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お見合いはご遠慮します  作者: 奏多


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20 外出は危険が待ち構えている

 サリカが王宮のエントランスへ駆けつけると、まだ馬車に乗車をはじめた頃だった。


 胸をなで下ろしながら、サリカはエルデリックの付き人として同じ馬車に同乗しようとした。

 その時に、先に乗ったエルデリックが、中から手を差し出してくれた。

 サリカの乗車の手伝いをしようというのだ。


(ああ、ほんとにこんなにも心優しい王子様にお育ちになられて……)


 サリカは感動しながら、エルデリックの好意を断らずに受ける。ここで拒否したなら、エルデリックにばつの悪い思いをさせてしまうだろうから。

 しかも、先に乗車したエルデリックに手を貸したのはサリカだ。

 まるで親子でお互いに手助けしているような様子に、周囲も微笑ましく見てくれていたので、そうすることができたのだ。


 が、ふとサリカは背中に突き刺さるような視線を感じる。

 気にはなったが、すぐに馬車の扉が侍従によって閉められてしまい、確認することはできなかった。


【何か気になることでもあった?】


 エルデリックの側にいるので、彼にだけ向けて繋いでいる感覚が、言葉を伝えてくる。

 何年もくりかえしたことだったので、エルデリックと心をつなげることに関しては、息をするかのように顔を見た瞬間にできるようになっているサリカだった。


「いいえ……なんかちょっと見られてる気がしただけで」


 悪意というか、嫌だという気持ちを強く感じた気がしたのだ。能力を使って確かめたわけではないので、確信はないのだが。


【ラーシュではなくて?】


 エルデリックの問いにサリカは首をかしげる。


「どうしてラーシュが? 彼の場合、私を見ても不愉快なことしかないんじゃないかと思うんですが……」


 見る度に思い出すだろう。フェレンツ王の前で這いつくばらされたこととか。もしくは以前、彼がバルタ王国へ逃げてくるきっかけになったのだろう、故郷で隷属させられていた頃のことを。

 それなのにサリカのことをいちいち見つめたいわけがないのだ。


【サリカは見てると楽しいよ】

「え、楽しいですか?」


 予想外のエルデリックの言葉に、サリカは戸惑う。

 サリカの行動がどこかおかしくて、見ていて飽きないという意味だろうかと思う。

 エルデリックはにっこりと微笑んでいるし、たぶんそれ以上の他意があるわけはないだろう。サリカに対してひねた言い方をする子ではないので。


【僕はサリカが側にいてくれて、いつも退屈しないでいられるから、僕は毎日楽しく過ごせているんだ。感謝してる】

「殿下の無聊の慰めになるのでしたら、いくらでもご覧になって下さい! なんなら、今度何か芸でも練習してきますよ!」


 エルデリックの『感謝』の一言で、サリカの頭の中からすべてがふっとんだ。

 そしてそのまま、これから向かう場所についての説明を請われた時には、完全にすべてを忘れ去っていたのだった。



「ここが、幽水史跡ですか」


 ぱっと見は、なんの変哲もない畑が広がる丘だ。

 変わったところといえば、ゆるやかな勾配をもつ丘の上に、くずれた建物らしき石組みの跡があるだけ。

 それを囲むように、風雨で模様も削り取られた石柱が、かろうじて雨が吹き込まないだろう大きさの屋根を支えている。


 けれど、この史跡はただの昔の建築物、というわけではない。

 少し肌寒い日だったおかげか、幽水と呼ばれた理由がはっきりと見える。

 ふわりと、石組みに囲まれた井戸から湧上がる白い湯気。

 それがやんわりと崩れた場所から漏れ出し、床へと流れていき、やがて空気の中に溶けていく。

 水のように見えるけれど、湯気なので実体はない。

 これが幽水と呼ばれる所以であり、遙か昔、王都の西に誰が掘ったのかわからない温泉の湧き出し口でもあった。


 おかげでこの周囲は暖かな水が湧くせいか地面が温かく、作物も長い期間育てやすい。そして湯が湧くおかげで、人間も暮らしやすい場所だった。

 さらには、王都周辺の歴史の勉強としても、静かに行ける場所だ。


【サリカ、さっき自分で説明してたのに驚いてるの?】


 エルデリックが肩を振るわせる。

 声を言葉にできない彼でも、くすくすという笑い声だけは出すことができる。

 けれどそれも珍しいことだ。

 おかげで西の穀倉地帯の端と史跡を見るために付き添ってきたご学友達が、エルデリックを信じられないような表情で見つめていた。


「殿下、お声が……?」


 初めてエルデリックの笑い声を聞いたのだろう、伝信事業を任されている家の少年が、エルデリックに話しかける。

 しかしエルデリックは苦笑いの表情で首を横に振るしかない。だからサリカがそっと少年に近寄って囁いた。


「デアーク様、殿下は言葉にできないだけなので、笑い声でしたら少しは出せるのですよ」


 サリカの言葉に、デアーク少年は納得したようにうなずいた。


「失礼いたしました殿下。もしそうだったらいいなという願望が、つい先だってしまったようです」


 よく躾けられたらしく子どもにしては堅苦しすぎるデアークの謝罪を、エルデリックはうなずいて受け入れる。

 けれどそれだけではデアーク少年が、真実心から許されたかどうかわからないだろうと考えたのだろう。


 エルデリックはデアーク少年の手を握ると、一緒に行こうとひっぱっていく。するとデアーク少年の頬からも緊張のこわばりが解けた。

 そのまま少年二人が先頭に立って、幽水の湧き出す場所まで進んでいく。

 なかなか良い方法だと思いながら、サリカはエルデリックを見送る。


(でもこれ、今はとっても眼福なだけなんだけど、何年かしたら手を繋がれたら怯える子が出てくるんじゃないかなぁ)


 さすがに二十歳を過ぎた男同士で手を繋いでいたら、まずい気がするのだ。

 今度別な方法を考えて、エルデリックに実行してもらうようにしよう。そう思いながら少し離れてサリカもついていく。


 しかし子ども達の側にいると、2・3歩進んだ所でスカートの裾が掴まれたように身動きしにくくなり、その場で転びかけることが何度かあった。


(誰だろ……)


 年下の少年少女が六人、常に自分の周囲をくるくると歩き回っている上、その世話をやく召使い達も連れてきているのだ。

 特定できないうちに、あちこち動く子ども達を見ていたら、サリカは目が回ってきた。


 さすがまだ十代になったばかりの子供達である。若いつもりだったサリカも、その体力についていけないものを感じていた。

 農家の視察と言って、村人達の視線にさらされていた時は大人しかったのだが、人目が減ると子供達もお行儀良くではあるものの活発になってしまうようだ。

 そんなサリカの様子にすぐに気づいたのはエルデリックだった。


【サリカ、少し休んでて?】


 心配そうな表情で言いながら、エルデリックはサリカの手を握ってくる。


(でも、殿下のおそばにいると言って来たのは私ですから)

【大丈夫。みんな僕のことは大分慣れてくれてるから。なんだったら手に文字を書くまで待っていてくれるよ】


 そう心の中で会話している間にも、ステフェンス国境に影響を与える領地を持つ少女が、エルデリックに話しかける。

 複雑な返事がひつようだったためか、さっそくエルデリックは彼女の手をとり、その手のひらに文字をつづっていく。

 明るい色のふわふわとした雲を思わせる髪をやんわりと結っている少女は、初めは手に触れられて恥ずかしそうにしていたが、やがてくすぐったさにくすくすと楽しそうに笑うようになる。


(う、なんか甘酸っぱい……)


 青春だなぁと思いながら見ていたサリカは、同時に「これなら大丈夫か」とやっと安心する。そしてエルデリックに少し下がる旨を心の中で伝えて、そっとその場を離れ、サリカは馬車へと向かった。


 その途中で、王宮から連れてきた召使いの一人なのだろう。「大丈夫ですか?」とサリカの腕を支えるように触れてきた女性がいた。


「ええ、大丈夫。ちょっと疲れたみたいで」

「左様でございますか? よろしければ先ほどの村まで戻って、私が何か薬など分けてもらいにいきましょうか?」

「ありがとう、でもそれなら自分で行くわ」


 ちょうど水が飲みたいとは思っていたのだ。井戸からくみたての冷たい水を飲めば、さぞかしすっきりするだろう。ついでに、エルデリックたちのために、持ってきていた果実などをもう一度冷やしておけたらいい。そう思って村へ戻ろうかと考えたサリカに、召使が言う。


「いえ、お一人にできませんので、私もまいりますわ」


 そこまで支えを必要としていたわけではなかったが、サリカは大人しく召使いの好意を受け入れた。

 そうして馬車に乗り込む。休むために、エルデリック用の馬車に乗るのも失礼だなと思ったので、サリカはすぐ近くにあった別の馬車に乗ったのだが。


「え!?」


 なぜか召使いも乗ってきた上、扉を後ろ手に閉めた召使いは、隠し持っていたナイフをサリカにつきつけてきたのだ。


 驚きのあまり目を見開くサリカを見つめたまま、召使いは「出して!」と外に声を掛ける。

 すると馬車が動き始めた。


 その方向は、サリカ達がやって来た方向――戻ろうと考えている村には向かっていたが、けれどそれならどうしてナイフが必要なのか。


 サリカは戸惑う。

 走り始めた馬車の中では、車輪の音で叫び声は外へ届きにくい。

 迷ううちに、サリカを乗せた馬車はさらに速度を上げ始めた。


 もうラーシュを呼ぼうにも、人の足では馬車に追いつけない状況になっていた。

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