13-情報工作
カノルドス王国、謁見の間。
文字通り、ここは国王であるユイシーク・アーザミルド・カノルドスが、臣下の貴族や国外からの来客などと謁見を行う場所である。
そして、部屋の奥には二つの椅子。
一つは言わずと知れた国王の玉座であり、現在はこの国の主であるユイシークのみが座る事を許されている。
そしてその玉座の横に並ぶのは、王の伴侶たる王妃が座るための椅子。
現在、この椅子に座る資格を有する女性はいない。
しかし、今のカノルドス王国の支配階級にあたる貴族たちの間で、一つの噂が広まっていた。
それは近い将来、玉座の隣の椅子に座る資格を持つ女性が現れるというもの。
噂の出所は定かではないし、誰も気にしない。噂とはいつの間にか広まっているものだからだ。
しかし、時には噂は真実を広めるため、故意に流される時もある。
呼び出しが謁見者の名を告げる。
謁見の間の正面の大扉が開き、その向こうにいた一人の中年男性の姿をユイシークは玉座から確認した。
その男は頭を下げたまま、布に包まれた何かを掲げるように持ちながら、しずしずと敷かれた絨毯の上を足音も立てずに玉座へ近寄ると、玉座の下で改めて片膝を着いて臣下の礼を取った。
「ボゥリハルト・ランバンガ伯爵。面を上げよ」
玉座が設えられている段上より、一段低い所に立つガーイルド・クラークスが告げると、男は掲げるように持っていた何かを胸の高さまで下げながら頭を上げた。
四十代半ばの、典型的な貴族によく見られるふくよかな体型の男性だった。
丸っこい顔には福々しい笑みが浮かび、やや薄くなり始めた頭髪もきちんと櫛が入れられ、綺麗に撫で付けられている。
「ご尊顔に拝しまして、恐悦至極にございます。ユイシーク陛下」
と、男は福々しく笑った顔を更に笑みの形に崩した。
男の名はボゥリハルト・ランバンガ。伯の爵位を受けている貴族である。
彼は先の『解放戦争』時、初期のうちは中立派に属し、日和見を決め込んでいた。
しかし、戦局がユイシーク率いる『カノルドス解放軍』が有利になったと見るや、配下の騎士や私兵を引き連れて解放軍に合流したという経歴を持つ。
その「解放軍に参加した」という事実のみを建前に、新体制後も以前通りの地位を保つことに成功した、ある意味情況判断に優れた世渡りの上手い男であった。
そんなランバンガを、ユイシークは玉座から冷めた瞳で無言のままじっと見下ろす。
ランバンガも、ユイシークの冷たい視線などまるで気にならないかのようににこにこと見詰め返す。
普段ユイシークは、謁見の時は大抵このような態度で臣下に接するので、今更ランバンガもその事でとやかく言うつもりもないのだろう。
「して、ランバンガ伯。本日はどのような用件で謁見を求められたか?」
「は、宰相閣下。実は先日、極めて貴重な物を入手致しまして。これはわたくしが懇意にしている、とある商人から手に入れた物なのですが……」
ランバンガは再び、両手に持った布に包まれた何かを頭上に掲げ持つと、そのまま段上のガーイルドが近づいてくるまでじっと待つ。
ガーイルドはランバンガが跪いている傍らまで来ると、彼が掲げている物を受け取り、そのまま段上のユイシークの所まで運んで行く。
そしてユイシークはガーイルドからそれを受け取ると、おもむろに包んでいた布を取り払う。
布に包まれた物。それは一振りの剣だった。
一般的な剣よりはやや小振りで武骨な鞘に収まり、柄には無造作に布が巻かれているだけという、芸術的な要素は一欠片もない実用的なその剣。
ユイシークがその剣を鞘から引き抜くと、中から透き通るような紫の片刃の刀身が現れた。
「ほう。これは……」
それを見たユイシークの口から興味を示す声が零れ落ち、その声を耳にしたランバンガの笑みが更に深くなる。
「これは紫水竜の剣だな?」
「は。宰相閣下のご慧眼の通りにございます。ですが、その紫水剣の剣は、ただの紫水竜の剣ではございません」
「ほほう? では卿はこの紫水竜の剣は何だと申すのだ?」
「実はその剣は、かの竜斬の英雄、『双剣』のガラン・グラランがバロステロスを倒した時に使用した剣なのでございます」
『双剣』のガラン・グララン。その名前を耳にして、ユイシークとガーイルドは興味深そうな視線を紫の刃を持つ剣へと向ける。
「だが、この剣は本当にガラン・グラランの剣なのか? 別に卿の言を疑うわけではないが、ガラン・グラランと言えば名だたる双剣の使い手。私もかの英雄は紫水竜の剣を二振り愛用していたと聞き及んでいるが?」
ガーイルドのこのもっともな問いかけに、ユイシークも無言で頷く。
しかし、ランバンガ伯爵はその問いに相変わらず笑顔を浮かべたまま答える。
「わたくしがその商人から聞いたところによりますと、この剣を受け継いだかの竜斬の英雄の子孫が、何やら大金が入り用になったとかで二振りの内の一振りを手放したとか。残るもう一振りはいまだにその子孫の手中にあるとのことにございます」
「なるほど。あり得ぬ話ではないな」
ガーイルドが呟くと、ランバンガの笑みが更に深くなる。
「つきましては、この紫水竜の剣を陛下に献上致したく存じます」
「ほう。それは見上げた行いだが、この剣は決して安くはあるまい?」
「いえいえ、宰相閣下。確かに閣下のお言葉通り、決して安い買い物ではございませんでしたが、わたくしのような武の心得もあまりない者が持つより、陛下のような方がお持ちになった方が剣も喜ぶというものでございましょう。何と言っても陛下は竜斬の英雄にも引けを取らぬ英雄にございますれば」
「ランバルガ伯爵」
この時、玉座のユイシークが始めてランバルガに直接声をかけた。
「このような希有なる剣を余に献上してくれた卿にはとても感謝する。特別に差し許すゆえ、我が元へ来られよ」
ユイシークから直接声をかけられ、ランバルガは平伏したまま玉座までの階段を登る。
そして彼がユイシークの足元まで到達した時、平服したままの頭上から声が降って来た。
「卿が余に献上してくれた剣の代わりと言っては何だが、卿にはこの剣を授けよう」
ユイシークは腰に佩いていた長剣を鞘ごと剣帯から外すと、それを足元で平伏しているランバルガへと差し出した。
「この剣は卿の紫水竜の剣に比べると数段ナマクラな代物だが、それでもこれは余と共に『解放戦争』を戦い抜いた剣だ。もっとも、王位に就いてから多少は柄や鞘には装飾を施したがな」
ユイシークは爽やかな笑みを浮かべると、掲げるように差し出したランバルガの両手にその剣を手渡してやる。
「ありがたき幸せ。陛下が『解放戦争』時代からご愛用なされた剣ともなれば、ガラン・グラランの剣に勝るとも劣らない宝剣に相違ございません。この宝剣は今後、子々孫々まで我が家の家宝として伝えたいと存じます」
「そう言ってもらえると余も嬉しい。大切にしてやってくれ」
「ははっ!」
ランバルガは受け取った剣を掲げたまま、玉座に連なる段を降りるとそこで再び畏まり、ユイシークへと面を向けた。
「陛下。失礼を重々承知でお窺いしたき事がございます。よろしいでしょうか?」
「構わぬ。申せ。この剣を献上してくれた他ならぬ卿の頼みだ。聞かないわけにもゆくまい」
鷹揚に頷いたユイシークに対し、ランバルガは再び視線を床に向けて言葉を発した。
「陛下が今お座りになっておられる玉座……その玉座の隣の空席に座る資格を得た方が現れたと噂に聞き及びましたが……それは誠でございましょうか?」
ランバルガは床に視線を固定したまま、頭上からの返答を待つ。
どれくらいの時間が経過しただろう。しばらくたった後、玉座のユイシークが視線を眼下のランバルガから逸らしながら呟いた。
「……余は今から少しばかり独り言を言おうかと思う」
一瞬だけ顔を上げたランバルガだが、ユイシークの視線が自分に向いていない事に気づいて慌てて視線を落とす。
「……玉座の隣の空席……確かにここに座るべき者はいる。もっともそれは今すぐというわけではないが……」
「そ、それは誠でありましょうやっ!?」
ユイシークの言葉を耳にして、ランバルガは弾かれるように頭を上げるが、それをガーイルドがやんわりと窘める。
「ランバルガ伯。陛下は今、独り言を申しておられるのだ。卿は黙っておられよ。そして、これは陛下の独り言ゆえ、この謁見の間を退出したら直ちに忘れるのが礼儀というものぞ?」
「は? ……は、ははっ!!」
ガーイルドが言外に言いたいことを理解し、改めて視線を伏せたランバルガを横目で確認すると、ユイシークは「独り言」を続けた。
「その者はまだこの王宮に来て間もなく、奥ゆかしい性格ゆえにあまり騒ぎになるのを好まぬ。あまり事を騒ぎ立てて、玉座の隣には座りたくないなどと臍を曲げられてもこまるのでな」
ユイシークはそう言うと、再びランバルガへと視線を向ける。
「つまらぬものに付き合わせて申し訳なかったな、ランバルガ伯爵。さあ、退出するがよい」
ユイシークに促され、ランバルガはもう一度深々と頭を下げると謁見の間を後にした。
ランバルガが退出し正面の大扉が閉じられると、ユイシークはふぅと大きく溜め息を吐いた。
「……あれで良かったのか? おっさん」
「うむ。上出来だ。これであ奴は喜び勇んで今の話をあちこちに触れて回るだろうて」
くくくく、と人の悪そうな笑みを浮かべて、ガーイルドは扉の向こうに消えた目には見えないランバルガの背中を見詰める。
「あ奴もあれで馬鹿ではない。先程の貴様の台詞から、誰が玉座の隣に座るのか正しく推測しておるだろう」
ユイシークの「独り言」の中にあった、「王宮に来て間もない」と「奥ゆかしい性格」という言葉から、ユイシークが誰の事を言っているのかなどすぐに思い至るだろう。
その事実に苦笑しつつ、ユイシークは手の中にある紫水竜の剣へと視線を移した。
「ところで、おっさん。これ、本物だと思うか?」
「ガラン・グラランが愛用していたという紫水竜の剣……か。果てさて、本物かどうかなど確かめる術もないわ」
ガーイルドはユイシークが手にしている紫水竜の剣を見ながら、ぴくりと片方の眉だけを動かす。
「まあ、あ奴にしても、その剣は例の情報の情報料のつもりで持ち込んだのであろうから、遠慮なくもらっておけば良かろう」
「そうするよ。代わりにくれてやった剣に比べれば、随分上等な剣だからな」
ユイシークが先程紫水竜の剣の代わりにとランバルガに渡した剣は、先程彼が言ったように本当にナマクラな剣であった。
あの剣は確かに『解放戦争』時代からユイシークが愛用していた剣に間違いはないのだが、剣というものにさほどの拘りを持たない彼は、ずっと安物のあの剣を愛用していたのだ。
「まあ、貴様は剣を抜くよりも異能を使う方が多かったからな」
「しっかし、なんでこんな回りくどいことをしなきゃならんのだ? さっさとミフィが正妃になると発表しちまおうぜ」
「馬鹿者。それができれば儂もこんな芝居じみた事などせんわ。ミフィシーリア殿にも言ったが、まずは噂をそれとなく広めてから、正式に発表した方が混乱も少なかろう」
「えー? 面倒臭くね?」
「あまり急な行動を起こせば、慌てた愚か者どもがその矛先をミフィシーリア殿に向けかねんのだ。これもミフィシーリア殿のためと思って我慢せい」
「ちぇ。あいつのためと言われれば仕方ないか」
本日、ランバルガの前に謁見を求めてきた者の中にも、ランバルガと同じような質問をしたきた者が数人いた。
当然、彼らにもランバルガと同じような受け答えをしておいたのだが、それが立て続けだったので、ユイシークは早くも飽きてきたようだった。
それでも、ミフィシーリアのためと言われればやる気を奮い起こすユイシークだった。
こうして、正妃が正式に決まったという噂は徐々に広がっていった。
ユイシークとガーイルドだけではなく、アミリシアやケイルなども、それぞれの伝手を使って少しずつその噂を意図的に広めていく。
やがて、カノルドス王国にその噂は広まっていく。
──ユイシーク・アーザミルド・カノルドス陛下の隣に立つ女性が、ついに現れた。
その女性は黒髪で雪のような白い肌をした、奥ゆかしい性格の女性である──
と。
『辺境令嬢』更新。
今回はミフィ正妃化に向けての根回しの回。そして、『魔獣使い』で彼が手放したアレの行方をこっちで明かすという反則をまたもや敢行(笑)。
次回か次次回あたりに、閑話として王都に残った弟くんの話を挟みたいなぁとか考えています。
『魔獣使い』とのクロスの関係上、あまり『辺境令嬢』だけ先走るわけにもいかないので、その辺りの調整が少々骨が折れますが。
さて、次の執筆は『魔法のコトバ』かな?
では、今後もよろしくお願いします。




