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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
41/74

10-家族との面会

「陛下や側妃が秘密裏に王宮から外出する? それは本当か?」


 雇い主のその問いかけに、リガルはにやりと不敵な笑いを浮かべた。


「少なくとも、連中が極秘に外出するのは間違いねえ。具体的な日取りまではまだ決まっていないようだがな。おそらくだが、今は王都を留守にしている近衛隊長が戻ってからだろう。王や側妃が身分を隠して外出する以上、近衛隊長は必ず同行するだろうしな」


 国王と近衛隊長、そして宰相補の三人が親友であるのは有名だ。

 王が王として即位する以前から、三人はずっと一緒に戦ってきた。それゆえ、王はあの二人を信頼し、信用している。


「とはいえ、宰相補の方は同行しないだろうな。王が留守にする以上、その皺寄せは宰相に向かう。となれば、当然宰相補も忙しくなるだろう」

「ふむ。道理だな。ん? ではあの女も……?」

「ああ。おそらくそうだろうさ」


 「あの女」。そう口にした時、雇い主が何とも不快な顔をしたのを、リガルは小馬鹿にしたような視線で見詰めた。幸い、彼の雇い主はその事に気づかなかったようだ。


「第五側妃が王と同行するのは確定……正確に言えば、第五側妃に王都を案内するというのが今回の目的らしい。他の同行者は、第五側妃の侍女頭にさっきも言った近衛隊長。後は第一側妃といったところか。だが、第二側妃は派手な外見の割に意外と出不精らしいし、第三側妃も後宮騎士隊の隊長としての仕事がある。当然、もう一人の宰相補である第四側妃もな。第二、第三、第四の側妃三人は王宮に残ると見ていいだろう」

「ではどうする? 第五側妃は王宮の外へ出たところで襲撃すればいい。だが……」


 再び雇い主の顔に不快なものが浮かぶのを、リガルは見た。先程浮かんだ「不快」は、憎むべき相手の事を思い出したからであり、今度の「不快」は自分の思ったように動かない事態に対してだろう。


──思ったようにならないからといって癇癪を起こす。ふん、所詮こいつはただの子供(ガキ)か。


 心の中で雇い主を(あざけ)りつつ、リガルは表面上は笑みを浮かべる。


「心配するなよ。王と側妃が二人も外出するとなれば、当然王宮も後宮も警備は緩くなる。同行しないまでも、それなりの数の護衛が身分を隠して随行するだろうからな。その隙をついて、あんたの本当の標的(・・・・・・・・・)を俺が襲撃してかっ攫う」


 リガルが自信たっぷりにそう宣言すると、彼の雇い主はどこか狂気を孕んだ笑みを浮かべた。


「この私に屈辱を与えたあの女……第四側妃リーナ・カーリオン……あの女だけは……あの女だけは、私が直接この手で私が味わった以上の屈辱を与えてやる……!」


 暗い光を瞳に宿す雇い主を、リガルは冷めた瞳で静かに見詰めた。




「私の家族が王都に来ているのですか?」


 いつものように第六の間で一緒に摂る朝食の席で、ユイシークはミフィシーリアに彼女の家族が王都に来ている事を伝えた。


「ああ。昨日の夕方に王都に到着し、夕べは王宮の客間で宿泊してもらった。今日の午後、正式な謁見の後に面会の時間を設けるから、その時に家族と会うといい」

「ありがとうございます!」

「良かったですね、お嬢様」


 久しぶりに家族と会えると聞き、嬉しそうなミフィシーリアと、そんな彼女と顔を合わせて我が事のように喜ぶメリア。

 さすがにメリアの両親まで王都に来てはいないあろうが、やはりメリアにとっても、アマロー家の人たちと会うのは嬉しい事であった。


「面会は王宮の一室で行う。午後に迎えを寄越すから、そのつもりでいてくれ」

「はい。判りました、シーク」


 それからユイシークはいつものように政務に。ミフィシーリアはメリアを始めとした使用人たちや、普段は仕事のないアーシアやサリナとお茶を飲んだりお喋りを楽しんだりして午前の時間を過ごし。

 やがて午後になり、近衛騎士の一人がミフィシーリアを呼びに来た。

 その騎士に案内され、ミフィシーリアは王宮の一室へと向かう。メリアを筆頭に三人の使用人たちも一緒だ。

 ミフィシーリアは久しぶりに会う家族に、普段から世話になっているコラルたちを紹介するつもりで連れてきていた。

 家族と会えることで浮き立つミフィシーリアの心。

 だからこの時、彼女はすっかり忘れていた。以前、ユイシークが何やら企んでいた事を。

 彼女は気づいていない。すぐ足元まで迫っている混沌の影に。




 その部屋の扉を開ければ、中には懐かしい顔があった。


「お父様! お母様!」


 部屋の中で待っていた両親に駆け寄り、そのまま父親に抱きつくミフィシーリア。


「久しぶりだな、ミフィ。元気か?」

「はい! 私は元気です。お父様もお元気そうでなによりです」


 抱擁を交わし、互いに微笑み合う父と娘。

 次いでミフィシーリアは、父の隣に立つ母とも抱擁する。


「お母様もお変わりありませんか?」

「ええ。私は大丈夫。あなたも変わりなさそうで安心しました。どう? ここでの生活は。問題なく暮らしていけていて?」


 笑顔ながら我が子を案じる母。両親に大きな変化がなさそうなことに、ミフィシーリアは心の中でそっと安堵する。


「はい。第一側妃のアーシア様を始めとした四人の側妃様たちは、皆さん私に親切にして下さいます。ですから、お母様も安心してください」

「そう。それを聞いて安心したわ」


 口ではそういうものの、ミフィシーリアは母が心の中では心配している事をしっかりと悟っていた。

 普通に考えれば、ミフィシーリアが今いる後宮という場所は陰惨な所だ。そんなところへ大した後ろ盾もない娘が入れば、肉親なら心配して当たり前だろう。


「本当に大丈夫です。側妃様たちは親切でいい人たちばかりですから」

「そうなの? それならいいのですけど……」


 どうしても安心しきれないといった顔の母親。

 どう言ったら信じてもらえるのか、とミフィシーリアが考えながらも使用人たちを両親に紹介していると、扉の外にいた衛兵がユイシークの入室を告げた。

 アマロー夫妻は姿勢を正し、部屋の入り口に向かって深々と頭を下げる。もちろん、ミフィシーリアも両親に倣う。

 目を閉じて頭を下げたミフィシーリアの耳に、最近ではすっかり馴染んでしまった彼の声が響く。


「三人とも頭を上げてくれ。今は正式な謁見ではなく私的な面会だ。畏まる必要はない。それよりも腰を降ろして楽にしてくれていいぞ。いろいろと話したいこともあるしな」

「はっ! 畏れながら、お言葉に甘えさせていただきます、陛下」


 ユイシークの言葉に従い、頭を上げたグゥドン。だが、彼の目に驚くべき光景が飛び来んできた。

 入室したユイシークの背後に、なぜか午前中から姿の見えなかった息子のジガルがいたからだ。

 しかも、ジガルはまるで王に従う騎士か侍従のように、ユイシークの背後に控えているではないか。


「し、ジガル……なぜおまえが陛下と一緒に……?」


 驚いた様子の父の声に、母とミフィシーリアも頭を頭を上げた。


「し、シー……いえ、陛下。どうして陛下が私の弟と……? それよりも、ジガルも王都に来ていたの?」


 てっきり王都に来たのは両親だけだと思っていたミフィシーリア。いるとは思ってもいなかった弟が、突然国王であるユイシークと共に姿を見せたのだから驚くなというのが無理だろう。


「ここへ来る途中で偶然会ってな。どうも城内で迷っていたらしくて、ついでだからここまで連れてきた」


 ユイシークはそう言うと、さっさと部屋の中にあるソファへと腰を降ろし、アマロー夫妻にも座るように勧めた。

 アマロー夫妻も国王であるユイシークに勧められて立ったままという訳にもいかず、釈然としないまま彼の問い面のソファに腰を落ち着かせる。

 ミフィシーリアもそんな両親の横に腰を降ろそうとしたのだが。


「待て、ミフィ」

「はい? どうかしましたか、陛下?」

「おまえが座るのはそこじゃない。こっちだ」


 ユイシークが指差すのは自分の隣。彼にはっきりとそう言われては断るわけにもいかず、ミフィシーリアは不思議そうな顔の両親の元から離れ、ユイシークの隣に改めて腰を落ち着けた。

 ここでもまた、ジガルは両親の側ではなく、ユイシークの背後に立った。


「さて、アマロー男爵。今回、けいをわざわざ呼んだのは他でもない。卿の娘である、このミフィシーリアに関してだ」


 隣に座るミフィシーリアの肩に腕を回して若干抱き寄せながら、ユイシークは真面目な顔でグゥドンに告げた。


「ま、まさか、娘が何か問題でも……?」

「ああ、そうじゃない。どちらかと言えば逆だな」

「逆……でございますか?」


 要領を得ないといった感じのグゥドン。自分の娘が正妃の有力候補と見なされている噂は、どうやら彼の耳には入っていないらしい。

 グゥドンも娘のミフィシーリアのお披露目には当然呼ばれており、実際にあの場にも彼もいた。

 しかし、現在グゥドンは併合したアルマン旧子爵領の状況整理のために多忙であり、お披露目の時も式が終わり次第領地へ舞い戻ったのだ。

 だから、その後に広まったミフィシーリアが正妃に、という噂を知らなかった。


「ところで最近、卿の周りに何か変わったことはないか?」

「は、は? い、いえ、特に変わったことなどありませんが……」

「そうか? 例えば急に卿の家を尋ねて来る者が増えたとか、卿に援助を申し出る者が現れたとか──」


 ユイシークは、ちらりと視線を自分の背後に立つ少年へと向ける。


「──卿の跡取りであるジガルに急に縁談が増えたとか……そのような事はないのか?」


 ユイシークの視線が真っ直ぐにグゥドンを射抜く。

 確かにユイシークが言った事は、どれもグゥドンに心当たりのある事ばかりだった。

 あまり豊かとは言い難いアマロー家に、急に援助を申し出てくる貴族が最近後を断たない。また、今まで全く面識のない者が、わざわざ辺境のアマロー家を尋ねてくる事もある。

 その中でも特に多いのは、今ユイシークが言ったように嫡子であるジガルの縁談だ。

 アマロー家ははっきり言って、貴族社会では最下層に位置する。そのアマロー家の跡継ぎに過ぎないジガルに、男爵家や子爵家はおろか伯爵家からの縁談が次々に舞い込んでくる。


「そのような連中の狙いが何なのか……判っているだろうな?」

「無論です」


 ユイシークに改めて言われるまでもなく、連中の狙いが、側妃となったミフィシーリアの実家であるアマロー家と、何らかの関係を築き上げることにあるとグゥドンは気づいている。


「それで? それらの申し出を卿はどうする?」

「現在は様々な理由を設けて断っております」

「ほう? 卿は欲がないな。連中の申し出を受けるふりでもして上手く立ち回れば、色々と益となる事もあろうだろうに。では更に聞こう。万が一、卿の娘であるミフィシーリアが正妃になるとしたら……卿はどうする?」

「む、娘が正妃に……ま、まさか、そのようなお話が出ているのでしょうか……?」


 正に晴天の霹靂といった風のアマロー夫妻。

 二人に嬉しそうな表情はまるでない。今、夫妻が浮かべているのは明かに動揺。自分の娘が正妃になるなど、夢にも思わなかったといった感じだ。

 だからユイシークは判断する。

 アマロー男爵に自分の娘を利用して益を得ようといった欲はない、と。


「正直に言おう、アマロー男爵。俺は卿の娘を……ミフィシーリアを正妃にと望んでいる。だが、卿の娘はその申し出になかなか首を縦に振ってくれなくてな。なぜかと聞けば、その理由の一つが、自分が正妃になれば実家であるアマロー家が様々な面倒事に巻き込まれるから、だと言うのだ」

「し、シークっ!! な、何もいきなり私の両親にそんな事を言い出さなくても……っ!!」


 正妃に迎えたいとはっきりと両親に告げられ、ミフィシーリアは真っ赤になりながらも隣に座ったユイシークに取りすがって抗議する。

 そんな娘の様子に、アマロー夫妻は大いに驚いた。

 どちらかと言えば、自分たちの娘は他者との付き合いがあまり上手くはない。特に異性の知り合いなど、これまで一人もいなかったほどだ。

 その娘が、あろうことか国王であるユイシークを愛称で呼び、かつ、自然な仕草で彼に取りすがって抗議までしている。

 二人の間に不自然な固さは見受けられず、まるで恋人同士のような夫婦のような、実に親しげな娘の様子に夫妻は大いに驚いた。


「率直に聞くぞ、アマロー男爵。卿は正妃となった娘を利用して、国の中枢へと食い込む野心があるか?」

「いいえ、そのような魂胆はありませぬ」


 グゥドンは、真っ直ぐにユイシークを見返しながら即答した。


「確かに我がアマロー家は裕福ではありません。ですが、隣接した旧アルマン子爵領を自領に組み込んだ事で、これまでよりは生活も豊かになるでしょう。私はこれ以上は何も望みませぬ」

「仮にミフィシーリアが正妃になったとしても、卿には特別な援助もしなければ、何の権力も特権も与えない。それで構わないと言うのだな?」

「はっ! 一向に構いませぬ」


 きっぱりとしたグゥドンの返答。それを聞き、ユイシークはにやりと笑みを浮かべた。


「聞いたか、ミフィシーリア? おまえの父は、おまえが考えていたよりずっと強い人物のようだな? 大丈夫だ。アマロー男爵は、様々な欲に溺れたり、周囲からの圧力に屈する程弱くはないと俺は見た。おまえはアマロー男爵を……自分の父親を信用できないか?」

「……シーク……」


 ユイシークに諭すようにそう言われ、ミフィシーリアが改めて両親を見れば、グゥドンが優しげな微笑みを浮かべながらゆっくりと頷いた。


「さて、これで懸念事項の一つは片づいたと見ていいな」


 そう言うと、ユイシークはやおら立ち上がり、そのままグゥドンの傍らへと歩み寄る。


「アマロー男爵……いや、親父殿!」

「お、親父殿ぉっ!?」


 突然ユイシークから親父と呼ばれ、目を白黒させるグゥドン。そんな彼を無視して、ユイシークはグゥドンの傍らに跪き、深々と頭を下げた。


「改めてお願いする、親父殿! あなたの娘さんを──俺にくださいっ!!」


 これか。これなのか。

 ミフィシーリアは唐突に思い出した。

 以前、ユイシークが言っていたこと。「自分の家族にやってみたい事がある」と確かにそうユイシークは言っていた。

 それがこれなのか、と自分の両親に堂々と求婚され、首元まで真っ赤になりながらも頭の片隅の冷めた部分でミフィシーリアはそう考えていた。

 対してその両親の反応といえば。

 突然国の頂点である国王から親父と呼ばれ、あまつさえ土下座しながら娘をくださいと言われたグゥドンは。


「──────はふぅ」


 あまりの衝撃的な事実が心の許容量を超え、あっさりと意識を手放した。

 そんな夫に夫人は驚くやら呆れるやらで。

 そんな大惨事の両親を呆然と見詰めていたミフィシーリアに、いまだに床に膝を着いたままのユイシークが、何かをやり遂げた男のとてもイイ笑顔を向け、片目を閉じながら右手の親指を突き出した。

 それを見てミフィシーリアは。

 今もなお混乱している両親とその傍で跪いているユイシークから視線をずらし、片手で目を覆いながら天を仰ぐのだった。


 ただ一人、ジガルだけは腹を抱えて大笑いしていたが。



 『辺境令嬢』更新。


 今回、外堀の一つが埋まりました(笑)。こうして着々と進むユイシークのミフィ正妃化計画。最大の問題は本人がいまだに正妃になることに前向きではないことですが(笑)。

 さて、当『辺境令嬢』ですが、現在総合ユニークが約9万5千人です。総合ユニーク10万人突破を当面の目標に設定したいと思います。


 目標達成に向け、次回もがんばりますのでよろしくお願いします。

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