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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
アマロー男爵領編
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07-王宮よりの迎え

 アマロー男爵領にある唯一の村。その日、その村中がざわざわと騒がしかった。

 村の中央の通りを数騎の騎士に先導された立派な馬車が三台、ゆっくりと通り過ぎて行く。

 そして馬車の後ろにも、数騎の騎士の姿が見える。

 その馬車は全て黒塗りで、所々に細かい細工の入った、見るからに高級そうな馬車であった。

 そしてその馬車の横にある扉の部分。そこには剣を抱えて祈りを捧げる少女の紋章。

 村人たちはその紋章が誰のものかは判らなかったが、馬車の造りからかなり身分の高い家のものだろうと推測し合う。

 剣を抱えて祈りを捧げる少女の紋章。その紋章を持つ家は、今のカノルドス王国では特別な意味を持つ。

 その紋章はアーザミルド家の紋章。

 即ち。

 この馬車の持ち主は、現カノルドス王国国王、ユイシーク・アーザミルド・カノルドスその人なのであった。



 騎士と馬車の一行は、村を通り過ぎ、アマロー家の屋敷に到着した。

 屋敷の門では、当主であるグゥドン・アマロー男爵を始め、彼の妻や二人の子供、そして僅かだが数人の使用人がその馬車一行を出迎えた。

 やがて馬車一行が停止し、一番先頭の馬車の扉が開く。

 中から現われたのは一人の男性。

 しかし、その男性が何か言うより早く、彼の影から飛び出したものがあった。


「ミフィーっ!!」

「コトリっ!?」


 馬車から飛び出したコトリは、実に嬉しそうにミフィシーリアに抱きついた。

 そんなコトリとミフィシーリアを横目で見ながら、先程の男性は改めてグゥドンへと向き直った。


「お久しぶりです、アマロー男爵」

「こちらこそ、クーゼルガン伯。一ヶ月振りというところですかな」



 先日のアルマン子爵──今では元、子爵だが──の事件から、既に一月が経っていた。

 そしてこの一月。アマロー男爵家は実に大騒ぎだった。

 元より、ミフィシーリアの結婚の準備は進められていた。

 だが、その嫁ぎ先が一介の子爵から、側妃とはいえ国王へと変更になったのだ。当然、準備にかける度合が変わってくる。

 結局、アマロー家はミフィシーリアの後宮入りを承諾した。

 そもそも、辺境の貧乏貴族でしかないアマロー家に、国王からの正式な要請を断ることなどできるわけもなく。

 ミフィシーリアもいきなりの後宮入りに不安が残るのも事実だが、国王の元ならコトリとも頻繁に会えるだろう。そう考えれば、アルマン子爵の元へ嫁ぐよりも気楽になれた。

 何より、ミフィシーリアが後宮入りする事で、王国からアマロー男爵家には十分な援助が送られることになった。

 それ加えて、アルマン元子爵の領地をアマロー男爵が統治する事にもなった。これは表向きアルマン元子爵の悪事を暴くのに、アマロー男爵が協力した事への報償となっているが、実際にはミフィシーリアが後宮入りするための「ご祝儀」であるといえるだろう。

 そしてその一ヶ月はあっという間に過ぎて、本日、国王の元へと向かうミフィシーリアを、ケイルが護衛を兼ねて迎えに来たのだ。

 ちなみに、コトリが強引に同行を強請り、彼女に甘い国王がそれをあっさりと許したのは言うまでもない。



「これだけ……ですか?」


 ミフィシーリアが王都へと持って行く予定の荷物を前に、ケイルは呆然とした表情で立ち尽くしていた。

 ミフィシーリアが準備した荷物は、大きな鞄が二つ。たったそれだけだったのだ。

 彼女の荷物がどれだけあるか判らなかったため、荷物を運ぶための馬車を二台も準備してきたのに、まさか大きめとはいえ鞄二つだけとは。

 これには逆の意味でケイルは開いた口が塞がらなかった。

 『解放戦争』に勝利しユイシークが王位を得ると、それまで中立だった貴族たちは、我先にと娘や一族の中でユイシークと年が近い者を側妃として差し出した。

 もちろん、それら全てを側妃として受け入れたわけではないが、それでも何人かは側妃として後宮入りをした。

 その際、彼女たちが準備した『嫁入道具』は、馬車数台分でも収まり切らないほど膨大なものだったのだ。

 中にはそれだけでは飽き足らず、十人以上の侍女や召し使いを引き連れて後宮入りした者もいたほどである。

 それを知っているケイルは、アマロー家の経済事情を考慮しつつ、馬車二台もあれば十分だと判断した。

 それなのに実際に蓋を開けてみれば、用意されていたのは鞄二つ。

 これではケイルでなくとも驚くというものだろう。



 その後、ミフィシーリアは家族や使用人たちに別れを告げ、馬車に乗り込んだ。

 そのミフィシーリアに後に、彼女の鞄を持ったメリアが続く。

 今回のミフィシーリアの王都行きに、メリアはまたも同行を申し出てくれた。


「何言ってんですか、お嬢様。アルマン子爵の屋敷に行くのに比べれば、王都の方がよっぽど楽しみってもんですよ」


 と、メリアは笑いながらミフィシーリアに告げた。

 だが、メリアの心中は楽しみどころか真逆であった。

 彼女たちが旅立つ前日、メリアは母であるシリアから何があってもミフィシーリアを守るように言われていたのだ。


「メリア。実の娘であるあなたに、こんな事を言うのは母親として失格かもしれないけど……最悪の場合、あなたは自分自身を楯にしてでもお嬢様を守りなさい」

「うん。判っているわ、お母さん。何があっても、お嬢様を守ってみせる」


 自身の決心を母に告げるメリア。

 母曰く、後宮とは女の戦場だとの事。

 陰謀、謀略、抜け駆け、陥れなど何でもありの魔境。

 国王の寵を得るためなら、周りの側妃を出し抜き、騙し、時には暗殺さえ有り得るまさに女の戦場。

 そんな戦場の中で、ミフィシーリアにとって味方と呼べるのは、おそらくメリアただ一人だろう。

 ただ、よくアマロー家に出入りしていたコトリという女の子は、どうやら国王の縁者らしいので、彼女がミフィシーリアの友人である以上、味方になってくれる人物も現われるかも知れない。

 その辺りを見極め、何としてでもミフィシーリアを守る。

 それがメリアの隠された決意だった。


「あ……あの、クーゼルガン伯爵様」

「何だ?」

「少々質問があるのですが、よろしいでしょうか?」

「言ってみろ」


 現在、馬車の中でミフィシーリアを中心に、彼女の右側にコトリが、左側にメリアが馬車の進行方向に背を向けて座っている。人見知りの激しいコトリだが、何度かアマロー家出メリアと顔を合わせているうち、ある程度は打ち解けるようになっていた。

 そして彼女たちの正面にはケイルが一人、腰を下ろしている。

 そんなケイルにメリアが質問する。一応対応するケイルだが、その態度は何とも冷たくそっけないものだった。

 平民の自分の方から伯爵であるケイルに質問したのだ。機嫌が悪くなっても仕方ないかな、とメリアは思いつつ質問を続けた。


「今の後宮には、側妃様は何人ほどいらっしゃるのですか?」

「四人だ」

「え? 四人しかいらっしゃらないんですか?」

「そうだが?」


 それがどうかしたか、とでも言いたげな冷たいケイルの態度に、それ以上聞けなくてメリアは黙ってしまう。

 そんなメリアの心境を読んだわけではないだろうが、ミフィシーリアの右に座っていたコトリが、もう少し詳しい説明をしてくれた。


「最初はもっといたんだけどね、出て行っちゃったのよぉ」

「出て行った? どうして?」

「うん、あのね? あなたたちはへーかにふさわしくない、とか言って、サリィが追い出しちゃったの」

「サリィ?」


 そう言えば、以前にもその名前はコトリの口から聞いた事があるな、とミフィシーリアが思っていると、彼女の前に座るケイルが補足した。


「サリナ・クラークス様。カノルドス王国宰相……即ち、私の上役であるクラークス侯爵のご息女の事です」


 クラークス侯爵家といえば、現在のカノルドス王国において『御三家』と呼ばれる大貴族の一つである。

 『御三家』とは、『解放戦争』前はアマロー家と同様な辺境の下級貴族でありながら、『解放戦争』の初期からユイシークに協力した功績により、新体制となった現カノルドス王国の中心を担う事となったクラークス侯爵家、カークライト侯爵家、そしてミナセル公爵家のことを言う。

 ミナセル公爵家は『解放戦争』中に当主を失い、家督を夫人が継いだ。その後、公爵夫人は公職を辞しているが、現王国の政治をクラークス家が、軍部をカークライト家が統括している。

 そんな大貴族の令嬢であるサリナ・クラークスは、現在ミナセル公爵家の令嬢であり、『癒し姫』の異名を持つアーシア・ミセナルと並んで、王妃の最有力候補と言われている側妃でもある。


(なるほど……後宮に入ったら、お嬢様にも嫌がらせをしてくるかも。これは要注意だわ)


 気に入らない側妃を追い出すほどだから、きっと気性の激しい人なのだろうと、メリアは推測し、心の中で第一仮想敵に認定する。

 そして、髪型は金髪の縦ロールに違いないと勝手に決め付けた。



「私からも質問しても構いませんか? クーゼルガン伯」

「は、何なりと」


 随分お嬢様と私とで態度が違わない? と思ったメリアだが、もちろんそんな事を口にだしたりはしない。


「「紅雀の巣箱」亭であなたと初めてお会いした時に比べて、今のあなたは少々……その、冷たいというか印象が違うというか……」

「あの時はアルマンの奴隷密売の証拠を押さえるため、別人になりすましていましたから。初めて会う人物には違う印象を与えるため、多少の演技を加えておりました。こちらの方が私の地です」


 特に表情を変える事なくそういうケイルに、メリアは冷血で嫌な奴だと感じた。

 しかし、その印象はすぐにひっくり返る事になる。


「そう言えば、パパやジェイクが言っていたっけ。ケイルの奴はすぐに冷血ぶりたがったり、悪ぶりたがったりするけど、本当はお人好しなんだって」

「コ、コトリっ!?」


 コトリの何気ない一言に、ケイルは真っ赤になりながら狼狽えた。

 この人が狼狽えたところを初めて見るな、とミフィシーリアがやや場違いな感想を抱いたり、へえ、そんなに冷たい人じゃないんだ、とメリアが感心したりしている間も、コトリとケイルの遣り取りは続いていた。


「この前、アマロー男爵領に行った時も、遊んでいる子供たちに飴玉あげたりしてたよねぇ?」

「ど、どうしてそれを知っているっ!?」

「だってコトリ、ジェイクと一緒に隠れて見てたもん」

「ジェイク……っ!! あ、あいつはコトリに何て事を教えやがるっ!?」


 一気に印象が正反対のものへと取って代わったケイルと、楽しそうな声を上げるコトリを微笑ましげに眺めるミフィシーリアとメリア。

 彼らを乗せた馬車は、護衛の騎士たちを引き連れてゆっくりと南へと向かう。

 ごとごとと揺れる馬車の中から、何気なく外の景色に目を移したミフィシーリアは、視界の隅を何かが横切ったような気がした。

 改めてそちらに視線を移せば、遥か彼方の空を何かが舞っていた。

 かなり距離があるのに、はっきり見えるということは、その何かの大きさはかなりのものだろう。

 空を飛ぶ魔獣の類でしょうか? とミフィシーリアが眺めている間にも、その魔獣らしきものとは更に距離が開いていき、やがて見えなくなった。

 取り敢えず襲って来る様子もなさそうので、ミフィシーリアは改めて王都へと思いを馳せさせる。

 そこで出会うであろう人たち。特に自分が嫁ぐ相手でもある国王陛下。

 噂では色々と聞き及んでいるものの、ミフィシーリアは国王と直接謁見した事はない。いや、今後も謁見することなどないと思っていた。

 そんな自分がまさか側妃に選ばれるとは。

 確かに不安は尽きない。だが、明るい材料もないわけではない。

 コトリがいる。どこか幼さが抜けないこの少女といると、いつも楽しくなる。

 メリアがいる。幼い頃ころから姉妹同然で育って来た彼女は、きっと自分を支えてくれる。

 だから。

 だからミフィシーリアは、王都へ行っても大丈夫だと自分に言い聞かせた。

 『辺境令嬢』更新。


 先日、何気なく「小説家になろう」のランキングを見てみました。

 するとジャンル別の日別ランキングと週間ランキングの100位以内に、この『辺境令嬢』がランクインしているじゃないですか!

 こいつはもう快挙ですよ、快挙。

 もちろん、これらは全てここに訪れてくださる皆様のおかげです。

 ありがとうございます。いくら感謝してもし足りません。


 物語の方はこれにて「アマロー男爵領編」は終了し、次回より「王都編」へと突入します。

 引き続きお付き合いいただければ幸いです。

 今後ともよろしくお願いします。

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