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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
59/74

28-ちょっと一息


 ミフィシーリアはとても困っていた。

 なぜなら、今の彼女は身動き一つできないのだから。

 途方に暮れた視線を、ミフィシーリアは自分の足元へと向ける。

 いや、正確には足元ではなく膝元というべきか。

 今、彼女がいるのは王宮の中庭のとある一角。周囲に芝を敷き詰めて同じ丈で綺麗に刈り取り、地面に直接腰を下ろせるようになっている区画だ。

 彼女の近くには、丁度良い具合の木が生えており、生い茂った葉が日除けの代わりをしている。

 心地よい風が吹き抜ける中、ミフィシーリアはその芝の上に座っていた。

 そして。

 芝の上に座っている、ミフィシーリアの両の膝の上にはそれぞれ頭が乗せられていた。

 いわゆる、膝枕という奴である。

 自分の膝を枕にし、気持ちよさそうに寝る二つの頭。

 その二つの頭に途方に暮れたような視線を向けながら、それでいてとても幸せそうにミフィシーリアは微笑む。

 そんな彼女の視線に気づいたわけでもないだろうが、彼女の膝で眠る二つの頭──ユイシークとコトリは、同じようにもぞりと身体を動かした。




 ここ最近、ユイシークはとても忙しそうだった。

 先日の側妃襲撃や誘拐の後、各地で色々と問題が発生したらしい。

 その多くは、最近再び姿を見せるようになった山賊や野盗の類である。

 ユイシークが王位に就き、一度は徹底的に駆逐した山賊や野盗。とはいえ、山賊や野盗を完全に根絶やしにする事などは不可能であり、おそらくは今までどこかに潜んで様子見をしていたか、他国から流れて来た連中が活動を始めたのだろう。

 そんな山賊や野盗への対応に追われ、国王であるユイシークや宰相のガーイルド、軍を総括するラバルドを始め、宰相補のケイルや近衛隊長であるジェイクまでもが対応策を決めるための会議を何度も繰り返している。

 側妃の中でもケイルと同じ宰相補であるリーナは言うに及ばず、「治癒」の異能を持つアーシアも山賊らの討伐の際に深手を負った騎士や兵士の治療に駆け回っていた。

 そしてそれは、ユイシークやアーシアほど強くはないものの、二人と同じ「治癒」を持つコトリも同様であり。

 人見知りの激しいコトリもアーシアやサリナやマイリー、そしてミフィシーリアに付き添われながら、比較的重くない怪我を負った兵士たちに治癒を施しているのだ。

 当然、そんな彼らの疲労はかなりのものだろう。

 夜にユイシークがミフィシーリアの元を訪れても、彼女を抱くことなくそのまま眠りにつく事も多々ある程である。

 彼が疲れている事を承知しているミフィシーリアは、その事に特別不満はない。とはいえ、折角二人で夜を一緒に過ごしているのに、何もないのはやはり寂しく思えてしまうのも事実で。

 試しに他の側妃たちにもそれとなくその話を振ってみたのだが、やはりどこも同じような状況らしい。

 それでもユイシークがミフィシーリアを含めた側妃たちの部屋を夜に訪れるのは、愛する女性たちの存在を少しでも感じたいという彼の思いであった。




 そして本日。

 いつものように朝食を一緒に摂ったユイシークとミフィシーリア。

 その時、今日の昼の政務の休憩時間に、中庭で落ち合わないかとユイシークが言い出したのだ。


「よろしいのですか? 今日も政務がお忙しいのでしょう?」

「確かに忙しいのは事実だが、だからと言って休憩までなくなるってもんでもないさ。まあ、僅かな時間しか取れないが、今日は天気も良さそうだし、中庭に出るときっと気持ちいいぞ?」


 例の襲撃事件以後、ミフィシーリアは第六の間にいる事が多くなっていた。

 それは再度の襲撃を警戒しているわけでもなければ、襲撃自体に怯えているわけでもない。

 理由は単に、彼女にとって最も親しいメリアの不在にあった。

 メリアは現在、先日の側妃襲撃の容疑者との内通疑惑がいまだに晴れず、一時的にミフィシーリアの侍女の職を解かれて謹慎中なのである。

 その身柄は後宮を事実上統括するアミリシアの元へと移され、彼女の監視下に置かれている。もちろん、これはあくまでも対外的な処置である。

 ミフィシーリアもアミリシアの元ならと安心してはいるのだが、それでもいつも傍にいた存在が不在というのはどこか落ち着かないのも事実であった。

 先日、メリアについてミフィシーリアがアミリシアに尋ねたところ、彼女は今、後宮どころか王宮の外にいるとの事だった。どうやら後宮や王宮に彼女を置いておくと、要らぬ中傷の的にされるかもしれないという考えから、現在は城下のアミリシアやユイシークの信頼の置ける知人の元に預けられているという。

 最初はミナセル公爵邸でメリアを預かることも考えられたのだが、公爵邸に軟禁状態にするよりも、城下で身分を隠して暮らす方が彼女も生活しやすいだろうと判断され、現在はユイシークたちの知人の元にいるというわけだった。

 当然、ほとぼりが冷めれば再びメリアはミフィシーリアの元に帰ってくる手筈になっているし、対外的にはメリアはミナセル公爵邸で軟禁されている事になっており、彼女が実は城下にいる事はミフィシーリアたち「身内」だけが知る秘密であった。




 かさり、と草を踏む音がして自然とミフィシーリアの目がそちらへと向けられた。


「あらあら。お邪魔だったかしら?」

「いえ、そのような事は……」


 突然の来訪者に、ミフィシーリアは気恥ずかしそうにやや頬を染めた。

 現在、彼女たちの周囲はそれとなく後宮騎士隊の騎士が警護にあたっている。そんな警護の中を自分たちに歩み寄って来る以上、それは自分たちにとって親しい人物であるのは明白である。

 その事についてミフィシーリアは騎士たちを信頼しており、突然の来訪者にも不安などは感じていなかった。ただ、時折騎士たちから向けられる、何とも微笑まし気な視線が妙に擽ったかったが。


「今日はどうされたのですか、アミィさん?」

「今日はお天気もいいですから。休憩時間にちょっとお散歩を。そうしたら、ミフィの姿がちらりと見えたのでちょっとお邪魔させて貰いました」


 ちろり、と舌を出す茶目っ気のある仕草は、公爵という身分を考えれば不似合いなのだろうが、この人物がそのような仕草をすると何とも微笑ましく思えてしまう。

 更に、とても十八歳の娘がいるとは思えないほど、常に若々しい。


「アミィさんはいつもお忙しそうですね?」

「今でこそ公爵という身分ですが、元々貧乏性なので。何かしていないと落ち着かないのですよ」

「判ります、何となく。私も実家ではいつも何かしていましたから」


 ミフィシーリアの隣に腰を下ろしたアミリシア。二人は互いに見つめ合うと、次いでくすくすと楽しそうに笑みを零した。

 アミリシアが自分で言うように、彼女はいつも何かしらの仕事をしている印象がある。

 本来なら公爵という身分上、何もしなくても暮らしていけるのだが、後宮でも率先して料理や掃除などを行う彼女は、当然他の使用人たちからも人気と人望がある。そして、いつの間にか彼女は「後宮の管理人」などとまで呼ばれるようになったのだ。




「そう言えば、前々から疑問だったのですが……」


 しばらくアミリシアと取り止めもない会話を交わしていたミフィシーリアは、以前から疑問に思っていた事をアミリシアに尋ねてみる事にした。


「この国では公爵の身分にある方を『猊下』とお呼びしますが、それはどうしてですか?」

 『猊下』とは本来、聖職者の中の首座への敬称である。カノルドス王国にも宗教はあり、その中には正当な『猊下』と呼ばれる者も存在する。

 だが本来、公爵は猊下とは呼ばれないのだ。


「これは随分と昔の事なのですが、その当時のこの国では、公爵の地位に就く者は爵位を受けると共に聖職者にならねばならない、という決まりがあったそうです」


 本来、公爵とは王族でありながらも王位に就けなかった者が受ける爵位である。

 そのため公爵となった者は、「自分は王位を望まない」という証だてのためとして、俗世を捨てて聖職者となる事が義務づけられていたという。

 もちろん、これはあくまでも表向きの理由であり、実際に俗世を捨てて信仰の道に入るわけではない。

 中には本当に信仰を抱いてそのまま神職へと入った者もいるそうだが、それは本当に少数とのこと。

 そのような理由から、当時の公爵は自動的に枢機卿でもあり、『猊下』という呼称が使われたのだ。

 今では公爵が聖職者となるようなことはなくなったのだが、それでもそのしきたりだけが現在まで及んでおり、公爵が『猊下』と呼ばれるのだとアミリシアは語った。




「あ、あの、失礼ながらもう一つ質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ? 一つと言わず十でも二十でも聞いてください」


 にっこりと笑うアミリシアに甘えて、ミフィシーリアは更に疑問を口にした。


「アミィさんは『公爵夫人』を名乗られていますが、それはなぜでしょうか?」


 現在のカノルドスで唯一の公爵家であるミナセル家。アミリシアは名実共にその当主である。

 そのアミリシアが『公爵』を名乗らず、あくまでも『公爵夫人』と名乗っているのが、ミフィシーリアには前々から疑問だったのだ。

 女性の家名継承が認められていない他国などでは、時に女性がどうしても家名を継がなくてはならなくなった時、例え実際には結婚していなくとも、「未亡人」という立場になって表向きは代理として家名を継ぐ場合があり、このような時に「~夫人」と呼ばれる。

 だが、今のカノルドスでは女性の家名継承が認められており、そのような事をする必要はないのだ。


「それはですね、私は自分が代理の公爵でしかないと思っているからです」

「代理……ですか?」

「ええ。ミナセル家の当主とは、あくまでも亡くなった私の主人……彼だけです。その主人が亡くなったので、私は公爵位を受けました。ですが、私自身は自分が公爵家の当主だとは思ってはいません。いずれは……そうですね、アーシィとシークさんの間に子供が生まれれば、その子こそが本当の次代のミナセル公爵を名乗る事になるでしょう」


 どこか遠くへと視線を向けてそう語るアミリシア。

 彼女の想いは、今でも亡き主人にあり続けている。その事が……アミリシアの想いが、ミフィシーリアにもよく理解できた。


「他には何かありませんか? どんどん聞いてくれていいのですよ?」

「そ、そう言われても……」

「例えば、シークさんの子供の頃の話なんていかがです? 興味ありませんか?」

「あ、え……と……興味は……そ、その……あ、あります……」


 俯き、顔を朱に染め、そして小さな声で。

 そう応えたミフィシーリアを、アミリシアは慈しみを浮かべながら優しく見詰める。

 そんなミフィシーリアの両手が、無意識のうちに彼女の膝を枕にして眠るユイシークとコトリの頭を優しく撫ぜているのを、アミリシアはしっかりと見ていた。

 その事で、アミリシアの笑みは更に深くなる。


「では、彼の小さな頃の事を話しましょうか。でも、シークさんには内緒ですよ? ミフィが自分の子供の頃の事を聞いたと知れば、きっと彼は拗ねてしまいますからね?」


 唇に立てた人差し指を当てながらのアミリシアのその言葉に、ミフィシーリアは相変わらず頬を染めたまま、どこか期待を込めた眼差しを改めてアミリシアにむけるのだった。





 『辺境令嬢』更新。


 最近少々慌ただしかった話が続いたので、今回はちょっとほのぼのしたお話で。


 加えて、以前から何度も感想などで指摘のあった、「公爵」と「猊下」の関係にも言及しました。

 ええ。後付けです。思いっ切り後付けの理由です。とりあえず、これで何とか納得していただけるとありがたい……ってか、これで納得してください。お願いします(笑)。


 さて、当『辺境令嬢』も連載開始から一年が経過しました。何とか一年以上も連載を続けてこられたのは、全て読んでくださる方々のおかげです。

 お気に入り登録や評価点の投入、そして感想など。

 様々な目に見える形で応援していただきました。本当にありがとうございます。

 もう少しで当作もクライマックスへと差しかかります。できれば年内の完結を目指したいところです。


 今後もよろしくお願いします。



※当面目標である「両評価点四桁到達」まで後もう少し。うん、がんばるよっ!!


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