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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
番外編
70/74

王妃様の侍女頭

 現在、彼女の立場は色々と複雑であった。

 生まれこそは紛れもない平民である。だが、今の彼女の役職が、彼女を生まれとは関わりなく彼女自身の立場を複雑にしていた。

 なぜなら彼女は今、このカノルドス王国の最高権力者である国王の、王妃の侍女頭を務めているからだ。




「メリアに縁談……ですか?」


 その日、王妃であるミフィシーリアの居室である第六の間を訪れたアミリシアは、少しばかり言いにくそうにしながらもその件を切り出した。

 本来、王妃となったミフィシーリアは王妃の居室である第一の間に移るはずであったが、彼女がこの第六の間を気に入っていたため、そのままここが彼女の居室となっている。


「私はここが好きなのです。アーシィやサリィ、マリィやリィ、そしてコトリやアミィさんがいつも訪れてくださるこの部屋が。ですから、ここを私の終の部屋にしたいと思います」


 ユイシークから第一の間へと移るように言われた時、ミフィシーリアはそう言って譲らず、結局ユイシークも彼女の主張を聞き入れたのだった。

 そんな第六の間には、相変わらず他の側妃やコトリとアミリシアがしょっちゅう訪れていた。

 その第六の間を訪れたアミリシア。ミフィシーリアは、今日もアミリシアが取り止めもないお喋りを楽しみに来たのだと思ったが、アミリシアの口から飛び出したのは思いもしない事柄だった。

 それがメリアの縁談である。


「ええ。最近、貴族の令息方からメリアさんを是非妻に、という申し出が相次いでいるのですよ」


 右手を自分の頬に当て、困ったように言うアミリシア。その仕草や外見は、相変わらず自分と同じ年頃の娘がいるとは思えない程に若々しいとミフィシーリアは思う。


「ど、どうして私なんかを貴族の御曹司の方々がそ、その……つ、妻になんて望むのでしょうか……? 自慢じゃありませんが、私は平民の出ですよ?」


 いつものようにミフィシーリアの背後に控えたメリアは、要領が得ないといった顔でアミリシアに尋ねる。

 王妃の信頼厚く、実質上の彼女の右腕と目されているメリアだが、その身分からすれば公爵であるアミリシアに直接口を利くことは許されることではない。しかし、ご存じのようにここは色々と規格外れのカノルドス王国の後宮である。そんな事に目くじらを立てる者などいるはずがない。


「そりゃあ、あれだろ? そいつらは、次の世代を考えているんだ」


 同席していたユイシークが、アミリシアが持参した彼女手製のお茶菓子を嚥下すると口を開いた。


「次の世代……ですか?」

「ああ。ミフィが王妃となり、俺もこれ以上側妃を迎えるつもりがない事は連中も承知しているからな。となれば、権力指向の強い連中は、早々に次の世代を標的にしだしたわけだ」

「あ、あの、陛下? それと私とどう関係があるのでしょうか?」

「それはな、メリア。おまえが何かと複雑な立場にいるからだ」


 メリア自身が言うように、彼女の出自は平民でしかない。

 だが、現在のメリアは王妃の侍女頭であり右腕にも等しい。となると、その立場は下級貴族や並みの騎士などよりも高くなる。

 しかも、本来なら王妃の侍女頭は、後宮での使用人を統括する立場でもある。現在はメリアがまだまだ未熟という事もあり、その役目はアミリシアが引き続き代行しているが、将来的にはメリアがアミリシアの後を継ぎ、「後宮の管理人」と呼ばれるようになるだろう。

 また、彼女の出自が平民であることが逆に価値を持っていた。平民である彼女は、下級貴族でも容易に手が届く存在なのだ。

 当然下級貴族の中にも、今よりも上の立場を望む者は数多い。そんな者たちから見れば、メリアは格好の政略結婚の標的なのである。


「将来、俺とミフィの間に子供が生まれたとする。そして、その時にはおまえも誰かと結婚しており、同じ時期に子供が生まれたとすれば……当然、俺たちの子供とおまえの子供は親しくなるだろう。下手をすると、おまえが俺たちの子供の乳母になる可能性もある」


 ユイシークにここまで言われれば、メリアにもどうして自分に縁談が舞い込んでいるのか理解できた。


「はあ……つまり、陛下との直接的な関係は築けなくとも、陛下やお嬢様、そして側妃様たちのお子と親しい関係が築ければ、将来的に出世の可能性が見えてくるというわけですか」


 呆れたように言うメリアに、ユイシークがそういうこったと頷いた。


「それでアミィさん。その申し出をどうされたのですか? まさか受けたなんてことは……」


 探るように尋ねるミフィシーリアに、アミリシアはにっこりと微笑んだ。


「当然、お断りしましたよ。だってメリアさんには……ねえ?」


 アミリシアに意味有りげな笑みを向けられたメリアは、彼女が何を言いたいのか悟って思わす頬を赤く染めた。




 がらがらと音を立てて、一台の馬車が王城を目指していた。

 王城を目指しているとはいえ、その馬車は王侯貴族が乗るような趣の馬車ではなく、どちらかと言えば荷物を運ぶための武骨な馬車だ。

 もちろん、王城には日々色々な物が運び込まれる。

 それは王城で暮らす人々に必要な食料であったり、衣服であったり、生活雑貨であったりする。

 しかし、その馬車が運んでいるのはそれらではない。

 その馬車の荷台には、巨大な魔獣の骸が載せられている。相当な重量があるのだろう。その馬車に繋がれた二頭の荷馬は、苦しそうに馬車を引っ張っている。

 馬車の御者席には一人の男性。魔獣の素材を用いた防具──いわゆる魔獣鎧(まじゅうがい)に身を包み、傍らには愛用の槍。その出で立ちから、男は間違いなく魔獣狩り(ハンター)であろう。

 そして御者席の空いた空間に、二人の犬人族(コボルト)が暢気そうに座っていた。


「リークス様。やっと王城が見えてきましたね」


 狼に似た外見の犬人族の言葉に、御者を努めている男がにやりと笑った。


「ああ。今回の狩りは厳しいものだった……もう少しで、俺の中に眠る邪悪が再び目覚めるところだったからな」


 男……リークスは右手を手綱から放し、なぜか包帯が撒かれた左腕を握り締める。


「あれ? リークス様に封印されている邪悪は、右手じゃなかったですか?」

「馬鹿者。右手に封印されていたバロステロスは俺の中で浄化され、邪悪な存在ではなくなったと言っただろう。今、俺の中には再び新たな邪悪が封印され、バロステロスのように浄化されるのを待っているのだ」


 両耳がだらりと垂れている外見の犬人族に、リークスは包帯の巻かれた左手を見せつけるように翳す。

 そんなリークスを、犬人族たちはまた始まったとばかりに呆れた瞳で見詰めていた。




 もうすっかり顔馴染みとなった王城の門番と挨拶を交わし、ここまで運んできた魔獣の骸を王城の係の者に提出する。

 係の者は魔獣の骸の状態を調べ上げ、それに見合った金額をリークスへと手渡す。


「今回の獲物は銀狼(ぎんろう)か。おまえさんも『王国直属魔獣狩り』の名に恥じない実力を身につけたな」


 係の者の言葉に、リークスは満足そうに頷く。

 今回、彼が狩った銀狼という魔獣は、力強さと素早さを兼ね備えた恐ろしい魔獣である。そして、その毛皮の美しさから、革鎧だけではなく冬用の外套の素材としても人気がある。

 その魔獣を単独で狩ることができるようになったリークスも、そろそろ一流の仲間入りをしてもいいだろう。

 もちろん、今回の狩りの成功は、二人の犬人族の従者たちの協力があってこそだ。今や、この小さくても勇敢な従者たちは、リークスの頼もしき相棒たちとなっている。

 魔獣の代価を受け取ったリークスは、係の者に簡単に言葉をかけると、そのまま王城の中へと足を踏み入れる。

 『王国直属魔獣狩り』の称号には、特別な場所を除き王城内に自由に立ち入れる権利を有する。その権利を行使して、これからリークスはある女性の姿を探すつもりなのだ。

 すっかり覚えた道順を通り、リークスは王城の中庭へと出た。この中庭からは王城の本城へ続く道と、国王とその愛すべき女性たちが暮らす後宮へと続く道がある。リークスは、迷う事なく後宮へと続く道を選ぶ。

 もちろん、『王国直属魔獣狩り』と言えども後宮にまで立ち入る権利はない。それでも彼がそちらへと足を向けるのは、彼の探している女性が後宮で働いているからに他ならない。

 後宮へと続く扉の近くまで来たのはいいが、それ以上先へと進むわけにはいかなくて、その辺をうろうろするリークス。

 はっきり言って不審者以外の何者でもないが、後宮の扉を守る騎士たちは彼が何を求めているのかを既に知っており、うろうろするリークスの姿を苦笑を浮かべながら生暖かく見守っていた。

 やがて後宮の扉が開き、そこから一人の侍女が姿を見せた。

 途端、リークスの顔がぱっと輝く。だが、その輝きはすぐに色褪せた。どうやら、彼が望んでいた女性ではなかったらしい。

 だがそれでも、その女性が顔見知りであった事に気づき、リークスはそそくさとその女性へと近づいた。


「コラル殿!」

「あら、リークス様ではありませんか」


 彼女はミフィシーリアの侍女の一人、コラルであった。

 王妃となった今、ミフィシーリアの元には数多くの侍女が仕えるようになったが、コラルと二人の犬人族たちは今でもミフィシーリアの使用人として働いていた。


「あ、あの、コラル殿……そ、その……メリア殿は今、どこに……?」


 頬を染めながら、ぼそぼそとした声で尋ねるリークス。コラルはそのリークスの態度に眉をひそめる事もなく、声を潜めると彼だけに聞こえるようにその耳元で告げた。


「……実は、私もメリアさんを探しているのです。メリアさんはミフィシーリア様の許可を得て、アミリシア様に料理を教わりに行かれたのですが……もう随分と時間が経っているのにまだ戻られなくて……」


 ミフィシーリアの命を受け、彼女以外にも数人の使用人がメリアを探している最中だという。

 ただ、あまり騒ぎにしたくないというミフィシーリアの意図を汲み、現在は使用人だけが動いているらしい。


「……判りました。では、微力ながら自分もお手伝いしましょう」


 リークスはコラルにそう答えると、後ろに控えていた従者たちに振り返った。


「おまえたち! メリア殿の匂いは覚えているな? その匂いを辿る事はできないか?」


 リークスのこの二人を従者に選んだのは、その鋭い嗅覚を見込んでの事だった。

 人間よりも嗅覚と聴覚に優れる犬人族。その中でも、この二人は群を抜いて嗅覚が鋭かった。二人の犬人族は、その嗅覚でまさに猟犬の如く獲物を追い詰めるのだ。

 二人の従者は主の言葉に肯くと、その場で鼻をすんすんと鳴らしながら目的である女性の匂いを追い始めた。




 王城、中庭の片隅。

 普段は人があまり寄りつかない一角で、メリアは乱暴に地面へと突き飛ばされた。


「きゃ──っ!!」


 小さく悲鳴を上げるメリアを、彼女をここまで引っ張ってきたその男は怒りを露にして見下ろした。


「いい気になるなよ、平民風情が……っ!!」

「な、何をなさるのですかっ!?」


 地面に放り出されたまま、気丈にも問い質すメリア。


「判っているのか? おまえはこのストーリア子爵家の嫡男である、ジムニー・ストーリアの婚姻の申しでを断ったのだぞ? 子爵家である……貴族であるこの私が、平民であるおまえを妻に迎えてやろうというのにだっ!!」


 ジムニー・ストーリアと名乗った男は、二十歳前後のどこか幼さを残した男性だった。少なくとも外見的には特出するような特徴は見受けられない。

 ユイシークや、ジェイク、そしてケイルなどといった、色々な意味で一癖も二癖もある男性を見慣れているメリアからすると余計にそう思える。


「王妃陛下の侍女頭だからと下手に出ればいい気になりやがって」

「本来なら、俺たちが正妻に迎えるような立場じゃないのを、敢えて正妻に迎えようっていうんだぞ? どうしてそれを断れるのだ?」


 そして、そのジムニーの背後には、同じ年頃の男性が二人。こちらもどこかの貴族の令息らしい。おそらくはジムニー同様メリアに婚姻を申し入れて断られた者たちだろう。


「おまえのおかげで、私たちはいい笑い者だよ。平民出身の女に婚姻を申し込み、あまつさえそれを断られたのだからな! おまえにはこれから、その代償を支払ってもらおうか」


 どうやら男たちは、婚姻を断られた腹いせにメリアによからぬ真似をしようとして、一人中庭を歩いていた彼女──厨房から第六の間への帰り道──をこうして人目のつかない場所へと引きずり込んだようだ。

 ゆっくりとメリアへと近づく男たち。それをメリアは、いまだに地面に倒れたまま見上げていた。

 メリアは腰を地面に付けたまま、じりじりと後ずさる。彼女の脳裏には今、いつぞやの恐怖が甦っていた。

 あれはミフィシーリアと一緒に城下の街へと初めて出かけた時。

 今ではミフィシーリアを始めとしてユイシークたちとも親しいとある人物が、当時はまだ一介の吟遊詩人に過ぎなかった頃に、彼の元を訪れようとした時のこと。

 その時、ミフィシーリア一行は暗殺者に襲われた。

 護衛の騎士やジェイクたちと離れ離れになり、王都の貧民街へと迷い込んだミフィシーリアとメリアは、今のように男性に襲われそうになった。

 その時は、ある人物が介入してくれたおかげで事なきを得たのだが。

 当時と似たような今の状況。自然、メリアの脳裏にはあの時に助けてくれた男性の姿が思い浮かぶ。


──助けて────スさん──


 心の中でその男性の名を何度も叫ぶ。

 だが、この場にその男性の姿はなく、代わりに降ってくるのは下卑た笑みを含んだ男たちの声。

 男たちの一人が腕を伸ばし、メリアの胸ぐらを掴む。そのまま力に任せて彼女が着ている侍女のお仕着せを引き破ろうとした時。

 横合いから何かが飛来し、メリアの胸元を掴む男の腕に突き刺さった。


「がああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 悲鳴を上げてメリアから腕を放す男。よく見れば、その男の腕には投擲用の短剣が突き刺さっていた。

 驚いた他の二人が周囲を見回す。その隙に、小柄な影が二つ、メリアと男たちの間に割り込んだ。


「あ……あなたたちは……」

「な……なんだ……? どうして、こんな所に犬人族が……?」


 今、メリアの前には二人の犬人族がいた。

 とはいえ、それは王宮や後宮で下働きをする犬人族ではなく、小柄なその身体には魔獣鎧が着込まれており、その手には小さな短剣が握られている。どうやら、先程の投擲剣を投げたのはこの犬人族らしい。

 彼らはその小さな牙を剥き出しにして、男たちを威嚇する。


「大丈夫ですか? メリアさん」

「もう大丈夫ですよ。ほら」


 狼に似た犬人族が視線を男たちにひたと見据えながら尋ね、両耳を垂らした犬人族が視線だけである方向を示す。

 メリアがそちらへと目を向ければ、そこには先程心の中で何度もその名を呼んだ男性の姿があった。

 彼の顔は怒りで真っ赤に燃え上がり、魔獣でさえ逃げ出しそうな程の鬼気を全身から漲らせていた。


「貴様ら……ここで何をしている……?」


 冷え冷えとした声が響き渡る。その声だけで、男たちの心に罅が入った。


「その女性に何をしようとしたのか、と聞いているのだっ!!」


 鬼気を漲らせたまま、男が踏み込む。

 その踏み込みの速さに、メリアは思わず目を見張った。

 彼女は知らなかったのだ。その男が──リークスが、あれからどれだけの修羅場を潜り抜けて来たのかを。

 一人で魔獣を相手にしてきたリークスは、いつもいつもぎりぎりの戦いを強いられて来た。

 最近では頼りになる相棒たちにも恵まれたが、それまでは常に一人で強大な魔獣と対峙してきた。その中で、彼の魔獣狩りとしての実力は確実に伸びていったのだ。

 あの時はローという名前の小さな黒竜の手助けがあった。それでも町のごろつき数人相手に互角だったリークス。だが、今のリークスは以前とは全く違う。

 あっという間に間近に迫ったリークス。先程までメリアを掴んでいた男の顔面に、その戦槌のような彼の拳が突き刺さる。

 鼻と歯をへし折られ、鼻腔と歯茎から血を盛大に撒き散らせながら男が吹き飛ぶ。


「い、いきなり何をする……っ!?」

「お、俺たちは貴族だぞっ!! たかが魔獣狩り風情が、貴族に手を上げてただで済むと思っているのかっ!?」


 折れかけた心を必死に繋ぎ止め、男たちは自分たちの最大の武器である「権力」を振りかざす。

 だが、目の前の怒れる魔獣狩りは、そのようなちゃちな武器では止まらない。止められない。


「貴族? だからどうした?」


 そう言い捨てると同時に、リークスの右拳が一人のこめかみを捉え、それを返す形で振るわれた裏拳が、最後の一人の鼻っ柱を砕く。


 地面に倒れ伏した三人の男たちを見下ろしながら、リークスは包帯で包まれた左手を右手で握り締める。


「左手は使わないでおいてやる。この左を使えば、きっとおまえたちの命は左手に宿る邪悪に食い尽くされるだろうから……!」


 相変わらず芝居がかったその仕草に、男たちは倒れながらも薄ら寒いものを感じた。もちろん、邪悪とか云々ではなく、この男そのものから。

 それでも男たちは何とか立ち上がり、今度は彼らの顔に怒りが浮かんだ。


「おのれ……平民風情が貴族にこんな真似をして……」

「構うことはない。ここで殺してしまえ」

「いや、それでは面白くない。手足を切り刻んだ後、動けなくなった奴の目の前であの侍女を辱めてやろう」


 男たちはそれぞれ、懐から短剣を引き抜く。

 対して、リークスは丸腰だった。いくら『王国直属魔獣狩り』の称号を持つとはいえ、王城の中で武器を持ち歩くことは許されない。犬人族の二人が小さな短剣を持っていたのは、こっそりと隠して持っていた──見つかればもちろん罰せられる──からだ。

 しかし、凶器を前にしてもリークスは怯まない。凶悪な魔獣の牙や爪に比べれば、今男たちが持っている短剣なんて玩具みたいなものだ。

 男たちとリークスと従者たち。対峙する二陣営の間の空気がどんどんと張り詰める。

 張り詰めた空気がいよいよ弾けそうになった時。

 その場に凛とした声が響き渡った。


「そこまでです。双方、武器を納めなさい」


 リークスと従者たち、そして男たちが声のした方へと振り向けば、そこには第三側妃であり、後宮騎士隊の隊長であるマイリー・アーザミルドが数人の部下を率いて立っていた。

 そして、その背後には国王であるユイシークと王妃であるミフィシーリア、そして公爵であるアミリシアの姿もまた。


「こ、国王陛下と王妃陛下……」

「そ、それに第三側妃様とミナセル猊下まで……」


 この国の頂点に立つ者たちに見据えられ、貴族の令息たちは手にしていた短剣を投げ捨て、その場に跪いた。

 リークスと彼の従者たちもまた、メリアを助け起こした後で改めて片膝をつく。


「何の騒ぎなのか、大体の想像はつく。曲がりなりにも王城の一角で女性に不埒な真似をしようとしたのだ。それ相応の覚悟はあるだろうな?」


 国王としてユイシークが告げると、令息たちの顔色が見る見る青ざめていった。


「それに、あなた方は誤解をしています」


 ユイシークに代わってアミリシアが口を開くと、それまで俯いていた男たちが揃って顔を上げた。


「あなた方の婚姻の申し入れを断ったのは、メリア本人ではなく私です。それが何を意味しているのか判りますか?」


 アミリシアの言わんとしている事が理解できず、令息たちは互いに顔を見合わせる。

 そんな令息たちにアミリシアは優しく微笑むと、笑顔とは裏腹に断罪の言葉を彼らへと投げかけた。


「私は近々、メリアを我がミナセル公爵家の養女として迎えようと思っています」

「え? えええええええええっ!?」


 これに驚いて大声を上げたのは、他ならぬメリア本人だった。

 なぜなら、彼女は今の今までアミリシアが自分を養女にするなんて聞いた事もなかったからだ。

 そんなメリアに、アミリシアはぱちりと片目を閉じて応じた。ここは自分に任せておけと意味を込めて。


「それ故、彼女への婚姻の申し入れは、全て義母(はは)である私を通して行い、婚姻を受けるか受けないかは公爵家当主である私が判断しています。その私の判断に異議があると言うのならば、義娘(むすめ)ではなく私に直接申しなさい」


 笑顔を絶やさぬまま、アミリシアは令息たちに止めの一言を言い放つ。

 下級貴族でしかない彼らに、公爵であるアミリシアの決定に意見できる筈もなく。


「後宮騎士隊隊長、マイリー・アーザミルドの名において、貴方がたの身柄を拘束します」


 マイリーは宣言通りに部下に彼らの拘束を命じる。彼らはすっかり観念したのか、大人しくマイリーの部下たちに引き立てられて行った。

 余談だが、マイリーは最近、ユイシークの家名である「アーザミルド」を名乗るようになっていた。

 これは彼女だけに限らず、他の側妃たちも同様である。

 正式に王妃となり、彼の家名を名乗るようになったミフィシーリアを見て、それが羨ましくなったらしい。

 さすがにカノルドスを名乗るわけにはいかないが、家名だけならばとユイシークもこれを許可した。何だかんだ言っても、側妃たちには甘い男なのである。

 この場にユイシークたちが揃って登場したのは、メリアの行方が一向に判らない事を心配したミフィシーリアが、とうとう使用人たちだけの探索を諦め、まずは彼女が向かったはずの厨房でアミリシアに彼女の行方を尋ねた。アミリシアもまた心配になり、公爵であり、叔母である権限を堂々と行使してユイシークへと相談。そしてユイシークがマイリーの異能によって探す事を提案した結果だ。

 すぐにマイリーの異能について思いつかなかった辺り、ミフィシーリアもメリアが心配のあまりに結構混乱していたようである。


「ところでアミィさん? さっきの話はどこまで本当なのですか?」


 メリアの無事が判って一安心したミフィシーリア。彼女は不安そうに、大人しく引き立てられていく令息たちの背中をじっと見詰めていたアミリシアに尋ねた。

 彼女もまた、アミリシアがメリアを養女に迎えるなんて話は初耳だったのだ。


「そうですね。この際ですから、本当に彼女を私の義娘にしてしまいましょうか」

「本気……ですか?」

「ええ。やはり王妃陛下の侍女頭が平民出身というのは、対外的に色々と拙い面がある事も確かですしね。それに、ミナセル家の養女になれば、今日のような事を考える輩への牽制にもなります。あら、安心してくださいね? 別に彼女を養女にしたからって、政略結婚とかは一切考えていませんから。第一、彼女にはほら────」


 アミリシアが楽しそうにある方向を視線で示す。

 ミフィシーリアを始め、ユイシークやマイリーがそちらを向けば、『王国直属魔獣狩り』に縋り付くようにして彼の胸に顔を埋めるメリアの姿があった。




 ユイシークたちの登場により、今回の一件が終息したと思った瞬間、リークスの身体は突然衝撃を受けた。

 何事かと改めて身構えてみれば、自分の胸に顔を埋めるようにしてメリアがしがみついている。


「め、めめめめ、メリア殿……? ど、どうかされたのか? ま、まさかどこかに怪我でも……っ?」


 突然の事に、しどろもどろになって尋ねるリークスに、メリアは彼の胸に顔を埋めたままゆっくりと頭を横に振った。


「────った……」

「は?」


 メリアは涙に濡れた顔を上げた。それでも、今の彼女の顔には確かに笑みが浮かんでいた。


「恐かった──すごく、恐かったんです。あの時の事を……初めてリークスさんと出会った、あの時の事も思い出してしまって……」

「メリア殿……」


 リークスは、縋り付いて震える彼女の肩に、自分の手を重ねていいものか心から迷う。メリアの肩付近で両手をわきわきさせながら葛藤する彼の耳に、メリアの小さな声が更に響いた。


「でも……でも、きっとあなたが助けにきてくれるって……そう、信じてました。これであなたに助けられたのは二度目ですね。ですから……これはそ、その、お礼と……わ、私の気持ち……です」


 涙の後を隠すこともなく、つっと背伸びをしたメリアは、リークスの首に両手を回すとそのまま彼の唇に自分のそれを重ねたのだった。



 番外編投稿開始しました。

 まず第一投目は『辺境令嬢』です。とある方からもリクエストのあった、某イタい人と王妃様の侍女頭の関係を。

 あれこれと色々書き加えていたら、実に二話分の長さになってしまいましたが。


 そして、イタい人は相変わらずイタいままでした(笑)。



 今後も、しばらくはこうやって気まぐれに番外編を投下していきますので、よろしくお願いします。

 さあ、次は『魔獣使い』の番外編も書かないと。


 では、よろしくお願いします。


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