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9 陛下と殿下のご意向は

「サリカ、君は自分の状況がわかっているのかい?」


 柔らかな声音に厳しい響きをひそませ、フェレンツ王はサリカに言った。


「君は襲撃された。王子の女官でしかない、しかもエルデリックの不自由さを補うために置いた平民の、誰かに邪魔だからと排除されるような理由が少ないだろう君を。前に話したときには疑惑でしかなかったが、今度は違う。明確に命を狙ってきた以上、君の能力に関係しているとしか思えない」


 サリカはうつむく。

 フェレンツ王の言う事は正しい。本来ならばサリカを殺したいほど狙ってくる者などいないのだ。


「だからこうしてラーシュ君の事を君が知り、サリカのことをラーシュ君が認識したのなら、むしろ好都合だ。助けを呼べばどこにいても駆けつける護衛など、他にいない。だから護衛として、私は彼を君の側に置くつもりだよ」


 これにもサリカは反論できない。

 常に張り付いてもらわなくても場所を知らせることもできるし、たとえさらわれたって駆けつけてもらえるのだから。……サリカが呼ぶ気があれば。

 フェレンツ王の言葉に、仕方ありませんねとラーシュが応じた。


「彼女が襲撃されて力を使えば、その度に俺は呼ばれてしまうでしょう。それに自分を支配できる人間が誰かにとらわれでもしたら、俺の死活問題にもなります。また、助けを求められた時にはもう遅かった、ということを避けるためには、彼女の側にいるようにするしかないのでしょうね」


 諦めの交じる声音に、迷惑だと思っていることがありありと感じ取れる。

 けれどラーシュの言うような問題が起こることは考えられるのだ。だからサリカの反論の言葉は格段に弱まった。


「でも、ラーシュさんがずっと女官の私につきまとうわけにも……陛下の騎士が一女官と頻繁に一緒にいるのは問題があるような……」

「私の側からは離す。そしてエルデリックの側につける」


 フェレンツ王は即答した。


「エルデリックの側にいるならば、君と行動を共にすることも多くなる。そして駆けつけても不自然さは抑えられる。そうだろう?」


 フェレンツ王の言葉に、サリカは反論の言葉が見つからない。


「う……確かに」


 認めるしかない。 

 わかっていても、うなずけずにいるのは、やはりラーシュが自分を迷惑だと思っていることで、気が引けるからだ。彼の懸案だけを考えるなら、面倒事にまきこまれたサリカから離し、サリカの祖母にでも預けた方が安全だろうから。


 するとフェレンツ王が最後通告とばかりに言った。


「ラーシュを君の護衛にしたくないというなら、別な方法をとらなくてはならないよ、サリカ。今この時から君を私の側に異動させる。肩書きのない愛人という形にするしかないけれどね。女官のままでは君を四六時中守ってやれない。常に誰かを貼り付けるなら、それしかないんだ」

「ですから、それでは陛下がお祖母ちゃんに怒られてしまうでしょう?」

「君のお祖母様も、襲撃のことを聞けば理解してくれるだろう。そして君が懸念しているお見合いの件も片付く。私としても、そう悪い気はしないんだけどね?」


 そう言って、フェレンツ王はじっとサリカの目を見つめてくる。

 応じるのか。否か。

 フェレンツ王の視線が、あまりに強すぎるような気がして、サリカは思わず王の顎のあたりに目をそらす。

 それを追いかけるようにフェレンツ王は念押しした。


「私は君を失いたくないんだよ、サリカ。そして君のような能力者を、敵かもしれない相手に渡せば、国としても大きな損失になる。このまま、というのだけは許可できないよ」


 能力のことを持ち出すのは、それだけフェレンツ王がサリカを心配してくれているからだろう。

 サリカはそれを理解しているからこそ、そんなフェレンツ王が名ばかりの愛人を抱えて苦労するのは見ていられない。

 それぐらいならば、ラーシュと喧嘩をしないようにサリカが苦労した方がいい。

 負けた、とがっくり肩を落としてサリカは答えた。


「わかりました。ラーシュさんにお願いします」


 そんなサリカを見て、フェレンツはなぜか苦笑したのだった。


   ***


「聞いて下さい殿下ー!」


 話し合いが終わると、サリカはエルデリックの私室へ戻った。

 ちょうど勉強の時間を終えて戻ってきていたエルデリックは、持っていた茶器をテーブルに置いてサリカに向かい合ってくれる。


【うん聞くよサリカ。今日先生のところに資料を取りに行ったはずなのに、別な子が持ってきたから、サリカはどうしたのかなと思ってた】


 その優しい言葉と、ちょうどティエリなど他の女官がいない好機でもあったので、サリカは今日の出来事をエルデリックに報告した。


【それで大丈夫だったの? 怪我は?】

「大丈夫ですよー。ほらぴんぴんしてますからご心配なく!」


 そう言ってまず心配してくれるエルデリックの前で、サリカは腕をぶんぶんと回してみせる。

 近くにいたラーシュが、サリカの腕が当たりそうになり、顔をしかめて離れたが、サリカは気にしない。

 そんなサリカを見て、エルデリックはほっとしたように微笑みながらサリカに頼んできた。


【とりあえず、ラーシュさんに伝えてくれる? これからサリカのことをよろしくって】

「はい、承知しました殿下」


 エルデリックの言葉を聞き、サリカはラーシュに向き直る。


「えっと、殿下からのお言葉で『サリカをよろしく』だそうです」


 その言葉を聞いたラーシュは、小さく息を吐き、サリカに少し離れるように指示してからエルデリックの前にひざをついた。


「国王陛下の命により、これよりエルデリック王子殿下の側につくことになりました、ラーシュ・クロアです。

 ……表向きの理由はこれになります。あくまで女官殿の護衛については伏せられるべき命。そのため本来ならば、殿下の護衛として今まで付き従っていた衛兵や騎士と連携をとるべきですが、それは難しい事象も起こることでしょう。ですので、煩雑とは思いますが、日々殿下ご自身により、女官殿の側にいる理由を作って頂けるようお願いいたします」


 挨拶の口上とともに、ラーシュは事務的な用件を切り出した。

 簡潔に言うと、サリカの秘密を伏せる関係上、どうしても王子のわがままや王子の用事だという名目をつくらなくては、ラーシュはサリカの側にはいられないのでよろしく、ということだ。


 ラーシュの話を聞いたエルデリックはしばらく考える。

 そして身振りでラーシュの手のひらを差し出すように指示した。エルデリックは目の前に開かれたラーシュの掌に、話せない代わりに指先で文字をなぞる。


【なら、一つ提案があるんだ】

「提案……ですか?」


 ラーシュが困惑し、サリカも首をかしげる。


【気に入りのサリカお見合いをさせられそうだと聞いた僕が、それなら自分がえらびたいと我が儘を言って、父上の騎士だった君を引き合わせようとしてるってことにしようと思うんだ】

「え!?」

【それなら、毎日サリカといられるような指示を出しても不自然じゃないでしょう?】


 文字から内容を読み取らなくて良い分、サリカの反応の方が早かった。


「ででで、殿下、どうして私がこの人と引き合わされるんですか!」


 次いでラーシュが驚愕する。


「なぜです!? それなら、せめて別な理由を俺に考えさせてください!」


 抗議し、サリカとラーシュは思わずお互いの顔を見てしまう。

 二人の顔には明らかに『お前と噂を立てられるのは嫌だ』と書かれていた。

 双方の意思に違いがないことを確認し、サリカはエルデリックに向き直る。するとサリカの大事な殿下は困った表情をしていた。


【二人は僕の思惑を知らなくてもいいんだよ。ティエリやハウファに伝えて、周りに広めてもらうだけだから。これなら毎日一緒にいて、喧嘩をしていても問題はないだろう? 僕の目論見が上手く言ってないって、みんな思うだけだよ。それにこれならサリカのお見合いの話も、少しは避けられるんじゃないかなって】

「殿下……」


 サリカは涙ぐむ。

 身の安全とともに、お見合いのことまで含めて考えてくれたものだったのだ。

 最初は、私の大切な王子様が女官長の生息するやり手婆界に参入しようとしてる! と背筋がぞっとしたものだったが、自分を悪者にしてまで仕えている女官を助けようとしてくれているのだ。


【サリカ、わかってくれるよね?】


 エルデリックが側に立つサリカの腕に触れる。


【サリカが母上みたいに居なくなってしまっては嫌だよ。だから守ってくれる人を側に置いて?】


「うっ……」


 それを言われると、もうサリカは抵抗できなかった。

 母親である王妃を亡くした時、ひっそりと泣き声だけは口からでても、母親の名前を呼べないままだった自分を悔やんでいたエルデリック。

 あの姿を思い出すだけで、サリカも泣けてきた。


「うぅ。殿下すみません。私が思い違いをしておりました。こんなにも私のことを考えてくれただなんて……殿下、一生ついていきます!」


 サリカがそう答えると、エルデリックは嬉しそうに微笑んだ。

 その天使のような笑顔にサリカは釣られて微笑んでしまう。


(お母さんも亡くして、言葉が話せなかったりと不自由してるのに、本当に良い子に育ったなぁ)


 サリカは女官の自分を思いやれるエルデリックの心の美しさに感動する。


「おい、俺の意見は……聞く気はないようだな、二人とも」


 後ろでラーシュが何かつぶやいていたが、どちらにせよ彼はフェレンツ王の命令とエルデリックの命令には逆らえないのだ。

 それにラーシュが『自主的にサリカとくっつこうとしてる』わけではない。彼の名誉にも傷はつかないだろうし、問題が解決したなら離れても問題はないはずだ。


 しばらくするとラーシュは諦めたらしく、深いため息が聞こえてきたのだった。

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