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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
53/74

22-側妃誘拐



「……よ、良かった……お嬢様が……お嬢様がご無事で……」

「ありがとう、メリア。私もあなたが無事で嬉しいわ」


 「轟く雷鳴」亭で無事に再会したミフィシーリアとメリアの主従は、抱き合って互いの無事を確かめ合っていた。

 そして、そんなミフィシーリアの頭を誰かがぽんぽんと叩く。

 彼女がそちらを見れば、そこには優しく微笑むユイシークの姿。その後ろにはアーシアとジェイクもいる。


「おまえたちが無事で何よりだ」

「本当にミフィたちが無事で良かったよ。でもね、シィくんったらミフィの無事が判るまで、ずーっといらいらしてたんだよ?」


 いらいらし過ぎてリョウトくんに八つ当たりしたりね、というアーシアの言葉に、ミフィシーリアは店の奥でメリアを助けてくれたという男性を手当てしている人物へと眼を向ける。

 黒髪に黒い瞳。だが、なぜか左の眼だけが紅いその人物。

 彼は癒蛾(いやしが)という魔獣を呼び出し、メリアを助けてくれた男性の傷を癒している。

 そして、彼こそがミフィシーリアの再従姉妹(はとこ)であるアリシアの主人にして、巷で噂になっている『魔獣使いの英雄』であるという。


「いふぁ、いふぁいよ、ふぃーふん」


 アーシアのどこか間の抜けた声にミフィシーリアが振り向けば、ユイシークがアーシアの両の頬を指で摘んで引っ張っていた。


「誰が心配し過ぎていらいらしていたって?」

「だ、だふぁらふぃーふんふぁ」

「はっきり喋れ、はっきり」

「む、むりふぁふぉー」


 仲良くじゃれ合う二人を見てジェイクが大声で笑う。

 そんな光景を目にし、全員が無事で本当に良かったと改めて思うミフィシーリアだった。

 だが、この時。

 既に他の陰謀が静かに進行している事を、この場にいる誰もが知らなかった。




 時間は少し遡る。

 ミフィシーリアとユイシークたちが出かけ、使用人用の門まで見送ったリーナは、一度後宮の自分の部屋に戻るために城内を歩いていた。

 城内を抜け、やがていつもの中庭へと差しかかる。

 この時、前方からとてとてと短い歩幅で一生懸命に歩いて来る者がいた。


「あら、タロゥじゃない」

「あ、リーナ様! こんにちはっ!!」


 ミフィシーリアの使用人の一人、犬人族(コボルト)のタロゥは、リーナの元までとてとてとやって来てぺこりと頭を下げた。


「お仕事中?」

「はいっ!! ミフィシーリア様とメリアさんが留守の間に、部屋の中を大々的に掃除しようということになりまして」


 そう答えたタロゥは、その小さな手に掃除道具の入った籠を持ち、もう片方の手には掃除用のモップを持っている。

 彼ら犬人族は総じて手先が器用であり、料理や細工物といった細々としたものから、洗濯や掃除といった家事にその実力を発揮する。


「そう。頑張ってね?」

「はいっ!! ありがとうございますっ!! ……あれ?」


 タロゥの視線がリーナから逸れ、庭園の一角へと向けられる。

 その視線を追いかけたリーナは、一人の下級兵士らしき男性がこちらへと跪いて頭を下げている事に気づいた。


「あなたは? 見たところ兵士の一人のようだけど?」

「はっ、自分はカノルドス王国軍下級兵士、リカルドという者です」


 そう言ってリカルドと名乗った兵士は顔を上げた。それは髪を短く刈り込んだ厳めしい顔つきの男性だった。


「……あの人……」

「知っている人なの?」


 男性の顔を見たタロゥが小さく呟くのを、リーナは聞き漏らさなかった。


「は、はい。以前からメリアさんに花を贈っている人です」

「ああ、あの噂の」


 リーナもその話は聞いていた。いや、リーナだけではなく、側妃たちは全員メリアに花を送り続けている下級兵士がいるという事実を知っている。

 その話は側妃たちが集まったりする時に、ちょくちょく話題にのぼる事があるからだ。


「それで、そのリカルドとやらが私に何用かしら?」

「は、第四側妃様であらせられるリーナ・カーリオン様にお願いがあり、こうして参上致しました」

「下級兵士のあなたが私に? それは余程重要な事なのでしょうね?」


 リーナは側妃であると同時に宰相補でもあり、国王であるユイシークの侍従長でもある。

 彼女の身分は軍でも最下層の下級兵士より遥かに高い。そのリーナに下級兵士が願い事があると言うのだ。その願い事の内容如何によっては、下手をするとリカルドは厳罰に処されることも有り得る。

 その事を言外に告げながら、跪いたリカルドをリーナは見下ろす。

 それに気づいているのかいないのか、リカルドという名前の下級兵士は、微動だにせず跪いている。


「側妃様には、自分とご同行を願いたいのです」

「私に同行しろと? 私は側妃にして国の要職にも就いている身。国王であるユイシーク陛下の許可なくこの王宮から出ることは許されておりません。それを承知した上での言動かしら?」

「は、無論それは承知しております」


 再び顔を上げたリカルドの視線が、真っ正面からリーナを射抜く。

 そしてリーナは、その顔に浮かぶ笑みをはっきりと見た。


「そう、本気なのね。それではもし、私がその願いを断ったら?」

「その時は、少々乱暴な手段に訴えるのも止むなきか、と」


 リカルドが浮かべている笑みが、より深く禍々しくなる。


「随分とはっきりと言うわね? ここで私が一言叫べば、多くの衛兵なり兵士なりが駆けつけてくるわよ?」

「それも既に考慮しております。できますれば、側妃様には抗うことなくご同行いただきたい」


 リカルドの言葉から、既に退路は確保されているだろう事をリーナは理解した。

 となれば、ここまで大胆に素顔を晒して名前を名乗る──名前は偽名の可能性もあるが──のだ。例え衛兵たちを何人呼び集めても、この男はきっと言葉通りに逃げおおせるだろう。

 となれば、下手に人数を集めても怪我人が増えるだけだろう。いや、下手をすれば死者だって出かねない。

 だからといって、多くの衛兵たちのために自分を犠牲にするような精神はリーナには一切ない。

 彼女の身体と命は、ただ一人のためにあるのだから。


「残念だけど、それに従う義理は私にはないわ」

「誠に残念……本当に残念だよなぁ」


 それまでの丁寧な物言いを捨て去り、リカルドは立ち上がって肩を竦める。


「じゃまあ、さっきも言ったが力ずくでご招待と行きますかね」


 言うが早いか、リカルドはリーナに向かって鋭く踏み込む。その踏み込みは、十歩以上は離れていた距離を僅か三歩で踏破する。

 予想以上に早いリカルドの動きに、リーナは慌てて身を捻る。数瞬前まで彼女の身体のあった空間を、リカルドの太く逞しい腕が通過した。


「ほう? 側妃様といえば深窓のご令嬢ばかりだと思っていたが……少しは体術が使えるのか?」

「こう見えても色々と多芸なのよ、私」


 余裕とばかりに髪を掻き揚げ、笑みを浮かべるリーナ。だが、その心中ではしっかりと冷や汗を流していた。

 確かに多少の身を守る心得はある。だが、それは彼女がユイシークに見出される前、まだ弟と共に路地裏で生活していた時に自然と身に付いたものに過ぎない。

 あくまでも最低限の護身のためのものでしかなく、しっかりと訓練を重ねた下級兵士にも劣るだろう。

 そんなものが、こうやって白昼堂々王宮に姿を見せるリカルドという男に通用するはずがない。

 だから、彼女は必至にその優れた頭脳を働かせる。

 彼女の最大の武器は、誰よりもその優れた頭脳である。彼女のそれは誰よりも回転が早く、先を予測する能力もまた高い。

 その頭脳を必至に働かせ、この窮地からの脱出口を模索する。

 だがその答えが出るのを、当然リカルドは待ってはくれない。

 彼の大きな拳が、リーナの華奢な腹部めがけて放たれる。

 だが、岩をも砕かんと唸りを上げる拳は、リーナの身体に触れる事はなく。

 リーナと拳の間に素早く飛び込んだ者が、手にした掃除用のモップの柄で受け止めたのだ。


「タロゥっ!!」

「逃げてください、リーナ様っ!!」


 後ろへ振り返ることなくタロゥが叫ぶ。

 リーナは知っていた。この犬人族の青年が、可愛い見かけとはかけ離れて結構腕が立つことを。

 彼はアミリシアの意志で派遣された、将来の正妃であるミフィシーリアの隠れた護衛の一人でもあるのだ。

 タロゥという存在を新たに加味し、リーナの頭脳は素早く演算する。

 現在の状況、味方の戦力、相手の戦力……それら全ての要素を加えた結果、彼女の優れた頭脳が弾き出した答えは、「無事に逃げる事は不可能」というものだった。


「下がりなさい、タロゥ」

「で、ですがリーナ様っ!!」

「命令よ」


 リーナにそう言われ、タロゥは渋々構えていたモップを下ろす。だが、敵意までは霧散させず、牙を剥いてリカルドを威嚇する。


「……どういうつもりだ?」


 胡散臭そうに顔を顰め、リカルドがリーナに問う。


「あら、大人しく同行しろと言ったのはそっちでしょ? 色々と考えた結果、私が無事に逃げる方法はなさそうだったからね。あなたの言う通りにしようと思ったまでよ」

「そらまた、随分と急な心変わりだな?」

「自分でもそう思うわ。でも、あなたの事だから、単独でここまで来たわけじゃないでしょう? 退路を確保するためにも、おそらく数人の仲間がいるはず。それにさっきから周囲に人の気配がまるでないわ。これもあなたたちが仕組んだ事でしょ?」

「ご慧眼恐れ入るぜ。全部あんたの言う通りだ」

「だったら、あなたの言葉に従った方が危険も少なそうじゃない? ただし、条件があるわ」


 ほう、と呟いたリカルドの眉がぴくりと動く。どうやら、彼はリーナの心境を推し量っているらしい。


「タロゥも同行させる事。もしもこのままタロゥを放置すれば、あなたの仲間に口封じのために襲われるかもしれないもの」


 リーナのその言葉に、リカルドは心底おもしろそうに笑う。


「本当に大したタマだよ、あんた。こんな事がなければ、俺の女にしたいところだ」

「あら、それだけは遠慮するわ。私、あなたみたいな男は趣味じゃないの」

「そら残念だ」


 苦笑を浮かべ、リカルドは顎を振ってリーナたちに付いて来るように示す。


「ごめんなさいね、タロゥ。私のせいであなたまで巻き込んでしまったわ」

「い、いえ、僕の方こそごめんなさい。リーナ様をお守りできませんでした」


 しょんぼりと項垂れるタロゥの頭を、リーナは優しく撫でてからその小さな身体を抱き締める。

 そして彼の耳元で、こちらをずっと睨んでいるリカルドには決して聞こえないように小さく囁いた。




 リカルドの後ろを黙って歩き始めたリーナとタロゥ。

 彼女たちはこの時気づいていなかったが、彼女たちをずっと見詰める小さな眼があった。

 その小さな眼を持ったモノは、その透明な四枚の翅を小刻みに震わせながら、黒く小さな身体で連れ去られる彼女たちの後を静かに追いかけて行った。




 『辺境令嬢』更新しました。


 今回はミフィたちが襲撃を受けた時、同時に王宮で進められていた別の陰謀の回でした。

 順番的には『魔獣使い』を更新するはずでしたが、双方の話の展開の関係でどうしてもこちらを先に更新しないといけなくなりまして、前回に引き続き『辺境令嬢』の更新となりました。

 次の更新こそ、『魔獣使い』になる予定です。『辺境令嬢』の次の更新は来週ですかね?


 では、次回もよろしくお願いします。

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