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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
64/74

33-策謀報せる急使

 部屋の扉がノックされ、いつもならそれに真っ先に反応するメリアが不在なので、代わりにコラルが対応した。


「ミフィシーリア様。リーナ様がお見えです。何でも、急用だとか」

「リィが? いいわ。お通しして」


 ぺこり、とコラルは一度頭を下げると、改めて扉を開けてリーナを招き入れた。


「急にごめんなさいね。ちょっとあなたに来て欲しいの」

「私に……ですか? それは構いませんが、どこに行けば良いのでしょうか?」


 と、問われてリーナが答えたのは、王城の客間の一室だった。


「実はね、驚かずに聞いて欲しいのだけど……」

「は、はい……」


 なぜか言葉をに濁らせるリーナ。そんな彼女の様子に、ミフィシーリアは嫌な予感を抱く。


「ま、まさか、シークの身に何か良からぬ事が……?」


 この国の国王であるユイシークは、数日前に反乱を鎮圧するために出兵した。

 戦場に赴くのだから、彼が怪我を負う可能性は極めて高い。

 もしやそのような報せが届いたのか、とミフィシーリアが心配しても無理のないことだろう。

 だが、リーナは彼女のその心配をあっさりと否定した。


「ああ、シークの奴は関係ないわ。あいつの事だから、今頃は鼻歌でも唄いながら街道を進んでいるわよ」

「では、一体何が?」

「それがね、あなたの侍女であるメリアなんだけど、先程、いきなり練兵場に現れたの。そして、宰相閣下やアミィさんに会わせろと叫んで──」

「は?」


 何事だろう、それは。

 一瞬、ミフィシーリアの頭が混乱した。

 現在、名目上は謹慎中であるメリアが、なぜいきなり練兵場に現れたのか。なぜガーイルドやアミリシアに合わせろと要求するのか。

 メリアはれっきとした側妃の侍女である。確かに直接は無理であろうが、ミフィシーリアを通せば相手が宰相のガーイルドであろうが、公爵のアミリシアであろうがいつでも会えるのだ。そして、ミフィシーリアが他ならぬメリアの頼みを拒否するはずがないというのに。


「あ、あの、メリアはどうやって練兵場まで入り込んだのですか? 普通なら勝手に城内に入ろうとすれば、門などで咎められるはずですが……」

「ああ、それはね、飛竜に乗って練兵場に直接舞い降りたのよ」

「…………………………………………………………………………は?」


 あまりに想定外な理由に、ミフィシーリアは二の句が継げなかった。




 リーナによって案内された部屋に入ると、中には宰相のガーイルドと宰相補のケイル、そして、先日城下で出会った左目だけが紅い青年と、彼女の侍女であるメリアの姿があった。


「お久しぶりでございます」


 ミフィシーリアがそう言って頭を下げれば、左目が紅い青年も慌てて立ち上がってぺこりと低頭した。


「こちらこそお久しぶりです、ミフィシーリア様。それに、今回はメリアさんに色々と協力していただきました。本当にお礼の言葉もありません」

「いえ、こちらこそお礼を申し上げねばなりません。あなた様は私の再従姉妹(はとこ)であるアリシア様を奴隷より解放してくださったのですから」


 その後、左目が紅い青年と幾つか言葉を交えた後、青年はケイルと共に部屋を出ていった。

 何でも、これから進軍中のユイシークの元へと赴き、伝えねばならない事があるのだという。

 本来なら早馬を飛ばしても数日はかかる距離であるが、彼には馬よりも速い移動手段がある。すぐにユイシークの元へと到達するだろう。

 青年の背中を見送ったミフィシーリアが部屋へと向き直ると、難しい顔をして腕を組んでいるガーイルドと、申し訳なさそうな顔のメリアが目に入った。


「申し訳ありませんお嬢様……今回の事は、その……」

「大体の事はリィから聞いたわ。よくがんばったわね」

「あ、ありがとうございますっ!!」


 顔を輝かせるメリアに微笑みかけ、ミフィシーリアはガーイルドへと目を向けた。


「正直、厳しい事になったわい……」


 力なく呟くガーイルド。


「先程も申しましたように、大体の事はリィから聞きました。何でも、ランバンガが起こした反乱は囮でしかなかったとか」

「その通りだ。どうやらあ奴──セドリック・エーブルの本当の狙いは、反乱鎮圧のために手薄になった王都を強襲する事であろうな。まんまと乗せられたわい」


 セドリック・エーブル伯爵。

 彼こそが一連の本当の黒幕であると、先程の左目が紅い青年が知らせてくれたとガーイルドはミフィシーリアに説明してくれた。

 しかも青年がもたらした情報によれば、セドリック・エーブルは既に挙兵の準備を整え、遠からず行動に移すとの事である。もしかすると、もう行動を起こしているかもしれない。


「小僧のおらぬ今、重鎮どもが騒ぐのを抑えるのは苦労するであろうな」


 ふうと嘆息するガーイルド。

 やはり、誰が何と言おうが、この国の中心はユイシークなのである。

 時に奔放、時に不真面目なユイシークであるが、彼を支持する者たちは皆、彼の力量と人柄を信じて従っているのだ。

 そのユイシークが策に嵌められて不在の時に、本当の敵がこの王都を目指している。

 それを知った時、果たしてどれだけの人物が落ち着いてそれに対処できるか。それがガーイルドを悩ませている事だった。


「やれやれ。こうなっては、一刻も早く小僧に帰ってもらわねばならん」

「はい。そのためにはシークが帰るまで、彼が帰るべき場所を何としてでも守らねばなりません」


 ガーイルドはきっぱりとそう言ったミフィシーリアを見て、ひょこりと片方の眉だけを器用に釣り上げた。

 彼の傍らに立つ少女の表情には、はっきりとした決意が現れている。


「ふむ……これは些か心配し過ぎたか。逸材は何も小僧だけではなさそうだ」


 目の前の少女といい、先程の左目が紅い青年といい、国王に勝るとも劣らぬ逸材は思いがけないところにいるものだ。

 それがこの危急時においても、ガーイルドの心を沸き立たせた。


「どうやら儂らが一線を退く時は、思いの外早く来るかもしれんぞ、ラバルド」


 今は遠くの地を進軍中であろう旧友であり親友である男に向けて、ガーイルドはそう誰にも聞こえないように呟いた。




 それから更に数日が過ぎた。

 その間、ガーイルドは王都の守りを固めながら、王都に迫る敵影とその進軍経路を見つけるべく少ない手勢から人数を裂き、幾人もの斥候を送り出している。

 それによって更に手薄となった王都の警護のため、後宮騎士隊の女性騎士までもが応援として借り出されているほどだった。


「シィくんたち……今頃どうしているかな……」

「考えてみれば、シークさんたちが出陣しているのに、こうして待っているだけなのは初めてですわね」

「パパたちが出兵する時は、コトリたちも大抵一緒だったもの」

「シークさんの事ですから。すぐに無事な姿を見せてくれますよ」


 アーシアとサリナ、そしてコトリとアミリシアは、今はここにいない彼の噂をする。

 やはり、口ではあれこれ言いながらも、皆彼の事が心配のようだ。

 ミフィシーリアはそんな彼女たちを見て、こっそりと笑みを浮かべる。

 今、ミフィシーリアを初めとした女性陣が一緒にいるのは他でもない。

 人手が不足しているため、一人ひとりに十分な護衛が回せないので日中は極力一緒にいて欲しい、とマイリーに頼まれたからだ。

 そのため、ユイシークが出陣してからこっち、このように第六の間に全員が集まる事が増えていた。

 この場にリーナとマイリーの姿がないのは、いつものように彼女たちには仕事があるからだ。

 そんな彼女たちにお茶を出したりしているのは、この部屋の使用人たちである。時には、各側妃たちの使用人も手伝いとしてこの部屋を訪れる事もあった。

 結局、メリアはあのままミフィシーリアの侍女として復帰した。

 王国にとって実に貴重な情報をもたらした、という立派な手柄を立てた彼女は、それまでの疑惑を払拭したとして晴れて元の職場に戻ることになったのだ。

 今もメリアは、この第六の間の侍女頭として精力的に働いている。

 とはいえ、そんなメリアにも心配事がないではない。それが理由で仕事中にふと手が止まってしまう事も時に見受けられた。


「どうしたの、メリア? 何か考え事のようだけど?」

「は、はい……実はですね……」


 メリアの心配事とは城下の「轟く雷鳴」亭のリントーの事であった。

 彼女は先日までそこで女給として働いていたわけだが、結局店主のリントーには何も告げずにミフィシーリアの侍女に復帰してしまった。

 もしかすると、帰ってこないメリアの事をリントーは心配しているかもしれない。

 もちろん、リントーはメリアの元来の職場を知っているし、あの日に左目が紅い青年と一緒に王城に向かった事も承知している。

 そのメリアが戻ってこないとなれば、元の職場に戻ったと推測してはいるだろう。

 それでもリントーには一言、侍女に戻った事を伝えたかった。メリアはミフィシーリアの元に帰ってからずっと考えていたのだ。

 それに。

 ふと、メリアの脳裏に「轟く雷鳴」亭で時々顔を会わせていた、一人の男性の顔が浮かんだ。

 以前にミフィシーリアと一緒に城下で襲われた時、ぼろぼろになりながらもメリアを助けてくれたその男性。彼にも何も伝えていない。それもまた、彼女の心に引っかかっている事だった。


「それなら、手紙を書いて知らせてはどうかしら?」


 ミフィシーリアとメリアの会話を聞いていたらしいアミリシアが提案する。


「メリアさんがリントーさんに宛てて手紙を書けば、私が然るべき手配をしますよ?」


 現在、城を出入りする書簡のやり取りは最低限に制限されていた。そして、その最低限の書簡もまた、城を出入りする際には厳しく中身を改められている。

 目的はもちろん、様々な情報漏洩の防止である。それがあるからこそ、メリアも手紙でリントーに知らせるという選択を行わなかった。

 だが、公爵であるアミリシアには、様々な理由で書簡のやり取りをする必要がある。

 いくらミナセル公爵の書簡とて、所定の手順で改められる事には違いないが、その中にメリアの手紙を紛れさせる事ぐらいはできるだろう。


「ほ、本当にお願いしてもいいのですか?」

「ええ、構いませんよ。もしも手紙がばれても、シークさんやガーイルドさんならこれぐらい大目に見てくれます。それでも彼らがあなたを叱るというのなら、その時は私も一緒に叱られるとしましょう」


 にっこりと微笑みながら、なかなか大胆な事をアミリシアは言う。この辺りが、ユイシークとの血縁が垣間見える瞬間だろう。

 そして、アミリシアの提案に顔を輝かせたメリアは、主であるミフィシーリアの許可を得て、侍女の控え室に戻って早速手紙を書く事にした。

 そして、メリアは書き上げた手紙をアミリシアに手渡した。この時、なぜか手紙は二通あったが誰も何も言わなかった。




 それから更に数日が過ぎ、斥候がついにセドリック・エーブルの手勢と思われる一団を発見した。

 だが、それは遅すぎた。

 なぜなら、その時点で既に王都の外にはたくさんの敵兵が集まっていたのだから。



 『辺境令嬢』更新。


 さあ! とうとう佳境に入って来ました! 連載を開始してから一年以上、ようやくここまで来ました!

 次回、正妃としての立場を明らかにした、かっこいいミフィを書く予定です(←ここで「可愛い」とか「素敵な」ではなく、「かっこいい」ヒロインを書こうする辺りが、後宮もの外道路線を突っ走る由縁です(笑))。


 どうかあと少しだけ、お付き合い願います。



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