第九話 「とある記憶喪失少女の苦悩」
夜中、闇に輝く無数の星を、私は屋根の上で見上げていた。
もう夜遅いということで、ご主人様はまた寝てしまった。一日に何時間寝れば気が済むんだ、あの人は。
こうして星空を見上げるのは、もはや私の日々の日課となっている。今日の星空は一段ときれいに輝いていた。
だが私はこの星空きれいと思うと同時に少しだけ恐怖も感じる。私がいかに小さく、儚い存在なのかということを実感させられる気がするのだ。
───ふと、自分の生前について想う。どんな人だったのだろうか。何をしていた人なのだろうか。……なんで死んでしまったのだろうか。
───私にも、……ご主人様のように、私の死を悲しむ人がいたのだろうか。
普段はこう想うとセンチメンタルな気持ちになるので、できるだけ思わないようにしていたのだが、今日ばかりはどうやら無理なようだ。
───あの時。ご主人様を殺そうとした時。もし、ご主人様があのまま抵抗していなかったら、私はどうしていただろう。
あのまま、殺していたのだろうか。
───いや、それはない、か……。
私はただ、ご主人様に知ってほしかっただけなんだ。今、生きているということが、どんなに劇的で素晴らしいものなのかということを───。
「生き物が生きているのって、実はとてもすごいことなんだよ。でも生きているうちは、それがどれほどすごいことなのかに気付くことができないんだよね───」
「先輩」が昔言っていたことを思い出す。私に『ユズ』という名前を付けてくれた、奏先輩───。
幽霊になりたてだったあの頃は、その言葉をただ聞き流すように聞くだけであった。だけど、今では先輩の言っていたことが痛いほどよく分かる。
それに、もし本当に殺そうと思っていたとしても、やっぱり無理だったかもしれない。───最近、力が著しく弱まっているのがわかる。
「───私も、もうすぐ先輩と同じように、消えちゃうのかなあ……」
一人、そうつぶやく。
そう思うとやはりどうしても不安な気持ちにもなってしまう。
だが……
「はあー……うん、だめだ、こんなんじゃ」
そう言って私は自分のほおを手のひらで軽く叩いて喝を入れる。
───今はご主人様のほうが大変なんだ。私がこんなんでどうする! そんな心配をしても、どうせ消えるときは消えるんだ。今は私がご主人様を支えるんだ。
気付けば、朝日が差し掛かって、星空はぼんやりとしか見えなくなっていた。この太陽が再び沈む前に、咲さんを見つけてあげたいなあ……いや違う、見つけるんだ……!
私は心の中でそう決心した。
短編で、「かぐや姫の憂鬱」という作品も書きました。
もしよろしければ、そちらも読んでみてください。