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2 離れたくないすてきな職場

 サリカの部屋は、広大な王宮の端、住み込みで働いている下働きの宿舎にある。


 最初の頃は、サリカは近い場所に住めて良かったと思ったものだ。確かに王都から通うよりは近い。

 が、ここは王様の住まいだ。町が二つ三つ平気で入るような規模の敷地では、仕事場まで結構歩くことになる。

 最近は少し面倒になってきて、もう王子の私室の隣にある控え室で暮らしたいと思うようになってしまった。


「だめだめこんなことじゃ。私は殿下の孫を取り上げる頃までは、かくしゃくとしてたいんだから。若い頃から楽してたら、いよいよって時に体力が衰えて夢が潰えちゃう」


 サリカは衛兵達が鍛錬を行う横を通り、主郭となる城の中心と使用人達の生活の場を分ける壁を抜け、緑の美しい木立で庭園と隔てられた小道を通り王宮内へ入った。

 元は石造りの城だった王宮は、後の世代で徐々に拡張されている。

 中心にそびえる尖塔の石造りの建物が昔ながらの城であり、それを囲むように、四つの塔を持つコの字型の棟が二重に建てられていた。


 サリカの仕事場は、主宮殿と呼ばれる王城の東だ。

 二階まで登るとサリカにとっては、お父さんと言っていい年齢の衛兵たちがにこやかに迎えてくれる。


「おはようサリカ」

「おはようございます。殿下はもうご起床されていらっしゃいますか?」

「まだのようだよ。昨日はこっそりと本を読むために夜更かしをみたいでね。宿直のハウファ殿に怒られていたよ」

「またわたしの目を盗んで……」


 最近、可愛い王子様は夜更かしが癖になりつつある。

 しかしサリカはそれを怒っているわけではなかった。

 成長していくに従い、好奇心や興味から時を忘れることもあるだろうし、一度も夜更かししたこともなく過ごしていたのでは、夜会に出席するような年になった時に困るだろう。


 ただただ、夜更かしをしているところをサリカが発見し、王子が『しまった』とうろたえる表情を見たかっただけだ。

 ちなみにそれを同僚のティエリに話したら『変人』と言われてしまったのだが。

 それなのにサリカが宿直の時には、よい子に就寝してしまうので悔しい。


 でも、とサリカは思い直す。

 寝起きの殿下の顔を拝見するのもなかなかレアだわーと。

 眠い目をこすりながら自分を見上げる顔を想像しながら、サリカは王子の私室の扉を開けた。


 最初に足を踏み入れた居室で、まずはバルコニーに続く掃き出し窓のカーテンを開ける。

 朝の光が差し込む部屋の中は、麦穂の色のカーペットが敷かれ、臙脂の布張りのソファや琥珀色の書棚や机に長櫃など、暗すぎずそれでいて落ち着いた調度品が置かれている。


 続き間が寝室だ。

 そっと木の扉を開けて入れば、夜の冷えた空気が留まっているような静かな空間が現れる。

 このあまり広くはない寝室にあるのは衣装棚と寝台、水差しを置く小卓だけだ。


 寝台の上には、毛布を引きかぶった人影。

 サリカより、まだ拳一つ分くらいは背が低いだろうその人物は、毛布に潜り込んで眠るくせがある。

 近づいても身動きしない。まだ深く眠っているのだろう。

 だから寝顔を拝見しようと思ったサリカは、毛布をめくろうと手を伸ばしたが、


【おはよう】


 頭の中に響く柔らかな少年の声。

 毛布の端を持ち上げた所で、ぱっちりと開いている青い瞳と目が合ったサリカは、予想外のことに驚いて「ひゃっ」と息を飲み込んだ。


「で、殿下、起きていらしたんですか!?」


 尋ねれば、もそもそと毛布から顔を出した金の髪の少年が、楽しげにうなずいた。


「私を驚かせようと思って、寝たふりしてましたね!?」


 バルタ王国の唯一の王子エルデリック少年は、うれしそうに微笑む。

 その女の子のように可愛らしい顔と『驚いた? 驚いた?』と聞きたがるような楽しげな表情に、サリカは笑うしかない。


「もう、ほんとびっくりしましたよ。でも起きていらっしゃるなら、着替えましょうか」


 サリカはいそいそと今日の服を用意したのだが、


【僕ひとりでやるよ。サリカは隣で待ってて】


 再びサリカの頭の中に響く声が応える。

 それはとてもやわらかな響きで、決して冷たいわけじゃないのに、サリカを凍り付かせた。


「え、だって殿下。お着替えはいつもお手伝いして……」


 ボタンをかけたり結んだり、王子に触れられるとてもすてきな瞬間だというのに、


(ええっ、殿下に拒否られたぁぁああっ!?)


 心の中で絶望感に浸るサリカに、脳裏に響く声が追い打ちをかけてきた。


【今日から、じぶんでやりたいんだ】


 穏やかな中にも決意をにじませる声に、サリカは身を引くことしかできなかった。



 寝室から出たサリカは、居室の隅っこで壁にもたれ、うなだれた。

 そこに入ってきた焦げ茶色の髪をくるくると巻いた同僚が、すみっこのサリカに気づくと「ひいっ!」とおびえた。


「ちょっ、そんなところでうつむいてると、幽霊みたいじゃない! 驚かせないで!」


 高めの可愛らしい声で抗議したサリカの同僚ティエリは、しかし自分の言葉に反応しないサリカに、首をかしげた。


「ちょっと……どうかしたの?」


 不審そうに尋ねてくるティエリに、サリカはぽつりと告白した。


「殿下が……殿下が自分一人で、着替えたいって……」


 悲しみにくれて声が震えるサリカに、ティエリは同情するどころか、冷たいまなざしを向ける。


「あなたの変態思考がばれたんじゃないの? こないだ周囲に聞こえそうな声で『殿下のちょっとだけ赤く染まった肘がすてき』とか叫んでたじゃない……っていうか」


 ティエリは腕を組んで息をつく。


「サリカって、ホントに王子の思ってることがわかるのねぇ。拒否られても勝手に好意的に思い込んでるだけで、殿下が仕方なく許してるのかと思ってた」


 その言葉にサリカは驚く。


「え、今更!?」


 サリカが王子の女官になった理由を、ティエリは知っているのだ。

 王子の言いたい事を『一番良く察することができるから』だという形ではあるが。


「いやさ、それでも毎回しゃべらない王子を見てると、やっぱり幻聴なのかと疑いたくなることがあるのよ。なにせあんた、重度の変態だし?」

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