16-土産話
彼──リガルがもたらした報告に、その人物は驚愕の表情を浮かべた。
「────それは本当なのか?」
「ああ、間違いねえ。何とか捕縛から逃れた奴の証言だ」
それはとある盗賊団の壊滅の報告であった。
その盗賊団は王都から東の街道沿いを主な狩猟場にし、そこを通る旅人や隊商を標的に盗賊行為を続けていた。
以前にもその盗賊団を討つために騎士たちが派遣されたが、その騎士たちを逆に打ち破るほどの集団であったのだ。
そして、その盗賊団はその人物にとっては一番の稼ぎ頭でもあった。
「……奴らが集める金や物資は量が多くて重宝だったのだがな……」
「仕方ねえさ。野盗なんて奴らは、稼ぎが多くなればなるほど注目を浴びる。そうなりゃ後は討たれるだけだ。あの連中は少々やり過ぎたのさ」
肩を竦めるリガルに、その人物はなるほどと頷く。
「まあ、いい。資金や物資を集めているのはあの連中だけではないからな」
「最近はあんたに色々と投資する連中も増えてるようだしな?」
「どのような心中で私に投資しているやら。好意で投資している者ばかりではないがな」
くくくく、とリガルとその人物はくぐもった笑いを零す。
そして、ふと思い出したように口を開いた。
「あっちはどうだ?」
「ああ。近々キルガス近衛隊長が王都に戻るそうだ。先日、同行した近衛の一部が先行して戻って来た」
先程彼らが口にしていた盗賊団を討ったのは、そのキルガス近衛隊長であった。
彼はその盗賊団を殲滅させ、盗賊たちによって虜囚とされていた人々や、彼らが蓄えていた物資、そして捕縛した盗賊たちを引き連れて近々王都へと凱旋する予定らしい。
とはいえ、全ての盗賊を捕らえる事は不可能であり、極僅かながら逃げ延びた者もいた。そんな者からリガルは近衛隊長が戻るより前に盗賊団壊滅の報を受けていたのだ。
「あっちはあっちで好きにやらせるがいい。こっちはこっちで好きにやるのだから」
「じゃあ、俺は俺で好きにしてもいいって事か?」
リガルの問いに、その人物はにやりとした笑みを浮かべた。
「いや、あの爽快感は口で言ったって絶対に伝わらないね。実際に体験してみねぇとな」
自慢げにそう口にするジェイクを、ユイシークやアーシア、コトリといった面々が羨ましそうに見詰める。
残るサリナ、マイリー、リーナ、そしてミフィシーリアは、ユイシークたち程露骨ではないものの、それでも興味津々といった顔でジェイクの話に耳を傾けている。
今、彼らは王宮のとある一室に集まっている。
「ほんと、飛竜に乗るって空を飛ぶってのは気持ちいいんだって! いつでも好きな時に飛竜に乗れるあいつが正直羨ましいね、俺は」
王都の東に出没するという、盗賊団を討伐するために王都を発ったジェイクが戻って来たのは昨日の事だった。そして一夜明けた今日、ユイシークやミフィシーリアたちは、その彼から盗賊団討伐の時の土産話を聞いていた。
しかし、彼の話は肝心の盗賊たちに関してではなく、協力者として同行したとある人物が飛竜に乗せてくれた話ばかりであり、野盗たちのことを子細に知りたかったケイルだけは苦い顔でジェイクの話を聞いていたが。
「飛竜の話はもういい。それよりも、野盗たち……『銀狼牙』だったか? 連中の話をしろ」
「なンだよ……そっちは報告書に纏めて提出しただろ? そっち見ろ」
「その報告書を見たからこそ、俺はおまえに詳細を聞きに来たのだ」
「あら、何か気になる事でも?」
そうケイルに聞き返したのは、彼と同じ役職に就いているリーナだった。
「うむ……これは宰相閣下とも話した事なのだが、連中が集めたであろう金や物資はあれで本当に全部なのか?」
先日ジェイクが帰還した折りに持ち帰った、『銀狼牙』という野盗たちが蓄えていた資金や物資。それらを詳しく調べてみると、これまでにあった被害の届け出や、野盗たちから保護した人々から聞き出した総量に比べると随分と少ない事が判明したのだ。
「それは盗賊の人たちが、食べたり飲んだりしたからじゃないかな?」
ケイルからその話を聞き、まず自身の考えを率直に述べたのはアーシアだった。
「確かに、食料や酒などの飲食物の大半は連中が飲み食いしただろう。だが、連中が奪った盗品は食料や酒だけではない。奴らは様々な隊商を襲っているからな」
連中が奪い、蓄えていたものは多岐に及んでいた。それは押収した盗品たちを見れば一目瞭然である。その中には装飾品や高価な布類、嗜好品なども含まれるのだ。
「嗜好品や装飾品はともかく、野盗たちには布類などはただ持っているだけでは意味がないシロモノだ」
「つまり、ケイル様はその野盗たちに、盗品をお金に換えるための何らかの手段があったと考えているのですね?」
そう発言したのはミフィシーリアであった。彼女がそう言った事に、ケイルは軽い驚きを露にする。
「さすがですな、ミフィシーリア様。相変わらず頭の回転がいい」
ケイルの言葉通り、野盗たちでも楽しめる嗜好品や、そのままでも価値がある装飾品はともかく、布類などを野盗がただ持っていても何の意味もない。
中には着飾る事に楽しみを見出す変な野盗がいるかもいれないが、普通ならそれらの盗品は金に換えられるだろう。
即ちケイルや宰相たちは、『銀狼牙』という野盗には、盗品を金に換えるための手段があったのだと考えている。
そして、それらの盗品が金に換えられたとしたら、今回押収した金額は少なすぎるのだ。
「なるほどね。つまり、連中には黒幕的な存在がいて、そいつに盗品や資金を横流ししていたって事かしら?」
「ああ。俺も宰相閣下もリーナと同意見だ」
「だったら、捕縛した連中に聞いたらどうよ? 連中の中には協力的な奴も幾らかいるだろ?」
「連中にはもう聞いたよ。だが、その辺の事は首領かそれに近しい者たちしか知らないそうだ。だから、直接連中と現場で顔を合わせたおまえに聞きに来たのだが……」
とんだ無駄足だったな、とケイルは呟く。
討伐の際に首領が死んでいる事を、ケイルはジェイクの報告書で知っている。となれば、その辺の真相をいる者はもういないという事になる。
「できれば、首領も生きたまま捕らえて欲しかったのだがな」
「仕方ねぇだろ? その辺りには事情があったンだよ」
もちろん、その事情もケイルは聞き及んでいる。今回の件の協力者の中に、『銀狼牙』という野盗と浅からぬ縁を持つ人物がおり、その人物が首領を討つ事を切望していた事を。
そして、ジェイクからこれ以上詳しく聞けないと悟ったケイルは、部屋から出ていくために背中を向けた。
その背中に、ジェイクは声をかける。
「そうだ、俺もおまえに話があンだよ」
「話……?」
顔だけ振り向き、ケイルが呟く。
「後でおまえの方に行くわ。できれば、ガールイルドのおっさんにも話を聞いて貰えるとありがたい」
「承知した。宰相閣下にも伝えておこう」
そうしてケイルが退出すると、ジェイクは再び話を再開する。
ユイシークやアーシア、そしてコトリといった面々は、彼の話をまるで子供のように顔を輝かせて聞き入るのだった。
「納得いかねえ」
ジェイクの話を聞き終え、ユイシークが憮然とした表情のまま呟く。
「おまえばかりたくさんの魔獣を間近で見やがって。俺だって飛竜に乗ってみたいし、他の魔獣を近くで見てみたいぞ!」
「ボクもちょっと恐いけど、魔獣さんたちを見てみたいな。中には可愛い魔獣もいるんでしょ? 斑熊だっけ?」
「コトリもーっ!! ひりゅうやまだらくまって魔獣が見てみたーいっ!!」
子供ですか、あなたたちは。
肩を落として深々と溜め息を吐くミフィシーリア。ちらりと見れば、サリナにマイリー、そしてリーナもまた彼女と同じ種類の溜め息を吐いていた。
互いに視線を交わし、苦笑を浮かべる。
「なあ、ジェイク。そいつはしばらく王都にいるんだろうな?」
「ああ。奴にもちょいとした事情があってな。当分は王都にいる筈だ」
「おし、じゃあ皆でその『魔獣使い』に会いに行こうぜ!」
それは以前より考えられていた計画である。その計画のために、ユイシークは政務を可能な限り前倒しで片付けており、それは半日程度の休みを確保できるまでに及んでいる。
つまり、いつでもユイシークはその半日の休暇を取る事ができるのだ。
「折角ですが、わたくしは遠慮しますわ。巨大な魔獣に近づくなんて想像するだけで恐ろしくて」
サリナは両腕で我が身を抱き締めながら辞退を表明する。
「サリナが残るのでしたら、私も残りましょう。後宮騎士隊の隊長としての仕事もありますし」
「だったら、私も宰相補としての仕事があるわね。悪いけど私も辞退させてもらうわ」
サリナに続き、マイリーとリーナも不参加の意志を明かにする。
その事に、アーシアとコトリが詰まらなそうな顔になる。
「えー、リィは行かないの?」
「ママもコトリたちと一緒に行こうよぉ」
甘えるようにマイリーに縋り付くコトリと、何度もリーナの手を引いて翻意を促すアーシア。
だが結局三人は不参加の意志を覆すことはなかった。
「となると、行くのは俺にアーシィ、ミフィにジェイクとコトリ……」
「あの、メリアを連れて行ってもよろしいですか? 彼女も私同様、まだ王都の町並みを見ていないので見せてあげたいのですが」
同行者を指折り確認するユイシークに、ミフィシーリアが侍女の同行を願い出る。
「ああ、構わないぞ。そういやジェイク」
「ん? なんだ?」
「ジェイナスたちはどうだった? おまえの目から見て使えそうか?」
「まあ、な。信用できるかできないかは別として、密偵として使えるのは確かだな。それなりに腕の方も立つようだし」
盗賊討伐の折りに同行した元暗殺者のジェイナスたち五人。討伐の際に一緒に行動し、彼らの実力をジェイクは測っていた。
そのジェイクの目に、彼らは何とか及第点を叩き出したらしい。そう判断したユイシークは、彼らにも同行させて影ながら警護させようと決めた。
そうすれば、ユイシークは自分の目で彼らの実力を測る事ができる。人知れず影からの護衛ならば、彼らにはうってつけだろう。
無論、近衛の中からも何名か、護衛として連れていくつもりである。
「ジェイクからも頼んでくれよ? 俺も飛竜に乗れるようにな」
「了解だ。まあ、あいつなら余程の事情でもない限り、飛竜に乗せてくれるさ」
「そうか。さて、噂の英雄様はどんな奴かな? 会うのが楽しみだ」
と、ユイシークはいつもの悪戯小僧のような顔で心底楽しそうに微笑んだ。
大変間が空いてしまいましたが、『辺境令嬢』ようやく更新しました。
更新が遅くなった主な理由として、ジェイクが長期出張に出ていた事が上げられます(笑)。くそう、もう主要キャラを長期の出張になんか行かせないからな!
さて、話は変わりますが、時々感想で「公爵をなぜ猊下と呼ぶのか」といただきます。
そして感想で指摘されるとおり、公爵を猊下と呼ぶのは間違っているそうです。
ですが、この『辺境令嬢』では間違っている事を承知で、敢えて公爵を猊下と呼ぶ事にします。
これは『辺境令嬢』や『魔獣使い』の舞台が架空世界であり、全てを現実に準拠する必要がないと考えているからです。
なので、あくまでも「カノルドス王国においては公爵を猊下と呼ぶ」という独自設定を設けているに過ぎません。
仮にテストで間違って解答しても、当方は一切責任を持ちませんのであしからず(笑)。
次回、いよいよユイシークやミフィシーリアたちが王都へと出かけます。当然、それに会わせて影で蠢く陰謀も……。
また、当面目標である「総合評価点4000点突破」はおかげさまをもちまして達成致しました。
お気に入り登録や各評価点を入れて下さった方々に、この場でお礼申し上げます。ありがとうございました。
次の当面目標は、「総合評価点5000点突破」にしたいと思います。目標達成までまだまだ800点以上必要ですが、なんとか達成できるように頑張る所存です。
では、これからもよろしくお願いします。




