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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
62/74

31-王妃としての片鱗

 とある城のとある一室で。

 二人の男が相対し、王城で行われている会議とは似て非なる内容の密談を交わしていた。


「で、あの道化はあんたの思惑通り踊り始めたのか?」


 男の内の一人、使い込まれた金属製の鎧を身につけた長身の男が、正面に座る男に尋ねる。


「ああ。ちょっと奴の自尊心を煽ってやったら、こちらの思い通りに挙兵してくれたよ。しかも、奴に釣られた馬鹿が数人、一緒に立ち上がったようだがね」


 そう答えたのは、きちんと整った貴族のような身なりの男。いや、「貴族のように」というのは間違いである。彼は紛れもなく伯爵位を持つ貴族なのだから。


「兵と資金はいくらかこちらも提供したが、なに、資金はまだまだある。兵も隣国から傭兵を集めている事だしな」

「本当、あの豚は役に立ってくれたもんだな。しかし、まさかあの豚の人脈が違法な奴隷商だけではなく、暗殺者や野盗の類まで及んでいるのは俺も驚いたがね」

「わざわざ王城の地下牢から出してやったんだ。それぐらいの役に立ってもらわねば困る」


 男たちは互いに顔を見合わせ、次いでくぐもった笑いを零す。

 男たちの言う豚──アグール・アルマンは、予想以上に役に立ってくれた。

 彼が持っていた人脈は実に多岐に及び、その人脈に連なる様々な個人や組織は、男たちの目的を達成するために大いに役立ったのだ。

 今、カノルドスの各地で活動を再開した野盗や山賊たちもそうであった。野盗たちの殆どは、その活動を彼らが掌握しており、彼らの指示の元に行わせていた。

 そして、野盗や山賊たちが集めた資金や物資は、彼らが目的を達成するための貴重な資源となっている。


「豚と言えば……あの貴族のご令嬢はどうなった? 私怨で国王の側妃を二人も害しようとしたんだ。一族郎党纏めて首を斬られたか?」

「それが、我らが国王陛下は実に甘い事に、ストリーク伯爵家には爵位の降格と領地変えだけで済ますそうだよ。実行犯のアルジェーナはさすがに軽い咎めでは済まず、どこかに一生幽閉するそうだがね」

「本当かよ? 我らが陛下は随分とお優しいな」


 男たちは再び笑い合う。しかし、その笑いには明かに蔑みが含まれている。


「優しさは確かに美徳だが、王には不要のものだ。王とは常に非情でなくてはならん。あいつにはやはり王という位は重過ぎるようだ」

「それで、今の国王陛下に成り代わり、あんたが王位に就く、と?」

「あいつにできたのだ。私にできない筈はあるまい? だが……」


 きっぱりと王に成り代わると言いのけた男の顔が若干曇る。

 彼には以前より、目的達成のために自陣に取り込もうとしていた人物がいた。だが、先日その人物の取り込みに失敗し、しかもあっさりと逃亡を許してしまったのだ。

 その人物には自分の目的を告げてある。今の王──ユイシーク・アーザミルド・カノルドスに成り代わり、彼自身が新たな王となるその目的を。

 逃げられたその人物から、それが王国側に漏れるのは今はまだ不味い。今しばらく、王国の目は踊り始めた道化に向けられていなければならない。

 逃げたその人物を捕らえるため、彼の居城があるモンデオの街と自領内には手配を回した。しかし、未だにその人物を発見したという報告はない。

 それが男の懸念事項となっているのだ。


「英雄様の取り込みに失敗したのは仕方ないだろ? それより、手筈通り事を進めるぞ?」

「ああ。集めた傭兵や私に賛同する者たちが提供した私兵たちは、少数に分けて王都へ向けて出発させろ。今のところ、王国側の目はあの道化に向けられているだろうからな」

「ああ。目敏い傭兵たちはすぐに王都に集まるだろう。あの馬鹿の反乱を鎮圧するため、王都で傭兵が集められるかもしれないからな。そんな傭兵に紛れて、兵たちを王都へと向かわせる」

「今のところ、我が方の兵力はどれくらいになっている?」

「傭兵私兵合わせて三万といったところか」


 カノルドス王国において、三万という兵力はかなりの大軍である。

 王都に常に詰めている兵数が三千ほどなので、その戦力がいかほどなのか想像に難くはあるまい。

 その兵数を聞き、男は笑みを浮かべた。

 勝利という名の美酒は目前まで迫っている。半年もしないうちに、彼は王と呼ばれるようになるだろう。


「さあ、最後の仕上げといこうか、リガル」

「承知した、セドリック・エーブル伯爵……いや、セドリック・エーブル・カノルドス国王陛下」

「では、私は君をこう呼ぼう……近衛隊隊長のリガル・ティグアン閣下、と」




 思いもしなかったミフィシーリアの指摘に、宰相のガーイルドを初めとした面々が驚きの表情を浮かべる中、彼女は更に問題点を指摘する。


「私は以前……陛下とクラークス宰相から今回の反乱の首謀者であるボゥリハルト・ランバンガという人物について聞き及んだ事があります。その際、ボゥリハルト・ランバンガという者は、世情を見極める目に優れているものの、決して傑物の類ではないと聞きました。果たして、そのような者が反乱の首謀者として自ら立ち上がるでしょうか?」


 以前、ユイシークに紫水竜の剣(アメジストソード)を対価に、ミフィシーリアが本当に正妃になるのか探りを入れてきたのがランバンガである。

 その際、ユイシークからミフィシーリアが近く正妃になるという情報を聞き入れた途端、何度も彼女と接触を図ろうとした人物でもあった。

 ミフィシーリアはその際、何かと理由をつけてランバンガとの面会は全て断った。そのため、彼女も彼の名前を覚えていたのだ。


「……言われてみれば、ミフィシーリア様の仰る通りですな」


 じっくりと考え込んだガーイルドが、にこりと笑いながらミフィシーリアへと告げた。


「それでは、ミフィシーリア様や宰相閣下は、ランバンガは傀儡に過ぎず、本当の首謀者は他にいるとお考えなのですか……?」


 居合わせた重鎮の一人が問う。


「はい。私はそう思います」


 ミフィシーリアはそう答え、合わせてガーイルドも無言で頷いた。

 そして、それまで黙って成り行きを見ていたユイシークが、立ち上がって集まっている者たちへと命令を下す。


「ミフィシーリアの言う通り、再度ボゥリハルト・ランバンガの身辺を洗い直せ! 合わせて、反乱を鎮圧するための部隊の編成と出撃の準備を整えろ! 仮にランバンガの背後に何者かが潜んでいようが、まずは目の前のランバンガを打倒する! ただし、王都とその周辺の警護は厳に行え。反乱軍の密偵はどこかに必ず潜んでいよう。そちらも見つけ次第狩り出すのだ!」


 会議に出席していた者は、各々が御意と答えると、王命を果たすべく足早に会議室を出て行った。

 後に残ったのは、ユイシークとミフィシーリア、そしてガーイルド、ラバルド、ジェイク、ケイル、リーナとアーシアの計八人。


「……す、凄いねミフィ。よくあの場であんな事を思いついたねぇ」


 親しい者だけが残り、アーシアは改めて隣のミフィシーリアを感嘆の眼差しで見詰めた。


「いえ、そんな……私は単に思いついた事を尋ねただけで……」

「いや、そんなに謙遜なさるな、ミフィシーリア殿。儂もお主の才覚に大いに驚かされたわい」


 実に楽しそうに笑うガーイルドと、黙って頷きを繰り返すラバルド。年配者二人は改めてミフィシーリアに対する評価を上方修正したようだった。


「正直、俺も驚いた。よくやったな、ミフィ」


 ぽんとミフィシーリアの頭に自分の手を乗せ、ユイシークはにっこりと微笑んだ。


「本日、ミフィシーリア殿は正妃……王妃としての片鱗を皆に見せつけた。今日の会議に出席していた連中の、ミフィシーリア殿を見る目は明かに変わっただろう」

「なるほど。ミフィを王妃とする事を発表するなら今だ、と閣下はお考えなのですね?」

「如何にも。リーナの言う通りよ」


 いよいよミフィシーリアを正式に王妃として発表する時が来た。そう聞いたユイシークの顔が嬉しそうに輝き、ミフィシーリアも恥ずかしそうに赤面して俯くものの、その表情はやはり嬉しげだ。


「今回の騒動が終わったら、正式に発表するとしよう。そのためには、この反乱を速やかに鎮めねばんらんぞ? さもなければ、せっかくのミフィシーリア殿の手柄が泡と消えるからな」

「承知したぜ、おっさん。ところで、ラバルドのおっさんとジェイクは、今回の反乱の鎮圧に同行するか?」


 ユイシークが武官である二人に問う。


「当然、俺は行くぜ。いつも通り、おまえの背中は俺が守らなきゃよ」


 ジェイクを筆頭とする近衛隊は、王であるユイシークを守る事が使命である。当然、今回の出兵にも近衛隊の過半数は組み込まれる事になるだろう。当然のように同行するつもりである事をジェイクは告げた。

 そして、軍を統括する立場であるラバルドもまた、鎮圧軍の指揮を取るべく出陣の意志を無言で示した。


「ねえ、シィくん。ボクはどうしようか?」


 アーシアは、これまで戦がある時は殆どユイシークに同行してきた。

 「癒し」の異能を持つ彼女の存在は、ただいるだけで兵士たちの士気に影響する。本来なら彼女にも同行を許すところなのだが、今回は少々違っていた。


「おまえは今回、王都に残れ。さっきミフィも言ったが、ランバンガの後ろには黒幕がいるかもしれない。となると、王都を空にはできないからな。王都に残る兵たちの士気を維持するため、おまえにはここに残って欲しい。俺が留守にする間、王都の事はガーイルドのおっさんに任せるからな」

「心得た。心置きなく戦ってこい」

「じゃあ、ボクは王都でがんばるよ。だけど、シィくんも怪我なんかしないでね?」


 心配そうに見上げるアーシアに、ユイシークは微笑んで頷き返す。

 そんな二人の様子を端から見ていたミフィシーリアは、何となく羨ましい気持ちに囚われた。

 物心ついた頃から一緒だったユイシークとアーシア。二人の間には、血縁だけでは言い表せない二人だけの絆が確かにある。二人の絆に嫉妬めいたものは感じないものの、それでもやはり羨ましく思えるだ。


「あ、そうだ!」


 ミフィシーリアが複雑な思いでいると、何かを思いついたらしいアーシアが突然声を上げた。


「ねえねえ、今度の出兵、リョウトくんも一緒に行ってもらおうよ。リョウトくんとリョウトくんの魔獣さんたちがいれば、きっと簡単に反乱なんて鎮圧できると思うんだ」


 名案とばかりにぽんと両手を打ち合わせるアーシア。

 彼女のその案にユイシークも乗り気な様子を見せたが、ジェイクによってその案は却下されてしまう。


「あー、それがよ? リョウトの奴なら今、王都にいないンだ」

「え? リョウトくん、王都にいないの?」

「王都にいないだと? あいつ、どこに行ったんだ?」


 ジェイクは、リョウトととある貴族との間で起こった諍いをユイシークたちに聞かせた。


「……ランバンガだと……? まさか、奴は『魔獣使い』を王都から遠ざけるため、わざと『魔獣使い』との間に諍いを起こしたのではあるまいな?」

「それはねぇんじゃねぇかなぁ? 仮にリョウトが王都にいたとしても、俺たちに協力するかどうかは判らねぇわけだしよ」


 ケイルの指摘をジェイクは否定する。しかし、否定しきれる程の根拠はないのも確かだった。

 もしもランバンガがわざと『魔獣使い』との間に諍いを起こし、彼を王都から遠ざけたとしたら。

 『魔獣使い』とジェイクが懇意なのを予め知り、脅威となり兼ねない彼を排除するための策だったとしたら。

 それが本当だとすれば、ボゥリハルト・ランバンガという人物は実は策謀に長けていると見る必要も出てくる。


「ここは念のため、ボゥリハルト・ランバンガの人物像までも再度洗い直す必要があるな」


 そう呟いたガーイルドは、改めてミフィシーリアを見る。


「これもまた、ミフィシーリア殿の手柄かもしれんな」


 感心の視線をガーイルドはミフィシーリアへと向ける。その視線の先で、当のミフィシーリアはなぜかジェイクを猛然と問い詰めていた。


「ジェイク様……ま、まさか、本当にアリィ姉様をそ、その……ひ、一晩買われたのですかっ?」

「買ってねえよっ!! あくまでも、リョウトに頼まれた口裏合わせの方便だってっ!! 第一、リョウトがあの二人を他の男に差し出すわけがねぇだろっ!? それにあの二人も、奴隷から解放されたからってリョウトの元から離れたりしねぇだろうしよ」

「奴隷から解放された……?」

「ああ。リョウトは先日、正式にあの二人を奴隷から解放してな。解放された二人は、自分たちの意志でリョウトの元に残ってあいつの従者になったそうだぜ。言ってなかったっけか?」

「そ、そうでしたか……アリィ姉様は奴隷から解放されたのですね……良かった……」


 血縁の女性が奴隷に落とされていた事実は、ずっとミフィシーリアの胸を痛めていた事だった。

 例えその所有者が、決して彼女を酷く扱ったりしないと判っていても。血縁の女性が奴隷という立場でありながら、その境遇に幸福感さえ抱いている事を知っていたとしても。

 それでもやはり、奴隷から解放されたという事実は、ミフィシーリアに大きな安堵をもたらした。

 これで彼女が抱えている大きな心配事の一つは消えた。残る心配事は一つ。

 もちろん、それは戦に赴くユイシークの安否だ。

 彼が強大な異能を有しているのは知っている。それでも戦場に赴く以上、絶対の安全なんてない。


──シークの安全を祈願するような、お守りになるようなものはないでしょうか?


 そう思い至ったミフィシーリアは、後で四人の側妃たちに相談してみようとそっと心の中で決心した。



 『辺境令嬢』更新。


 こっちも、佳境に入ってきました。

 ラスト近くは『魔獣使い』と大々的にリンクさせるため、向こうの更新とこちらの更新の歩幅を合わせる必要があります。

 そのため、更新が滞るかもしれません。予めご了承願います。


 では、次回もよろしくお願いします。


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