉を口にしながら、セネシュ伯は少し目に喜色を浮かべる。

 自らは気の弱さも手伝って薬に手を出さないセネシュ伯だが、それが金を生み出す樹ならば話は別だった。

 そもそも、彼がクリストフェルの誘いに乗って薬を扱い始めたのも、全ては王家には知られていないものの多額の借金を抱えていたからだ。隠していたために、彼は長く貧しい実情に悩まされてきただけあって、なんであれ金を呼び込むものであれば歓迎する男になっていた。


 しかしクリストフェルは、セネシュ伯の期待に否と告げた。


「薬ではないのですよ。それよりも場所を用意せねばなりません。まずはご学友の立場を利用して殿下に少し遠足に来て頂けるように手配をお願いしたいですね」

「殿下に付き従ってきたところを、捕まえるのですか? しかし前回もその手は……」


 セネシュ伯の懸念をクリストフェルは笑った。


「お任せなさい。もうじき我々の助け手がやってきます。待つ間にあの方が回復するかもしれませんが、それでも問題ない準備をしておくのです」


 曖昧な言葉に、セネシュ伯は戸惑っているようだ。

 そんな彼に、クリストフェルは続けて言った。


「死神は、死神らしい場所に居るべきですからな」

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