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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
38/74

07-従兄妹

 凄く楽しそうな顔をしたジェイクが国王の執務室にやって来て、彼の領地で聞き込んだ火災に関する情報をユイシークに報告した。

 その時、同じ執務室に同席していたケイルは、楽しそうに会話するジェイクとユイシークの姿を見て、彼らとは正反対に苦虫を噛み潰したような顔になる。

 なぜなら、ジェイクの話を聞いていたユイシークが、彼の話が進めば進むほどきらきらとしたものをその瞳に浮かべ始めたからだ。

 その瞳に宿ったものが何なのか、判らぬようなケイルではない。

 伊達に長年彼の、いや、彼らの傍にいた訳ではないのだ。

 もう、ケイルはこの時点で嫌な予感をひしひしと感じていた。


「どぉだ? 面白そうだろう?」

「おう! 面白そうだな!」


 そう会話するジェイクとユイシークの傍ら、ケイルは心の中だけで全く面白くない、と付け加えた。

 もしこの場にリーナがいたのならば、きっと彼と同じ思いを抱いただろう。


「わくわくするだろ?」

「おう! わくわくするな!」


 子供か、おまえらは。思わず飛び出しそうになった言葉をぐっと飲み込むケイル。


「考えてもみろよ? 魔獣だぜ? 魔獣を自在に操るってンだぜ? しかも、操る魔獣の中には飛竜もいるって話だ。ってことは、だ」

「ま……まさか……で、できるのか?」


 にやにやと笑みを浮かべたジェイク。そして、そのジェイクの話を聞きながら期待に顔を輝かせるユイシーク。


「おう! おまえが考えている通りだ! 飛竜に乗って空を飛ぶ事ができるそうなんだよ、これが! あいつがガルダックに滞在していた最中、飛竜に乗って飛んでいるのを町の連中は何度も見たってンだぜ!」

「すげえな、おい! 正に夢のような話だな!」


 その姿は正しく御伽噺に顔を輝かせる子供のように、国王と近衛隊長の会話は弾む。

 確かに竜に跨って空を駆ける竜騎士の御伽噺は、男の子ならば年少の時に一度は胸を弾ませるものだ。

 だがそれはあくまでも小さな子供の話であり、成人を迎えた男性が顔を輝かせながら交わす会話では決してない。

 しかも、彼らは国王であり近衛隊長という国の頂点に立つ立場なのだから。

 そんな彼らに内心で溜め息を零しつつ、ケイルは疑問に感じた事をジェイクに尋ねる。


「本当に魔獣を自在に操れるものなのか? 仮に自在に操れるとしても、そいつが名声を得るために自作自演したという可能性は?」

「それはないと思うぜ」

「そう言い切る根拠はどこにある?」

「あいつの仲間の一人に、俺の前のガルダックの領主であるカルディ元伯爵の娘がいるんだ」

「カルディ元伯爵……ラナーク・カルディの娘だと?」


 ラナーク・カルディといえば、旧王国派でありながらも領民思いで知られた領主であった。

 ユイシークたちが『解放戦争』に勝利し、カノルドスが新体制になった際、旧王国派であったラナーク・カルディに何の処罰も与えない訳にはいかず、爵位を剥奪した。

 しかし、それ以外には何の処罰も与えられず、彼はそのままガルダックに残り、平民として町の住人たちとは上手くやっていると聞く。

 ケイルの上司である宰相のガーイルドも、旧王国派に与していなければ要職の一つも任せたい人物だと評していたほどである。


「そのラナーク・カルディの娘が仲間にいるならば、自作自演の可能性は低い、か」

「ああ。それに俺も一度だけ会った時、そんな遠回りな策を施すような奴には見えなかったしな」

「会った事があるだと?」


 驚いたように尋ねるユイシークに、ジェイクは再び楽しそうな笑みを浮かべる。


「ああ。以前、城下で面白そうな吟遊詩人を見つけたと言っただろ? その吟遊詩人こそが、噂の『ガルダックの英雄』だったのさ」


 それを聞いた時のユイシークの顔を見て、ケイルは先程感じた嫌な予感が再び鎌首を持ち上げてくるのを感じる。

 そして、休憩のためこの場を離れたリーナを少しだけ呪いたくなった。もしも彼女がこの場にいれば、少しはこの気苦労を理解し合えただろうに。


「よし! 会いに行ってみようぜ」


 やっぱり。

 やっぱり嫌な予感が的中した、とケイルは嘆息した。




 その日の夜。

 ユイシークが訪れたのは第六の間ではなく第二の間、つまりアーシアの居室だった。


「なんだか久しぶりだねぇ。シィくんとこうして二人きりでいるのは」


 彼女の言葉通りの久しぶりのユイシークの訪れに、アーシアの侍女たちは主に気を使って早々に姿を消した。

 よって今、第二の間にいるのはユイシークとアーシアの二人だけである。

 ソファに腰を下ろしたユイシークの隣。彼にぴったりと密着するように腰を降ろし、アーシアは彼の手の中の杯にとくとくとワインを注ぐ。

 その何とも嬉しそうなアーシアの態度に、ユイシークは済まなさそうな顔で謝罪した。


「済まないな。ここのところおまえの部屋に来ることができなくて」

「ううん、いいよ。ようやく念願かなってミフィに手を出せるようになったんだもんね? ボクね、きっとシィくんはしばらくミフィの所に通い詰めだって思ってたんだ。あ、でも、あまりミフィに無理させちゃだめだよ? まだまだ彼女は慣れていないからね」


 からかっているのか、窘めているのか。

 立てた人差し指を振りながら滔々と語るアーシアを、ユイシークは慈愛に満ちた瞳で見詰める。

 彼がこんな表情(かお)で誰かを見る事はない。それはアーシア以外の側妃たちであってもだ。

 彼にとって彼女は特別な存在であった。

 幼い頃に両親を奪われた彼を引き取ってくれたミナセル家。そこで初めて出会った妹にも等しいたった一人の従兄妹。

 彼に彼女を愛しているかと尋ねれば、きっと彼は間髪入れずに愛していると答えるだろう。

 確かに、彼は彼女を愛している。一人の男として、一人の女としての彼女を愛している。

 しかし、それと同じくらい、彼女を家族としても愛しているのだ。

 一人の女として。血を分けた家族として。

 女性として愛する者は彼女以外にもいる。

 誰かにそんな事を言おうものなら殴られるか、下手をすれば後ろから刺されかねないが、確かに彼は彼女たちを愛しているのだ。

 だが、家族として愛するのは彼女だけ。

 彼にはもう一人、叔母という血縁者がいるが、彼女の場合は家族として愛するというよりは敬愛の念の方が強い。

 だから彼女は彼にとって特別なのだ。


「どうしたの? じっとボクの顔を見て。もしかして、ボクの顔に何か着いている?」


 慌てて顔をごしごしと両手でこすり出した従兄妹を見て、とうとうユイシークは吹き出してしまった。

 当然、突然吹き出されたアーシアはご立腹だ。


「もうっ!! さっきからどうしたの? 今日のシィくんはいつもに増していじわるだよ!」

「はははは、悪い悪い。でも、悪いついでに一つ聞いてもいいか?」

「うん。何?」

「本当に正妃にはなりたくないのか?」

「そうだねぇ。なんか面倒臭そうだよね、正妃って」


 アーシアのこの答えを聞いた時ほど、彼女との間に血縁を強く感じた事はない、と後にユイシークは語る。


「でも、前にも言ったけど、シィくんが正妃になれって言うのなら、ボクは喜んで正妃になるよ? でも、シィくんが正妃に望んでいるのはボクじゃないでしょ?」

「アーシィ……」

「だけどね。ボクにだって望みぐらいはあるんだ。聞いてくれる?」


 ユイシークがそれに頷くと、アーシアは僅かに頬を染めながら続けた。


「ボク……赤ちゃんは欲しいんだ」

「…………は?」

「別に正妃にならなくてもいいから、シィくんとの赤ちゃんはやっぱり欲しいんだ。あ、もちろん、王位継承権もなしでいいよ。そういえば、ボクの継承権もいつかは返上しなくちゃいけないよね」


 現在、ユイシークに世継ぎがいないため、王位の継承権は従兄妹のアーシアが第一位、つづいて叔母のアミリシアが第二位を有している。それ以外に継承権を持つ者はいない。


「それに、ミナセル家の跡継ぎという問題もあるしね。そうすると、サリィのところとマリィのところもだよね。リィのところはジークくんがいるから大丈夫だと思うけど」


 ミナセル、クラークス、カークライトの三家には現在のところ嫡子がいない。

 正確にはクラークス家にはサリナの弟が、カークライト家にはマイリーの兄がいたが、彼らは『解放戦争』の初期に故人となってしまった。

 そしてアーシアたちにユイシーク以外の男性と子を成すつもりがない以上、三家の嫡子問題もユイシークにかかっているのだった。


「だけど、俺たちは……」

「うん。以前ジークくんから聞いたよ。異能持ち同士は子供ができにくいって。でもそれは、あくまでもできにくいってだけで、全くできないってわけじゃないよね?」


 隣に座るユイシークの肩にこてんと頭を乗せ、アーシアは悪戯っぽく微笑む。


「それとも、ミフィとの間にばんばん子供を作って、その内の一人を養子としてミナセル家に迎えようか? ボク、シィくんとミフィの子供なら喜んで大切に育てるよ?」


 本気なのか、冗談なのか。いや、きっと本気なのだろうとユイシークは判断する。

 そしてアーシアは、相変わらず微笑んだままこう続けた。


「だから、がんばってね。未来のみんなのお父さん?」


 アーシアはそのままずるずると体重をかけてユイシークを押し倒し、そのままソファに沈んだユイシークの唇に自分のそれを重ねていった。




「へえ。噂の『ガルダックの英雄』って、王都にいたんだ」


 場をソファから寝室のベッドへと移し。

 互いの愛を肉体言語で確かめ合った後、ユイシークは昼にジェイクから聞いた話をアーシアに聞かせた。


「ジェイクに言わせるとどうやらそうらしい。しかも、王都での常宿にしているのはリントーのおっさんのところらしいんだ」

「リントーおじさんの? それはまた凄い奇遇だねぇ」


 アーシアも「轟く雷鳴」亭のリントーの事はよく知っている。

 彼にはまだ反乱軍に過ぎなかった頃の「カノルドス解放軍」に、王都内の内通者として様々な情報を流してもらったりしたのだ。


「だからさ」


 僅かなランプの灯りの元。ユイシークが嬉しそうに口角を歪めたのをアーシアは見た。


「一度みんなで会いに行こうぜ。その『魔獣使い』の英雄とやらにな」



 『辺境令嬢』更新。


 今回は側妃たちの中からアーシアにスポットを当ててみました。

 五人の側妃のうち、ユイシークにとっては血縁のある従兄妹であり、最も最初から身近にいた彼女は、彼にとってやはり他の側妃たちとは少し違う存在です。

 こんな感じで、今後もどこかで他の側妃たちの話を織り込もうかと思っています。いつになるのかは不明ですが(笑)。

 タグなどにもありますが、ユイシークがミフィシーリアだけを溺愛するという展開は今後もありません。

 そんなユイシークにとって、はたして主人公(ミフィシーリア)はアーシアとは違った意味で特別に成り得るのか? って、自分で聞いてどうする(笑)。特別にならないと物語(おはなし)にならないじゃないか、というツッコミもなしの方向でひとつ。

 ただ、一つだけ断言するのなら、最後はハッピーエンドにします。


 では、今後もよろしくお願いします。

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