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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
55/74

24-黒幕-2


「…………リィは大丈夫でしょうか……?」


 ぽつりと零れたミフィシーリアの呟きに、同じテーブルについていたアーシアとコトリ、そしてサリナの視線が彼女へと集まる。

 現在、彼女たちはミフィシーリアの居室である第六の間に集まっていた。

 第四側妃誘拐の知らせを受け、急いで王城に戻ったミフィシーリアとユイシークたちは、一旦はユイシークの執務室へ向かったものの、その後は後宮で大人しくしているようにユイシークに言われてこちらへ戻って来た。

 とはいえ、後宮に戻ってそのまま解散という流れにはならず、知らせを受けて合流したサリナ共々こうして第六の間に集まっている。

 最近、なんだかここがすっかり側妃様たちの溜まり場みたいになっているなー、とミフィシーリアの傍に控えているメリアは心の片隅で思ったり。

 そして城下へと出ていたミフィシーリアたちと、後宮に残っていたサリナとで互いに持っている情報を交換し合い、それが一息ついたところでミフィシーリアが先程の呟きを零したのだった。


「リィさんの事なら、それほど心配しなくてもよろしいのではありませんか? きっと今頃はマリィが彼女の居場所を特定しているでしょう」

「マリィが……ですか?」


 そう言われて、ミフィシーリアはこの場にマイリーの姿がない事にようやく思い至った。


「あのね、ママの異能は距離がいろいろと関係するの。近くならたくさんの『兄弟』たちを一度に使役できるけど、ママから離れるごとに操る『兄弟』の数は段々と減ってしまうの」

「それに必要以上に距離が離れた場合、極度の集中が必要になりますわ。おそらく、今頃は集中しやすい自分の第四の間か、後宮騎士隊の隊長室に篭もって集中しているのでしょう」


 コトリとサリナの説明を受け、ミフィシーリアはなるほどと頷いた。

 と同時に、疑問に感じる事もある。


「ですが、シークとコトリはかなり離れていても意識が繋がっていると以前に聞きましたが?」

「マリィとマリィの『使(つかい)』たちとの結びつきより、シィくんとコトリの方が結びつきがいつの間にか強くなっちゃったもんね。まあ、シィくんがいろいろと規格外ということだよね」

「でも、コトリとパパも、離れている時は一生懸命集中しないと意識が繋がらないわよぉ」


 アーシアの言葉を受けて、コトリが更に補足した。

 ユイシークがいろいろと規格外な存在だというアーシアの言葉に、思わず納得してしまったミフィシーリアの耳に、サリナの更なる言葉が響く。


「どちらにしろ、リィさんにはとても頼りになる護衛がついていますもの。今頃、リィさんも当初の目的を達成しているのではありませんこと?」

「リィの目的……?」


 不思議そうな顔のミフィシーリアに、サリナは頷きながら余裕のある笑みを浮かべる。


「きっと今頃、リィさんは事件の黒幕を引っ張り出しているのではありません?」




「申し上げます!」


 執務室の扉が開かれると、そこに一人の女性騎士──後宮騎士隊の隊員──が跪いていた。


「マイリー隊長よりユイシーク陛下に至急の伝言にございます」


 その女性騎士は、跪いたまま頭を上げる事もなく告げる。


「第四側妃リーナ・カーリオン様は、現在ストリーク伯爵家の別邸に監禁されている模様、とのことです」

「ストリーク伯爵だと……? どうしてストリーク伯がリーナを攫ったのだ?」


 女性騎士の報告を聞いて、思わず首を傾げたのは宰相のガーイルドだった。

 彼の記憶では、ストリーク伯爵と言えばかなりの高齢であり、その人柄は温厚そのもの。領民からの支持も高く、とても側妃を誘拐するような人物ではないはずだ。

 思わず零れ出た風の宰相の言葉に、女性騎士は彼女の上司から受けた更なる報告をする。


「今回の一連の事件の首謀者は、現ストリーク伯爵家の当主ではありません」

「なんだと? では首謀者は誰だと言うのだ?」


 明かに苛立ちを見せる国王に、女性騎士は少々怯えを見せながらも報告を続けた。


「しゅ、首謀者はストリーク伯爵の末の娘、アルジェーナ・ストリークにございます」




 リーナは目の前に現れた少女を、嬉しそうな表情を浮かべて見詰めた。

 それが相手の少女には予想外だったようで、彼女は最初こそぽかんとした表情を浮かべたものの、やがて愚弄されたとでも思ったのかその白い肌を怒りで赤く染めた。


「あ、あなた……な、なぜこの状況でそのような表情(かお)をするのっ!? このような状況に一人置かれれば、不安や恐怖から泣き叫ぶものでしょうっ!?」

「あら、私一人じゃなくてよ? この子が一緒にいるわ」


 リーナは隣に立っている犬人族(コボルト)のタロゥの頭を優しく撫でる。

 だが、そんな行為もまた、目の前の少女の癇に触れたようだ。


「そ、そのような獣人一人が何の役に立つと言うのっ!?」

「私はこの子が一緒だと、とても心強いわ。だって、この子は見かけとは裏腹に結構腕が立つのですもの。信頼できる者が傍にいるのはとても安心できる事だわ。あなたはそうは思わないのかしら、アルジェーナ・ストリーク様?」


 少女──アルジェーナ・ストリークは、リーナの言葉がどうしても小馬鹿にしているようにしか聞こえなくて、その顔色を更に赤くさせる。


「ふ、ふんっ!! そのような強がりをっ!!」


 そう吐き捨てたアルジェーナは、思わず乱れた呼吸を整え、一緒に気持ちも落ち着かせる。


「ふん、所詮は犬同士、か。やはり犬と犬は気が合うとみえるわ」


 いまだに顔の朱が引かぬまま、アルジェーナは侮蔑を込めて言う。

 それは自分がリーナよりも優位な立場である事を知らしめるように。

 だが、そんな稚拙な策略もリーナには通用しない。


「あら、こんなに可愛いタロゥと一緒にいられるのなら、犬も悪くないわね」


 リーナはそう言うと、タロゥの小さな身体をぎゅっと抱き締めて、その良く手入れされた柔らかな体毛の感触を楽しむ。そうしながらリーナは、挑発的な視線をアルジェーナに向ける。


 どことも知れぬ場所に攫って来ようが、どんなに侮蔑の言葉を投げかけようが、リーナはまるで堪えた様子を見せない。その事がアルジェーナの苛立ちを増進させる。


「お、おまえは……おまえは、わたくしを馬鹿にしているのっ!? 伯爵家の令嬢たるこのわたくしをっ!?」

「あら、それを言えば私だって伯爵家の娘よ?」

「お黙りなさいっ!! 薄汚い元奴隷の分際でっ!! 養子のおまえとわたくしを一緒にしないでっ!!」


 精神的な優位な立場に立つという最初の目論見は脆くも崩れ去り、すっかりこの場の主導権がリーナに移っていることにすら、必要以上に頭に血が上った彼女は気づいてもいない。


「まったくおまえはっ!! わたくしは忘れていないわよっ!? あの日おまえに大恥をかかされた事をっ!!」

「あら、私があなたに何かしたかしら?」

「とぼけないでっ!! わたくしはあなたに足をひっかけられて、侍女たちが見ている前で無様に大地に転がったのよっ!?」


 そう言われてリーナも思い出した。

 あれはミフィシーリアが初めて王城にやって来た時の事。ユイシークとのとんでもない謁見の後、リーナはミフィシーリアを後宮へと案内した。

 その時、この伯爵令嬢と中庭で偶然鉢合わせしてしまい、ミフィシーリアが新たな側妃と知ったアルジェーナがミフィシーリアに詰め寄った事があった。

 その時、リーナは思わず彼女の足を引っ掻けて転がしてしまった。

 あの当時は少々やり過ぎたとも思ったが、その後にいろいろとあったものだから今まですっかり忘れていたのだ。


「ねえ、アルジェーナ様? もしかして、それが私を誘拐した原因なの?」

「そうよっ!! あの時おまえにかかされた恥を数倍にして返してあげるわっ!!」


 リーナは頭痛を覚え、頭を抱えそうになるのを必死に制した。

 この娘は自分がしでかした事をきちんと理解しているのだろうか?

 宰相補という立場にもあるリーナは、現在のストリーク家の当主が温厚な人物である事を知っている。とてもではないが、側妃の誘拐などという大罪に手を出すような人物ではない。となれば、これは彼女の独断という事だろう。

 だが彼女の独断とはいえ、側妃である自分を誘拐などすればその咎は彼女のみならず一族郎党にまで及ぶだろう。

 自分の矮小な復讐のために一族全てを道連れにする彼女が、リーナにはとても理解できない。


「正気なの? 側妃である私を誘拐などすれば、その罪はあなた一人だけでは済まないわよ?」


 そう尋ねるリーナを、アルジェーナはふふんと鼻で笑い飛ばした。


「側妃? そう言っていられるのもいつまでかしら?」


 リーナの眉がきゅっと寄せられる。そしてその反応はアルジェーナが求めていたものでもあったようで、彼女は幾ばくかの余裕を取り戻した。


「わたくしが知らないとでも思ったの? 今、陛下は新しい側妃に夢中のようね? しかも、陛下はその側妃を正妃に迎えるおつもりだとか。となれば、下賎な元奴隷のあなたなど真っ先に捨てられるに決まっているわ! お可哀想なリーナ様。あなたは再び奴隷に逆戻りかしら? それともそこの獣人に拾って養ってもらってはいかが? 犬姫にはお似合いの相手でしてよ?」


 見下した様な冷笑を浮かべるアルジェーナ。どうやら彼女はユイシークと五人の側妃たちの関係を正しく理解していないのだろう。

 普通に考えれば、側妃同士は互いに蹴落とす敵でしかない。もちろん、表面的には仲良くする事もあるだろうが、内心ではどうやって相手より優位に立つかばかりを考えるもの。

 今の後宮にいる五人の側妃たちのように、姉妹のように仲が良い方が異例なのだから。

 そしてきっと彼女は、正妃となる第五側妃を他の側妃たちが心から祝福しているなど想像もしていないだろう。

 そんなリーナの心境など知るわけもなく、アルジェーナは更に言葉を続ける。


「でも、一度は陛下の寵を受けたリーナ様を獣人に飼わせるなんてさすがに酷いわよねぇ。だから、あなたにぴったりの相手を用意してあげたわ。リガル!」


 アルジェーナは振り向いてその名を呼んだ。しかし、それに応える声はない。

 どうやら、彼女はリガル──おそらくリカルドはアルジェーナにはそう名乗っていたのだろう──がいつの間にかこの部屋から抜け出した事にさえ気づいていなかったようだ。


「リガルっ!! どこへ行ったのっ!? この哀れで生意気な女を、あなたが優しく慰めておあげなさいな。リガル? 聞こえないのっ!?」


 苛立たしく叫ぶアルジェーナの姿は、リーナの目には滑稽を通り越して哀れにすら写っていた。




 屋敷から外へと通じる隠し通路を、リガルは足早に進んでいた。


「あの女はやべぇ。ありゃ魔女か妖女の類だな。あんな女と関わったら、命が幾つあっても足りやしねえぜ」


 どこか遠くで彼の名を呼ばれた気がしたが、そんな事は一切無視してリガルは隠し通路を急ぐ。

 それほど、あの女は危険だと彼の勘が告げていた。

 事前情報によれば、第四側妃ははいかなる異能も持たない。もちろん、第三側妃のように武に秀でているという話も聞かない。

 それでも。

 それでも、リガルはあの第四側妃から只ならぬものを感じ取っていた。

 武ではなく理でもって相手を追い詰める。彼女はそういう人間だ。

 そしてそういう相手こそが、本当に恐ろしい存在なのだという事をリガルは良く知っていた。

 だから、彼はさっさと逃げ出した。

 所詮、あの令嬢とは金銭の関係しかない。それも、彼の本当の雇い主の意向で、だ。

 彼にはアルジェーナを守る義務も義理もなければ、そのつもりもない。


「悪く思うなよ、伯爵家のお姫様? 第四側妃はあんたが手を出していいような相手じゃなかったのさ」


 今なら判る。なぜ、第四側妃が黙って自分について来たのか。それは間違いなく、一連の事件の裏にいる黒幕を引きずり出すためだ。

 そして、彼女の目的は達成された。彼女の目の前には黒幕であるアルジェーナがいる。

 目的を達成した第四側妃が、次にどのような手に出るのか。それはリガルにも判らない。だから、彼はあの場からさっさと逃げ出したのだ。

 一度だけ自分が来た通路の奥へと視線を向けると、リガルは更に速度を上げて隠し通路を進む。

 彼の本来の雇い主に、事の次第を告げるために。



 「辺境令嬢」更新しました。


 今回、一連の事件の黒幕と目される人物が明かされました。

 明かされましたが……果たして、皆さん彼女の事を覚えているでしょうか(笑)

 彼女が登場したのは、2011年の9月5日に発表した王都編の第3話。つまり、10ヶ月も前になります。

 きっと、いや絶対に忘れ去られているだろうなー。



 さて、話は変わりまして、以前に設定した当面目標である「総合評価点5,000点突破」は、争乱編の22話の公開の後に達成いたしておりました。

 これはひとえに、お気に入り登録や評価点を入れて下さった皆様のおかげでございます。本当にありがとうございました。

 引き続き、新たな当面目標として、「各評価点の4桁突入」を上げたいと思います。

 現時点で文章評価が795点、ストーリー評価が803点です。一日でも早く目標達成するようにがんばります。


 これからもよろしくお願いします。

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