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お見合いはご遠慮します  作者: 奏多


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27 祝宴のはじまり

 エルデリックに贈られた衣装を着た後は、一緒に着替えをしたティエリに鏡台の前へ連れてこられる。

 とはいえ、これから時間をかけて化粧をするわけではない。

 バルタの女性の化粧は薄い。

 一年の半分近くを占める冬の間、外に出れば吹き付ける雪であっという間に落ちてしまうようなものを塗っては、目的地にたどり着く頃にはまだらになっているのがオチだからだ。


 そうした苦難の末、女性達は化粧を最小限にすることにしたという歴史がある。

 だからこそ、到着した先で整えられるだけのものをほどこすようになり、その文化はサリカのような者には不利な、生まれながらの美人がひきたつ状況をつくった。

 とはいえ、結婚願望のないサリカはそこを悔しがる気はない。

 見苦しくない程度に整えられればいい。そう思っていたのに……


「え、ティエリってばそんなのいらないよ!」


 ティエリが運んできた箱の中から取り出したのは、金の髪飾りだ。

 バルタの女性は化粧が満足にできない鬱憤をそこで晴すのか、髪飾りを沢山つける。

 しかしそんなきらびやかで高価なものなど、一つならばまだしも三つも四つも身につけたら、落とした時が恐い。

 そう言ったが、ティエリには笑顔で拒否された。


「だめよサリカ。こういうので髪とめておかないと、生花が綺麗に飾れないじゃないの」


 冬が長いバルタでは、春から秋にかけてはなるべく生花を飾りに使う。冬の間使えない分なのか、これでもかと盛る者も多いのだ。

 そのような人のために作られた金の髪飾りは、そこに引っかけるようにして生花を挿す金具をつけられるようになっているらしい。


「殿下のご命令なんだからね~大人しくしててちょうだい~」


 頭の向きをぐいっと直され、上半分だけをねじったり編んだりして結われた髪に、何本かの金の髪飾りがつけられる。

 サリカは鏡で飾り立てられる様子を見ながらびくびくとしていた。


「え、そんな歩揺とかいらないんだけど?」


 抗議したが、ティエリは真珠と金を連ねた垂れ下がる飾りをつけてしまう。


「え、花とかもうちょっと淡い色の方が……」


 物言いをつけてみると、さすがに淡い色の花を足してくれたが、深紅の炎華も混ぜられてしまった。派手になってしまうとサリカはうろたえた。


 そして唇に淡く紅が刷かれ、目の上に真珠の粉を塗られ、頬紅を薄くのせられる。

 化粧はこれだけだ。けれど、それまでは頭上の赤い花ばかり華麗で浮いているように思っていたのに、なんとなく調和がとれたように見えてくる。

 どうしてだろうと、サリカは鏡の中の自分をまじまじと見た。


「どうかしらサリカ。私の腕もまんざらではないでしょ?」


 腰に手をあてて言うティエリに、サリカも今回ばかりはひれ伏すしかなかった。


「まったくその通りで……ティエリ様」


 なにせ鏡の中にいたのは、血色のよさそうな、綺麗な花が浮かない顔立ちのサリカの姿だったのだ。昨日試着した衣装も、確かに昨日以上に色なじみがいいように思う。

 これは確かにサリカが自分でがんばるよりも、見苦しくない。


「本当に魔法使いのようですティエリ様」

「そうでしょうそうでしょう。じゃ、行くわよ」


 まだ鏡をのぞいてティエリを賞賛していたサリカは、ティエリにひっぱられるようにしてエルデリックの部屋へ向かった。

 そちらでは、先に衣装を整えたハウファが召使い達を監督してエルデリックの着替えを終わらせたところだった。


 エルデリックの姿を見たサリカは、目を見開いて静止する。

 真珠色の長衣は真珠と金と青の宝石や刺繍で飾られ、まるで湖に輝く日の光を思わせる。肩掛けは複雑な枝葉の模様と鳥が白の濃淡で織り込まれ、金と青の石で飾られていた。

 その姿は、どこかしら大人びた雰囲気を感じさせた。


 急にエルデリックが青年に成長してしまったかのような戸惑いを感じながらも、同時に美々しい王子らしい姿にサリカはうっとりとした。


「ああ、さすがは殿下……なんて麗しい……」


 今すぐエルデリックの足下にひざまずいて崇めたい。

 ふらりと足を踏み出しかけたサリカを押しとどめたのは、理性ではなくエルデリック自身の声だった。


【サリカも、とても綺麗だよ】


 心の中で告げたエルデリックは、サリカに歩み寄る。

 そのままサリカに抱きついた。


 抱きついた……のだとサリカは思う。

 自分の肩に頬をよせて、腕ごと捕らえるような形ではあっても、サリカの方がまだかろうじて背が高い。だから子どもにすがりつかれているのと同じだと思うのに、サリカは一瞬どきりとしたのだ。


 自分を綺麗だと言ったその心が、いつもよりも何か深い色をしているように思えて。


【とっても似合ってるよサリカ】


 二度目のエルデリックの心は、そのことが嘘だったかのように可愛らしい明るさを伴っていた。

 そこにほっとしながらサリカは我に返る。


 そうだ。この衣装を贈ってくれたのはエルデリックだった。

 おかげで不本意ながら出席することになってしまったが、そうでなければロアルドとも踊る約束をすることができず、別な難題を出されていたかもしれなかったのだ。


「殿下、綺麗な衣装をありがとうございました。私はあんまり色合わせとか上手くないので、自分ではこんなに素敵には整えられなかったと思います」


 にっこりと笑って言えば、エルデリックはうんとうなずきながら首元に額をよせてくる。


(う、なんかくすぐったい……)


 さらさらの自分が愛してやまないエルデリックの髪が触れているからだろうか。そう思えば、このこそばゆさもなんだか愛おしい。

 サリカは笑い出したくなるのを堪えながら、エルデリックが離れないのをいいことに自分もぎゅっと彼をだきしめる。

 すると聞こえて来るのはまたあまり聞き慣れないエルデリックの発言だった。


【ああ、本当は誰にも渡したくないんだ……】


 一瞬ぎょっとしたサリカだったが、エルデリックがそんな事を自分に言うはずがないと思って考えた。


(任せたくない……の間違い? かな?)


 だよね? とサリカは自分に言い聞かせる。

 エルデリックがそんなことを言うわけがないし、母親代わりのサリカを渡したくないのだという意味なら、なぜ今それを言うのかよく理解できないからだ。

 そんなサリカの疑問は、ハウファの声でエルデリックの温もりとともに断ち切られてしまう。


「まぁ殿下ったら。サリカが可愛く支度をしてきたから嫉妬したのね。本当にサリカべったりだから」


 言われたエルデリックは、微笑みながらもサリカから離れた。

 サリカは自分の腕から離れて行くエルデリックの感触が惜しくて、つい情けない顔をしていたのだろう。

 ティエリに頭を小突かれる。


「いたっ」

「ほら変態サリカ。もう会場に向かうわよ」


 そしてサリカは、エルデリックの後ろに従って部屋を出た。

 部屋の外には、こちらも白の盛装の長衣を身に纏い、濃青の肩掛けを巻いた騎士達が待っていた。腰に吊した剣は今日は長い衣の内側に隠れ、彼らが立ち回るのではなく、儀礼的に付き従うのだということが表れていた。


 サリカはその中にラーシュを見つけ、改めて吐息をつく。

 黒灰の髪が白と青の装束の中で目立っていた。あの投げやりな雰囲気すらも、どこか絵のようにはまって見える。

 ほんの少しだけ、顔がいい人っていいなぁとサリカは思った。


 けれどエルデリックにはそんなことを考えたことはないな、とサリカは思った。ずっと側にいて母親代わりの気持ちでいるからだろうか?

 けれどエルデリックのことを綺麗だなとは感じるし、敵わないと感じてひれ伏したくはなるのだ。


 ラーシュに感じるのはそれとは違う。

 どちらかというと、どうしてあちらだけやたら格好良いのか。どうして自分と同じ地味さじゃないのかという不服だ。


(仲間意識かな……)


 秘密を共有する同士だから、ちょっとしたことでおいてけぼりになった気がするのかもしれない。

 エルデリックに先行して歩きだすラーシュと、一瞬だけ視線が合う。

 ラーシュは一瞬息を飲み、しかし静止することなく前を向いて、他の騎士達と共に前へ進み出した。


(なんかおかしかったかな、私)


 ラーシュの反応に変だと思ったサリカは、聞いてみようと思う。



 結局ラーシュと話が出来たのは、祝宴会場横の控えの間にエルデリックが入ろうとする時だった。


「あの……ラーシュ。私なんか変?」

「いや?」

「でも、さっき私の顔見てなんか変な顔してたから。どっか皺がよりすぎてるとか、華が派手すぎて合わないとか、原因があるなら教えてもらおうと思って。殿下の恥になっちゃう」

「いや……そんなことは、ない。むしろいつもより、変じゃ……ない」


 なぜかラーシュは言い難そうに視線をそらし、顔の下半分を片手で覆う。


(なんでその反応?)


 サリカは首をかしげるしかない。

 変じゃないのなら、なぜそう言い難そうなのか。

 追求したかったが、それよりも先にラーシュが言った。


「……気をつけろよ。警備は陛下の計らいでいつもより多くなっている。入場者にも目を光らせてもいる……殿下の初めての夜会でもあるからな。それでも不測の事態が起こる場合もある。まだ犯人が見つかっていない以上はな」


 だから一人で人気のない場所へ行かないこと。あまり知らない人間についていかないことなど、ラーシュはサリカに注意する。

 心の中に警戒心が呼び起こされ、サリカは無意識に姿勢を正してしまう。それから思った。


「ラーシュ……なんかお母さんみたいだよ」

「基本ができていないと困るからな。後警戒すべきは、あの男だ」


 ラーシュは少し離れた場所にある大扉から会場へ入ろうとしているロアルドへ視線を向ける。


「何の目的でお前に踊りの要求をしたのか知らないが、疑っておくべき人間の一人には違いないからな」


 ラーシュの視線を追ってロアルドの方を見たサリカは、その言葉にうなずいた。

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