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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
56/74

25-リーナの守護者


 ミフィシーリアたちが集まっている第六の間の扉が開かれると、その向こうにジェイクとマイリーを従えたユイシークが立っていた。


「リィの居場所が知れた」


 ミフィシーリアたちの視線に含まれていたものを敏感に読み取ったユイシークは、簡潔に彼女たちの意志に応える。


「今のところ、リィに危害は加えられていません。安心してください」


 ユイシークに続けて、いつものような暖かな笑みを浮かべたマイリー。現在彼女は一時的にリーナに貼り付けた『使(つかい)』との接続を切り、今リーナが置かれている状況をミフィシーリアたちに説明した。


「これから俺たちはリィの救出と、あいつを攫った奴の身柄を取り押さえに行く。アーシィ」

「うん、判ったよ、シィくん。すぐに準備するね」


 ユイシークから声をかけられたアーシアは、それだけで彼の意図を悟り、足早に第六の間を出て行った。

 だが、ミフィシーリアには彼らのやり取りが理解できない。不思議そうな顔をしている彼女に、隣に立ったサリナが解説を加える。


「アーシィさんがシークさんたちと同行するのは、シークさんでは解毒ができないからですわ」


 サリナの解説によると、ユイシークとアーシアは同じ『治癒』の異能を持つが、その力の内容は少々異なるのだそうだ。

 ユイシークの異能は怪我や病気には有効だが、毒などを解毒する事はできない。逆にアーシアの『治癒』は怪我と毒に有効なものの、病気の治療には効果を持たないという。

 それらの説明をサリナから聞いたミフィシーリアは、どこか苛立たしそうに腕を組んで立っているユイシークに向き直った。


「シーク……私も同行させていただけませんか?」

「おまえが? おまえが行って何ができる? 足手まといにしかならん」


 きっぱりと言い切るユイシークに、ミフィシーリアは尚も言い募る。


「確かに、私が行っても何の役にも立ちません。ですが、心配なのです……リィの事が心配なのです……少しでも早く、彼女の無事な姿が見たい……お願いします! 私も同行させてください!」


 必死に頭を下げるミフィシーリア。彼女のそんな様子に、ユイシークは困ったように頭をがりがりと掻いた。


「……ったく、仕方ねぇなぁ……いいか? 俺がいいと言うまで絶対に馬車から出るな。それが守れるのなら連れていってやる。マリィ! 後宮騎士隊から腕の立つ女騎士を数名、ミフィの護衛に付けろ! 絶対にこいつから離れないように言っておけ!」


 ミフィシーリアの方を向く事もなく命令を下すユイシークに、ミフィシーリアは顔を輝かせると再び頭を下げた。


「ありがとうございますっ!!」

「あら、ミフィさんが行くのなら、わたくしも同行しても構いませんわよね?」

「コトリもっ!! コトリも一緒に行くっ!!」

「サリィ……コトリ……おまえらもか……」


 ミフィシーリアだけでなくサリナまでもが同行を願い出て事で、ユイシークは天井を見上げて嘆息する。


「わたくしとて、実際はリィさんが心配なのはミフィさんと同じでしてよ? それなのにわたくしだけこの後宮でのほほんと待っているなんて嫌ですわ」

「コトリもっ!! ミフィやアーシィたちはコトリが守るからっ!! 絶対っ!!」

「あーもう、判ったよっ!! マリィっ!! こいつらの事はおまえに任せる!」

「ええ、承知しました。サリィたちには絶対に怪我などさせませんから安心してください」


 マイリーがにっこりと微笑む。どうやら彼女はこうなるのをある程度予測していたらしく、傍らに控えていた部下に何事かを手早く命じる。

 そしてユイシークは、一度全員の顔を見回すと背後にいたジェイクに尋ねる。


「部隊の編成は?」

「俺以外に近衛が十名、もちろん、いつでも出られるよう乗馬ともども準備は終わってンぜ」


 ジェイクの言葉を聞くと、ユイシークは不敵な笑みを浮かべる。


「急ぐぞ! 早く行かないと下手したら死人が出かねないからな」




 いくら呼んでも姿を見せないリガルに、アルジェーナ・ストリークは地団駄を踏む。


「も、もういいわっ!! リガルじゃなくてもいいからっ!! 誰か今すぐここに来なさいっ!!」


 アルジェーナの声を聞きつけ、扉から数名の男がのっそりと部屋の中に入って来る。

 その男たちはごろつきよろしく下卑た笑みを浮かべ、無遠慮にリーナの肢体を舐め回すように見る。

 男たちのその態度にリーナの表情から初めて笑みが消えた。

 そしてそれに目敏く気づいたアルジェーナは、にんまりとした笑みを浮かべる。


「うふふふ。おまえたち。おまえたちにこの女をあげるわ。好きにしなさい」

「いいですかい、お嬢様?」

「ええ。おまえたちはいつも私に良く従ってくれますもの。たまにはご褒美をあげないとね」


 アルジェーナの笑みが禍々しく歪む。


「安心してくださいな、リーナ様? ここであなたの命を奪うような非道な事はいたしません。だけど、あなたがここでこの者たちに汚されれば、もう陛下の傍にはいられないでしょう? そしてあなたの次は、正妃にと噂されているあの生意気な第五側妃の田舎娘の番よ。ふふ、寵愛するあなたや田舎娘を失った陛下のお心を、この私がお慰めするの」


 アルジェーナの勝ち誇ったような独り言を聞き、リーナは内心で嘆息する。

 例え自分とミフィシーリアがいなくなっても、ユイシークの傍にはまだ三人もの側妃がいる。それも、彼と最もつき合いの長い、しっかりとした絆で結ばれた側妃たちが。それなのに、どう考えたらユイシークの寵愛がアルジェーナに向けられると思えるのだろうか。

 随分と自分に都合のいい妄想を展開している伯爵令嬢に呆れていると、リーナの目の前に数人の男たちが並んだ。


「ほぅ。こいつぁ凄ぇ別嬪だなぁ」

「身体つきのほうも大したものじゃねぇか? たまんねぇなぁ」


 口々に好きな事を言い合う男たち。そんな男たちに間近に迫られて、リーナは思わず数歩後ずさった。

 そんなリーナを庇うように、犬人族(コボルト)のタロゥが彼女の前に立ちはだかる。


「リーナ様に触れるなっ!! ただじゃ済まさないぞっ!!」


 牙を剥き出し、低く唸るように威嚇するタロゥ。だが、男たちはそんなタロゥを歯牙にもかけなかった。


「うるせぇよ、犬っころ。引っ込んでな!」


 男の一人がひょいと足を上げ、そのままタロゥを蹴り飛ばす。

 だが、蹴り飛ばされたタロゥは器用に身体を丸めてすとんと着地し、着地した途端に自分を蹴った男へと飛びかかり、その足に噛みついた。


「ぐわっ!! こ、こいつ、何しやがるっ!!」


 噛みつかれ、悲鳴を上げる男を、仲間の男たちが指差しながら笑う。

 小柄な犬人族に噛みつかれ仲間に笑われた男は、顔を怒りの赤に染めて腰の後ろから短剣を引き抜いた。


「薄汚ねぇ犬っころが。人間様に気安く噛みつくんじゃねぇっ!!」


 男は足に噛みついているタロゥへと逆手に持った短剣を振り下ろす。短剣の刃が身体に触れる直前、タロゥは噛みついていた足を離し、身を捩って刃を躱す。しかし、噛みついていた事で少々躱すのが遅く、彼の腕に朱線が引かれた。


「タロゥっ!!」


 腕から血を流す彼を、リーナは服が汚れるのも構わずに抱き締める。

 そんなリーナに、男はタロゥの血で汚れた短剣を見せつけるように翳す。


「へへへ、大人しくしてろよ、姉ちゃん。でないと、あんたもこの犬っころみたいに傷ものになっちまうぜ? それに、あんたが大人しくさえすれば、俺たちだって好き好んでこんな犬っころをいたぶろうなんざ思わねえしな」


 リーナは男が見せつける短剣から視線を逸らす事なく、抱き締めたタロゥへと小声で話しかける。


「ありがとう、タロゥ。そしてごめんなさい。私のために怪我を負わせていまって」

「い、いえ、リーナ様のせいじゃあ……」

「いいえ。あなたを巻き込んだのは私の責任よ。だから、ここから先は私に任せて」


 傷ついた腕を押さえ、痛みに顔を歪めるタロゥを背後に庇うようにしてリーナは立ち上がる。

 そして服のポケットから小さな何かを取り出し、それを男たちへと突きつけた。


「な、なんだ……?」


 リーナが突きつけた物が何か判らず、思わず逃げ腰になる男たち。

 だが。


「…………鍵?」

「そ、そんな小さな鍵で、一体何をしようっていうんだ、姉ちゃん?」


 リーナが取り出した物が、武器でも何でもなく単なる小さな鍵だと判ると、男たちは嘲りの表情を浮かべて更にリーナへと近づく。

 リーナが取り出したのは確かに鍵だった。それもどこか古めかしく、細かい装飾が施された小さな鍵。そしてその鍵には、黒い小さな宝石のようなものが貼り付けられている。

 この時、近寄る男たちははっきりと見た。

 リーナがにやりと笑みを浮かべるのを。


「ティース。目覚めなさい」


 リーナのその一言こそが鍵。そしてその鍵たる言葉を聞き届けた彼女だけの守護者が眼を覚ます。

 鍵から黒い宝石がぽろりと落ち、その宝石は床に落ちるまでにぐにゃりと形を変え始める。

 小指の爪ほどの大きさしかなかったその黒い宝石は、徐々に大きくなりぐにゃぐにゃと捩じ曲がりながらその姿を変える。

 いや、姿を変えるのではない。本来の姿に戻るのだ。

 目の前で起きている事象が全く理解できず、呆然と見詰めるだけの男たちとアルジェーナ。

 そんな彼らを、目覚めた守護者はぎろりと睨め付ける。その小さな眼がたくさん集まった複眼でもって。

 今、アルジェーナと男たちの前に姿を見せたリーナの守護者──いや、マイリーから彼女へと与えられた彼女だけの『使』は、その両腕の漆黒の鎌を主人であるリーナを害する者たちへと振り向けた。




 ユイシークとジェイクを先頭にひた走る騎馬の一団と、その一団から少し遅れて疾走する一台の馬車。その馬車の周囲には、騎乗した女性騎士が数名、馬車を守るようにその周囲を馬車に合わせて疾駆する。

 激しく揺れるその馬車の中で、ミフィシーリアとコトリ、それからアーシアとサリナは互いに抱き合いながら激しい揺れに耐えていた。

 馬車が高速で走り出してすぐ、彼女たちはその激しい揺れに悲鳴を上げ、時に抱き合い、時に椅子にしがみつきながら必死にその揺れに耐える。

 最初こそ悲鳴を上げていたが、すでにそんな余裕もない。それでも彼女たちが必死に耐えているのは、ひとえにリーナを心配するがゆえだった。

 どれだけ走ったのかも判らなくなった頃、ミフィシーリアは馬車の速度が落ちている事に気づいた。

 馬車の速度はどんどんと落ちてゆき、やがて先程までの疾走が嘘のように緩やかに停止した。それに合わせて、馬車を警護する周囲の女性騎士たちも乗馬の脚を止める。

 馬車の窓を開け、外を確認しようとしたミフィシーリアは、馬車の目の前に存在する一件の邸宅を目にした。

 その邸宅は周囲を広い塀に囲まれ、どこかの貴族の別荘といった趣のもので、付近には木々ばかりで他の建物がない事からも、ここが本宅ではないだろう事が判る。

 そして今、ユイシークとジェイクが率いる近衛隊と、マイリー率いる側妃たちを守る後宮騎士隊は、閉ざされた門の前でじっと門の奥に聳える邸宅を見詰めていた。

 ミフィシーリアは馬車の中から、じっと邸宅を見詰めるユイシークの背中を見える。

 もしかして正面から踏み込むつもりなのかと不安な気持ちでいると、突然邸宅の玄関の扉が中から吹き飛ぶ。


「えええっ!?」


 思わず驚きの声を上げるミフィシーリアの視線の向こう、開け放たれた邸宅の玄関から、黒くて巨大なものがのっそりと姿を露にした。

 『辺境令嬢』更新しました。


 今日は早朝の『怪獣咆哮』に引き続き、『辺境令嬢』も更新できました。

 うは、何か良からぬ事の前触れでなければいいけど・・・


 予定では今回で側妃誘拐騒ぎは終結する予定だったのですが、タロゥががんばってくれたのでずれこんでしまいました。次回にはきっと一連の騒動に決着が着くと思われます。



 では、次回もよろしくお願いします。

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