33 嫁入りを拒否してくれませんか?
「君は優しい人だな」
「は?」
このつっけんどんな対応に、どうしてそんな感想が返ってくるのか。サリカには心底わからなかった。
首をかしげると、ロアルドが説明してくれた。
「僕に謝罪の機会を与えてくれるなんて、思わなかったんだ。今日もそのまま置いて行かれるのを覚悟していたんだよ」
「心底そうしたかったんですけれど。ただ周囲に睨まれては仕事もしづらいので」
彼の言葉に、サリカはむっとする。
先程の状況でロアルドにすげなくしたら、召使いの特にロアルドに憧れているらしい娘達に何をされるかわからない。あの年ごとの娘というのは、憧れの人が一人だけを選んでも気にくわないと感じるものだが、その人が選んだ相手に邪険にされても怒るものなのだ。そして憧れの人を傷つけた娘に意地悪をして、自分のもやもやした気持ちを解消しようとするのである。
……むしろ好機とばかりに自分を売り込んだらいいと思うのだが、その意気地もないのだろう。
今までそういった標的にはならなかったサリカだが、いざこの立場になると大変迷惑だった。なにせ仕事に響きかねないのだから。
「とはいえ、やったことは覆せませんから……。どうにか私になびいては頂けませんか? 貴方の不都合な状況も、そうしていただけるなら解決する方法をとることもできますよ」
うなずいてくれたら、虐められないようにしてくれると言うのだ。
「あなたの為、なんて脅し文句みたいなこと言われて、そんな気持ちになると思ったんですか?」
ずばりとサリカは言った。
ロアルドは少し目を細めてサリカを見下ろす。
「脅し文句に聞こえましたか?」
「当たり前でしょう。私に、貴方と結婚することによって得られる利益はありません。身分にしても、金銭的な問題にしてもこれ以上を望まない以上、職場環境を悪化させかねないあなたの行為は私にとって邪魔でしかありません。となれば、脅しだと考えるのが普通ではないのですか?」
もちろん、脅しだろうと教えてくれたのはラーシュだ。サリカが自分で気づいたわけではない。けれど今はそのことも伏せて、ロアルドを糾弾する。
こうして『嫌だ』という気持ちを理解させたら、ロアルドもサリカを懐柔するのを諦めるかもしれないと思うと同時に、告白してくれるかもしれないという思惑があった。
先日の言葉の意味を。
「それでも、あなたの為なのです……ご結婚されないままというのは、女性には不名誉なことでしょう?」
しかしロアルドにはかわされた。
一方でサリカの方も、ロアルドと暗殺の件が繋がっているという推測を明かしたくはない。本当に絡みが無かった場合、彼にサリカを脅す材料を与えてしまうことになりかねない。
追求できなければ、別な手でいくしかない。
「慈善事業のつもりですか? ロアルドさんは、そうやって女性を助けるのが趣味の方なんでしょうか」
サリカの言葉に、ロアルドの表情から笑みが消える。
「あなた、奥様が亡くなってからいろんな女性に貢いだと聞きました。借金を背負っても。けれど貴方が私に仕掛けた事から考えて、女性にただ騙されるようにも見えない。であれば自主的にそうとわかってて関わった方々だったのでしょうね。
……噂に詳しい知り合いに聞けば、ここ一年ほどは慎ましくお暮らしだったんですってね。借金があってもあなたの衣服などを見る限り、困窮している様子もないしそれだけ噂になったにも関わらず、金策に苦慮しているという醜聞も広まっていない。となれば、その借財は時間がかかっても返せる目処がついていたのではないですか?」
もちろん噂元はティエリだ。
ロアルドが浮き名を流して遊び人だと思われていることは知っていたティエリは、そうして彼の名前が頻繁に挙がっていたのは一年前までだという。最近は大人しかったからこそ、ロアルドが真実の愛にでも目覚めたのかと疑ったようだ。
「私が可哀想な女だからと、助けてあげてくれと頼まれたんでしょう?」
「……可哀想な女だと思われるのはお嫌でしたか」
「私の矜持は傷つきました。それに私はラーシュさんと……とお話したはずです。なのにあんなことをなさって……」
「けれどラーシュ殿とはまだ結婚は先のこととお聞きしました。それなら」
ロアルドがサリカの左手をやんわりと掴む。
「私が先んじて奪えるのではないかと思ったのです」
そう言って、艶めいた笑みを口元に浮かべたロアルドだったが、
(……かかった)
サリカはこの時を待っていた。
ロアルドとの結婚を嫌がっているサリカから、彼に触れるわけにはいかない。けれどロアルドから触れてくれるのなら、サリカはもう一つ使える手段がある。
触れれば、力を使いやすい。
困ったような表情でうつむき、サリカは能力を使った。
素早くロアルドの精神を探し出し、そこに接触する。彼が今何を考えているのか、それを断片的にでも『聴く』ことができれば、ロアルド達の目的がつかめるかもしれないと思ったのだ。
しかしサリカはロアルドの心を覗いて、ぎくりとする。
【手に触れただけで恥ずかしそうにうつむくとは……。初心なままのように思えるな。彼と本当に付き合っているとは思えないな、これは】
(つ、付き合ってません……)
【キスの時の反応といい、恋人と言いながらそれすらもまだなんじゃないかな。やっぱり結婚したくないがための嘘なんだろう】
(なんでそんなことまでバレるの!?)
さすがにどういう理由かはさておき、浮き名を流しただけはあるというのか。ロアルドはサリカとラーシュの仲を根本的に疑っているようだ。
(いやいや、そんな事より件の暗殺の件との関わりはどうなのよ、なんかちらっとでも考えてくれないわけ!?)
そう思うサリカだが、ロアルドは全くそちらに意識が向かないようだった。
「サリカさん……こっちを向いて」
ロアルドの切なげな言葉と、持ち上げられた左手に触れる柔らかい感触に、サリカは能力を解いてはっと顔を上げる。
(くっ、なんで私の手にキスしてんの!)
慌てて手を引っこ抜けば、ロアルドは益々笑みを深めた。完全に遊ばれている。
焦ったサリカは、もう一つ用意していた断りの理由を口にした。
「ら、ラーシュのことについては、もう少しわかり合う時間が必要で、だから保留にしているだけで!」
「なぜ保留にする必要が?」
尋ねるロアルドにサリカは言った。
「わ、私っ、ただ縛られるだけじゃなくて、女装して縛られてくれる人じゃないと、どうしても恋心が抱けないんです!」
どうだ! とロアルドを睨み付けるように見れば、案の定ロアルドはぽかんと呆けた顔をしていた。
「うちの父の影響かもしれません。実は父は、女装癖があって……」
そんな趣味はさすがのサリカの父にもないが、ここは汚名を被ってもらうことにする。きっと話しても怒られはしないだろうと思う。むしろ見たいかい? と言って実演されそうで恐いだけで。
「ほ、ほんとは女装してる人に惹かれるので、こんなこと言えないから、私は結婚できないと思ってたんです。ラーシュは縛られるのを理解してはくれましたけど、彼は元々そういう趣味がない人だから、気の毒すぎてそこまでは話せなくて。だって自分のせいで危ない道に片足突っ込んじゃったのに!」
ううっ、とラーシュに申し訳なさそうな振りをして、サリカは自分の口元を抑える。
内心では、どうだ女装まではできまい、と思いながら。
しかしロアルドはひっかかってくれなかった。
「よく告白してくれたね。君がどんな人であろうと、そのまま受け止めるつもりだよ。ラーシュ君では心配なら、なおさら僕のところへいらっしゃい、サリカ殿」
(え、だって、女装なのに!?)
サリカは、こんな変態を受け入れようという心の広い言葉が、これほど恐ろしいとは思わなかった。
受け入れるってことは女装するということだろうか? もしかしてロアルドから逃げられなかったら、毎日女装してぐるぐる巻きになったロアルドと顔を合わせることになるのか。
……考えただけでもなんか、非常に嫌だった。
サリカが自分の想像に真っ青になっていると、ロアルドがくすくすと笑い出す。
そしてサリカの耳に囁いた。
「無理しなくてもいいんですよ。どうしてもということなら『また』おつきあいしますが。でも、まだ見逃してあげますから」
(なっ……)
嘘が、ばれてる。
そう思ったサリカに、ロアルドは更に追い打ちをかけてきた。
「すぐに貴方を捕まえてしまっては、この先ずっと私に心を寄せてはくれないでしょう? この手に落ちてきてくれるまでお待ちしています。ああただ、祝宴でのことがありますから。あなたの評判を落とさないためにも、早々に婚約についてご連絡をしたいと思いますので」
では、とロアルドはサリカを解放し、歩み去った。
サリカはその場に一人取り残された。
そしてロアルドに接触しても何の情報も得られなかったことと、なんとしてもラーシュに勝ってもらわなくてはならない他力本願な自分の状態に、がっくりとうなだれるしかなかった。




