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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
王都編
9/74

01-国王との謁見

 赤く柔らかな絨毯が敷かれた広大な広間。

 天井には豪華なシャンデリアが幾つもぶら下り、もしも今が夜だったらきっと星空のような煌めきを放っていただろう。

 そしてミフィシーリアの背後には先程開かれたばかりの人の背丈の倍以上ある大扉。

 そしてその扉から彼女の足元を通り過ぎ、赤い絨毯は真っ直ぐに階段状になった広間を一望できる場所へと続く。

 そこには椅子が一つ。その椅子は決して華美ではないものの、品の良い装飾が施されている。

 もちろん、その椅子は玉座だ。

 この国で国王只一人が座る事を許された、正にこの国の頂点。

 そして今、その玉座には一人の人物が腰を下ろしていた。

 決してその人物を見上げないようにしながら──謁見の際に不躾に玉座の主を眺めるのは不敬になる──、ミフィシーリアは視線を伏せたままゆっくりと絨毯の上を進む。

 そう。

 今、ミフィシーリアは自分の夫となるべき国王と初の対面を果たすため、謁見の間にいるのだった。



 カノルドス王国、王都ユイシーク。

 人口は約三万人。カノルドス王国最大の都市である。

 かつてはこの王都には別の名前があったのだが、新国王が即位した際、新王の偉業を称えて新王と同じ名前に改名された。

 そんな王都までアマロー男爵領からは約二週間。それだけの時間をかけて、ミフィシーリアはようやく王都へと辿り着いた。

 途中、宿場町などで宿を取ったりしたが、慣れない旅にミフィシーリアとメリアはすっかり疲れ果てていた。

 ようやく王都へと辿り着き、取り敢えず客間へと通されたミフィシーリア。メリアもその客間に附属している侍女の控え室に入り、その日は旅の垢と疲れをゆっくりと落とした。

 その際に使用した客間にあった浴室を見て、そのあまりの広さと豪華さに思わず本当にこの浴室を使ってもいいのかと、こそこそ相談する主従の姿があったりしたが、まあ、それはご愛敬。

 そして一夜明けて。

 ついにミフィシーリアは国王と対面するため、謁見の間へと赴いた。

 ただ、本日の謁見は非公式のもの。ミフィシーリアが側妃として紹介されるのは後日改めて行われるので、今日、謁見の間にいるのは国王と僅かな側近のみだと聞かされていた。

 大勢の貴族たちの前での謁見ではないと知り、幾分緊張が和らいだミフィシーリア。

 本日の謁見のために用意されたドレスに着替えたミフィシーリアは、謁見の間へと続く扉の前で自分の名前が呼ばれるのを待つ。

 そうやって待っている間、今着ている上等なドレスに着替える際、あまり着慣れないドレスにメリア共々悪戦苦闘した事を思い出し、思わず小さな笑いを零す。

 そんなミフィシーリアに、扉の両横で長柄武器を構えた近衛兵たちが不審そうな視線を向ける。

 近衛兵たちの視線に気づき、改めて姿勢を正した時、厳かに彼女の名前が呼ばれた。

 そして同時に扉が開く。

 開かれた扉の向こうには赤い絨毯。そしてその絨毯は玉座へと続く。

 その絨毯の上を、ミフィシーリアは視線を伏せながらゆっくりと進む。

 先程ちらりと謁見の間の中が見えたが、どうやら玉座とその横に誰かがいるようだった。

 玉座にいるのはもちろん国王だろう。そしてその横に控えているのは、ちらりと見た限りでは年若い男性のように見えた。

 ひょっとするとあれはケイルだろうか。そんな事を考えている内に、ミフィシーリアは玉座の元まで辿り着いた。

 そこでミフィシーリアは改めて跪く。やがて上から面を上げよとの声がかかり、ミフィシーリアはゆっくりと視線を上げて行く。

 玉座の横には侍従らしき制服を来た若い男性。ケイルでもジェイクでもなく初めて見る顔だ。

 そして改めて玉座へと視線を移したミフィシーリアは、そこに座るものを見た。

 見た。そりゃあもう、まじまじと。

 それが不敬だと知りつつも、ミフィシーリアは玉座から視線を逸らす事ができなかった。



 太短い手足は毛足の短い細かな柔毛に覆われ。

 ぎょろりとしたまん丸な目は幾分離れ気味。

 つんと突っ立った耳は左右非対称で。

 でろんと吐き出されたピンクの長い舌が何ともラブリー。

 その姿をまじまじと見つめたミフィシーリアは、長い長い沈黙の後ぽつりと零した。


「………………………………………………ぬいぐるみ……?」


 そう。

 玉座にでんと腰を下ろしているもの。

 それは熊のぬいぐるみだった。それも等身大の。

 思わずぽかんとぬいぐるみを見上げるミフィシーリア。そんな彼女に、玉座の横に立っていた男から声が飛ぶ。


「何だ、その態度はっ!? 無礼であろう!」

「は……? え…………?」


 無礼と言われても呆然とするしかないミフィシーリアに、その男は更に言葉を浴びせかけた。


「このべあーくん三世は、『解放戦争』中に何度も暗殺者の刃から陛下を身体を張って守った真の勇者である! 見ろ! べあーくん三世の身体中にある名誉の負傷の数々を!」


 言われて思わずそのぬいぐるみを見れば、確かに身体中に繕った跡があった。

 男の言葉を信じるなら、それが暗殺者の刃による名誉の負傷とやらだろう。


「そんな真の勇者を前にして呆然とするとは! 何たる不敬! 何たる無礼! その罪や許されじ!」


 玉座の横の男は、どこか芝居がかった仕草で一人熱弁をふるう。


「これは最早死罪は確定。だが、べあーくん三世は心が広い。貴様がこの場で全裸になり、床に額を擦り付けて謝るのなら許すと仰しゃっておられる! さあ! べあーくん三世に感謝し、全裸になって許しを請うがよい!」


 何か一ヶ月くらい前にも似たような事を言われたなぁ、と思わず現実逃避に走るミフィシーリア。

 その間も、どこか人の悪そうな笑みを浮かべて、男はミフィシーリアに裸になれと迫る。

 どうしたらいいのかミフィシーリアが迷っていると、謁見の間の奥、玉座の右手にあった小さな扉が突然開き、そこから一人の女性が現われた。

 その扉は本来、王族が謁見の間に入る際に使用される扉だ。という事は、その女性は王族なのだろうか?

 その女性が身に付けているものは、目の前で喚く男とよく似た侍従の制服らしきもの。もちろん、男が着ているものとは各所が違うから、女性用の制服か何かだろう。

 ミフィシーリアより幾つか年上と思しきその女性は、緩やかに波打つ長い亜麻色の髪を揺らし、その実に整った顔に明らかな怒りを浮かべながら、大股に玉座横の男へと歩み寄る。

 対して男はといえば、ずんずんという擬音が聞こえそうな勢いで近づいて来る女性に、明らかな怯えを見せて後ずさる。


「な に を やっ て い る の か し ら ?」


 一字一句短く区切って問い質す女性。その灰色の瞳には明らかな怒りと僅かな呆れ。


「な に を やっ て い る の か し ら ?」


 もう一度同じ質問をする女性に、男は凄まじい勢いでだらだらと汗を浮かべる。


「い、いや、あのな? アマローの娘と謁見するって事だったから、ここは一つ少し驚かせようかなーと……あ、いや、だからな? そんなに怒る事ないだろ、リィ? こいつはきっと緊張しているだろう彼女を和ませようとした冗談さ。な? おまえもそう思うよな?」


 男は必死に眼だけでミフィシーリアに弁護を要求する。

 この時、ミフィシーリアは改めてこの男の容姿を確認した。

 年は自分より少し上か。だが二十歳はおそらく超えていまい。明るい茶色の髪はよく手が入れられており、漆黒の瞳はきらきらと輝いている。

 もっとも、その輝きは悪戯小僧のものと同一のものであったが。

 顔は整ってはいるが決して美形と呼べる程ではない。だが、一度見たら決して忘れられない何かがこの男にはあった。

 そう。言ってみれば、人を引き付けて止まない魅力のようなものが。

 ミフィシーリアが男を観察している間に、リィと呼ばれた女性はその男の元に辿り付いていた。

 そして彼女はその華奢な右手を振り上げる。もちろん、手はぐっと拳に握り締められて。そしてそのまま、その拳は男の脳天へと振り下ろされた。


「この、永遠の悪戯小僧がああああああああぁぁぁぁぁっ!!」


 叫びと共に響くげいんという打撃音。

 男は脳天を押さえて床を転げ回っている。どうやら先程の拳には相当な力が込められていたらしい。

 床でのたうち回る男を冷たく見下ろし、リィと呼ばれた女性はふん、と侮蔑の溜め息を一つ零すと、のたうち回る男の懐を探り、何やら引っ張り出すとつかつかとミフィシーリアへと歩み寄った。

 そしてミフィシーリアの前まで来ると、優雅に一礼。先程の事などなかったかのような見事な一礼だった。


「ようこそ、ミフィシーリア・アマロー様。王宮一同を代表し、あなたを歓迎いたします」


 自分に礼を尽くす女性に、ミフィシーリアも慌ててこちらこそ、と頭を下げる。


「私は宰相補兼侍従長、リーナ・カーリオンと申します」


 再び優雅に頭を下げたその女性は、先程男の懐から取り出したものをミフィシーリアへと差し出した。

 それは鍵だった。

 どこか古めかしい銀色の鍵。

 そしてその鍵の頭の部分には、黒い黒曜石のような宝石が一つ付いていた。


「この鍵は後宮の住人の証です。決して無くさないように。いいわね?」


 リーナから渡された鍵を、ミフィシーリアは改めて眺める。

 そして鍵の黒い宝石が付いていない面に、装飾された文字で「6」と刻まれている事に気づいた。


「それはあなたが後宮第六の間の主人の証。つまりあなたが現在第五側妃であるという証明なの」


 現在後宮第一の間に住人はいない。そこは正妃のみが入る事を許される部屋だからだ。

 そして第二の間には第一側妃であるアーシア姫が入っている。以後、後宮入りした順に第五側妃であるミフィシーリアの第六の間まで、後宮の部屋が埋まっているとリーナが説明してくれた。

 そしてその説明が終わると、リーナは微笑みながら懐から何かを取り出す。

 その取り出されたものを見て、ミフィシーリアが驚きを浮かべる。

 リーナが取り出したのは、先程ミフィシーリアが手渡された鍵と同じ物。

 唯一違うところといえば、ミフィシーリアの鍵に「6」の文字が刻まれていたのに対し、彼女の鍵には「5」の文字が刻まれているところか。

 それは即ち、この目の前の女性もまた、ミフィシーリアと同じ側妃であるという事に他ならない。

 驚いて動きを止めたミフィシーリアに、リーナは微笑みを浮かべたまま後宮に案内するから着いて来るように促した。

 しかし、驚きから立ち直ったミフィシーリアは、果してそのまま彼女に着いて行っていいのか迷う。

 そんなミフィシーリアの様子を察したリーナが振り返った。


「どうしたの?」

「あ、あの……勝手に謁見の間を出ても構わないのですか? まだ国王陛下との謁見が済んでいませんが……」

「ああ、その事ね。それならもういいわ」


 そう言い捨てて謁見の間を出ようとするリーナ。それでもミフィシーリアが迷う素振りを見せると、リーナは改めていまだに床でのたうち回っている男を指差した。


「あれが陛下よ」

「────────は?」


 ぽかんと表情の抜け落ちた顔でミフィシーリアは立ち尽くす。

 そんな彼女に、リーナは無理もないわね、と溜め息を一つ零す。


「カノルドス王国国王、ユイシーク・アーザミルド・カノルドス。正真正銘、あそこでのたうち回っているのが我らが国王陛下その人よ」

「はあああああぁぁぁぁっ!? あ、あれが国王陛下なのですかっ!?」


 慎みも礼儀もふっ飛んだミフィシーリアの叫び声が謁見の間に響き渡る。

 そんなミフィシーリアに、リーアは腕を組んで無理もないわね、と沈痛そうに再び呟いた。


 『辺境令嬢』更新。


 やってしまいました。

 こういう後宮ものの王様って大抵美形と相場が決まっているというのに、うちの王様は美形ではありません。しかも、彼のモットーは「永遠の悪戯小僧」です。

 果してこんな王様で受け入れて貰えるのか少々心配ですが、こんな王様でやっていくしかありません(笑)。


 今後もよろしくお願いいたします。


※アマロー領から王都までの日程をこっそりと修正。今までの距離だとアマロー領までの距離が近過ぎて、辺境というイメージではなくなってしまいそうだったので。

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