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第三話 「嗚呼、守護霊持ちの幽雅な日々」

 あなたは幽霊の存在というものを信じるだろうか。


 俺、有澤 恭太郎は前まではそんなもの、全く信じていなかった。───だが今は信じている。というか、信じざるを得ない。




「またその漫画を読んでいるんですか、ご主人様」


「───お前がいるんだもんな」


 俺は読みかけの漫画本を閉じて、声が聞こえてきた方に目を向ける。全身白のフリルで長い黒髪を一つにまとめて左肩に乗せ、前側に垂らしているおさげ髮をしている。



 その容姿だけで見ると充分「美しい女性」とも言えるだろう。───人間だったなら。


「? なんの話ですか?」


「いや、なんでもない……」


 ふと、彼女の足元をよく見ると、床から一センチほど浮いているのが分かる。───察しの通り、こいつは幽霊なのだ。



「それにしてもよく飽きもせず、同じ本を何回も読めますね~。飽きちゃいませんか?」


「別にいいだろ。気に入った本は何回でも読みたいものだよ」



「う~ん、それが小説とかだったなら、立派なことを言っているんですけどねぇ」


 そうヤレヤレと言ってから、俺の後ろ回り込んで俺の読んでいる漫画を覗き込む。本に(さわ)れない彼女なりの本の読み方だ。



「あ、ちょっと。次のページいくの早すぎです。もうちょっと待って下さいよー」


「なんだかんだ言って結局読むのかよ……」





 彼女の名前はユズ。こいつとの出会いはちょうど半月ほど前にさかのぼる。



***



 その日の夜、俺はいつものようにぐっすりと眠りについていた。その時突然、俺の体全体に、ずしっと重しが乗っかった様な感覚が体全体を襲いかかった。


 うっ……なんだ!? この感覚……誰か、上に乗ってる……?


 部屋が暗く、辺りはよく見えないが確かに誰かが上に乗っているのが見えた。



 誰だ……?


 まさか俺が密かに憧れていたシチュエーション、隣の家に住む幼馴染が夜這いしに……ダメだ違う! 隣に住んでいるのは六十過ぎのばあちゃんだ!!


 まさか、咲!? ……いや、それは無いか。



 じゃあ誰なんだよ!!?


 そんなことが頭の中を巡っているうちに、だんだんとこの状態が声も出せない、指も動かせない金縛りの状態であることに気づいた。




 これって、よく、怪談とかにある……じゃっ、じゃあ……いま俺の上に乗っているのって……


 ドクン、と心臓の鼓動が速く、大きくなる。


 冗談じゃない! 俺はいままで霊感ゼロだぞ! 零感だぞ!? こんなこと、俺には縁遠いと思っていたのに……今更になって、体中から汗が噴き出す。


 とりあえずこのままだったらいつ取り殺されてもおかしくない。



「ぐっ……だ、誰……だっ……!」


 なんとかして無理矢理体をうごかそうと試みて、ようやく少し口から声が出せる様になった。もしかしたらちゃんとした言葉にもなっていなかったかもしれないが、それでも一杯一杯であった。


 ───するとふと、体全体が急に楽になった。



「うわっ!!」


 反動で一気に上半身が起き上がる。


「はっ、はあ、はあ……」


 金縛りが、解けた……? さっきまで起こっていたことが信じられず、なんとなしに手を動かしてみる。



い、生きてる……



「あの~……」


「えっ?」


 見ると、俺の斜め上に人が浮いていた。ちょうどその時、月明かりが窓から入り込み、その姿を照らしだした。


「なっ……!」


 そこには全身白い服装をした若い女性がいた。おそらく俺と同い年か、もしくは少し年上ぐらいだろうか。



 月明かりに映ったその端正な顔立ちには、この異常な状況を一瞬、忘れさせるくらいの魅力があった。あまりのことで頭がついていけず、ただ呆然と彼女を見ていると、彼女が再度口を開いた。



「あの~……私が、見えるんですか?」


「…………は?」


「ああっ! やっぱり見えるんですね!? よかった~。勘違いだったら恥ずかしいから」


 そう言って彼女は両手を合わせて喜び始めた。



 ……なんだか頭が覚めてきたぞ。───うん、とりあえず今言いたいことを突っ込んでおこう。


「それは金縛りする幽霊が言うことじゃねぇー!」


「ええっ!!?」


「あー、死ぬかと思った……」


「だ、大丈夫ですよ。私、そこまでの力は出してないですから」


「そういうこと言ってんじゃねえ!」


「うるさーい!!」


 怒声とともに、勢いよく俺の部屋の扉が開いた。見ると、そこには妹の咲の姿があった。



「お兄ちゃん!! いま何時だと思ってんの? 私明日も学校があるんだから」


「い、いや、突然金縛りにあって起きたらこの幽霊が……」


 と言ったところで、咲がなぜか哀れむような目で見ていることに気づいた。


「お兄ちゃん……あの……その……大学生活、そんなに(つら)いの……? 友達、ちゃんと作れてる?」


「違う!」


 どうやら咲には全く見えていないらしい。このままでは俺がちょっとイタイ人になってしまう。───いや、もうすでになってしまっている。


「あ、いや、悪い。冗談だよ。ははは……とりあえず静かにするからさ。おやすみ」


「……何かあったら私に言ってね?」


「だから違うって!!」




***





「それから一週間くらい、咲が妙に気を遣ってたな……」


 俺は読んでた漫画を完全に閉じ、ベットに寝転がる。


「あー! まだ読んでたのにー!?」というユズの訴えは無視する。



 あんな初対面だったから年上なのかもしれないが、すでに俺の中では対等、いや、それ以下の扱いだ。そして今では、なぜか俺の守護霊となっている。まあ、まだ一度も守られた記憶がないのだが。



 なんでそんなことになったかというと───細かく言えば長くなるので簡潔に言うと、こいつには、生前の記憶がないらしい。そこで守護霊をやるかわりに自分の生前の記憶を探して欲しい、とユズが提案してきたのだ。


 当然最初は断ろうとしたが、

「次は悪霊(おともだち)を連れてお願いにきますから!」

と言われ(脅され)て、半ば強引に引き受けることになってしまった。



 その後分かったことだが、俺が見れる幽霊はユズだけのようだ。当然、他の人はユズすら見えない。なぜ俺だけ見えるようになってしまったのかは謎のままだ。



 また、ユズの記憶探しも全然進んでいない。生前の記憶全てがなくなってしまっているので、住所はおろか、名前、年齢さえ分からない始末だ。ちなみに「ユズ」という名は幽霊になった後に仮につけたものらしい。由来は不明だ。




 唯一憶えていたのは、幽霊になった日だけだった。そこで、市内でこの日に亡くなった方を調べたところ、40代のおじさんが一人だけだった。



 「よかったな、見つかったじゃないか」と言ったら、「性別から違うじゃないですかー!!」と猛反発された。



 ───結局、有力な手がかりが得られないまま、こうして半年が過ぎていったのだ。



「もう! 聞いてます!?」


 そう言ってユズは怒った顔をして俺の真上をぷかぷかと浮いている。


「うん、聞いてる聞いてる。で、最近の政治が何だって?」


「古典的なボケをかまさないで下さいー!」


「うるさいな~。今日はもう疲れたんだよ。少し休ませてくれ……」


「今日って、まだお昼前ですよ!? そしてついさっき起きたばかりですよね!?」



「う~ん……だってたまの休みぐらい、ゆっくりグダグダ過ごしたいじゃないか」



「たまにじゃないですよね!? しょっちゅう休みありますよね!!? ……もう、しょうがないな~。───あ! じゃあじゃあ、ちょっと見てて下さい。この間思いついたんですよ」


 そう言ってユズはベットの横に移動して、下に下がり始めた。足から床にすり抜け始めて、見えなくなっていく。


 スーッ、と首だけしか見えなくなると、ユズがニコニコして、言った───。


「なま首~♪」




「……」


 そのままサッカーボールの(ごと)く蹴っ飛ばしてやりたいところだが、あいにくユズには触れない。全てすり抜けてしまうのだ。


 まあ、幽霊だから当たり前なのだが───。


「どうです? 何点ですか? ご主人様。ってちょっと! 再び漫画を読み始めないで下さい!」


「あー、ユズのお陰でなんだか無性(むしょう)にサッカーがしたくなったなあ」


「それってどーいう意味ですかー!? もー!」


 そう言ってそのままスッと首も引っ込め、一階に行ってしまった。どうせどっかでふてくされて、しばらくしたら帰ってくるだろう。


 容姿は凛とした大人な女性という感じなのに、どうも中身は子供っぽいところがある。


「まあ、そんなところも結構カワイイんだけどな……」



「あの~、ご主人様ー」


「うわっ!!」


 何時の間にかユズが部屋に戻って来ていた。ま、まずい……今の、聞かれてたか…………?


 何となしにつぶやいてしまったが、今のを聞かれたとなると……め、めちゃくちゃ恥ずかしいぞ。ああ、顔が熱くなってきている───。


 どう誤魔化そうかを全力で考えていると、ユズが不思議そうな顔をした。


「? どうしました?」


「えっ……?」


「いや、変な顔してますよ?」


 今の、聞いていなかったのか……? ほっと胸をなでおろす。


「あっ、そうだ! ご主人様、電話ですよ」


「えっ、あ、ああ……わかったよ」


 家族はどうやら何時の間にか出払っていたらしい。一階に下りて受話器に手をかける。


「もしもし……なんだ、母さんか」


 電話から母さんの声が聞こえてきた。だが、相当慌てているのか、何を言っているのかよく分からない。


「ちょ、ちょっと落ち着いて……どうしたんだ? 母さん…………うん……え───!?」


 ゆっくり話した涙声の母さんの言葉は、それでもまだ理解できなかった。




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