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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
66/74

35-王都防衛戦準備

 ミフィシーリア・アーザミルド・カノルドス。


 彼女がそう名乗った瞬間、謁見の間にいる者たちの反応は綺麗に二つに別れた。

 一つは彼女が王妃の座に就くことが納得できない者たちであり、もう一方はその場に跪いて、新たな王妃に忠誠を誓う者たちである。

 そんな者たちを眼下に眺めながら、ミフィシーリアは一段下に立つガーイルドへと落ち着いた声をかけた。


「クラークス宰相。先程不穏当な発言をした者を、国に対する反逆罪で直ちに取り押さえなさい」

「御意」


 ガーイルドはミフィシーリアの心中を的確に察していた。

 先程、側妃や宰相などの首を手土産にすると言った者。その者はもしかすると紛れ込んだ敵の内通者かもしれない。

 不安が増している貴族たちを煽動し、セドリック側に有利なように事を運ぶためだ。事実、先程の言葉に乗ろうとした者は少なくはない。

 ガーイルドが合図すると同時に、壁際に控えていた近衛が衛視たちを引き連れて素早く動く。

 衛視たちが実際に取り押さえたのは一人だけだったが、他にも明らかに動揺している者たちが数人いる。

 ガーイルドはその者たちをしっかりと覚え、後で確実に追求してやろうと心に刻む。

 そして、新たな王妃は謁見の間に集まっている者たちに、毅然とした声で告げた。


「ユイシーク陛下は……夫は間もなくこの王都に帰って来ます。いえ、もしかすると、もう近くまで来ているかもしれません」


 国王であるユイシークがもうすぐ帰って来る。

 その知らせを受けた貴族たちは、希望を見出したように表情を輝かせる。


「それまで、何としてもこの王都を死守せねばなりません。陛下が帰るこの場所を、なくすわけにはいきません。ガーイルド・クラークス」

「は」


 段下に控えていたガーイルドが応じる。


「王都に残る全ての兵力……五百を全て投入し、王都の守りを固めなさい。防戦に関する指揮はあなたに一任します」

「御意。一命に代えましても、この王都は守り抜いてみせます」

「貴殿の働きに期待します。マイリー・カークライト」

「はい」

「後宮騎士隊で城下の市民の避難を誘導してください。避難はすでに始まっていると思いますが、混乱しているだろう市民たちを鎮め、北部の山地へと誘導を」

「お任せください、王妃陛下」


 一礼を残し、マイリーは颯爽と謁見の間を後にする。

 王妃から与えられた使命を果たすため、部下たちのいる屯所へ向かうのだろう。

 その背中を見送ったミフィシーリアは、次いでアーシアへと視線を移す。


「アーシア・ミナセル」

「はい」


 アーシアはミフィシーリアに名を呼ばれると、流れるような優雅な仕草でそっと腰を折る。


「傷ついた兵士たちにできる限りの癒しを」

「御意にございます、王妃陛下」


 アーシアもまた、静かに謁見の間を出て行った。

 王都に残る五百の兵の内、実際に矢面に立つのはその内の四百が実情だ。

 残る百は、裏方として様々な仕事を引き受ける。その中には負傷した兵の手当てを受け持つ救護部もある。

 アーシアが向かうのはその救護部だ。


「サリナ・クラークス、リーナ・カーリオン」


 次いでミフィシーリアが呼ぶのは残る二人の側妃たち。

 彼女たちもまた、名を呼ばれて優雅に一礼する。


「二人には私の補佐を。陛下に望まれて王妃の地位に就いたとはいえ、私はまだまだ未熟。二人の力をお貸し願います」

「無論ですわ、王妃陛下。わたくしサリナ・クラークスは、喜んで陛下の手足となりお役に立ちましょう」

「私も同様に、王妃陛下。如何様(いかよう)にもこの私をお使いください」


 四人の側妃がミフィシーリアを進んで王妃と呼び、そのミフィシーリアは例え側妃であろうとも王都を守るためにその力を揮わせようとしている。

 そしてこの事は、またもや謁見の間にいる者たちを二分した。

 一方は、本来なら戦争の矢面に立つことなどない側妃たちが、王都を守ろうと尽力している事に対して感銘を受け、自らを奮い立たせる者。

 その者たちは少しでも新たな王妃と側妃たちの力にならんとして、必ず王都を守ると誓いを新たにする。

 もう一方は、このまま何もしなければ、後に無能の烙印を押さかねないと畏れ慌てる者。

 今のこの国は実力主義が浸透しつつある。そんな中で無能と判断されれば、今の地位も決して安泰ではなくなる。

 周りをじっと観察していたガーイルドは、そんな者たちの心境を敏感に察し、内心で新たな王妃を褒め称えた。

 動機と目論見はどうあれ、結果的にミフィシーリアは居合わせたこの国の貴族たちの心を一つにする事に成功したのだ。

 自ら望んで動く貴族たちはいい。国を守るため、いや、家族や親しい者たちを守るためかもしれないが、彼らは王都を守るために死力を尽くしてくれるだろう。

 だが、保身ばかりを考える貴族たちを動かすのは、ガーイルドを持ってしても難しい。

 彼らが第一に考えるのは、地位であり財産である。確かに宰相であるガーイルドが命じれば、彼らもそれには従う。だが、保有する私兵や私財の損失を惜しんで全力を揮うことはないだろう。

 しかし、焦りを感じた彼らは多少の損失を覚悟してでも動くに違いない。もちろん、戦局がいよいよ危うくなれば掌を返されるだろうが、そこまで追い込まれたのならばどのみち先は明るくはないのだ。

 ガーイルドは無言で思考の糸を伸ばしながら、改めて王妃の椅子に座る彼女を見る。

 もしも、彼女がこれを意識してやったというのなら。

 彼女はこの先、偉大な王妃となるに違いない。

 だが、おそらくはそうではないとガーイルドは判断する。

 良くも悪くも彼女は純朴である。危機感を煽って他者を操るなどという腹芸は、彼女にはできそうもない。

 それでもいい。少なくとも、未曾有の危機を前にこの国の上層部の思いは、一時的にとはいえ一つとなったのだから。

 そして、それを行ったのは、まぎれもなく新たに王妃となった彼女。


 ミフィシーリア・アーザミルド・カノルドス。


 彼女は今、まぎれもなく王妃として認められたのだ。




 謁見の間をそのまま王都防戦の本陣と定めたミフィシーリアは、そこで様々な状況の報告を受け取っていく。

 カノルドス王国の王都ユイシークは、街の外周を強固な城壁で囲んでいる。

 とはいえ王都は広大であり、その広大な王都を守る城壁全てに兵を配置するのは現状では不可能である。

 その事が、ミフィシーリアやガーイルドの頭を悩ませていた。


「……やはり、決定的に兵力が足りませんか……」

「は。残存兵数五百に加えて、市民の中からも王都を守らんと志願者が三百人ほど集まっておりますが、それでも城壁全域に十分な数を配置というわけにはいきませんな」


 市民の中からからの志願者が三百もいたと聞き、ミフィシーリアは驚きを露にする。


「三百人もの市民が立ち上がってくれたのですね……」

「これも全ては、ユイシーク陛下の尽力の成果ですな」

「はい。彼らの志を無駄にしないためにも、どんな事があろうとこの王都は死守しなければなりません。ですが……」


 王都に残っている五百の兵に市民から三百を加えた八百の兵数では、現在王都を攻めるために半包囲している三万には如何ともしがたい。

 三万の敵兵が一斉に王都を攻めれば、いくら強固な城壁で守られているとはいえ、王都が落ちるまで一日もあれば十分だろう。


「ガーイルド様……もしも敵兵が城壁を打ち破り、王都に雪崩れ込むような事になれば……その時は、私の首を差し出して降伏してください」

「……ミフィシーリア様……」


 ガーイルドだけに聞こえるように囁かれたその言葉に、ガーイルドは思わず小さく零す。


「セドリック・エーブルも、王都を荒らすのは本意ではないはず。彼が王位に就いた時、治めるべき民がいなければ困るのは彼ですから。そして、その民を守るのはシークの妻となった私の最後の責務です」


 彼女の揺るぎない覚悟を聞き、ガーイルドはその場で改めて跪いて臣下の礼をとる。


「……承知致しました、王妃陛下。もしもそのような時が訪れれば、その時はこの老身も首だけとなってお供いたしましょうぞ」


 そして、それは彼だけではない。

 ミフィシーリアの傍で彼女の補佐をしていたサリナとリーナにも、そのやり取りは届いたらしい。


「その時は父と同様、わたくしもお供いたしますわ。どうせ敵に捕らわれれば、連中に好きなように凌辱されるか、奴隷にでも落とされるのが関の山ですもの。そんな辱めを受けるぐらいならこの首、進んでセドリックにくれてやりますわ」

「もちろん、私も付き合うわよ? ここにはいないけど、アーシィとマリィも同じ事を言うはずよ。本当、揃いも揃って私たちって馬鹿ばっかりよね。きっとあいつの馬鹿が移ったに違いないわ」


 折り畳んだ扇を自らの首に当てながら不敵に笑うサリナと、困ったように肩を竦めるリーナ。

 彼女たちの思いに、胸の奥から暖かなものが沸き上がる。

 だが、今はその思いに浸っている時ではない。

 ガーイルドやサリナたちに短い言葉で感謝を述べると、目の前の問題をどうにか解決すべく、再びガーイルドと意見を交わし始める。

 その時であった。

 兵士の一人が真っ青な顔で謁見の間に飛び込んで来たのは。


「……た、たたた、たい……へ…にござ……ま……っ!!」

「どうしたっ!? 一体何があったのだっ!? 報告は短く正確にといつも言っておろうがっ!!」


 何か重大な事が起きたと悟ったガーイルドが、大声でその兵士を叱責する。

 よほど慌てていたらしい兵士は、宰相であるガーイルドに叱責されて飛び上がらんばかりの勢いで姿勢を正す。

 そして、その兵士の様子からミフィシーリアたちは、いよいよ敵軍が攻撃を開始したのかと思わず眉を顰めた。

 だが、その兵士がもたらした報告は、その場にいる誰もが予想もしていないもので。


「ほ、報告しますっ!! 王都近郊の森の上空に突如、巨大な黒竜が現れましたっ!!」




 そこでは、既に戦争が開始されていた。

 だが、その戦場は王都を取り囲む城壁でもなければ、その外側に広がる平原でもない。

 その戦争は他でもない、王城の中で繰り広げられていた。


「こちらの大鍋、煮えました!」

「こぼさないように注意して、外へ運んでください」

「野菜の刻み終えました! 次はどうすればいいですかっ!?」

「その野菜は向こうの鍋の中に入れて煮込みなさい」

「こちらの焼き上がったパンはどうしましょうっ!?」

「準備のできたものからどんどん運び出しなさい。食材の事は今は気にしなくても構いません。あるものは全部、遠慮なく使ってください」


 王城第二厨房。そこれが戦場の名だ。

 今、この厨房では大量の食事が準備されている。

 その食事はもちろん、これから城壁で命をかけて戦う兵士たちに配られるものだ。それ以外にも、王都の北部の山地へ避難した市民たちに配給される食事も含まれている。

 そして、そんな厨房を取り仕切るのは、後宮の管理人とも呼ばれるアミリシア・ミナセル公爵その人である。

 厨房の料理人だけではなく、後宮の侍女や王宮の使用人たち全てを動員し、アミリシアの指揮の元で各部署に配給される料理が大量に用意されていく。

 メリアを筆頭にしたミフィシーリアの使用人たちも、今はこの戦場で戦っている。もちろん、他の側妃たちの使用人も同様だ。

 そんな時、それまで機敏に動き回っていたコトリが、不意にその動きを止めた。


「どうかしましたか、コトリ?」


 アミリシアは、誰よりも早く彼女の異変に気づいた。

 だが、コトリはアミリシアの声にも気づいた素振りも見せず、立ったまま宙の一点を凝視している。


「もしや、シークさんから何か連絡がありましたか?」


 ユイシークの『使(つかい)』であるコトリは、主人であるユイシークと精神的な繋がりがある。

 その繋がりを通じて、互いに連絡を取り合う事もできるのだ。

 ユイシークがコトリを王城に残して行ったのも、それが目的である。

 そして、不安そうにアミリシアが見詰める中、コトリの瞳が大きく見開かれた。


「……今、パパから連絡があったんだけど……」


 ぎぎぎぎ、と音がしそうなほどぎこちない動きで、コトリはアミリシアへと振り向いた。


「……暗黒竜が……バロステロスが甦ったってパパが言っているの……」


 その一言に、アミリシアのみならず、厨房にいた全員が凍りついたように一斉に動きを止めた。



 『辺境令嬢』更新しましたー。


 『魔獣使い』も合わせてお読みくださっている方には、王都の城壁の外で何が起きているのかは既にご存じと思います(笑)。

 色々あって、厄災の化身が甦りました。さあ、果たして暗黒竜は何のために現れたのか(笑)

 気になる方は、わたくしめのもう一つの拙作『魔獣使い』の最新話あたりをお読みいただければ判明すると思います(←宣伝です。申し訳ありません)


 王都防衛戦は、『辺境令嬢』では戦闘シーンとかは極力入れない方針なので、王都の外で展開される戦いを横から眺めているような描写になると思います。


 予定では、当『辺境令嬢』も残すところあと数話といったところ。

 もっとも、実際に書いてみると予想以上に伸びる可能性はありますが(笑)。


 ここまで来たら、最後までお付き合いいただけると信じております。


 では、次回もよろしくお願いします。


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