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第七話 「死にたがりの少年と半透明の少女」

 ───妙に寝苦しい。


 ぼーっとしながら目を覚ますと、目の前、横になっている自分の体の上にユズが馬乗りのように乗っかっていることに気付いた。


 寝苦しいと思ったが、体が全く動かない。


 この状態……金縛りか?


 自然と、ユズと初めて会った時のことを思い出す。ただ体が慣れたのか、あの時よりも自由に話すことができた。


「何してんだ……悪ふざけはやめろ、ユズ」


「───会いたいですか?」


「……え?」



「妹さん……咲さんに、もう一度会いたいですか?」


 そう、ユズが穏やかな笑みを浮かべながら、静かに語りかける。


「そりゃ……会いたいよ」


 咲に会いたいかって? それはもちろん、もう一度会いたいかと聞かれたら会いたいに決まってる。



 俺がそう答えると、ユズがクスッと微笑んで俺の顔に近づき、人差し指がそっ、と俺のあごに()れた。そのしぐさに、俺は少しドキッとする。そしてユズがそのまま、ゆっくりと口を開く。


「なら……会えるようにしてあげますよ?」


「───は?」


 なぜかユズの笑みが恐ろしく見えてきた───。そう、思った時───


「ヴッ……!!!」


 突然金縛りが強くなり、体全体が体感したことがないくらいズシッ、と重くなる。声も再び、出すのが辛くなってくる。


「な、なに、を───!」


 苦しみながら、何とか声を絞り出す。息をするのも辛く、だんだんと息が荒くなってくる。するとユズの顔がゆっくりと、俺の顔に近づいてくる。



 普段ならドキドキしてしまう状況だが、今は違う意味でドキドキしている。


「大丈夫……優しくイかせてあげますよ…………」


 ユズが俺の口元でボソッと(ささや)く。


 どんどんと息をするのが辛くなってくる。普通だったら、恐怖を感じるだろう。───なのになぜか、だんだん苦しくなくなっていき、ボーっとしてくる。


「死にたかったんですよね……? なら、死んじゃいましょうよ。大丈夫、私もついていますから。そしたら、一緒に咲さんを探しにいきましょう?」 


 ユズが顔を離し、俺をまっすぐと見つめる。俺はユズの(なま)めかしい笑みをただ見つめるしかできない。



 死にたかった、だと……? ああ、さっき確かに言ったな……俺。───そうだ、俺、死にたかったんじゃないか。


 死ねば、もう一度咲に会える───


 頭がボーっとして、息ができなくなっていっているのに苦しくない。まるで脳がしびれて、苦しむ、という行為を忘れているようだ。


 このまま生きて、咲について苦しむよりだったら、いっそ死んで、ユズと一緒に、咲を探すのもいいかもしれない。そうだ、俺は……死にたいんだ───死にたかったんだ……!






「───いやだ」


「え?」


「いや、だ……死にたくない……!」


 自然に、口から出た言葉だった。目からは再び涙があふれてくる。


「咲がいなくなって、死にたい……って確かに思ったよ。このまま一生、咲がいない、この喪失感を持って生きていくと思うと、それならいっそ死んでしまったら……って。だけど……いざ死ぬ、って思ったら……やっぱり、死にたく、ないんだよ……」


 自分でも何を言っているのかよく分からない。


 死にたいと言えば、次は死にたくないだとか、どれだけ優柔不断ではっきりしないんだよ、と自分でも思った。



 でも、……それが今の俺の本心なのだ。




 すると不意に、すっ、と体全体が楽になった。体も動かすことができ、息も普通にできるようになった。


 ───金縛りが解けたのだ。



「───ならもう、『死んでしまいたい』、なんて言わないでください……私には、人のぬくもりはありませんが、ご主人様の話を聞いてあげられます。ご主人様の気持ちを受け入れてあげることができます。辛かったら、全て、私に吐き出しちゃっていいんですよ。───それが、私にできる唯一のことですから」


 ユズがそう言って微笑(ほほえ)む。そこには恐ろしさなどは微塵も感じられず、やわらかい、優しい微笑みだった。




 人は本心をさらけ出すとき、一番無防備になる、と何かで読んだことがある。───ならば、俺は今、最も無防備な状態になっているのだろう。


 だからだろうか、───こんなにも涙が出るのは。


 だからだろうか、───今、ユズに身も心も預けてしまいたいと思っているのは。



 俺はユズに抱き着くようにして、声をあげて泣き始めた。いままでで一番の号泣だった。



 ユズはそのまま黙って、俺を受けいてくれるようだった。確かにユズにはぬくもりを感じることがなければ、()れることもできない。


 でもその時俺は、確かにユズに『人のぬくもり』を感じた───。



****



「───落ち着きました?」



「ああ……」


 どれくらい泣いたのだろうか。いや、おそらく、そんなに長くは泣いていない。



 ただ、思いっきり激しく泣いたのは確かだった。さっきまでグチャグチャだった気持ちが、一気に静まった気がした。


 落ち着いた後に、ユズが口を開いた。



「咲さんに、もう一度、会いたいですよね?」


「え……?まあ、そりゃあ、もちろん」


 するとユズが、にっこりと笑って言う。


「じゃあ、咲さんの幽霊に会えばいいんですよ!」



「いやいや、俺、幽霊はお前しか見えないから。……え? だからお前、俺を殺して幽霊にしようとしてたんじゃないのか?」


「いやいや、あれはただの脅しですよ。最初からご主人様を殺す気なんてなかったですもん」


「えー、それ俺に言う?」



「ま、まあとにかく……その点は大丈夫ですよ。私がいますもん」


 そうユズが胸を軽くたたいて誇らしげに言う。だが俺にはユズの言わんとしていることがまだよく分からない。


「えっと……お前がいるからなんなんだ?」


「もう、にぶいんですから! 私が通訳すればいいんですよ!」


「あ、なるほど……お前が他の霊も見えることを利用すればいいのか」



「はい、もちろんですよ! ほら、今もご主人様の後ろに二人ほど……」


「ちょ、ちょっと! バカなこと言うなって!」


 ユズが「冗談ですよ~」と言って笑う。それにつられて俺にも笑みがこぼれる。


 今、俺がこんな風に笑えるのもユズがいるおかげだ、と思い返す。今になって感謝の気持ちがあふれだす。



 ありがとうユズ。お前のおかげで立ち直れたよ。



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