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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
39/74

08-休みを作るためには


 ユイシークがアーシアに『魔獣使いの英雄』に会いに行こうと言った翌朝。

 いつものように朝食をミフィシーリアと摂りながら、彼はその事を彼女にも告げた。


「『魔獣使いの英雄』……確か、ジェイク様の領地で起きた火災を鎮める際に活躍したという方……ですね?」

「そう、それそれ。その英雄様がどうやら城下にいるらしいんだよ」


 豪快にパンを齧りながら、ユイシークは手にしたフォークを振り回しながら説明する。

 当然、彼と向き合って朝食を摂っているミフィシーリアから、フォークを振り回さないように窘められたり。


「そうですね……私としても、英雄と呼ばれるのがどのような方なのか興味はありますが……」

「だろ? だから、おまえも一緒に行こうぜ。そういやおまえって、まだ城下の街を見たことないだろ? ついでだからあちこち案内してやるよ」


 国王陛下自らが案内する王都観光。

 それはそれで何やら随分と間違っているような気がしないでもないが、それとは別に楽しそうだなと思うのも事実。

 きっとユイシークと二人で、ということはあるまい。彼が行くならアーシアやコトリも一緒に行くと言うだろうし、ひょっとするとジェイクあたりも護衛として同行するかもしれない。

 もちろん、見えないところから護衛する者たちもいるだろうが、きっとそれは楽しい時間となるだろうとミフィシーリアも思う。

 だが、同時に懸念事項も一つ。


「でも、大丈夫なのですか?」

「ん? 大丈夫って何がだ?」

「ですから、政務の方です」


 ぽかんとした顔を見せるユイシークに、ミフィシーリアは内心で溜め息を一つ。


「まさかと思いますが、政務をさぼって英雄に会いに行くなんてことは────ありませんよね?」


 にっこりと笑いながら釘を刺すミフィシーリアに、ユイシークは視線を逸らして舌打ちしながらぼそりと呟く。


「ちっ。なんだかリィが二人いるみたいだぜ」

「何か仰いましたか?」

「いや、別に?」

「そうですか。では、お仕事頑張ってください。頑張って政務を片付ければ、いずれお休みを作れるのではありませんか?」


 くすくすと笑いながらそう告げるミフィシーリアに、ユイシークは露骨に嫌そうな顔をした。




 ユイシークとミフィシーリアの朝食が終われば、その後片付けはもちろん、侍女であるメリアたちの仕事である。

 現在四人いるミフィシーリア専属の使用人たち。その内の二人であるメリアと犬人族(コボルト)のタロゥは、ミフィシーリアたちが朝食に使用した食器を返却するため厨房へと向かっていた。

 彼女たち二人が厨房へ向かっている間に、残るコラルとポーロは使用人の控え室で朝食を摂る。

 そして、厨房から戻れば、今度はメリアとタロゥが朝食を摂る番となるのだ。

 そろそろ空腹を訴えてくる胃袋を宥め賺しながら、メリアとタロゥは食器を積んだカートを押しながら厨房を目指す。

 そんな二人の前に、突然飛び出したものがあった。


「ひゃっ!」

「わぁっ!」


 口々に小さく悲鳴を上げながらも、メリアはスカートの奥に忍ばせた「粉砕くん」に、タロゥは懐に隠し持った小さなナイフへと反射的に手を伸ばす。

 だが、突然現れたものをよくよく見て、二人はそれぞれの得物に伸ばした手を止めた。

 メリアたちの前に突然飛び出してきたもの。

 それは以前にも数度、こうしてメリアたち──いや、メリアの前に現れた存在だった。

 以前同様、今日もまた小さな花を手にして、一人の男が真っ赤な顔でメリアを見詰めている。


「あなたは……えっと、リカルド……さん?」


 メリアがその男の名前を呼ぶと、男──リカルドの真っ赤になった顔がぱあっと明るくなった。


「お、俺の名前……覚えていてくれたんだな……あ、いや……くれたんですね……」


 嬉しそうに、それでいて照れくさいのかぼそぼそと呟くリカルド。

 いつもなら、手にした花をメリアに押しつけるとそのまま脱兎のごとく走り去る彼だったが、どうやら今日は少し様子が違うようだった。

 リカルドは相変わらず真っ赤になりながらも、手にした花をずいと差し出すと、俯いたまま必死に言葉を紡ぐ。


「も、もし良ければ……そ、その……あ、あなたのお、おおおおおお、お名前を教えてくれ……い、いや、その、いただけますか……?」


 どうやらこのリカルド、メリアの名前も知らずに花だけを贈っていたらしい。

 どちらかと言うと強面で、体つきもがっしりとした大柄な彼が、名前も知らない自分に花を贈っていたことを考えると、メリアは何とも微笑ましいやら可愛いやらで、思わず吹き出してしまった。


「ご、ごめんなさい。えっと、私は第五側妃であるミフィシーリア様の侍女頭を務めますメリアと申します。以後、お見知りおきを」


 礼儀正しくぺこりと頭を下げたメリアを、リカルドは呆然と見詰める。


「め……メリア……殿というんだな……じゃない、いうのですね……か、可憐な名前だ……」

「か、可憐だなんて……」


 名前を誉められ思わず赤面するメリアと、相変わらず真っ赤な顔のリカルド。

 二人は互いに顔を朱に染めたまま、何と言ったらいいか判らずにしばらくそのままの無言で見詰め合う。

 そんな二人を端から眺めていたタロゥは、ぱたぱたと尻尾を振りながら退屈そうに欠伸を一つ。

 彼の今の心中を言い表すなら、おそらく「勝手にやっててくれ」だろう。




「無理だな」


 政務のために執務室へと赴いたユイシークは、その場にいたケイルとリーナに、半日でいいから休みが欲しいと申請したところ、あっさりと一言で切り捨てられた。


「ただでさえ、誰かさんのせいで政務は滞りがちなのよ? それなのに半日も休みたいなんて、どの口が言うのかしら?」


 ケイルとリーナに冷たくあしらわれ、ユイシークは面白くなさそうに顔を顰める。それでも手だけはしっかりと動いているところを見て、二人はそんなに休みが欲しいのかと心の中で呆れる。


「そうだな……十日間、前倒しで政務を片付けていけば、その後になんとか半日空けてやろう」

「ほ、本当か? おっしゃっ!!」


 溜め息を吐きつつもケイルがそう言えば、ユイシークは破顔して張りきって政務へと取りかかり始めた。


「何だかんだ言っても甘いわね」


 誠意的に仕事をこなすユイシークを横目に見ながら、リーナは彼に聞こえないようにそっとケイルに囁いた。


「まあ、な。確かにここのところ、あいつは仕事ばかりだったから、少しぐらいは息抜きも必要だろう。それに──」


 ケイルもリーナ同様、横目でちらりとユイシークを見る。


「あいつの場合、あまり駄目だと言うと、本気で逃亡しかねないからな」

「…………確かにね」


 二人は互いに見つめ合うと、同時に深い深い溜め息を吐いた。




 その後、ケイルは上司であるガーイルド・クラークス宰相の元へと戻り、執務室にはユイシークとリーナだけが残される。

 とはいえ甘い空気は微塵もなく、二人は精力的に政務を片付けていく。

 しばらくそうして二人で仕事をしていると、部屋の外にいる守衛の兵士が来客を告げた。


「カークライト将軍閣下と、キルガス近衛隊長がお見えです」

「ラバルドのおっさんとジェイクが二人揃ってか? まあいい、通していいぞ」


 兵士が敬礼して退出すると、すぐにラバルドとジェイクが執務室に入って来た。


「どうした、雁首揃えて。何か問題事か?」


 ユイシークの問いかけに、ラバルドは片方の眉だけをぴくりと動かすと、相変わらず寡黙なまますっと一枚の書類をユイシークに提出した。


「これは……以前、俺とジェイクで相談していた、王都の東の街道に出る盗賊に関する書類じゃねえか。この件に関しちゃ、騎士団から精鋭を数名討伐に向かわせただろう。これがどうかしたのか?」


 ユイシークのこの質問に答えたのは、書類を提出したラバルドではなく、彼の背後に控えていたジェイクだった。


「実はな、この盗賊の討伐に充てていた騎士団の連中なんだが……数日前から連絡が途絶えたままなんだ」

「なに?」


 それまでどこかのほほんとしていたユイシークの表情が、急に引き締まったものへと変化する。


「なかなか知恵の回る盗賊連中らしくてな。これまで、拠点を転々としてこっちに尻尾を掴ませなかったんだが……」


 ユイシークがこの案件について、ジェイクと相談したのはもう随分と前だ。

 それからすぐに騎士団を派遣し、今日までずっと未解決だったと考えると、連中は相当上手く立ち回ったのだろう。


「最近ようやくその尻尾を捕まえて、根城にしている場所に急襲をかけたんだが……」


 その後、騎士たちからの定期連絡が途絶えたのだとジェイクは説明した。


「罠……だったのだろうな」


 普段滅多に口を開かないラバルドがぼつりと呟く。

 彼が珍しく口を開いた事に軽く驚きつつ、ユイシークは考えを巡らせる。


「ジェイク。この件、おまえに直接任せてもいいか?」

「了解。ただし、条件があンぜ」

「条件?」


 怪訝そうなユイシークに、ジェイクは真面目な表情でその条件を告げる。


「例の新参者五人、あいつらを連れて行く」

「あいつらをか?」

「ああ。あいつらが本当に信用できるか直接この目で見定めてぇ。後、連中がどれくらい使えるかも、な」

「いいだろう。あいつらも一応は近衛である以上おまえの部下だ。好きに使え」


 ユイシークから承諾を得ると、ジェイクはさっそく準備に取りかかるために執務室を後にした。

 彼に続き、ラバルトもユイシークに一礼すると、黙ったまま退室する。


「大丈夫かしら?」

「大丈夫さ。ジェイクに限って、盗賊程度にやられるわけがないだろう」


 閉じられた扉に心配そうな視線を向けるリーナに、ユイシークも扉を見詰めながら心配ないと告げる。

 既に立ち去った友の背中を見送る彼の視線には、全幅の信頼が込められているのをリーナは改めて感じ取るのだった。



 『辺境令嬢』更新しました。


 今回は大きく分けて三つのパート。

 第一はユイシークとミフィシーリアの朝のゆったりとした風景。

 第二はそのミフィシーリアの侍女であるメリアと、彼女に想いを寄せる下級兵士との会話。

 そして、第三。こちらも「国王」としてのユイシークの一場面。とはいえ、『辺境令嬢』では激しい戦闘の描写などはしない方向でいくつもりなので、野盗退治に関しての具体的な描写は『魔獣使い』で行う予定です。

 さて、次回はミフィシーリアの家族を王都に呼び寄せる話でも書こうかと。


 では、次回もよろしくお願いします。

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