42 彼の変化
敗北感とともにサリカが居室へ戻れば、そこには手ぐすね引いている表情のティエリが待ち構えていた。
しかも腰に手をあてている。
「さぁサリカ。怒らないから正直に私に話して?」
「な、何をでしょう?」
「いつからラーシュ様とキスの約束なんてしてたの? まさか祝宴の一件で、ラーシュ様がついに焦った? ていうかあなたがた結局どこまでいったの? 時間がないんだからきりきり話してちょうだい?」
しゃべりながらも、ティエリの目が好奇心で爛々と輝いていく。
どうしてもサリカとラーシュの間にあった出来事を根掘り葉掘り聞き出したいらしい。
「え、ええと……」
サリカは心の中で(しまった)と思った。
こうして質問攻めに遭うだろう事は想像できたのに、昨日は泣いてばかりで設定のすりあわせをラーシュとしていなかったのだ。
(事前にも、あのキス教えて、のせいで聞きにくかったし……)
思い出してはつい逃げ腰になってしまっていたのだ。
とにかく今は、なんとかティエリをはぐらかすしかない。せめてそれが迷惑をかけるラーシュへの心遣いというものだろう。
しかしサリカが言い訳を連ねようとしたそのときだった。
「そこまでにしておいてやってくれ」
ティエリを止めたのは、部屋の中に入ってきたラーシュだった。
サリカはほっとする。
良かった。ラーシュが話してくれるのなら、ラーシュが納得できる理由を作ってくれるだろうし、サリカよりもティエリを言いくるめてくれるだろうと。
しかしサリカのもくろみは外れた。
「俺が持ちかけたんだよティエリ殿。なにせ横からかすめ盗られては困るだろう?」
ラーシュが苦笑するような表情でさらりと告げた。
サリカは口をぽかーんと開けた。
あれ、提案したのは陛下じゃなかったっけと思いながら。
「ぎぃやああああっ! うそっ、そんな情熱的に!?」
ティエリが喜びの雄叫びを上げる。間違いなく今、ティエリの何かに点火した気がする。
「あちらは女官長が見合いをさせたいと思っていた相手だったからな。先に女官長につきあってることを話したから、諦めてくれるだろうと思ってたんだが……。サリカに惹かれてしまったんだろうな。俺から奪うには、公衆の面前でサリカの名誉に傷をつけるしかないと思ったんだろう」
「いやん! そんな楽しい話が知らないうちに進んでたなんて!」
「だから俺は彼女の名誉を守った上で、こちらが正当であることを示すしかなかったんだ。取り戻せて良かったと思っている」
な、とラーシュが横目でサリカに視線を送る。
そのまなざしがどこか艶っぽい。しかしいつのまにそんなすごい大恋愛みたいな話になったんだろうとかサリカは思った。けれど大枠では間違っていないので何も言えない。
ぱくぱくと陸にあげられた魚みたいに口だけ動かしていると、ティエリがつかみかかってきた。
「なによなによ! こそこそと二人で知らないうちにまとまっちゃって! そういう話は私にも提供してよ! 知ってたらもっと楽しく観戦できたのにぃ!」
「だってティエリにしゃべったら、一時間で王宮中に広まっちゃうじゃないの……。それに勝てるかどうかわからなかったじゃない」
いつものティエリのテンションに、サリカは脊椎反射で返答してしまう。
「一時間で広まるのか。それはすごいな」
ぼそりと不満を口にしたサリカの横で、純粋に驚いたように目を丸くしたラーシュが、何かを思いついたような顔をしてティエリに言った。
「広めるなら、くれぐれもあっちが横恋慕だってことを強調してしておいてほしいんだが」
「もちろんよ! それにしてもサリカのどこが良かったの? 結構変態だと思うんだけど!」
「へんたい……」
流れについていけずにいるところへ、心に刺さる単語がなげつけられ、サリカはもううわごとのように反芻しかできない。
その間にラーシュがサリカの側に寄って、なれたように腰に手を回してくる。
「……!?」
「殿下に心を傾けすぎなのは確かだが、その分情が深いということなんだろう。なにせ俺の事を心配しすぎて泣くくらいだ」
その言葉でサリカはうっと息が詰まる。
今更ながらに、大泣きした自分が恥ずかしくなる。けれど確かに間違ったことは言っていないので、反論に困ってしまった。
というか、反論して恋人じゃないと思われたら困るのだ。だから拒否できずにいると、ラーシュがサリカの髪まで指先に絡めはじめた。
サリカは髪の毛に神経が通っているのかと錯覚するほど、背筋を撫でられたかのようにぞわりとする。
「それにこの髪の色も嫌いじゃない。憎まれ口を叩いても、結局は素直な反応を返してくるところも好みだな」
「え、うえっ?」
(好み、好みって好みって、なんて発言を! ってえぇぇっ!?)
言い終わったラーシュが、不意にサリカのもてあそんでいた髪に顔を近づける。まるで口づけをするように。
サリカは硬直した。
何か自分の中で得体の知れないものが規定値を突破しそうで、どうしたらいいかわからない。
「もうだめわたし鼻血出そう! ちょっと失礼!」
それを見ていたティエリの方は、真っ赤な顔をして部屋を出て行ってしまった。きっと今見たことを近場の人に喧伝し、落ち着いたら戻ってくるのだろう。
ティエリがいなくなると、ラーシュはそっと腰に回した手を離し、髪も解放してくれる。
顔が発火しそうなほど熱くなっていたサリカは、その様子にはっとする。
(えっと、これはまさか演技?)
ティエリにサリカとラーシュが恋人同士だと広めてもらうために、親密な振りをしたのだろうかと思ったのだ。ティエリが噂を広めてくれれば、なおさらロアルドはこちらに近づけまい。
それなのに本気で言っていたのかと錯覚していたサリカは、恥ずかしくなる。そして動揺しすぎたのか、サリカはどもってしまった。
「らっ、らっ、ラーシュっ! ちょっとやりすぎ!」
しかしラーシュの方は平然とした顔で答える。
「嘘じゃないだろう?」
「そりゃ、嘘じゃないけど……」
「それとも嫌だったか? しかしお前の結婚問題の不安を払拭するためには……」
「嫌とかそんなことないよ!」
緊張はしたが嫌ではなかった。それにサリカの問題のために、ラーシュが考えてしてくれたことだ。否と言えようはずが無いのだが。
ラーシュは嬉しそうな表情で目を細める。
「なら、今後もこういうことをするが、問題ないよな?」
「え、ええっ!?」
サリカは焦る。
また今みたいに抱き寄せられたり、髪をもてあそばれたりしなくてはならないのか。
(なんで、そんな恥ずかしいことを……)
それを人に見せる前提ということがまた、サリカを慌てさせる。
ラーシュは恥ずかしくないのだろうかと思うが、むしろ楽しげにサリカのことを見ている始末だ。
(こういうの、慣れてる……とか?)
思えばキスも慣れている様子だった。
と、昨日のことを思い出し、さらにサリカはその辺りを走り回りたくなる。
ただ、ラーシュが自分を思ってくれてそう発言したということだけはわかるので、拒否もできない。だからどう返事をすればいいかと困っていると、
【どうかした?】
着替えを終えたエルデリックがやってきた。
話題を変えられる! とサリカはほっとして、そそくさとエルデリックに歩み寄る。
「あ、何でもないですよ殿下。襟が曲がってらっしゃいますので、少し失礼させていただきますね」
ついでにエルデリックをかまえるので、うきうきとサリカはエルデリックの襟や裾を整える。
その間に戻ってきたティエリと共に、エルデリックと朝の礼拝に向かった。
礼拝堂へ行く途中、エルデリックがラーシュの手をとり、何か文字を書いているのが見えた。
ラーシュは書かれた内容に驚いたように目を見張り、心なしか顔を青ざめた気がしたが、何を言われたのかはサリカに教えてはくれなかった。




