第六話 「嗚呼、これが私のご主人様」
もう外はすっかり暗くなってしまった。
だけど、恭太郎さん───ご主人様は一向に部屋から出てこない。
家に帰ってから、ずっと部屋に引きこもってしまっている。
───無理もない、と思う。
咲さんが、死んだ───
突然の身内の死……しかも自分より年下の。
そのショックのほどは、私なんかでは到底はかりえない。実際、私もショックを受けている。
直接話したことはないにすれ、強いて言うならば一つ屋根の下で半年間、一緒に暮らしてきたのだ。
よく知った者の死が、これほどまでの喪失感を与えるなんて思わなかった。
「ご主人様……」
私は今、ご主人様の部屋の前に来ている。入ろうと思えば簡単に入れる。いつものように、このドアをすり抜ければいいはなしだ。
だが、この部屋に入っていって───なんと声をかけたらいいのだろうか。
今は、このままそっとさせておいた方がよいのではないか……?
そのような考えが頭をよぎる。
───だめだ、それじゃだめだ! 私が、私が彼を救ってあげたい……あの時、彼が私を救ってくれたように。
ご主人様の部屋から、また泣き声が聞こえてきた。この泣き声を聞いていると、私も胸が張り裂けそうになる。その時、部屋の中からご主人様の声が聞こえた。
悲痛な、悲痛な声が。
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薄暗い部屋の中、ふと目が覚めた。
……泣いたまま、寝てしまっていたらしい。
体がだるい……
ぼーっと、薄暗い天井を眺める。どれだけベッドに横たわっていたか分からない。……どれだけ泣いていたか分からない。
「咲……」
ぼそっと、つぶやく。
そうすれば、あいつが返事を返してくるような気がした。だが部屋は、しん、と静まり返ったままだ。
───当然のことだ。だけど、俺にはこの静寂が身を斬られるくらいに痛かった。
だんだんと、頭の中でこれまで咲に言われたことがよみがえってくる。
『ちょっとお兄ちゃん、まーた私の部屋から本取ってったでしょ!?』
『ちがうよ、私が怒ってんのは勝手に部屋に入ったこと! ……え? なら物は勝手にとってもいいのかって? いいわけないでしょ!? ばか!!』
『お兄ちゃん! 頼んでたドラマ予約が最終話だけとれてないってどういうこと!? 新たな嫌がらせ? ……間違って消した~!!? ばか! 今すぐビデオ屋で借りて来て!!』
───なんか俺って、咲に怒られてばっかだな……ってか、こんな風に思い出して、俺ってシスコンだったのか……?
いや、違うな……
これが『死』なんだ。これが『人が死ぬ』ということなんだ。
───この喪失感こそが、『人の死』なんだ。
『お兄ちゃん、お母さんが呼んで───ってありゃ、勉強中だった? めずらしく真面目なんだから……うん、いいよ、私が代わりに行ってあげるから。───勉強、頑張ってね』
あ……
ばか……何が怒られてばっかだよ…………
それは俺がダメなだけで、咲自身は気の利く、できた妹だったじゃねえか……! 今日、咲が死んだときだって、俺はその時何も知らず、ここでぐうたら漫画なんて読んで……ほんっとうに、俺って大ばかやろうだな……
そう思うと、心の底から、焼け付くような恥ずかしい気持ちが湧き上がって、また涙が出てきた。再び泣き出すと、とまらないどころか、焼け付くような想いがどんどん強くなっていく。
俺って、なんなんだよ…………
「もう……死んでしまいたい。死にたいよ……!」
そう言いながら、再び声を上げて泣き出した。
「もういやだ……死に、たい……」
もう一度、このまま寝てしまおうと思った。そして、俺はゆっくりと目を閉じた。
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恭太郎の意識が再び闇に墜ちた後、ユズがゆっくりと恭太郎の部屋に入った。
「ご主人様……」
ユズはそうつぶやいて恭太郎の寝顔を見つめた。じっと見て、少し悲しそうに微笑んだ後、
「───うん」
何かを覚悟したかのように、一回、うなずいた───。