第五話 「このは博士の幽霊講座②」
「それにしてもすごい部屋だね。難しそうな本がいっぱい」
私が周りを見回して、さきほどから思っていた感想を口に出す。乱雑に置かれている本は、どれも私なら表紙を見ただけで読む気が失せてしまう様な代物ばかりであった。
このははその本のうち、ページが開かれたままの状態の本を眺めるようにして読んでいる。
「うーん、本にも触れない、というのはやはり困るな。同じページしか読めない。───全く、こういう時に宗助がいればいいんだが。いつまで戻ってこないつもりだ? あいつは」
私たちが置いてきたんですよー、私たちが。それに、仮に汐見さんが来て、読み聞かせをしてくれたとしても私には一割も理解出来ないだろう。
「わたし、これからどうしよう───」
ほぼ無意識的に、そう口に出てしまった。その言葉を聞いて、このははこちらに顔を向けた。
「───家族に会ったりはしないのか?」
「それは───私も、本当は会いたいよ……でも、今の私は他の人には姿が見えないし、声も聞くことが出来ない。ただ皆が悲しむのを見ているだけなんてとても耐えられないよ……それに、いつ私が消えちゃうかも分からないし……」
するとこのはがニッと笑って言った。
「姿や声なら大丈夫だ」
「え?」
「宗助に協力させる。あの装置はこの机の引き出しにもう一式あるんだ。それを使えば咲の姿は見える」
「あ……」
そうか、確かにあのメガネがあれば私の姿が見えるのだ。つまり、意思疎通が可能になる。
「でも……それでも、私がいつ消えてしまうか分からないのは変わらないし……」
私がそう言って顔を少しうつむけると、このはが徐に口を開いた。
「───咲は、ほのかのことにいついて知ってるか?」
「なんのこと……?」
「───あいつは、ほのかは、殺されたんだ」
「えっ!?」
ほのかちゃんみたいな小さい子が殺されるなんて……なんてひどい……
「一体誰が……!」
だがその時、このはの口から予想外の言葉が出た。
「───ほのかの、母親だよ」
「なっ……! うそ……」
「ほのかは実の母親から虐待を受けていたんだ。これは後に汐見が調べたものなんだがな。相当ひどかったらしい。だが父親がいなく、周りに助けを求めることすら、あの子は知らなかった。そしてある日ついに……」
「そんなことって……」
家族と言うものは自分の味方ではないのか? 特に親と言うのは一番に子を想うものだと思っていた。
だけどその親に殺されるなんて……そんなことは、一番あってはならないことだ。
「ほのかちゃん、親を恨んでるのかな……」
私がそう言うと、このはは即座に首を横に振って答えた。
「いや……私がほのかのことを見つけたとき、あいつは自分の家だった場所にずっと佇んでいたんだ。私が「そこで何をしているんだ」と尋ねたらほのかはこっちを向いて「お母さんを待ってるの」って答えたんだ」
「え……?」
「あの時はそんなこと、全く知らなかったからな。私が探してあげる、と言って宗助に調べさせたときは、本当に驚いたよ。まさか虐待されて殺されたなんて……だけど、私が「お母さんに会ってどうするの?」と聞いたんだ。するとほのかは、屈託のない笑顔で言ったんだ。「私がいなくなるとね、お母さん、独りぼっちになっちゃうの。だから、側にいてあげたいの」って……」
そう言って、このはは少し遠い目をしてほほえんだ。
「それで、お母さんは……?」
「……死んでいたよ。独房で、自殺したらしい」
「そんな……」
「───ほのかは、まだ探しているよ。幽霊になった自分のお母さんが、まだどこかにいるんじゃないか、と言って……」
「ほのかちゃん……」
ほのかちゃんと初めて会ったとき、私が家族に会いたくない、と言ったときの───ほのかちゃんのあの顔の意味が分かった気がした。私の言葉を、ほのかちゃんはどう思って聞いていたのだろう……
「───私、謝らなくちゃ……ほのかちゃんにひどいこと言っちゃった……! ごめんこのは、ちょっと待ってて。私、ほのかちゃんのところに行ってくる!」
「───ああ、分かった。じゃあ私は宗助を待つとしようか」
私は窓から勢いよく外へと飛び出した。どこにいるかは分からないが、一刻も早く謝らないといけない気がした。
外は、もうすっかり暗くなっていた───。