第四話 「このは博士の幽霊講座」
ほのかちゃんはケン君(幽霊)と遊ぶ約束をしていたと言って、途中で別れてしまったので私とこのはの二人で研究室へ向かった。
案内された研究室はお兄ちゃんが通っている大学内にあった。薄暗く、様々な本や機材が乱雑している。なんというか……絵に描いたような研究室って感じだ。
「散らかっていてすまない、これでも生前の頃はまだ片付いていたんだが……」
中に案内したこのはが気恥ずかしそうに言う。
「生前って……?」
「宗助の奴がまた、片付けができん奴でな」
「あー」
なぜだか、納得してしまった。
「ま、あいつのお陰でこの研究室が残っているんだけどな」
このははそう言って机の上に座った。
「さて、邪魔者宗助も居なくなったことだし、説明に戻ろうか」
「じゃ、邪魔者って……」
「それではまず、おさらいからしようか。私たちの今の状態はエネルギー体だ。私はこれを『精神エネルギー』とよんでいる。ここまではいいか?」
「な、なんとか大丈夫」
な、なんだか授業を受けている気分になる。
「それで私たちの姿は人には見えないし、声も聞こえない───まあ、たまに幽霊が見える人間もいるがな」
「あー、霊媒師とかイタコみたいな人たちのこと?」
「ま、そのようなものかな。稀に波長が合って、その幽霊だけ見えるとかもあるらしい。───私にもまだよく分からないがな」
「へー、そうなんだ……。あ、ふと思ったんだけど、見た目は普通の生きている人と変わらないんだね。なんか幽霊って、もっとドロドロしたものだと思ってた。……私がそうなるのは嫌だけど」
「それについては、その人の深層意識が反映されているんだと思う。服も自分がよく着ている物か、死んだ時に着ていた物だろう」
よく見てみると、確かに今私が着ている服は私のお気に入りだった。そして死んだ時の服装でもあった。
「う~ん、幽霊と人との区別がつかないんだよね」
「まあ、そこは慣れしかないだろうな」
「それに、これからずっとこの服かあ……お気に入りだけど、毎日これというのもなあ……」
私がそう言って自分の服を見ていると、このはが徐に口を開いた。
「それで、その……ここからが重要なんだ───よく、聞いて欲しい」
このはの顔が少し渋いものに変わる。目をつむって、言うか言うまいか悩んでいるようだった。
「───な、なに?」
このはは目を開けて、再び口を開いた。
「私たちの存在は、永遠ではない。むしろ、いつ消えてもおかしくない、非常にあやふやなものなんだ……」
一瞬、このはの言っている意味が分からなかった。
「え!? ど、どういうこと?」
「さっきも言ったとおり、私たちの存在のもととなっているのは『エネルギー』なんだ。そのエネルギーは私たちがこうして存在しているだけでも周囲に少しずつ拡散、消失していく。そしてエネルギー量がある一定以下になると、存在すら保てなくなり、消失する……。───世間一般で言うところの『成仏』だ」
「え……そ、そんな……」
「さらに問題なのは幽霊個人が最初持っているエネルギー量、消費率、つまり普段の存在を保つときに消費しているエネルギー量には個人差があることが分かった。つまり、幽霊になってすぐ消えてしまう者もいれば、何百年も存在し続ける者もいる」
なんてこと……
よくある話では、幽霊がこの世に留まるのはこの世に未練があるからで、未練がなくなったら安らかに成仏できる。───そんな話だ。
だが実際はそこまでうまくはできていなかったのだ。たとえこの世にどれだけ未練があっても、エネルギーが切れる───その時が来れば成仏してしまう。逆に、この世に未練が全くなくても、その時が来なければ成仏できないのだ。
神様の慈悲とか、そういうものは全くそこには存在していなかった。そこにあったのは、ただの『自然の法則』。残酷なほどに正確で、そしてあいまいな───
「だ、だが幽霊になってすぐ消えるなんていうことは滅多にない。平均的に見ても私たちの精神エネルギーというのはかなり高密度なんだ。仮に電気エネルギーに変換したとしたらかなり膨大なエネルギー量になる。まあ、だからと言って安心は出来ないが、な───」
このはがそう言って、苦渋の色を浮かべる。
───私は今どんな顔をしているのだろうか。言葉を失って少しうつむく。ショックは確かに大きかった。
もしかしたら知らない方がよかったのかもしれない。でも、私がこの幽霊となったとき、今の自分がどういう存在なのかを知りたい、と思ったのは確かだ。
ただ、なぜ知りたかったのかと言えば、どうすればいいか分からなかったからだ。自分の存在を知ることで自分が何をすべきか、何をしたいのかが見えれば……、と思っていたのだ。
だが結局、何も見えなかった───。
一瞬の沈黙の後、このはが口を開いた。
「すまない───。伝えた方が良いのか悩んだんだが……」
「う、ううん! 教えてくれてありがとう。多分聞いてなかったら、知りたいと思っただろうし。それに、今すぐ消えるってわけじゃないもん」
私がそういうと、このはは少し弱弱しく微笑んだ。
「ありがとう……そう言ってくれるとうれしいよ───そういえば、咲はどうして幽霊になったんだ? ───あ、言いたくないのなら別に無理して言わなくてもいいぞ」
「交通事故だよ。でもぶつかった瞬間は覚えてないんだよね……」
「やはりか───」
「?」
「あ、いや……皆、何で死んだかというのは覚えているんだが死ぬ瞬間は覚えていないんだ。それで、生前の記憶ははっきりしているか?」
「うん。ちゃんと覚えてるけど……」
「そう、か……」
「? あ、そういえばこのははなんで幽霊になったの? テレビのニュースでもはっきりした死因は報道されてなかったから……」
「私か? 私は、───許されないことをしたんだ」
「? ……どういうこと?」
「───すまない、今は、話せない。後で、話すから───」
「あ、ううん。無理に話さなくていいよ!」
「すまない……」
このははそう言ってもう一度謝った。その時私はなんでか、それは、決して立ち入ってはならない闇のようにも感じられた。
外はもう、日が落ちはじめていた。