12 不意打ちは常套手段のようです
コザ地区というのは、王宮が無骨な石の城だけだった頃くらいの昔、王都民の食料として飼われていたヤギの飼育場所だった。
ヤギの飼育場所が移動し、残された建物に人が集まって自然と拡張していった場所なので、現在に至るまで、裕福な人たちはそこに家を建てることはあまりない。
元々住んでいる人にしても、家を建てられるようになると別な地区へ移動してしまうので、昔からある石造りの家や、それを改修した家が多い。
エルデリックゆかりの礼拝堂も、コザ地区の王都中心に近い場所に建てられている。
どうしてそんなところにエルデリックゆかりの礼拝堂があるのかといえば、それはエルデリックが発語できないことに絡んでくる。
エルデリックの状態を嘆いた今は亡き王妃が、女神の奇跡を願って、貧しい者の住む場所にと建てさせたのだ。
結局神の奇跡は起こらなかったのだが、この礼拝堂はエルデリックにとって母の愛情を偲ぶものでもある。
一年に一度は自ら訪れ、それ以外は月に一度、礼拝堂の維持のためにも奉納の品を送っている。
サリカも時々、品を持って行ってはいたのだが、今回ほどそれが憂鬱なことはなかった。
「行きたくない。行きたくないよー……」
エルデリックの指示があった後、サリカはなおもぐずっていた。
贈り物として持って行く品が入った箱を手提げのカゴに入れ、ティエリとハウファに追い出された後もぐずった。
馬に乗るため、厩舎でラーシュと落ち合った後も拗ねていた。
なぜなら、
「今日は殿下が防具を身につけて訓練されるっていうのよ!? 着替えを拒否られて以来の、殿下に触れる絶好の機会だったのに!」
「ホントに変態だな……」
横で聞いていたラーシュは、正直な感想を漏らす。顔には『あきれかえっている』と書いてあったが、サリカは気にしない。
エルデリックのことに比べれば、世の中の様々な事柄は些末な代物でしかないのだ。
「変態じゃないもの。殿下は特別なのよ。我が子と思ってお育てしてきたのに、母が子に触れられないとかなにこの苦行!」
「とりあえず乗れ。早く帰れば防具を外すのに間に合うんじゃないのか?」
「お? おおおおお、ラーシュさんてば頭いいじゃない! わかった乗る!」
確かにラーシュの言うとおりだった。急いで行って急いで帰れば、一時間ほどで帰ってこられるだろう。
「さぁ行こうすぐ行こう!」
サリカは喜び勇んで馬に乗ろうとする。
しかし馬というのは、なかなか騎乗する場所が高く、そして鐙はかなり足を上げなければつま先をひっかけることができない。
仕方なくラーシュに先に乗ってもらい、もどかしい気持ちをおさえながら馬上へ引っ張り上げてもらう。
顔に書かれている文字が『面倒だ』に変わっていたラーシュだったが、それでも王子の命令を遂行するため、気が合わないサリカでもきちんと馬に乗せてくれた。
女官らしく、けれど地味な深緑の裾長の内着と長衣姿のサリカは、横座りをして前を向き、
「よし、出発して!」
びしっと前を指さしたサリカに、ラーシュはあきらめ顔になったのだった。
「……お前ほんとに、能力を使わなくても人使いが荒いな」
ぽつりと小声で言ったラーシュに、サリカは振り返らずに応じた。
「こっちの方が健全でしょ? 命の危機でもない限り、人の心を強制的にねじまげる必要なんてないじゃない。別にあなただって殿下の命令に背く気はないだろうし」
「それはそうだが」
「だからあまり能力のこと意識されるのも嫌なのよ。ほんとは一生隠して生きていきたいのに……。知られる人は増えるし、変なお見合いは来るし」
「……お前に見合い?」
ラーシュが思わずといったように疑問を口にした。
この言葉は、普通の女の子なら確実に怒らせるだろう。お前に見合いが来るわけがないと言っているようなものだから。けれどサリカは幸か不幸か普通ではなかった。
「やっぱり? そう思うわよね、ありえないでしょ!?」
賛同者がいた! とばかりにサリカが喜色を浮かべてラーシュを振り返った。
それにぎょっとしたのはラーシュの方だ。
しまった、また喧嘩になると思って、失言したのは自分だからと謝罪の言葉を探そうとしていたぐらいなのだ。
よもや本人から喜ばれるとは思わなかったのである。
「美人ってわけでもないし、だからといって儚いとかそういう単語から私って無縁でしょ? それに衣服だって地味にして目立たないようにしてるっていうのに、なんでまた私なんかとお見合いしようと思うのか、理解できないわよ」
「本当に、見合いの申し込みがあったわけか?」
恐る恐るといった口調で尋ねられ、サリカはうなずく。
「ステフェンスじゃどうだか知らないけど、バルタの結婚適齢期って20歳までなのよ。仲人が趣味の女官長が、私がめでたく行き遅れになったからって、お見合いを押しつけに来たのよ……」
普通に結婚したくない話を聞いてくれる人をみつけたせいか、サリカはとうとうと語り続ける。
「私結婚したくないから殿下の側で一生お仕えするんです、って言ってもだめ。殿下への愛を語って変態扱いされても、殿下っぽい容姿ならいいのかって、やたら美人な人をおすすめしてくるのよ。しかも不意打ちで顔合わせさせられたりするし。お客様だと思って行ったら、お見合い相手だった上、その場でなんでかきっ……キスまでされそうになって! あのときはもう、ラーシュさんが本当に救世主に見えて……」
そこで、今まで黙って聞いていてくれたラーシュが、不思議そうに尋ねてくる。
「お前、結婚したくないのか?」
「え、話してなかったっけ?」
サリカはここ数日のことを思い返してみる。
おもえば強制顔合わせの時はお互いの秘密を知らなかった上、それほど親しくなかったので話さなかった。
襲撃された後の話でも、確かにお見合いを避けるために……という話はしたけれど、結婚そのものをしたくないとは教えていなかったかもしれない。むしろ能力を秘密にするためにという話ばかりしていたような気がする。
「そっか。話してないし、陛下だってそこまで話さないわよね」
なのでサリカは話した。
乗った馬は話込んでいる間に既に王宮を出てしまい、王都の町並みへ続く低木の木立が広がる道を進んでいた。折良く人の姿もない。
「ほら、私こんなアホ能力あるでしょ?」
「あ、あほ……」
サリカの言葉にラーシュはあっけにとられたようだ。口をぽかんと開けそうになっているラーシュの様子を無視して、サリカは続けた。
「あなたも知ってるように、この能力って人の心を操ったりできるわよね? てことは、権力者とかそこそこ地位が高い人間や野心家なんかが欲しがったりするわけで。そのせいでうちのお祖母ちゃんも酷い目にあったし、この世に敵なんているのかと思ううちの母でさえ誘拐されたこともあったみたいで」
サリカは間にため息をはさむ。
「それでも力が強ければね、自分の身を守ることもできるし、家族を守ることもできる。だけど私みたいにあまり力が強くないと、どっちもムリなのよ。……考えてみてよ、結婚して旦那がそういう輩に捕まって脅される時のこと。子供だと尚悪いわよね? だけど私一人じゃ簡単に助け出せそうにないし、助けを求めたくても、お祖母ちゃんやお母さんだっていつまでも元気でいてくれるわけでもないのよ」
「守れないから、家族をつくりたくないということか?」
ラーシュの言葉にサリカはうなずく。
「そういえば、あなたのも血筋でそんな症状がでるの? もしかして私と同じ結婚しない仲間?」
仲間だといいなと思いながらサリカが尋ねれば、ラーシュはなんとも曖昧な返事をする。
「いや、そういったことを考えたこともなかった」
「考えたことがないっていうのは、結婚したくないって思ってるわけじゃないのね。でもあなた、女の子にそっけないって噂を聞いたけど? まさか女の子が苦手とか? 女の人の下僕だからトラウマになってて……とか」
「……その話はしたくない」
嫌そうに横を向いたラーシュに、サリカははっとした。
今日はわりあいに和やかにラーシュと話ができたので、油断しすぎていた。
ラーシュが自分の問題を知っている相手にですら、過去や個人的なことを話したくない人なのかどうかを先に確かめるべきなのに、それをすっとばして自分の興味の赴くまま尋ねてしまったのだ。
これ以上つついては喧嘩になってしまう。
「うん、わかった」
サリカは話をそこで切り上げ、前に向き直る。
そのまま二人は、礼拝堂に到着するまで事務的な事以外は口を噤み続けて居たのだった。
***
礼拝堂はそれほど大きなものではない。
円錐形の尖塔とそこから伸びる星形の回廊。うち二つが背後の神官の住宅につながっている、ごく簡素な形をしている。
コザ地区からほど近い採石場から運んだのか、建築物の壁は赤みがかった灰色の石だ。
奉納品を渡すのには時間はかからなかった。
常に交代で礼拝堂を守る神官見習いを捕まえ、神官を呼んできてもらい、おきまりの口上とともに渡すだけだ。
その後形通りの跪拝を、礼拝堂の御神体に捧げる。
他人が見ているということもあり、エルデリックの顔に泥を塗らないよう、サリカは楚々とした所作をこころがけて跪拝を終える。
一緒にきていたラーシュも、それに倣ってくれたようだ。
そうして神官にいとまを告げ、きびすを返した時だった。
礼拝堂の扉が開かれる。
奉納の際には、エルデリック本人が来ていない限り立入禁止にすることはない。
だから参拝者なのだと思ったサリカだったが、表れた人の顔を見て愕然とする。
「あらサリカさんではありませんの、奇遇ですわね」
満面の笑みを浮かべた、女官長だ。
落ち着いた色合いながらも豪華な青の長衣を着た女官長の後ろには、あのロアルドを連れていた。
ロアルドの方も、先日会った時とは違う、白地に銀の刺繍をほどこした上着に、同じ布地と刺繍のバルタ特有のつばが折りたたまれたケーキ型の帽子を身につけている。
そんな気合いの入った格好で、どうして金持ちや貴族とかかわりない場所にある礼拝堂へ来るものか。
案の定、女官長は続けて言った。
「サリカさんはお役目のお帰りかしら? せっかくですし、この近くに親族の屋敷がありますの。休憩して行ってくれると嬉しいわ」
(やられた!)
サリカはすぐにそう気づいた。
おそらく昨日のうちに奉納の品を手配したエルデリックの動きを察知し、サリカの予定を把握した上で、こんな誘いを持ちかけたのだ。
そのためだけに、今日は女官長も休みをとったのだろう。
しかも休暇予定がバレている相手なので、用事が……などとウソをつきにくい。
「ええと、でも私、今回は新任の騎士の方の道案内で来たのですわ女官長様。ですから王宮まで一度戻らなくては……」
「それならば、騎士様も一緒にご招待しますわ」
女官長はサリカの言葉に割り込んだ。
「ほんの一杯お茶を飲むだけですもの、手間など取らせませんし、騎士様も殿下とずっと一緒に居る日ではないでしょう? それに私の方から『馬車の故障で動けないところをお手伝い頂いた』と言っておきますから問題ありませんとも。それでいかがかしら?」
王宮を統括している人間がサリカの四方八方を埋めていく。
ただでさえ女官は貴族の令嬢夫人がなるもので、召使いと違ってかなりの自由が認められている。
守らなければならないのは、朝の身支度と夜の宿直。そして祝宴の際の付き添いや準備の手伝いぐらいで、家の用事などで不意に抜け出しても咎められることはない。
騎士も似たようなものだ。城勤めのラーシュのような場合は、仕える相手の護衛の任務などがなければ、自由な時間が多い。
時折はその強さを堅持するためにも、他の都市で行われる試合に行くよう促されるほどだ。護衛の手がいらなければ、エルデリックの他の騎士達やフェレンツ王の一部の騎士のように、代官や巡察官の役目を任されることもままある。
おかげでラーシュも断れないようだ。
そうしてウソを言って切り抜けることができなかった二人は、最後には仕方なくうなずくしかなかったのだった。




