とある下級兵士の事情
王城の中庭。その中庭でも最も目立たない片隅で、彼女は彼を待っていた。
そして、待つことしばし。彼がその場に姿を見せる。
彼が身につけているのは、この国の下級兵士が身につける膠で固めた革鎧だ。その事から、彼はこの国の軍に属する下級兵士なのだろう。
その彼の姿を見た途端、彼女の顔が花のように輝く。しかし、そんな彼女とは真逆に、彼の方は不機嫌な仏頂面だった。
「…………いい加減、こうして呼び出すのは止めてくれないか?」
「だって、こうしないとあなたの顔を直接見る事ができないのですもの」
彼のその仏頂面さえも楽しむように、彼女はころころと笑う。
そんな彼女に、彼の仏頂面は更に深いものとなる。
こうして、彼女と密会をするのはこれで何度目だろうか。
溜め息を吐きつつも、彼は楽しげに笑う彼女へとゆっくりと近づいて行った。
「……ジガルに女ですって?」
同僚であるガブスンのその言葉に、リーエルのまなじりが険しくなる。
そんな彼女の様子を楽しそうに眺めながら、ガブスンは更に言葉を続けた。
「おう、これで何回目かな? 鍛錬から戻ると、俺たちの部屋の扉に手紙が挟まっているんだよ。で、その宛先がジガルってわけだ。どうやら、どこかに呼び出されているらしい」
「……それで? その手紙を出しているのはどこのどいつよ?」
「さあ?」
「さあ、って……差出人の名前ぐらい書いてあるでしょう?」
「だって、俺、字が読めねーもんよ」
字が読めない事を、堂々と胸を張って宣言するガブスン。
確かにこの国の一般市民の識字率は低い。庶民でも裕福な家の生まれならばともかく、ガブスンのような正真正銘の庶民はその殆どが文字の読み書きはできない。
その事を考えれば彼が字が読めないのは無理なからぬ事ではあるが、それでも余りにも堂々と言い切る彼に、リーエルは思わず頭痛を覚えた。
そんな彼女の様子を見て、ガブスンは内心でにやりと笑う。
リーエルがジガルに仲間意識以上の好意を抱いているのは、同僚の間ではかなり有名だ。
実際、ジガルは真面目で真っ直ぐな性格をしているし、剣術も馬術も見習いの中ではかなり上位だった。また、周囲にも気遣いできて、いつの間にか見習いの中ではまとめ役のような存在になっており、将来有望な若手として軍の上層部も期待しているという。
もしも彼が下級とはいえ男爵家の嫡子であり、しかも現王妃の実弟と知れれば、彼の人気は更に高まるに違いない。
そんな彼に、秘かに思いを寄せる女性の同僚は少なくはなく、中には王城や後宮の下働きの一部にまでジガルの名前は知れ渡っているという。リーエルもまた、いつの間かにそんな彼に惹かれていた一人らしい。
現時点では、見習いとして入隊して以来ずっと一緒にやってきたリーエルが、他の女性たちよりは頭一つ抜け出ている、というのが仲間内での評判だ。
いつリーエルがジガルに告白するか、もしくはいつジガルがリーエルの好意に気づくか、はたまた別の誰かがジガルに抜け駆けするのかと、同僚たちの間では賭けの対象にまでなっている。
もちろん、当の本人たちは自分たちが賭けになっている事を知らない。
「まあ、俺たちも下級とは言え、正式な兵士に昇進したんだ。見習いの頃に比べたら、俸給だって随分と増えた。同僚の中には、これを機に家庭を持つって奴だっている。ジガルに女ができたって不思議じゃねえさ」
にやにやと笑いながら。ガブスンはリーエルを煽るような言葉を敢えて口にする。
彼が今言った通り、ジガルを始めとした兵士見習いたちの殆どは、先日の「エーブルの争乱」以後に正式な兵士として昇格した。
争乱の際の負傷者や死者の数は、導入された兵士の数に比べると些細ではあったが、それでも大怪我を負ったり命を落とした者が皆無ではない。
その抜けた穴埋めとして争乱後に大規模な昇進や採用が行われ、ジガルたち見習いからも多くが下級兵士に昇進している。ジガルやガブスン、そしてリーエルも下級兵士に昇進を果たした。
「だ、だけど、もしかすると、ジガルがどこかの性悪な女に騙されているのかも知れないじゃない? あ、あいつ、田舎育ちでそういう事に免疫なさそうだしっ!! そ、そうよ! 仲間が騙されているかも知れないのだから、その女がどこの誰なのかしっかりと確かめないとっ!!」
自分に言い聞かせるように、必死に捲し立てるリーエル。
ガブスンはそんな彼女の様子を、おもしろくなってきた、と内心で呟きながら見ていた。
「……それで、僕に何を聞きたいと?」
理解できない、といった風情で聞き返したのは宮殿医師見習いのジークントだった。
彼の前には、突然医務室に押しかけて来たガブスンとリーエルの姿がある。
現在、ジークントの師匠であるシバシィ・ガーラム医師は、王妃や側妃たちの定期的な健康診断──正式には懐妊の発見──のために医務室を留守にしていた。
ジークントがここに残っていたのは、医務室を空にしておけないというシバシィの判断によるものだ。
「あ、あなたなら……じ、ジガルが付き合っているらしい女について、何か知っているんじゃないかと思ったから……」
頬を染めながら、しどろもどろな様子のリーエル。それだけで、ジークントは彼女の気持ちを察した。
真っ赤になってそっぽを向いているリーエルの背後へとジークントが目を向ければ、そこに立っていたガブスンが、彼の推理を裏付けるように右手の親指を立てて見せる。
そしてジークントは、ジガルが時々女性から手紙を受け取り、どこかに呼び出されているらしいと二人から聞いた。
「……そうだねぇ。ジガルと付き合いのある女性と言えば、まずはメリアさんだけど……」
ジガルの姉の侍女頭であり、昔からアマロー家に仕えていたメリアは、ジガルにとってはもう一人の姉でもあり、この王都で一番親しい女性と言えるだろう。
しかし、その親しさはあくまでも「家族」としての親しさであり、決して恋愛的な感情はないはずだ。事実、最近メリアはとある魔獣狩りと恋愛関係にあると、ジークントは姉たちから聞き及んでいる。
「メリア……? もしかして、いつだったか城下の『轟く雷鳴』亭で会った、あそこで働いていた女給のこと?」
聞き慣れない女の名前が出た事で、リーエルの眉がぴくりと持ち上がった。
「……そう言えば、あの女給とは同郷だって言っていたわね……でも、城下の酒場の女給が、下級兵士とはいえ王城の中にある兵士の宿舎に手紙を入れることはできないと思うけど……」
──本当は酒場の女給じゃなくて、王妃陛下の侍女頭なんだけどね。
ジガルと王妃の本当の関係をここで言うわけにはいかないジークントは、心の中だけでそう付け加えた。
「他には心当たり、ない?」
「生憎だけど、僕にはないよ。軍内で彼の付き合いは殆ど知らないからね。普段一緒いる君たちの方が、そっちは詳しいと思うけど?」
ジークントの言葉に納得したガブスンとリーエルは、ジークントに邪魔した事を詫びると医務室を後にした。
彼らが立ち去った後、ジークントは大きな溜め息を一つ吐きながら椅子の一つに腰を下ろす。
「……やれやれ。義兄さんに憧れるのはいいけど、不特定多数の人間を惹きつけるようなところまで似る必要はないと思うよ、ジガル?」
もちろんジガルとて意識してそうしている訳ではないだろう。だが、そう言わずにはいられないジークントだった。
その後、何日かして。
ある日、ガブスンは訓練の合間の休憩時間に、こっそりとリーエルに事態が動いたと告げた。
彼に言わせれば、昨日またもや彼の部屋の扉に手紙が挟まっていたという。
ジガルとガブスンは兵の宿舎では相部屋であり、ジガルに手紙が来ていることはガブスンには筒抜けなのだ。
「……ねえ。その手紙、こっそりと持ち出せない?」
「おいおい。いくら何でも、他人の手紙を勝手に持ち出すのはどうかと思うぜ?」
「う……そ、それもそうよね……」
ジガルの背後にちらつく女の影。
その影の正体が一向に掴めないことで、リーエルも相当煮詰まっているようだ。
そう判断したガブスンは、苦笑を浮かべながらも彼女へと助言をする。
──なんせ、俺はおまえがジガルに告白する方に賭けているんだ。おまえには頑張ってもらわないとよ。
心の中だけでそう付け加え、ガブスンはとある事実をリーエルに打ち明けた。
「手紙が来た翌日の早朝、ジガルはいつもこっそりと部屋を抜け出すんだよ。どうやら奴は俺が眠っていると思っているらしいがな」
「……なるほど。つまり、明日の早朝、部屋を出るジガルの後を尾行するってわけね?」
「そう言うこった」
にやりと笑い合う二人。
その後は明日の朝の件に関して幾つか決め合うと、二人は何事もなかったかのように訓練へと戻るのだった。
翌朝。
寝台中でガブスンが寝た振りをして様子を窺っていると、ジガルがもそもそと起き上がる気配がした。
──思った通りだ。
シーツの中でにやりと微笑むガブスンに気づく事もなく、ジガルは着替えを済ませると静かに部屋を出ていった。
その後もう少しだけ寝た振りを続け、ジガルが戻って来ない事を確信したガブスンは、部屋の窓を開けてその下──彼らの部屋は兵士宿舎の二階にある──へと合図を送る。
そこで少し前から待機していたリーエルは、ガブスンの合図に応えると、ゆっくりと移動を開始する。そして、宿舎の出入り口が見える物陰まで来ると、そこから遠ざかって行くジガルの背中が視認できた。
「……あの方向は……王城の中庭かしら……?」
ジガルの行き先の大体の見当を付けたリーエルは、すぐに宿舎から出てきたガブスンと合流し、ジガルの後を追い始める。
足音に注意しながら移動していると、王城の中庭へと入るジガルの背中に何とか追いついた。
その後二人は物陰を伝うように移動し、ジガルの尾行を続ける。そして、何とかジガルに気づかれることなく、中庭の人目のない一角まで彼の後を追う事に成功する。
「……こんな中庭の片隅でこっそりと会うなんて……一体、何者かしら?」
「さあなぁ? もしかすると、どこかの上位貴族のご令嬢かも知れないぜ?」
上位貴族の令嬢。それを聞いた時、リーエルの表情にさっと陰が走り抜けた。
彼女の父親は伯爵家の当主であるものの、彼女自身は妾腹の生まれでその家名を名乗ることさえ認められていない。
そんな父親に反感を抱いているリーエルは、その父親の力を当てにすることなく、単身軍へと飛び込んで自分の力だけで伸し上がるつもりで日々頑張ってきたのだ。
そんな彼女にしてみれば、やはり上位貴族の令嬢というだけで何かと矜持に触れる存在なのだろう。
「……ふ、ふん。どこのどいつだろうと、詰まらない女だったら許さな……じゃ、じゃなくて! う、うん、そ、そうよ! ジガルは大切な仲間なんだし。そ、その仲間が悪い女に捕まったら大変だものね?」
「ぷふっ! ま、まあ……そうだなぁ……くく……っ!」
必死に言い訳をするリーエルに、ガブスンは吹き出すのを堪えるのに一杯一杯だ。
そうこうしながらも尾行を続けると、やがてジガルの背中の向こうに人影が見えた。
「あれか……」
「うん、そうみたい……」
物陰から必死に様子を窺う二人。
ジガルと待ち合わせをしていたらしい女は、どうやら後宮に勤める侍女らしい。二人がそうと判ったのは、その女性が後宮の侍女が着るお仕着せを着ていたからだ。
「…………いい加減、こうして呼び出すのは止めてくれないか?」
「だって、こうしないとあなたの顔を直接見る事ができないのですもの」
ジガルが不満を込めた声でそう言えば、相手の女性──黒髪をきっちりと結い上げた小柄な人物──が、楽しそうな声で応じるのが二人が隠れている所まで聞こえて来る。
その様子からして、どうやら二人はかなり親しいようだ。
「……何者かしら、あの女……?」
「さあ? でも、結構美人じゃね?」
「…………そうかしら?」
確かにガブスンの言う通り、その女性は控え目な印象ながらも美人ではあるようだ。
とは言え、美しいことで名高い国王の側妃たちほどではないだろう。
「しっかりとお勤め頑張っている? 兵士をしている以上、少しぐらいの怪我は仕方ないとしても、それでも無理はしちゃ駄目よ?」
「判っているって。そっちこそ、しっかりとやっているか? 俺なんかじゃ想像もつかないけど、やっぱり大変なんだろ?」
「うん……確かに思ったよりも大変な事が多いわ。でも、周りの皆が支えてくれるから……もちろん、ジガルも私の支えの一人よ?」
「ちぇ。調子のいい事ばかり言うなよ」
何とも親しげな二人の様子に、リーエルは白くなるほどその拳を握り締める。
ガブスンもまた、内心では賭けは俺の負けかもなぁ、などと少々場違いな事を考えていた。
その時。
「────なるほど。最近何かこそこそしていると思ったら、こういう事か」
その場に、聞き覚えのない男の声が響いた。
驚いて振り返る二人の視線の先に、一人の明るい茶髪の男性が彼らと同じように物陰に潜んでいるのを見つけた。
ガブスンとリーエルたちよりは少々年上と思しきその男性は、二人と視線が合うとにかりと笑い、右手の親指を立てて見せる。
そして、男は二人が隠れている物陰へと、足音を殺してこそこそととやって来た。
「……だ、誰だ、あんた?」
「俺か? 俺は……まあ、俺が誰かなんてどうでもいいじゃねえか。それよりも、問題はあの二人だろ?」
男が着ているのは、仕立の良さそうな黒を基調にした服だ。それだけで、この男の身分がそれなりに高いことが判る。おそらく、どこかの貴族の御曹司といったところか。
その男がぴっと指差したのは、もちろん、仲良さげに会話をしているジガルと侍女らしき黒髪の女性。
「……あなた……あの女性が何者なのか、知っているの?」
「もちろん。あれは俺の妻だ」
妻。その一言に、ガブスンとリーエルは叫びそうになるのを必死に押さえ込む。
「……じゃ、じゃあ……なに? ジガルはこれまで人妻と密会していたって言うの……?」
「くはー……まさか人妻が相手だったとは……やるなぁ、ジガルの奴────がふっ!!」
ガブスンの暢気な一言に、かちんときたリーエルは彼の脇腹に肘を叩き込んだ。
そして、突然の一撃に体勢を崩したガブスンが、思わず近くにあった樹木に手をつき、その反動で樹木ががさりと揺れてしまった。
「誰だっ!?」
当然、その不自然な木の揺れにジガルと人妻だという女性が気づかないはずがなく。
ジガルは女性を庇いつつ一、二歩前へ進み出ると、油断なく木が揺れた辺りを睨み付ける。
「あちゃー。見つかっちまったか」
「何暢気な事を言っているの? これからどうするつもり?」
「どうするも何も、見つかった以上は隠れていても仕方ないだろ?」
まるで他人事のように言うと、男は肩を竦めつつすたすたと物陰から出てジガルたちの前へと歩み出た。
その男の堂々とした態度に、思わず顔を見合わせるガブスンとリーエル。結局、二人も男の後に続いて物陰からジガルたちの方へと出ていった。
「ガブスン……リーエル……おまえたちがどうしてここに……それに……」
「あら、見つかってしまいました?」
呆れているのか困っているのか。何とも複雑な表情のジガルと、まるで悪戯が見つかった子供のように、ちろりと小さく舌を出す黒髪の女性。
その二人の視線は、貴族の御曹司らしき男──まるで悪戯小僧のような笑みを浮かべた──へと向けられていた。
「どうして義兄さんが、ガブスンたちと一緒にこそこそ隠れてなんかいたんですか?」
「いやな? そこの物陰で偶然会ったんだよ」
そう言いつつ、男は先程まで彼らが隠れていた物陰を悪びれた風もなく指差した。
「な? そうだよな?」
そして、背後に続いて来た二人に相槌を求めるが、当の二人はそれどころではないようだ。
「は……お、おい、ジガル……今、おまえこの人の事……何て呼んだ……?」
「ま、まさか……義理のお姉さんと密会していたなんて……そ、そんな……」
ジガルが男を「にいさん」と呼んだ事で、二人は変な誤解をしたらしい。
はあ、と深々と溜め息を吐いたジガルは、ガブスンとリーエルには本当の事を話すしかないと決心した。
ジガルの説明を聞いた二人の顔色が、見る見るうちに青を通り越して白くなっていく。
特に、ジガルとの密会相手の女性と、その夫という男性が誰なのかを聞いた瞬間、二人は倒れそうになったほどだ。
「……こ、国王陛下と王妃陛下……?」
「……しかも……王妃陛下がジガルの実の姉さん……?」
間抜けな表情を晒す二人を、国王──ユイシークは実に楽しそうに眺めている。
そのユイシークが、ジガルの姉にして正妻であるところのミフィシーリアへと振り返り、どうしてこんな密会まがいの事をしたのかを問い詰めた。
「確かに、ジガルが実力で騎士になるまでは他人でいろと言ったが……俺に言えばこっそりとおまえらを会わせてやるぐらいはいくらでもできたぞ? そんな事、おまえなら判るだろう?」
「はい。でも、それではおもしろくないとサリィが言い出して……」
「何? サリィだと……? まさか、おまえたち全員で……」
「ええ。サリィを始め、側妃全員とアミィさんは私の共犯者です。私とジガルがこうして会っているのを、いつあなたが気づくかとこっそり楽しんでいました。ああ、私の手紙をジガルに届けてくれたのは、マリィの『使』です」
「まさか、全員で結託していたとはな……今度全員纏めて仕返ししてやるから覚えていろよ? しかし、おまえも随分と大胆な事をするようになったもんだな?」
「あら、それはきっと、誰かさんの影響を受けたからじゃありませんか?」
夫婦で仲良く会話している時、ジガルもまた彼の仲間たちと言葉を交わしていた。
「……と、いう訳で、俺は生家のアマローを名乗らずに軍に入ったんだ」
「はぁ……なるほどなぁ……おまえは俺とは違って字も読み書きできるし、庶民生まれでもきっと裕福な家に生まれたんだと思っていたが、まさか本当は貴族だったとはなぁ」
「貴族って言ったって、最底辺の下級貴族だけどな。実際、うちは貧しくて庶民と変わらない生活をしていたし」
「それでも、王妃陛下のミフィシーリア様があなたのお姉さんだったなんて……さすがにびっくりしたわ」
「ついでに言うと、ジーク……ジークントの姉貴も、俺の側妃の一人だからな」
「へ? ジークントの姉さんも側妃……って、こ、国王陛下っ!?」
突然会話に割り込んで来た国王に、ガブスンとリーエルは改めて驚く。
「おまえらがジークとも仲いいのはジーク本人から聞いているぜ? あいつもジガルの事情に合わせて自分の素性を隠していたんだ。あいつの事、悪く思わないでやれよな」
「私からもお願いしますね。王妃ではなく、ジガルの姉として……弟と、そしてジークさんとこれからも仲良くしてあげてください」
そして、ミフィシーリアはぺこりと二人に向かって頭を下げた。
そんなミフィシーリアに、逆に二人の方が慌てふためいてしまう。
いくら同僚の姉としてと言われても、王妃の立場にいる人物に頭を下げられては、二人でなくとも慌ててしまうというものだろう。
「おし、じゃあ、この場はこれ位でお開きにしようぜ。そろそろ俺は腹が減ったよ」
「では、いつものように私の部屋で朝食を召し上がりますか?」
「おう、もちろんだ。ジガルたちも朝から鍛錬だろ? 遅れるなよ?」
そう言い残すと、国王夫妻は仲睦まじく肩を寄せ合って後宮の方へと歩み去って行く。
しかし。
その途中で何かを思い出したかのように、突然ミフィシーリアが振り返った。
「リーエルさん。ちょっといいかしら?」
「は? は、はいっ!!」
ミフィシーリアに手招きされて、リーエルは慌てて彼女の傍へと駆け寄る。
王妃に名を呼ばれ、緊張でがちがちになっているリーエルに、ミフィシーリアはそっと微笑むと彼女の耳元にその唇を寄せた。
「──────────────」
「────────? ────── ………… ──────ッ!!」
ミフィシーリアがリーエルに何を囁いたのか。それはすぐ傍にいたユイシークにも聞き取れなかった。
しかし、首元まで真っ赤になってあたふたするリーエルを見れば、どのような事が囁かれたのか想像するのは難しくないだろう。
そして、ミフィシーリアはまるで姉が妹を元気づけるように、真っ赤になったリーエルにもう一度微笑みかけるのだった。
『辺境令嬢』外伝第二弾、更新できましたー。
昨日の『魔獣使い』に引き続き、今日は『辺境令嬢』です。
さて、後は年内に『怪獣咆哮』をもう一回更新しないと、です。
では、来年もよろしくお願いします。




