第八話 「とある半透明博士の苦悩」
「は~、ただ今戻りました……っと」
そう言いながら、研究室の扉を開けて、私の助手の汐見 宗助が入ってくる。私は眺めていた本から顔をあげ、宗助を見る。
「ずいぶんと遅かったねえ、宗助」
私がそう言うと、宗助が一回ため息をついて、「カンベンしてくださいよ~」と言ってくる。
「あの後、必死で謝って、あの学校のOBということもあって、何とか許してもらえたんですから」
「へー、君。あの学校のOBだったのか」
「ええ。俺、ここがもともと地元で……って前にも話しませんでしたっけ?」
そうは言われても、興味のないことはすぐに忘れてしまう。いや、というか初めからあまり聞いてさえしていない。そんなことをいちいち覚えていたら、肝心な事が覚えにくくなるのだ。
「そうだっけか……あ、そうだ、『必死で謝って』と言えば、だました幽霊たちにも謝ってきたんだろうね」
「え!? いや、それは~、あはは」
そう言って宗助はあいまいな笑みを浮かべる。うん、後でほっぽり出して謝りにいかせるか。
「───えーっと、あれ? 咲ちゃんとほのかちゃんは?」
宗助があたりをきょろきょろと見回して聞く。
「ほのかはケン───あのワルガキと遊びに行って、咲はそれを追っていった」
私はこれまでの経緯を宗助に話す。
「あらら……そんなことまで話しちゃったんですか」
「別に特に問題はあるまい。……咲だって、知らなければならなかったことだ」
それは宗助に言っただけでなく、私自身にも言い聞かせるように言った言葉だった。
「……知らない方が良かった、なんてこともあると思うんですけどねえ」
「っ! ───何が言いたい?」
「まあまあ……そんな怖い顔しないでください。俺も、それは伝えないといけなかったとは思いますし。───でも、咲ちゃん、ショック受けてませんでした?」
「それは───」
私が言葉に詰まると、宗助が薄く笑う。
「すいません、いじめすぎました……こういう時でしか俺は優位に立てませんから」
宗助の言葉に私は無性に恥ずかしくなって顔が熱くなった。
───私は他人とコミュニケーションをとる、ということが基本的にニガテだ。生前も、私に同年代の友達なんて一人もいなかった。
アメリカでの暮らしが長かったせいか、日本の文法等は二日でマスターできても、接し方はなかなか習得、というか理解が出来なかったのだ。
そして私の周りの人たちは皆、私のことを「変人」や「何考えているのかがよく分からない」なんて揶揄して、───私の周りから離れていった。
私も、人間関係というものをどんどん軽視していった。その時、そんな私を救ってくれたのが、『あの人』だった。
もし、『あの人』にもう一度会えるのなら、私は───。
「───博士?」
宗助に声をかけられて私は、はっと我に返る。
「どうしました?」
「う、ん……いや、なんでもないよ」
「これでも心配しているんですよ? 博士も、いつ『お迎え』が来るかわからないんですから……」
「そんな老人に向けるような言葉を私に投げかけるな。───なに、私はまだ消えないよ。消えてたまるものか。私にはまだやることがある……」
「博士、それって───」
「ああ、そういえば……」
そう言いかけた宗助に、私は慌てて話題を変える。───宗助の言わんとしていることは大体察しがつくから。
「咲のことなんだが、もし「兄と会話をしたい」と言ったら、宗助、協力してくれるか?」
「───それはもちろん協力はしますよ。ですが、博士……」
───どうやら逃がしてはくれないようだ。宗助が私がかえた話題を戻そうとしてくる。
「俺、博士のあの計画はまだ、反対ですよ……俺は博士が言ったことは基本従うつもりでいます。でもあれだけは、……もう一度冷静になって考えてくれませんか? このままじゃ、また同じ『失敗』を繰り返しますよ。……しかも今度は本当に取り返しのつかない───」
宗助がいつになく厳しい口調で言う。───へえ、宗助ってそんな顔もできたんだ。
「……大丈夫。私もあの失敗から何も学ばないような、愚かなやつじゃないよ。大丈夫、私は冷静さ。あんなことは、もうしないつもりだ」
私がそう言うと、宗助は「なら安心しました……」と言って息をついた。
───すまない、宗助。私もうそをつくのが、上手くなったんだ。
───大丈夫、失敗はしないさ。それは私が保障する。
───だから、許してくれ、宗助……!
もうすぐこの物語も中盤に差し掛かっています。
書き溜めていた書きかけのプロットが徐々になくなり、若干焦っています(汗)
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