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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
52/74

21-『使』 ──つかい──

「あ、あの……大丈夫……ですか?」


 メリアは、自分を助けてくれた青年にそう声をかけた。

 今、その青年は全身に傷を負いながら、地面に横たわっている。

 そして、彼らから少し離れた所には、数人の男たちが彼と同じように意識を失って倒れていた。


「だ、大丈夫だ……これぐらい、魔獣相手に比べれば……うっくっ!!」


 青年──リークス・カルナンドと名乗ったその青年は、呻きながらもなんとか上半身を起こす。


「腑甲斐ないぞ、リークス」

「無茶を言うな、チビ竜っ!! 素人相手とはいえ、向こうは六人もいたんだぞっ!! しかも武器だって持っていたしっ!!」

「そこは我も助太刀しただろう?」


 図星を指摘され、リークスは憮然とした表情で黙り込んだ。

 彼が言うように、メリアに乱暴を働こうとした男たちは六人いた。しかも全員が粗末なものとはいえ短剣を所持していたのだ。

 リークスは魔獣狩り(ハンター)としての経験はあるものの、それ程の腕利きというわけでもなく、相手が六人もいれば苦戦は必至だった。

 もしも彼が防御力の高い金属製の防具を身に着けていなかったら。もしも相手が素人同然のごろつきでなかったら。ローがその小さな身体で縦横無尽に男たちの間を飛び交い、相手の意識を撹乱していなかったら。相手が所持していた武器が粗末な短剣でなかったら。

 これらの条件が一つでも違えば、今頃はリークスは致命傷を負い、メリアは男たちに乱暴されていただろう。

 リークスはローに文句を言いながら、槍を支えに何とか立ち上がる。

 だが、歩くには至らないようで、二、三歩ほど歩くと力なく踞ってしまう。


「やれやれ、本当に腑甲斐ない……」

「う、うるさいっ!!」


 はふぅと嘆息したローは、その小さな頭をくりっと回してメリアを見た。


「済まんが娘よ。こ奴に力を貸してやってはくれぬか?」

「あ、は、はい! 今すぐに!」


 彼らのやり取りを見ているだけだったメリアが、ローに言われてリークスへと駆け寄る。

 少なくともリークスとローは彼女を助けてくれたのだ。しかも、そのためにリークスは全身に相当な怪我まで負っている。

 当然メリアに請われた助力を拒む理由などない。だが、彼女がリークスの腕を取ろうとした時、彼は弾かれたようにその腕を引っ込めた。


「お、俺に触れてはいけないっ!! 俺に触れてしまえば、俺の身体に封じられた邪悪があなたまでもを取り込んでしまうだろう──」

「は、はあ……!?」


 突然わけの判らない事を言い出したリークスに、メリアは困惑した表情でローを振り返った。


「気にする必要はないし、理解する必要もない。こ奴はこういう奴だと思えばいい。それに折角こ奴が苦労して倒した男たちが意識を取り戻すやもしれん。まずは『轟く雷鳴』亭へと戻ろう。我が案内するからついて来るがいい」


 ぱたぱたと小さな羽を動かしてゆっくりと移動するロー。その小さな後ろ姿を、メリアは相変わらずわけの判らない事を口走るリークスに問答無用で肩を貸しながらゆっくりと追いかけて行った。




「……アリシア・カルディ……? も、もしかして、アリィ姉様……ですか?」


 ミフィシーリアはその名前をようやく思い出した。

 父方の再従姉妹(はとこ)に当たる人物であり、幼い頃に数度顔を合わせた事がある一つ年上の女性。

 だが、逆に言えば幼い頃に数度顔を合わせただけで、それ以来すっかり疎遠になっていた人物でもある。

 自分の窮地にまさか血縁に当たる人物が現れるとは。そんな思わぬ偶然に自然と笑みが浮かび、アリシアともう一人の黒髪の女性の方へとミフィシーリアは一歩踏み出した。

 だが。

 だが、不意にミフィシーリアの首に何かが巻き付き、彼女の動きを封じ込める。

 驚いたミフィシーリアの視界の端に、同じように驚きの表情を浮かべ、それぞれの武器に手をかけたアリシアと黒髪の女性の姿が映る。


「おっと、そこの二人。下手に動くなよ? 動いたらこの女の命は保証しねえからな?」


 自分の背後から聞こえた怒気を含んだ声に、思わずミフィシーリアの身体が震える。

 彼女がちらりと横目で後ろを確認すれば、そこには先程黒髪の女性に手を打ち抜かれた男がいた。

 男は手に刺さった矢を握り折り、それを口に加えて手から引き抜く。


「まずは二人とも得物を捨ててもらおうか。その次は、着ているものを全て脱げ。魔獣狩りなんて連中はどこにどんな武器を隠しているか判ったものじゃねえからな。裸にでもしなけりゃ安心できねえ」


 男は鋭い視線で二人を睨みながら言う。その視線に好色なものは一切含まれておらず、本心から警戒のために二人を裸にしようとしているらしい。


「どうした? 早くしろ。でないと、この女の首が変な方へと傾くぜ?」

「……あ……ぐぅ……」


 首に回された手に力がこもり、ミフィシーリアは思わずうめき声を上げる。

 その様子に、アリシアと黒髪の女性は互いに頷くと、足元に手にしていた武器を放り投げた。


「よし、じゃあ、次だ。次は鎧を脱いでもらおうか。おっと、二人とももう少し離れろ。くっついていると何か企みそうだからな」


 どうやらこの男は余程用心深いらしい。仕方なく言われたように、二人は互いの距離を空けながらそれぞれ鎧に手をかけた。


「……アリィ姉様……」


 自分のせいで、アリシアと黒髪の女性が辱めを受けている。

 見知らぬ男の前で肌を晒すなど、それは女性であれば誰だって耐え難い行いだろう。

 それなのに、二人は自分のためにそれを受け入れようとしている。

 もしも自分に何らかの力が……自分の身を守るだけの力があれば、目の前で肌を晒そうとしている二人を救えるかもしれない。いや、そもそも、二人が肌を晒す必要さえないだろう。

 ユイシークのような異能が。ジェイクのような武力が。

 いや、そのような直接的な力ではなくても、例えば少しだけ人よりも早く走れれば、追っ手を撒いて逃げる事だってできたかもしれない。

 少しでいい。少しだけ、今の情況に抗う力を。

 彼女が心からそう願った時、何かが彼女の願いに応えた気がした。




 かちり、という金属音に、その場の全員の視線が一点に集中した。

 それはミフィシーリアの足元。そこに鈍く光る金属の何かが落ちたのだ。


「……なんだ、こりゃ? 鍵……か?」


 落ちたそれを見た男の呟きに、ミフィシーリアはそれが何なのか思い至る。

 それは彼女がいつも首から細い鎖で下げている、側妃の身分を示す後宮の部屋の鍵だった。

 初めて王宮を訪れ、ユイシークに謁見した時。

 本来なら彼から渡されるはずだったであろうその鍵。あの時はユイシークの悪戯のせいで、彼ではなくリーナから受け取った鍵。

 そして、その鍵に付いている黒い宝石のようなものがきらりと光った瞬間、ミフィシーリアの首にかかっていた圧力が不意に消え、続いて男の悲鳴が聞こえた。


──一体何が──?


 そう疑問に感じるより早く、彼女はぐいっと手を引っ張られる。


「あ、アリィ姉様?」


 気づけば、ミフィシーリアはアリシアの背後に庇われていた。

 もう一人の黒髪の女性の方はというと、彼女は素早く足元に投げ捨てた自分たちの武器を回収している。

 そうしている間も、二人の視線は男に向けられたままだ。

 いや、彼女たちが見ているのは男ではなかった。彼女たちが驚きつつもよく判らないといった複雑な表情で見詰めているのは、男の足に噛みついている小さな黒い子犬のような存在だった。

 全身は真っ黒だが、子犬特有のふさふさとした毛皮の質感はない。言うなれば、子犬の影が立体化して男の足に噛みついているように見える。


「なあ、アリシア。あれは一体何だ?」

「さあ? 私に聞かれても……ルベッタこそ、何か心当たりは?」

「俺にもさっぱりだ。だが、もしかしておまえの再従姉妹殿は、リョウト様のように魔獣を呼び出せる異能を持っているんじゃないのか?」


 そこで改めて、二人の女性の視線がミフィシーリアへと向けられた。


「ねえ、ミフィ? あの黒い子犬みないなもの、あなたが呼び出したの?」


 アリシアの質問に、ミフィシーリアは黙って首を横に振った。


「私に異能はありません……ですが……」


 ミフィシーリアには心当たりが一つあった。

 それは、今では彼女にとって、家族とも友とも呼べる女性の異能。

 そして、その女性と初めて出会った時、彼女はミフィシーリアにこう言ったのだ。


『できればその子は肌身話さず持っていてあげてください。そうすればきっとその子は、あなたの想いに応えてくれるでしょう』


 あの時は意味の判らなかった言葉だが、今なら判るような気がする。

 彼女の異能は擬似的な命を生み出すもの。そしてその生み出された存在は、彼女の意志があれば他人に譲渡する事も可能なのだろう。

 ユイシークとコトリのように。

 そこまで思い至ったミフィシーリアは、アリシアの背後からゆっくりと出て、先程落とした鍵へと近づいて行く。

 途中、いまだに床で転げ回りながら悲鳴を上げている男と、その男の足にしっかりと噛みついている子犬のようなものから注意を逸らさないようにしながら。

 そして拾い上げた鍵を確認してみれば、鍵に付いていた黒い宝石のようなものがない。


「……やっぱり……」


 どうやら、あの黒い子犬のような存在は、ミフィシーリアが予想した通りの存在のようだった。

 ならば、あの黒い子犬は自分の言うことを聞くのではないか。そう思ったミフィシーリアは、確認の意味を含めて子犬へと呼びかけてみる。


「その男性から離れて、こっちへいらっしゃい」


 彼女がそう言えば、やはり子犬は男を放して真っ直ぐにミフィシーリアの元へと駆けて来た。

 そのころころと転がるように走る様子は、本物の子犬そのもの。

 そしてその子犬は、ミフィシーリアの足元へと来ると、真っ直ぐに彼女を見上げる。

 姿形こそ子犬のようだが、その身体に瞳や鼻といった細かい造型はなく、立体ではあるものの本当に影のようだ。

 当然、本物の子犬のように鳴くこともない。ただ、尻尾と思われる小さな突起をぶんぶんと振っている様は、本物の子犬が喜んでいる様子と酷似していた。


「あなたは、マリィが私に下さった『使(つかい)』なのね?」


 そう尋ねると、子犬は頷くような仕草を見せ、不意にその姿が消え失せた。

 ミフィシーリアは突然の消失に驚くも、ふと思いついて鍵を再び見てみる。

 するとそこには彼女の予想通り、今まで通りに黒い宝石のようなものが確かに付いていた。


「ねえ、ミフィ? 今の一体何なの?」


 一連のやり取りを見ていたのだろう。アリシアと黒髪の女性──ルベッタと呼ばれていた──が、不思議そうにフィシーリアを見ていた。


「あ、あの、これは……」


 何と説明したものかと、言葉に悩むミフィシーリア。

 特にマイリーの異能については、王宮の防衛の問題もあって関係者以外に話してはいけないと言われている。

 たとえ再従姉妹とはいえ、王宮の秘密をここで説明するわけにもいかないのだ。


「まあ、いいわ。何かわけありっぽいし」


 言葉に詰まっていると、何か理由があると察したアリシアが肩を竦める。

 アリシアの様子にほっとして息を吐くと、何かに気づいたアリシアに再び腕を掴まれて引きよせられた。

 アリシアの腕の中、何があったのかと思って振り返れば、先程まで子犬のような『使』が噛みついていた男が、ゆらりと立ち上がったところだった。


「くそっ!! 何だよ、さっきのクソ犬はっ!? ナリは小さいくせに噛みかれると思いっ切り痛えしっ!!」


 ぎらぎらと怒りに燃える眼で、男はミフィシーリアたち三人を睨む。


「もう許さねえからなっ!! 三人ともこの場でぶっ殺してやるっ!!」


 男がそう言った途端、周囲に再び濃霧が発生する。

 ここに至り、先程からの何度も発生した霧が、この男の異能によるものだとミフィシーリアが理解した時。

 なぜか、ふいに霧が掻き消えた。

 今度は一体何が起きたのかとミフィシーリアが周囲を見回せば、なぜかルベッタの足元の影が長く伸びており、その先の影の中から腕が一本突き出ていた。

 その腕は何かを求めるように空を何度も掴みつつ、すぽんと影の中に飲み込まれていった。

 その後、影はするするとルベッタの足元へ戻り、ざわりと一度表面を水面のように波立たせると静かになった。


「……い、今のは……?」

「今のは闇鯨(やみくじら)という魔獣よ。ご苦労様、マーベク」


 アリシアがルベッタの足元の影に向かって告げると、影の中から巨大な尻尾のようなものの一部が飛び出し、そのまままた静かになる。


「ま、魔獣……? も、もしかして、『魔獣使いの英雄』とは、アリィ姉様の事だったのですかっ!?」


 驚くミフィシーリアの言葉を、アリシアは苦笑しながら否定する。


「『魔獣使いの英雄』は私ではないわ。『魔獣使い』は私たちの主人よ」

「そういう事だ。俺たちは『魔獣使いの英雄』が所持する奴隷だよ」

「ど、奴隷っ!? あ、アリィ姉様がっ!?」

「心配しないでね? 奴隷といっても酷い扱いは一切受けてはいないから。私たちの主人は、私たちをとっても大切にしてくれるわ」


 嬉しそうに、いや、どちらかと言うと幸せそうに告げる再従姉妹の言葉に、ミフィシーリアは本当に彼女たちが酷い扱いを受けていないと判断して安堵する。


「さて、暗殺者らしき人物も確保できたし、早く『轟く雷鳴』亭へ戻ろうか。リョウト様もキルガス伯爵も心配しているだろうからな」


 そう告げたルベッタの足元。

 彼女の影の中から、先程の男の頭が浮いては沈みを繰り返している──おそらく、窒息しないため──光景を、ミフィシーリアは敢えて見ないようにしながら、再従姉妹たちと共に「轟く雷鳴」亭へ向けて歩き出した。




 『辺境令嬢』更新しました。


 さて、無事にアリシアたちと合流できたミフィシーリア。メリアもなんとか危機を抜け出し、それぞれ「轟く雷鳴」亭で待つユイシークたちと合流する事になります。


 それから、今回ようやくとある伏線を回収できました。

 王都編の第3話(去年の9月5日に投降)にて張った伏線なので、実に九ヶ月ぶりに回収した計算になります。いやー、本当に長かった。

 そんな昔のこと忘れてしまった、と言われてしまえばそれまでですが(笑)。

 ちょっとだけ、肩の荷が降りた心境です。


 では、次回もよろしくお願いします。


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