15 説明と妥協
女官長の親族の屋敷を離れ、王都の街並みを急いで通り抜け、乗っている馬にはそこそこ無理をさせたような気がする。
だから馬足を緩め、一度王宮と街を隔てる林の中で止まったことも、ラーシュに歩けと言われたことも、サリカは何の不満もなかった。
ただラーシュにしてみると、それはゆっくりとサリカを問い詰める時間をつくるためだったようだ。
おもむろに道を外れたラーシュは、林の中の座れそうな倒木がある場所で立ち止まると、馬を近くの木に繋いだ。馬は下生えの草をはみ始める。
もぐもぐと口を動かす馬をながめていたサリカの前に、やや斜に構えたラーシュが立つ。
「さて、聞かせて貰おうか。なぜお前の父と似ているという理由で、他人からあんなにも嫌そうな顔をされるのか、だ」
「あ……うん、そうだよね……」
説明せねばならないだろう。
このままでは、本人が知らぬところで後ろ指をさされる可能性もある。
同じ怒りを買うのなら、先に自分の口から言ってしまった方が傷は浅いだろう。ラーシュも他者への心構えができるだろうし。
それは分かっているのだが、できれば言いたくないのだ。
正直、ラーシュに激怒されることが怖い。だからサリカは話の前に言い訳を連ねた。
「ほんっとーにとっさのことで、悪気があったわけじゃないのよ? 嫌がらせのつもりでもないの……。聞く前にそれだけはわかってほしいんだけど」
サリカはこれでもかと念を押す。
あまりにしつこいので、逆にラーシュは話の酷さに想像がついたようだ。
「本当ならば聞きたくないがな。お前がそれだけ言うのだから、相当酷いんだろう?」
サリカは重々しくうなずく。
それから緊張のあまりつばを飲み込み、ようやく話した。
「父は、縛られるのが好きなの」
サリカの言葉に、
「…………」
覚悟していたはずのラーシュは黙り込む。
とりあえず怒られなかったので、サリカは経緯説明へと移った。
「原因というのなら、多分お母さんがいけないんだと思うわけで……。話は、なれそめまでさかのぼるんだけど」
サリカの母は、父に一目惚れしたのだという。
けれど『能力』のことがあるので、サリカの母も告白は躊躇した。
なぜなら父は織物商で、サリカの母にも『能力』があると知った場合、人質にされても自力で解決できる人ではない。それに何よりもサリカの母を守り抜いてくれるほど愛してくれるかわからなかったのだ。
しかし父親である祖父イレーシュ伯とも仲が良く、サリカの父はわりと頻繁に伯爵家を訪れた。
そのたびにこっそり覗くしかない母。
次第にこの状況にイライラした母は、考えた。
そうだ、調教しようと。
「……おい、お前の母親の頭の中身はどうなってるんだ?」
ラーシュのつっこみに、サリカも涙目になるしかない。
「それを言わないで……」
とにかく勢いのまま、サリカは語った。
自分を一番に考えてくれるようにしたら、秘密を漏らさないように躾け、そして万が一の場合には父を守ればいい。
決断したサリカの母は、伯爵家から帰ろうとした父を罠をしかけて捕縛。自分を一番にしてくれるというまで帰さないと迫ったらしい。
「お前の母親は……いや、なんか不毛な気がしてきた」
仮にも辺境伯令嬢が罠をはるとか、それは監禁だろうとか言いたかったのだろう。
ラーシュの言葉は正しい。
あの人に関しては、常識をどうこう説くのがそもそも不毛な行為なのだ。特に思いついたら猪突猛進な時のサリカの母は、誰の意見も受け付けない。
「でもね、そのせいでうちのお父さんも、ちょっといけない世界の扉を開いちゃったみたいで」
サリカの父は「なんて情熱的な人なんだ」と、そんな母親に惚れてしまったのだ。
まさに奇想天外な父親である。
逃げられないよう縛り上げられたことが、サリカ母の情熱の表れと脳内変換したようだ。
縛られても嫌ではなかったあたり、潜在的に『そういう素質』もあったのだろうが。
それ以来、サリカ母の自分への愛を確かめるために、時々父から縛ってほしいと言うようになってしまったらしい。
「そんなわけでね、私小さい頃は、父親は時々家の梁から吊されているものだって思い込んでたのよ。でもある日、悲劇が起こったの」
「悲劇!?」
「私、何も考えずに近所の子を家に呼んだの。そして父さんを目撃したその子は「死体がぶらさがってる!」と絶叫しながら家を飛び出して……近所の人たちが押しかけてくる事態に」
運悪く、母親がちょっと家を出ていた時のことだった。
おかげで人が来る前に父を下ろすことができず、やってきた近所のおじさんおばさんおじいさん達の前で、サリカの父はぶら下がったまま挨拶することになってしまったのだ。
ここまでの話を聞き、ラーシュはサリカに『可哀想な子』を見るような目を向けた。
確かに、あのときのサリカは可哀想な子だったので、反論できない。
とにかくこの一件で【一般的な親】というものがどういうものかを知って、サリカは大変恥ずかしい思いをした。世のお父さん達に謝りたくなるほど。
けれど『父親がつるされる家』という話は、住んでいた村の中を駆け巡り、近隣の町にまでとどろいてしまったのだ。
「その噂が強烈すぎて、お母さんの能力に関する噂もかき消えてるんだけど……ううぅ」
正直喜んで良いのかよくわからない。
父親は『可愛い娘の防犯に役立った』と喜んでいるぐらいだが。
「いや……そりゃ、かき消えるどころか、気になっても忘れるだろうな」
むしろああいう家だから、何が起きてもおかしくない程度には思われているだろうな、とラーシュに言われ、サリカはうなだれた。
「たぶん、女官長様もその噂を聞いたんだと思う。一応、お見合いさせるために、ちょっとは私のことも調べたんだろうし」
だからこそのあの反応だろう。
「ようやく状況は理解できた」
ラーシュも、なぜあんな目を向けられたのか、嫌々ながら腑に落ちたようだ。
ちょっと口元がひきつっているので、嫌々なのは間違いないだろう。
「てことは、俺はつるされて喜ぶ男にならなくちゃいけないのか?」
お父さんみたいに、ということは、当然そういう要求をされるのかと警戒するラーシュに、サリカは……沈黙するしかない。
「お前の父親には、他に趣味や特徴はないのか?」
尋ねられて、サリカは答える。
「ええと、裁縫を少々……」
「……くっ。なんて特殊な」
ラーシュがうめく。
確かに裁縫が好きだとか趣味にしている男など、そうそういないだろう。当然ラーシュも趣味だと言えるレベルまで技能が高くはないに違いない。
「他には無いのか。剣の腕が良いとか、俺にできそうなことは」
「お母さんから防犯のためにって、フライパン打法を仕込まれてたけど、上達してるかどうか……。町から町へ移動するには護衛雇うし、剣は……たぶん持たせた方が危ないような感じかも」
そしてサリカは結論を述べる。
「でもうちのお父さんの一番有名な噂って、やっぱり蓑虫になることかと」
「今からでも、新しい趣味に目覚めさせられないのか? さすがに縄で縛られたら、護衛をするにしても支障がでるだろ」
そうだよね、とラーシュの言葉にうなずいたところで、サリカはふと気づいた。
縛られるのは困る。だから他に趣味がないのかと尋ねるということは、ラーシュは本当にサリカの父のようなまねをして、サリカに尊敬されてる図を作る気があるのか。
「え、もしかしてラーシュさん、ホントにお父さんと似てる人のふりするの? でもそれって、恋人のふりをしてるようなものじゃない? 『お父さんみたいな人がいい』って、結婚相手に対する条件で言う言葉でしょ!? 殿下の噂みたいな不可抗力で一緒にいる、って装うだけじゃ済まなくならない? ほんとに……いいの?」
「いや、まだ他にも選択肢はあるだろう」
ラーシュは他の選択肢を示してみせた。
「俺が女官殿の父親と同じだ、という嘘を信じているのは、あの女官長とロアルドとかいう男だけだ。なら、そのほかの人間にその姿を見せる必要もない。女官殿が排除したいのも、あの二人だけだろう? なら、彼らにどうしても疑われた時だけ奥の手で使えばいい」
あとは普通にしているつもりだというが、女官長の前で必要に迫られればやるというのだ。
「私のお見合い破棄のために、人間蓑虫に、なってくれるの……?」
そんなにまで尽力してくれるなんてと、感動して見上げるサリカに、ラーシュは嫌そうな顔をした。
「その表現とやることは心底嫌だが仕方ない。お前にあんなうさんくさい連中と縁戚になられてはこっちが困る。それにここまでの事を、あのロアルドという人間がまねできるとは思えないからな。たぶん諦めるしかなくなるだろう」
ラーシュの言葉にサリカはほっとする。
嫌々ながらだと言われても、サリカは嬉しかった。怒らずに、協力してくれるというのだ。
なんていい人なのだろうと思い、サリカは深く膝を曲げてラーシュに頭を下げる。
「ほんっとにありがとう! これで女官長の魔の手から解放されるかも!」
頭を上げると同時にそう言えば、ラーシュが苦笑する。
その表情が、今までみたものの何よりも柔らかくて自然で、サリカの視線が吸い寄せられる。
穏やかな笑みを浮かべるラーシュは、いつも感じてたけだるさはなくとも影が拭いきれてはいないが、雨に濡れながら立つ樹木のような凛とした雰囲気があった。
しかしそれも数秒のことだ。
ラーシュが表情を消すとともに、サリカも我に返る。
見とれていた自分に内心で慌てるサリカに、ラーシュは釘を刺した。
「ただし、だ。俺には縛られて喜ぶ趣味はない。となればお前が『能力』で俺に実行させろ」
「え!? だって嫌でしょ、そんな強制されるようなこと」
「正気でそんなことできると思うか?」
ラーシュに尋ねられ、サリカはぶんぶんと首を横に振る。
泥酔したとしても、自ら蓑虫になろうなんて人間は少ないことだろう。
「あんな真似、進んでやれるのは変態だけだと思うわ!」
力強く言うサリカに、ラーシュはうなずく。
「一度だけだ。相手が真似できないことだからな、一度はっきりと見せてやればそれで諦める。そうすればお前の問題は解決されて、お前ももう一つの問題に傾注できるはずだ」
「もう一つの問題って?」
尋ねると、ラーシュが眉をつり上げた。
「うっかり俺に影響を与えないよう、特訓しろ。動揺するたび俺に影響を与える気か?」
ずばりと言われたサリカは、反省せざるをえなかった。
間違いなくラーシュの言うとおりで、強制的に彼に言う事をきかせるスイッチを、焦ったら押してしまうというのは避けるべきだろう。




