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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
43/74

12-告白の後で ──やっぱりいつも通り──

 今、ユイシークとミフィシーリア、そしてアマロー家の者やアーシアたちは、先程よりも広い部屋へと場所を変え、これからの事を相談していた。

 とはいえ、仕事の途中で慌てて抜け出して来たケイルやリーナ、そしてマイリーはそれぞれの持ち場に戻っている。

 ただ、ガーイルドだけは今後の打ち合わせもあり、この場に残っていた。


「ミフィシーリア殿……いや、ミフィシーリア様をシークの正妃に迎える事に関しては儂にも異論はない。だが、それを発表するのはもうしばらく後になるぞ」


 ガーイルドは、ミフィシーリアと隣り合ってソファに腰を降ろしているユイシークに向けて言う。


「ミフィシーリア様を側妃として迎えたのがつい最近なのだ。それがいきなり正妃となれば何かとうるさい輩も出ようからな。まずは、それとなく噂を流して様子見をしてからだ。いいな?」

「それで構わないぜ、ガーイルドのおっさん。俺も慌てる必要は感じてない」


 ユイシークの言葉に頷いたガーイルドは、次にミフィシーリアへと視線を移した。


「ミフィシーリア様はそれでようございますかな? 他に何かあればご質問していただいて構いませんぞ?」


 その問いに、ミフィシーリアは少々戸惑いながらも口を開く。


「あ、あの、クラークス侯爵? なぜ、国王であるシークにはそんなに砕けた口調なのに、側妃でしかない私にその様な丁寧な言い方をされるのでしょうか?」


 ガーイルドはその厳めしい表情を崩し、にかりと男臭い笑みを浮かべる。


「側妃であらせられるミフィシーリア様は、宰相である儂よりも現時点でも身分は上ですぞ? それにこの小僧に対しては、昔からこのような口をきいていましたからな。今更直りませんわい」


 もちろん公の場では言葉遣いを改めますぞ、とガーイルドは豪快に笑った。


「ですが、できれば私的な時間では私にもシークのように気軽にお話しください。その方が私も楽ですから」

「そうかね? では、これからはそうさせてもらおうか、ミフィシーリア殿」


 自分の申し出を快く受け入れてくれたガーイルドに、ミフィシーリアも微笑みを浮かべた。


「他には何かあるかね?」

「その……先程からどうしても気になっている事があるのですが……」


 そう言って彼女が視線を向けたのは、自分の弟であるジガル。そのジガルは今、アーシアとサリナに左右を囲まれ、すっかり彼女たちの玩具になっていた。


「へえ。君がミフィの弟くんかぁ。さすがに似ているねぇ」

「あら、ジガルさん。アーシィさんだけではなく、わたくしにもそのお顔をよく見せてくださらないこと? あら、本当。目元なんてミフィさんそっくり」

「いいなぁ、ミフィは。こんな可愛い弟がいて。リィにもジークくんって可愛い弟がいるのに。ボクもこんな可愛い弟が欲しかったなぁ」

「ねえ、ジガルさん? あなたもジークさんのようにわたくしの事はお義姉(ねえ)さんって呼んでくださらない?」

「あ、ボクもボクも! ボクの事もそう呼んで欲しいな」


 ミフィシーリアの実弟ということで、アーシアたちからすっかり「身内」扱いされているジガル。

 そのジガルは左右から年上の美女に囲まれて、顔を赤くして狼狽しきっている。


「へ、陛下! 助けてくださいっ!! こ、この方たちは陛下の側妃様たちなのでしょうっ!?」


 思わずユイシークに助けを求めるジガルを、ユイシークはいつもの悪戯小僧のような笑みを浮かべた目で楽しげに見ていた。


「だから、俺のことは『シークの兄貴』と呼べと言っただろう? そう呼ばない限り助けてなんてやらないね」

「そ、そんなっ!?」


 いくらなんでも、国の頂点に立つユイシークを軽々しく「兄貴」と呼べるはずがなく。

 絶望に打ちひしがれて、ジガルは今にも泣きそうな顔になる。

 さすがにそんな弟を哀れに思ったミフィシーリアが、救いの手を差し伸べた。


「アーシィもサリィもその辺で弟を解放してあげていただけませんか? それからジガル? 先程の話の時、あなたはシークの背後に控えていたようだけど……あれはどういうつもり?」


 あの時、ジガルはまるで騎士か侍従のようにユイシークの背後に控えた。本来なら、両親と同じ側に腰を降ろすはずであるのに、だ。

 そして姉にそう問われたジガルは、先程までの泣きそうな表情を消し去り、至極真面目な顔つきになって告げた。


「俺、陛下に仕える騎士になりたい。今日、陛下と出会って思ったんだ。俺は将来、陛下のために何かできる人間になりたいって」


 ジガルは決意を秘めた声で一同に告げると、次に両親へと向き直った。


「父さん! 母さん! 俺、今言ったように騎士を目指したい。だから、このまま俺を王都に残してくれないか?」

「本気なのか、ジガル?」


 父であるグゥドンの問いかけに、ジガルは黙って頷いた。

 そのジガルに、今度はユイシークが言葉をかける。


「言っておくが、ジガル。いくらおまえがミフィの弟だからといって、俺はおまえを特別扱いしないぞ? それは判っているな?」

「はい。もちろんです、陛下」

「今のカノルドス王国の軍は完全な実力主義だ。当然おまえには兵士見習いから始めてもらう事になる。そして将来、おまえに騎士としての実力が身に付かなければ、おまえを騎士として叙勲する事はできない。それでもいいのだな?」

「望むところです。俺は実力で騎士になってみせます!」


 そうきっぱりと言い切るジガルをじっと見詰めるユイシーク。彼は次いでグゥドンを見た。

 グゥドンも、ユイシークが何を問いたいのかを理解し、黙って首を縦に振る。


「よし、いいだろう。おまえを軍に見習いとしてねじ込んでやる。ただし、軍ではアマローの家名は名乗るな。アマローを名乗ればミフィの身内だと知れ、変に手心を加えようとしたり、また馬鹿なちょっかいをかけようとする輩も出るだろうかなら。少なくとも見習いの間、おまえとミフィは他人だ。ミフィもジガルもそれでいいな?」

「承知しました」

「はい。ジガルが自分で決めたことなら、私が口出しすることではありません」


 二人の言葉を聞き、ユイシークは満足そうに頷いてガーイルドにジガルの手配を任せた。




 その後、ガーイルドやアーシア、サリナといった顔ぶれも部屋を辞し、ユイシークもまた政務へと戻った。

 よって、今在室しているのはミフィシーリアとその家族──ミフィシーリアの四人の使用人たちは静かに壁際に控えている──だけとなった。


「しかし、今日は驚かされてばかりだな。まさかミフィが正妃になるなんて夢にも思わなかった。それにジガルもいきなり騎士になりたいなどと言い出すし……」


 グドゥンが目の前に置かれた紅茶を口に含みながらしみじみと呟けば、それに彼の妻が応じた。


「本当。でも良かったわ。陛下も面白い方だし、他の側妃様方も皆お優しそうな方ばかりで」


 心底安堵した、といった風の母親を見て、ミフィシーリアは無理もないと思った。

 今のカノルドス王国の後宮は、普通からすれば異常なのだ。

 五人の側妃たちは実の姉妹のように仲がいいし、そんな側妃たちを見守るアミリシアも、側妃たちを娘同様に接してくれる。

 ミフィシーリア本人も、突然後宮入りする事が決まって随分と不安だったが、きっと両親は自分以上に不安だったのだろう。

 そんな両親を安心させられて、ミフィシーリアも小さく安堵の息を零す。

 もっとも、正妃となるのが正式に決まったことで、今までとはまた別の不安を与えてしまうかもしれないが。

 しかし、それは今後のこの国の動きを見ていてもらえれば、その不安を払拭する事ができるだろう。

 物流が安定し、町や村が富み、民が笑いながら暮らせれば。

 きっと両親は安心してくれるだろうと、ミフィシーリアは自分に言い聞かせた。




 そして、その日の夜。

 今夜はきっとユイシークがミフィシーリアを尋ねて来ると思っていたメリアは、主人であるミフィシーリアから意外な一言を聞かされて驚愕した。


「え? 今日、陛下はこの部屋にいらっしゃらないのですか?」

「ええ。とは言っても、何の根拠もない、私のカンなのだけど……」


 と、ミフィシーリアは悲しそうな素振りは全く見せず、逆に微笑みながらそう言った。


「おそらく、今晩はマリィかリィの部屋を訪れているのではないかしら?」

「い、いいんですか、それで? 陛下は昼間、お嬢様を正妃に迎えると仰ったではありませんか」


 メリアが言うまでもなく、昼間の出来事で二人は互いの気持ちを確かめ合った。

 それなのに、その夜にユイシークがミフィシーリアの元を訪れないとは。

 メリアにはそれが納得できないが、当のミフィシーリアはそれ程気にしている風でもない。


「私は別にシークを占有するするもりはないの。これまで通り、アーシィたちと皆で仲良くやっていきたいから……そ、それに……」


 ミフィシーリアは熱を持った頬を冷ますように、自分の両手でそれを覆う。


「あんな事があったその日の夜、訪ねてこられても……そ、その、どう対応したらいいか判らないし……」


 メリアから視線を逸らし、更に頬を赤く染めながらミフィシーリアは一人呟いた。




「いいの? ミフィの部屋にも行かず、私の部屋なんかに来ていて?」


 そりゃ私は嬉しいけど、と続けてリーナはユイシークに告げた。


「いいんだよっ! 大体だな、昼間あんな事があったっていうのに、どの顔してその日の夜に会いに行けって言うんだ?」


 照れながらそう言うユイシークを、リーナは呆れの溜め息を零しながら見詰める。


「あら、いい台詞だったわよ? 『おまえの事を他の誰よりもちょっとだけ多めに愛している』なんて、あなた以外には言えない台詞だわ」


 リーナは意地悪そうに、わざわざユイシークの口調を真似る。


「吟遊詩人あたりに教えたら、きっといい唄になるのではないかしら? ユイシーク・アーザミルド・カノルドスが、正妃にと求めた女性を口説いた台詞として後世に残るわね、きっと」

「うがぁ、やめてくれ……こんな事が後世に残ったらいい恥さらしだ……」


 がしがしと頭を掻き毟るユイシークに、リーナはくすくすと笑いながらそっと寄り添う。


「もしかすると、私の『国王の外付け良心』なんて不本意な呼び名も、もうお払い箱になるかもね」


 これから彼の手綱を握るのは、自分にとって妹にも等しくなったあの少女が握る事になるだろうから。

 そう考えながら、リーナはゆっくりとユイシークに向かって言う。


「ねえ、シーク。一つだけ約束して」

「約束?」

「そう、約束。私は別にあなたにとって一番になりたいとは思わない。だけど、何があっても私をあなたの傍に置いて欲しいの」


 だから、とリーナは不安げに揺れる瞳でユイシークを見詰める。


「もしも……もしもよ? あなたが私を側妃として必要としなくなったら……」


 リーナは服の襟元を緩め、いつも身につけている奴隷の首輪をユイシークの目に晒す。

 もちろん、ユイシークはそれに見覚えがある。他ならぬ彼がリーナの首にはめた首輪であり、リーナがそれをいまだに身につけている事も知っている。


「……その時は、もう一度私をあなたの奴隷にして。私は例え再び奴隷となっても、あなたの傍にいたから……」


 ユイシークは真摯に見詰めるリーナの視線を真っ向から受け止める。

 そして、自分の指をリーナの細く白いそれにゆっくりと絡めていく。


「安心しろ。おまえが必要なくなる時なんて、絶対に来ないさ。おまえは永遠に『国王の外付け良心』だからな」


 そして二人は互いに視線を絡め会い、ゆったりと微笑み合った。



 『辺境令嬢』更新しました。


 えー、ミフィを正妃に迎えると言いながらも、いつも通りなユイシークでした。

 彼らのスタンスは、今後も大きく変わらないでしょう。ユイシークは決してミフィだけを溺愛しませんから。


 それから、前回当面の目標として設定した「総合ユニーク10万人突破」は、お陰様をもちまして達成しました。

 次の当面の目標は、「お気に入り登録1400人突破」にしたいと思います。


 では、次回もよろしくお願いします。

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