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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
46/74

15-姉と弟

 兵士や騎士たちが日々鍛錬に勤しむ練兵場。

 その日、練兵場の中央に二人の人物がいた。

 一人は明るい茶色の髪と黒い瞳の男性。もう一人は黒髪黒瞳の中性的な面立ちの人物。だが良く見れば、細くくびれた腰や突き出した胸周りから、その人物が女性だと知れる。

 茶色の髪の男性は右手に紫色の半ば透き通った刃を持つ小振りの片刃剣を手にしている。

 対して、女性の方は二刀流。それも右手には長剣(ロングソード)、左手には短槍(ショートスピア)という異形の二刀流。

 静かに対峙する二人を取り囲むように、人垣が形成されている。

 その人垣を作るのは、下級兵士に上級兵士、騎士や近衛といった様々な面々。中にはまだ下級兵士にさえなっていない見習いたちの姿もある。

 だが、そんな中で一際目立つのは、人垣から離れた練兵場の閲覧席に陣取った四人の女性たちだろう。

 その四人は容姿こそ異なれど、皆非常に美しく、華美にならない程度の上質な衣服を身に着けている。

 周囲を近衛の制服を着た騎士たちに囲まれており、そのことからもその女性たちの身分がかなり高いことを窺わせる。

 そんな人々が見守る中、対峙した二人が動き出す。

 先制したのは茶髪の男性。鋭い踏み込みと共に、一気に黒髪の女性の懐に飛び込むと、手にした紫の刃の剣を横薙ぎに振り抜く。

 女性はそんな男性の動きを見切っているかの如く、右手の長剣でその斬撃を受け止め、左の短槍を真っ直ぐに男性の胴体目がけて突き出す。

 だが、槍の切っ先が男性の身体を捕らえるには至らず、強引に捩った身体の脇を掠めるように通過する。

 瞬き一つする間の攻防。二人のその速度と技量に、周囲で観戦している者たちから感嘆の声が上がる。

 その後は何度も攻守が入れ替わり、互いの得物が得物を弾く音が何度もこだまする。

 それは舞でも舞うように。二人は笑顔さえ浮かべて実に楽しそうに得物を繰り出す。

 そして十数回の斬撃と刺突が入り乱れた後、女性の長剣が男性の片刃剣を弾いた一瞬の隙を突いて逆手の短槍が繰り出され、男性の心臓を貫く数センチ手前でぴたりと停止した。

 にこりと笑う黒髪の女性。対して、憮然とした表情を浮かべる茶髪の男性。


「私の勝ち、ですねシーク」

「ああ。俺の負けだ。ちっ、今日こそはマリィから一本取ってやろうと思ったのにな」

「ええ。いい線いっていましたよ? 何回かひやりとさせられました」


 互いに得物を収めて一礼する。

 その瞬間、周囲の観客から大きな歓声が沸き上がった。

 その歓声に手を振って応え、二人は家族ともうべき人たちが待つ閲覧席へと足を向けた。




 ミフィシーリアは、自分でも知らないうちに止めていた息を大きく吐き出した。

 たった今、目の前で繰り広げられたユイシークとマイリーの模擬戦。それは武に関しては全くの素人である彼女の目から見ても、かなり高度なやり取りであった事が判った。

 そしてマイリーの短槍がユイシークの身体を貫こうとした瞬間、思わず息を止めてしまったのだ。


「うーん、惜しかったね、今日のシィくん。もう少しでマリィに勝てるところだったよ」

「うん、そうだねっ! 今日のパパは調子良かったみたい! ママの調子が悪かったってわけじゃないもんね!」


 ミフィシーリアとは違い、『解放戦争』を体験しているアーシアと、人よりも身体能力に優れた「使(つかい)」であるコトリは、二人の素早い応酬をしっかりと視認していたようだ。


「まだまだシークさんはマリィに及びませんわね」


 自分の隣に座っていたサリナの言葉に、ミフィシーリアはふと疑問を抱く。


「シークよりマリィの方が強いのですか?」

「ええ。今の時点ではまだまだ私の方が上でしょうね」


 ミフィシーリアの疑問に応えたのは、閲覧席までやってきたマイリー本人だった。

 その横には面白くなさそうな顔のユイシークもいる。


「とはいえ、これはあくまでも鍛錬目的の模擬戦。何でもありの実戦となれば、私ではシークに近寄ることもできないでしょうが」


 マイリーのその言葉に、ミフィシーリアは彼女の言わんとした事を理解する。

 「雷」の異能。

 ユイシークをこの国の主とたらしめている、代々王家の者だけに現れる異能。

 マイリーの言う「何でもありの実戦」には、もちろんこの異能の使用も含まれる。ユイシークがこの異能をふるう時、それは文字通り「雷神」の顕現に他ならないのだ。

 そんな事を考えながら、ミフィシーリアは手にした汗拭き用の手拭を、労いの言葉と共にユイシークへと差し出した。




「貴様らっ!! 先程の国王陛下とマイリー様の模擬戦は目に焼き付けたなっ!?」


 二人の模擬戦を観戦していた見習いたちに、教官役の上級兵士の檄が飛ぶ。


「見習いに過ぎない貴様らに、今すぐあの域まで登れなどとは言わん! だが、お二人の剣舞の如き模擬戦を見て何某かを感じ取ったであろう! それを忘れるな!」


 教官の大声に負けない大きな声で返答する見習いたち。

 教官はそんな彼らに、城の外周を走り込むように指示を出す。

 まだまだ見習いにすぎない彼らには、訓練用の武器を用いた練習さえ許されない。

 彼らは走り込みや体力作りといった、基礎から鍛え上げられている真っ最中のだ。

 教官の見守る中、隊列を組んで走り込みに出かける見習いたち。

 その中に、彼──ジガル・アマローの姿もあった。




 長い長い地獄のような走り込みを終えた見習いたちは、教官よりようやく休憩時間を与えられた。

 見習いたちは思い思いに地面に座り込んだり、寝転んだりしながら束の間の休息を楽しむ。


「はぁはぁ……相変わらずきっついなぁ……大丈夫か、ジガル?」

「そっちこそまだ息が整ってないぞ、ガブスン」


 ジガルは同期の見習いであるガブスンと並んで座り込みながら、先程見たユイシークとマイリーの模擬戦を思い出していた。

 正直言って、二人の動きは早すぎてよく見えなかった。

 だが、自分はあの人──国王であるユイシークのために騎士になると誓ったのだ。

 いつかはあの領域に辿り着かなくてはならない。いや、絶対に辿り着いてみせる。

 改めて心に誓いを立てているジガルに、隣のガブスンがにやりとした笑みを浮かべながら尋ねてきた。


「ところで気づいていたか?」

「気づいた……って、何にだ?」

「ほら、陛下と後宮騎士隊長との模擬戦の時、閲覧席に見目麗しいご令嬢がいただろ?」

「あ、ああ。確かにいたな」

「誰だろうな、あれ。四人いたけど全員美人揃いだったよなぁ。いつかあんなご令嬢と仲良くなってみたいと思わないかね、ジガル・カルディ君?」


 ジガルはユイシークに言われた通り、軍の中ではアマローの姓を名乗っていない。

 現在彼が名乗っている姓は、父方の親戚に当たる家のもので、現在は貴族ではなく庶民になっている家のものだ。

 そのため、ジガルも貴族ではなく庶民出身という事にして軍に入隊していた。


「あの方たちなら陛下の側妃様たちだろ?」

「は? お、おまえ、陛下の側妃様たちの顔を知っているのかっ!?」


 驚いた様子のガブスンに、内心でしまったと後悔するジガル。

 庶民が側妃の顔を知っていることはまずない。正妃ともなれば絵姿が庶民の間に出回ることがあっても、側妃までその姿が知られることはまずないのである。

 そして正真正銘庶民の出身であるガブスンは、その例に漏れることなく側妃たちの姿を知らない。


「ど、どうしておまえが側妃様たちを知っているんだよっ!?」

「どうしてって言われても……」


 言えない。それだけは言えない。

 側妃の中の一人が実姉であり、しかもその姉が近い将来に正妃となる事が内定しているなどとは、口が裂けても言えないジガルである。

 それどころか、他の側妃たちからも「義姉と呼んでね」とまで言われているなんて。

 どうやってはぐらかそうかと、内心で冷や汗を流しているジガルに横合いから救いの手を差し伸べたのは、やはり同期の見習であるリーエルという少女だった。


「馬鹿ねぇ、ガブスンは。陛下や側妃様たちは、将来私たちがお守りする方々なのよ? その人たちの姿を覚えるのは、軍に入る者なら当然でしょう?」

「そりゃあリーエルは貴族の出身だから、陛下や側妃様たちの顔を知っているかもしれないけどよ? 俺やジガルのような庶民には、側妃様どころか陛下をお見かけする事だって稀なんだぜ? 大体、俺なんて陛下を間近で見たのは今日が初めてなぐらいだ」

「言われてみれば、その通りよね。ねえ、ジガル。あなたはどうして側妃様の顔を知っていたの?」


 違った。リーエルは救い主などではなかった。それどころか、あっさりと敵方に寝返る始末だった。


「そ、それが……実は側妃様の一人が、俺の出身の村のご領主様のお嬢様なんだ。俺の出身地は田舎の小さな領地でさ、お嬢様も時々村に来て下さったから、お顔を存じ上げているんだよ」

「それってもしかして、最近側妃様になられた第五側妃のミフィシーリア様のこと?」


 リーエルの言葉に、ジガルは頷く。


「それで、そのミフィシーリア様のお姿があったから、他の方もきっと側妃様たちだと思ったんだ」

「って事は何か? 側妃様のお一人は、おまえの事を知っているってわけか?」

「ま、まあ、小さな村だし。村人全員が親戚みたいな所だから、お嬢様とも何回かお話した事はあるさ」

「じゃあ、おまえが将来出世するのは約束されたも同然じゃないか!」


 どうしてそうなる? ガブスンの発想が理解できないジガルは、思わず眉を寄せてまじまじとガブスンの顔を見詰めた。


「だって、側妃様と顔馴染みともなれば、何かと便宜をはかって貰えるってもんだろ? 例えば専属の護衛とかよ。身近に置く護衛なら、見ず知らずの者よりも知り合いの方がいいじゃねえか?」


 なるほど、ガブスンの言にも一理ある。

 思わずそう納得しかけたジガルだったが、リーエルの言葉がそれを否定した。


「それはないわ。だって側妃様の護衛ともなれば、後宮騎士隊から選ばれる筈よ。後宮騎士隊は女性が中心の部隊、男のジガルじゃ配属される見込みはないでしょ?」

「そ、それにお嬢様は顔見知りだからって贔屓するような方じゃない。そもそも、俺の将来の夢は後宮騎士隊じゃなくて近衛隊に配属されることだし」


 二人の言葉に、ガブスンは目に見えてがっくりと肩を落とした。


「そうか……ちぇ、もしもジガルに出世の見込みがあるのなら、そのお零れに与ろうと思ったのになぁ」

「そんな事考えていたのかよっ!?」

「ほんと、ガブスンってば馬鹿よねぇ」


 そして三人は顔を見合わせて笑い合う。

 そして束の間の休息は終わり、再び苦しい訓練が始まる。

 教官に命じられ、練兵場の片隅で厳しい体力作りに勤しむ見習いたち。

 そんな彼らを遠くから見詰める目がある事に、当の見習いたちは全く気づいていない。いや、気づく余裕がないと言った方が正しいだろう。




「頑張っているようだな」

「はい」


 練兵場の片隅で体力作りを行っている見習いたちを、ユイシークとミフィシーリアを始めとした側妃たちは閲覧席から静かに見守っていた。

 少々距離はあるものの、何とか個人を判別することができる距離で訓練に励む見習いたちの中に、弟であるジガルの姿がある事をミフィシーリアはしっかりと確認していた。

 ミフィシーリアは、すぐ傍で元気に頑張っている弟に心の中でこっそりと声援を送る。

 本日、ユイシークとマイリーが模擬戦を演じたのも、また、見習いたちがその見学に訪れたのも、全てはユイシークが仕組んだ事であった。

 口には出さないものの、ミフィシーリアが軍に入隊した弟を心配している事をユイシークは理解していた。

 自分がミフィシーリアとジガルにしばらく他人として振る舞えと言った以上、二人を直接合わせるわけにはいかない。

 よって、こうして二人がこっそりと互いにその姿を見られるように仕組んだのだ。

 きっとジガルからも、ミフィシーリアの姿は確認できたことだろう。

 自分の隣に座り、じっと見習いたちに慈愛の篭もった視線を送るミフィシーリア。ユイシークはその彼女の肩をそっと抱き寄せた。




 その日の夜、夕食の席で皆に冷やかされたユイシークとミフィシーリアの姿があったりしたのだが、当然そんな事はしらないジガルであった。



 『辺境令嬢』更新です。


 前回の更新から少々間が空いてしまいました。

 現在、ジェイクが『魔獣使い』の方へ出張しているため、ストーリーを動かせないので今回は閑話的な話となります。

 軍に入隊したミフィの弟くんのお話です。今後もし機会があれば、ミフィの弟とリーナの弟が絡む話も書きたいなどと考えています。

 ジェイクが出張から戻り次第、ストーリーは動くことになるでしょう。


 では、次回もよろしくお願いします。




※当面目標達成まであと59。


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