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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
61/74

30-対策会議

 時刻としてはもうすぐ昼になろうかという頃。

 ミフィシーリアがその知らせをを聞いたのは、ユイシークの執務室で彼の政務の手伝いをしている時だった。

 正妃となる事が内定したミフィシーリアは、時々正妃教育の一環として国政を知るために国王の政務の補佐をする事がある。今日もそのために執務室を訪れていたのだ。

 より正確に言うならば、国王であるユイシークの補佐をするのは宰相補であり侍従長のリーナであり、ミフィシーリアはそのリーナの補佐であったが。

 そして、その知らせを携えて来たのは、何やら布が被せられた荷物を持つ従者を従えた、宰相のガーイルドであった。

 ガーイルドはミフィシーリアの存在に気づき、彼女やリーナにだけはにこりと人の良い笑顔を浮かべるとすぐに真顔になってユイシークの前に立つ。


「良い知らせと悪い知らせがある。どちらから聞く?」

「んだよ、藪から棒に……じゃあ、良い方からな」


 ユイシークの言葉に頷いたガーイルドは、背後に控えた従者から荷物を受け取ると、ユイシークの前で被せられていた布を取り払う。

 そして、その布に隠されていた物を目にしたユイシークは、まるで新しい玩具を与えられた子供のように目を輝かせた。


「おい、おっさん! こいつは……」

「そうだ。先日貴様が持ち帰った黒竜の鱗……それを剣へと加工したものだ」


 ユイシークは早速剣へと手を伸ばし、取り上げた剣を鞘から引き抜いた。

 鞘の下から現れたのは漆黒の刀身で、不思議な光沢を帯びている。両刃の直剣で刀身の長さは四〇センチほどなので、分類としては小剣(ショートソード)だろう。そして、鍔と柄は刃とは別の素材で拵えてあるようだ。鞘も華美さはないものの、上質の革を用いた最上の作りをしている。

 武具の鑑定眼など持ち合わせていないミフィシーリアにも、その剣が最上の腕を持った刀工によって造り出された最上の剣である事が容易に理解できた。


「シーク。その剣はもしかして……」

「ああ。あの時『魔獣使い』にもらったバロステロスの鱗で造った剣さ」


 嬉しそうに答えたユイシークは、早速その剣を剣帯に吊るして改めて抜いてみる。


「お、意外にしっくり来るな。よしっ!! こいつは『暗黒剣バロステロス』と命名しよう」


 目の前に翳した漆黒の剣を見詰めて、ユイシークがそんな事を言い出す。


「止めんか、愚か者。折角の剣にそんな頭の悪そうな銘をつけるでないわ」

「わ、私もその銘はどうかと……」

「私も馬鹿っぽいと思うわよ?」


 ガーイルドとミフィシーリアとリーナの三人に即座に駄目出しされたユイシークは、えーっと零しながら詰まらなさそうに口を尖らせた。




「それでおっさん。良くない方の話はなんだ?」


 一頻り眺めた黒竜の剣を腰に納めると、ユイシークは執務机の椅子に腰を下ろしてガーイルドに尋ねた。


「こっちは、厳密に言えば良くない話ではないかもしれんが……」


 一度だけちらりとミフィシーリアを一瞥してガーイルドは言葉を続けた。


「……アグール・アルマンの遺体が今朝方発見された」

「なんだとっ!?」


 がたり、と音を立てて、ユイシークは椅子から立ち上がる。


「発見された場所は王都郊外の河原で、発見したのはたまたま川に水を汲みに来た近くの農夫。死因はまだ確定されてはおらんが、背中に刃物で刺した傷跡があったそうだ。おそらくそれが死因で間違いあるまい」


 更にガーイルドは死体が酷く腐乱していた事から、随分前に殺されて川に沈められ、それが最近浮かび上がったのではと付け足した。


「……よくそんな腐乱した状態で、アルマンだと判明したな?」

「家紋が彫り込まれた指輪をしておったそうだ。その他に装飾品や金品はなく、衣類も下着同然だったというから、おそらく誰かに……物盗りか追剥あたりが早々に持ち去ったのだろうな」

「家紋の入った指輪なんてすぐにアシが付くから、それだけ敢えて盗らなかったわけか……しかし、王都のすぐ傍でそんな物盗りめいた連中がいるなんてな……」

「うむ。衛兵には警戒を厳重にするように言わねばなるまい。念のためにケイルを確認のために現場へと向かわせたぞ」


 ガーイルドの話を聞き終え、ユイシークはちらりと横目でミフィシーリアの様子を見る。

 彼女は真っ青な顔をしながら両手で口元を押さえており、今にも崩れ落ちそうな身体をリーナが横で支えているような状態だった。


「すぐにミフィシーリアの使用人とアーシアを呼べ!」


 その事に気づいたユイシークは、執務室に控えていた自分の侍従にそう命じて、リーナと一緒にミフィシーリアを支えてソファに横たえてやる。


「迎えが来るまでこうしていろ」

「も、申し訳ありません……」


 横になりながら、ミフィシーリアはユイシークを見上げて謝罪した。


「親しくはないとはいえ、見知った相手がいきなり死んだと聞かされ、それも発見された時の酷い状態の内容を詳しく聞いちまったんだ。無理もない」

「で、ですが、本当に大丈夫です……ほら、リィだって平気そうじゃ……」

「私は腐乱死体が発見された、なんて話はこれまで何度も聞かされて慣れているしね。でも、あなたはそうじゃないでしょう? 無理せず休みなさい」


 ユイシークの補佐がリーナの仕事だ。国王の傍にいれば、当然そのような話を耳にする機会も多いのだろう。

 リーナは姉が妹にするように、微笑みながら優しくミフィシーリアの頭を撫ぜてやる。

 彼女の掌の温かさに、ミフィシーリアが気持ちよさそうに眼を閉じた時。

 近衛兵の一人が、慌ただしく執務室へと駆け込んで来た。


「も、申し上げます!」

「何事だっ!?」


 ミフィシーリアの事を思ってか、ユイシークは荒めの声でその近衛兵を問い質す。


「た、たった今、早馬が王城に到着! は、反乱が起きたとの報せですっ!!」




 ユイシークは、直ちに国の主だった者を緊急招集した。

 国王であるユイシークを始め、宰相のガーイルド、将軍のラバルド、近衛隊長のジェイク、宰相補のケイルとリーナの他、集められた要職に就いている者たちは会議を行うのために部屋で反乱に関する対策を協議する。

 そしてそんな中には、アーシアに付き添われたミフィシーリアの姿もあった。

 彼女はアグール・アルマンが死んだという知らせの衝撃が抜けぬまま、それでも気丈にこの会議に出る事を主張した。

 それはもちろん、彼女なりにこの非常事態に少しでもユイシークの支えになれればと思っての事だったが、集まった者はこの場にミフィシーリア──と彼女に付き添うアーシア──の姿を見て一瞬は意外な顔つきになるも、すぐに納得したような表情を浮かべてそれぞれの席へと着いていく。

 ミフィシーリアが正妃へと内定している事は、今ではすっかり噂として広まっていた。そして、この非常時に彼女の姿がこの場にあるという事は、その噂が真実である事の証左として捉えられたようだった。

 そしてそれは、ガーイルドの秘な狙いでもあり、彼がミフィシーリアの同席を認めた理由でもある。


「反乱の軍が挙兵したのはランバンガ伯爵領にて。その数はおよそ千人ほどと早馬がもたらした報せにある」


 そう告げるガーイルドが手にしているものは、早馬でもたらした反乱を告げる報告書だ。

 そこには反乱軍が立ち上がった場所とその数、そして首謀者と思われる者の名が記されていた。


「首謀者は現ランバンガ伯爵家当主、ボゥリハルト・ランバンガ。そして、彼に賛同した数名の貴族の名前も記されておる」


 ガーイルドは出席者たちに見えるように、その報告書を掲げた。


「して、その報告をもたらした者は無事か?」

「は、陛下。どうやらランバンガ領を抜け出す際に小競り合いを起こしたらしく、身体の数カ所に傷を負っております。ですが、命に別状はないとのことにございます」


 国王としてユイシークが問えば、ガーイルドは臣下の立場でそれに答える。普段とは真逆な二人のその姿に、ミフィシーリアは不謹慎と判っていながら心の中でちょっとだけ笑みを浮かべた。

 そして、同時に幾つかの疑問も沸き上がって来た。


「そうか。では、その者には労を十分に(ねぎら)った後で、アーシアによる癒しを与えよ。よいな、アーシア」

「心得ました、陛下」


 ミフィシーリアが感じた疑問の事を考えている間にも、ユイシークは王として様々な指示を与えていく。

 そんな彼らのやり取りを黙って見ている内に、彼女はその疑問を尋ねる隙を見失ってしまっていた。


「しかし連中、たったの千人でこの王都まで本気で軍を進めるつもりかね?」

「油断は禁物だぞ、キルガス卿。忘れたわけではあるまい。我らとて、最初は百にも満たない寡兵だったのだ」


 ジェイクが反乱軍の規模を見下すように言えば、ケイルが横からそれを窘める。

 この王都の常駐する軍だけでも常時三千を下る事はない。その事から考えれば、確かに千人という数は多くはないだろう。

 だが、ケイルが言うように、彼らはそれよりも遥かに少ない数で最終的には反乱を成功させている。それを鑑みれば、今は千という反乱軍の数も一ヶ月後にはどれ位まで膨れ上がっているか判らない。

 当然、その事はユイシークもガーイルドも、そして軍を統括する立場のラバルドも承知しているだろう。


「して、陛下。どう対処されますかな?」

「無論、余自らが軍を率いて反乱を鎮圧する。これまでもそうしてきたようにな」


 ユイシークが王位に就いてから、反乱が起きたのはこれが最初ではない。

 彼が王となった直後など、彼に賛同しない者や不満を抱えた者が挙兵するなど頻繁にあったのだ。

 そして、それらは全てユイシーク自らが率いた鎮圧軍の前に蹴散らされている。今回も今まで同様、ユイシークは自ら先頭に立って反乱軍と相対するつもりのようである。

 ガーイルドやラバルドなどは本心ではユイシークが出陣する事には反対なのだが、彼がそんな事を黙って聞くはずがない事を重々承知している。仮に出陣を禁じようものなら、下手をすると一兵卒に混じってこっそり戦場に赴きかねない。それ位ならば、逆に総大将として目の届く所にいてくれた方がマシだろう。それがユイシークを知る者たちの総意だった。

 また、彼が出陣すれば兵たちの士気も格段に上がる。そういう理由もあり、今回もユイシークの出陣は認められる事となったのだ。

 その後、鎮圧軍の規模や編成、出兵の日時や兵站の準備や進軍路の確定など、様々な事をユイシークたちは決めて行く。

 そして大体の協議が終わったところで、参列者の一人が不意にこんな事を言い出した。


「せっかくご臨席していただいているのです。ここは一つ、ミフィシーリア様のご意見もお聞きになってはいかがでしょう?」


 そう言い出した者の真意は明白であった。

 ミフィシーリアに王妃としての才覚がどの程度あるのか試しているのだ。そして、当然その事はミフィシーリア本人は元より、ユイシークやガーイルドといった彼女に親しい者たちにも理解できた。

 ミフィシーリアはユイシークへと目を向ける。そこに彼が僅かな心配の色を浮かべていることに気づいて、彼へとにっこりと微笑みかける。そして、すぐ傍でやはり心配そうに自分を見詰めるアーシアにも、同じように頷きを一つ。

 そうしてから、ミフィシーリアは居合わせた者たちへと毅然とした態度で口を開いた。先程感じた疑問を尋ねるには、丁度良い機会に思われたからだ。


「では少々お尋ねいたします。まず、クラークス宰相。此度の反乱につけ込んで、他国が我がカノルドスに攻め入ってくる可能性は考えられますか?」


 ガーイルドは、いつもの控え目な彼女からは想像もつかないほど毅然とした態度に、内心で大いに驚いていた。

 彼の知るミフィシーリア・アマローという少女は、どこか気が弱くてあまり他人とは接したがらない、自分から前へ出るのを良しとしない控え目な気性の女性だった。それが今、国の重鎮たちを前に決して気後れする事なく堂々と接している。その姿は、まさに将来の王妃を想像させるに足るものだった。

 とはいえ、そんな驚きを外へと洩らすような事はなく、ガーイルドは宰相としての勤めを果たす。


「正直申し上げて、我が国には近隣諸国が巨費を投じてまで手に入れたいと思う資源などはございません。他国がこの機に手を伸ばして来るとは思えませぬ」

「では、反乱を起こしたランバンガ伯爵側はどうでしょう? 他国の者と秘かに手を結んでいる可能性はありますか?」

「それは……ないとは言い切れませぬな」


 そう答えながら、ガーイルドは内心で本気で舌を巻いていた。

 このカノルドス王国は、大陸でも北方に位置しており冬ともなると雪が深くなる地方である。

 作物の栽培にはあまり適せず、資源もまた多くはない。それらの事から、他国が軍を動かしてまで征服するには美味みが少ない国なのだ。

 軍を動かすと当然巨費を投じなければならない。そして巨費を投じて軍を動かした結果、その実入りが少ないのでは逆に征服する意味がない。

 征服よりも交易を。それが他国のカノルドスに対する認識である。

 その事が前提条件として頭にあったガーイルドは、他国が反乱軍に何らかの援助をしている可能性を考えていなかったのだ。

 確かに軍を動かすことはせず、僅かな資金や物資、そして兵を融通するなどして反乱軍に裏から手を回せば、仮に反乱軍が勝利した暁には、今より良い条件の交易を結ぶ事もできよう。逆に反乱が鎮圧されたとしても、他国は痛手を負う事もない。

 その点を考えるならば、他国が反乱軍へ手を差し伸べる可能性は十分ある。ガーイルドはそう結論づけた。

 そしてこれは、ガーイルドだけではなく、この場に居合わせた者全ての思いでもあった。

 今、この場にいる者の視線が全てミフィシーリアへと向けられていた。

 しかし、その視線に好奇や侮蔑の色はまるでなく、あるのは彼女のその聡明さに対する驚きと感心の視線のみだった。



 『辺境令嬢』更新しました。


 しかも今週2回目の更新。ふう、何とか書けたぜ。


 さて、今回は反乱に対する対処の回。そして、ミフィの王妃としての片鱗を見せつける回でした。

 本当はもう少し先まで書く予定だったのですが、文章量が思わず増えてしまったのでここで一回区切りを。うん、ミフィが予想以上に活躍したせいです(笑)。


 では、次回もよろしくお願いします。









 あ、当面目標に関する記述は、「後書きにそんなモン書くと興が削がれるわ!」(←注:強調表現)と指摘があったので、今後は活動報告の方で。

 では。

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