表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
35/74

04-昼食の後で

「わはははははははははははははっ!!」


 無遠慮な笑い声が国王の執務室に木霊する。


「それじゃあ、なにか? おまえは国王でありながら、側妃全員から正妃になるのを拒否されたってのか? いや、本当におまえは俺の想像を超える奴だよなぁ! おまえにはどうしたって勝てねぇわ! わはははははははははははっ!!」

「うるせえぞ、ジェイクっ!! 別に正妃になるのを完全に拒否されわけじゃねえっ!!」


 ひーひーと呼吸困難になりながらも大笑いするジェイクに、ユイシークは憮然とした表情で切り返した。


「確かにシークの言葉通り、アーシアたちは正妃になるのが嫌なのではなく、今の関係を壊したくないのだろう。もしも、おまえがどうしてもと望むのならば、アーシアやサリナたちは正妃となるのを拒みはしないだろう。だが……」

「果たして、肝心の嬢ちゃんはどうなのか、か?」


 ようやく笑いが収まったジェイクの問いかけに、ケイルはゆっくりと頷いた。

 ユイシークも、ミフィシーリアが家のために後宮に上がる事を承知した事は知っている。


「それで? その時、彼女も正妃となる事を拒否したのか?」


 ケイルにそう言われ、ユイシークの脳裏先程の昼食の時の光景が甦る。

 アーシアに自分を愛しているのかと問われ、言葉に詰まっていたミフィシーリア。

 彼女は何度も自分の方をちらちらと見つつ、それでも何か言おうとしては言葉に詰まるという事を繰り返していた。

 やがて、そんな彼女を気の毒に思ったのか、それまでずっと黙って娘たちの話を聞いていたアミリシアがミフィシーリアに救いの手を差し伸べた。


「まあまあ、アーシアったら。そんな大切な事、急に聞いたってミフィさんも答えられないでしょう?」

「あ、そっか。そうだよね、お母さん。ごめんね、ミフィ。急にこんな事を尋ねたりして」


 結局そのまま、ミフィシーリアが正妃になる事についてどう思っているのかは聞けずじまいだった。

 だが、と同時にユイシークは思う。

 以前、暗殺者のふりをして彼女の寝込みを襲った時に、彼はミフィシーリアに正妃になれと迫った。

 しかし、あの時彼女は即座に正妃になる事を拒否していた。

 それは彼女が辺境の男爵令嬢でしかないと思っている事や、その家の力関係、当時はまだ知らなかった他の側妃たちなどを考慮した、当時の彼女の自分なりの結論だったのだろう。

 だが今回、ミフィシーリアは正妃となる事を即座に拒否はしなかった。

 もちろん、後宮に来てから色々あったし、他の側妃たちとの交流もでき、彼女の心境にも変化が現れたのだとユイシークは考えている。

 そして、少なくともあの場で拒否されはしなかった事が、ユイシークに淡い期待を抱かせていた。

 他にも、普段一緒に朝食を摂る時などの彼女の態度から、少しは打ち解けて親しくなったという手応えも感じられる。


「それで、ジェイク。何かシークに話があるからここに来たのではなかったのか?」


 ケイルの言葉が、思考の海に潜り込んでいたユイシークを浮上させる。

 そういえば、ジェイクがこの執務室に姿を見せた時、何か急用があると言っていた事をユイシークは思い出した。


「おお、そうだった。ちょいと急用で、少しの間この城を……いや、王都を留守にしなきゃならなくなってな」

「おまえが王都から離れるのか……? それ程の急用とは一体何事だ?」

「実は俺の縄張りで少々問題が起こったらしい」

「縄張り……? ああ、おまえの領地の事か」


 ジェイクはカノルドス王国が新体制となった際、伯爵に任じられた。当然伯爵となった時に、領地も一緒に与えられている。

 彼の領地であるキルガス伯爵領は、王都の南部に位置する一大穀倉地帯であり、南の隣国であるオーネス王国との国境でもある要所である。


「何があった?」

「領地内のガルダックの町で大規模な火災が起きたという知らせが、ついさっき早馬で届いたんだ」

「火災だと?」


 火災と聞き、ケイルが眉を顰める。ユイシークも、ケイル同様に不審そうな表情をしていた。


「確かガルダックは大きな町で、その建築物の殆どが石造りの筈だ。大規模な火事にはまずならないだろう?」


 ユイシークは必死に記憶を掘り起こし、ガルダックについての情報を思い出す。

 ガルダックの町はキルガス伯爵領内でも一、二を争う程の規模の町で、ジェイクの領地での邸宅もそこにあった筈だ。

 カノルドスの大多数の村々の殆どは木造の家だが、大きな町になると逆に木造は少なく、ほぼ石造りの建築物が占める。

 もちろん、町の郊外や外周部には木造の家も見受けられるが、それでも石造建築物が中心のガルダックで、大規模な火事になるとはやはり考えにくい。


「もしかして、何者かの放火の疑いでもあるのか?」


 となると、次に考えつくのは今ケイルが言ったような故意的なもの。

 ユイシークもまた、ケイルと同じ結論を出していた。


「それが、報告の中に魔獣を見たというものがあるんだ。それも一種類ではなく、複数の種類の魔獣が目撃されているらしい」


 魔獣。

 その言葉を聞いた途端、ユイシークとケイルの表情が険しいものへと変化した。


「複数種類の魔獣だと……?」

「じゃあ、その魔獣が火事の原因なのか……? それで、魔獣の種別までは判るか?」


 ケイルに問われ、ジェイクは届けられた報告書を取り出して、それに再び眼を通しながら答える。


「……報告書には『住民が火事の消火活動している最中、飛竜ほか数頭の魔獣の目撃証言が多数あった』とある」

「飛竜か……となると、やはりその飛竜が火事の原因と考えるのが妥当だが……しかし、なぜ飛竜がガルダックの町に現れた?」


 飛竜と聞き、思案顔で唸るケイル。

 飛竜は普段、人の寄りつかない森の奥深くや険しい山岳部に棲息する。飛竜の中でも有名なのはカノルドスの辺境に存在する魔獣の森の奥地に棲息し、魔獣の森のおさと呼ばれる個体だろう。

 だが、魔獣の森の長を始めとした飛竜は、人間が彼らや彼らの領域にちょっかいを出さない限り、人間に対して敵対的な行動をする事は少ないと言われている。


「誰かが飛竜を狩ろうとして失敗し、その報復に町が焼かれたんじゃないのか?」

「そう考えるのが普通だろうけどよ。だが、俺の領地内で飛竜を目撃したなんて報告は一度もないンだ。そもそも、あの辺りは魔獣の生息数自体が少ない」


 ユイシークの意見をジェイクはすっぱりと否定する。

 ユイシークとしても思いつきを言ってみただけなので、否定されても変に意固地になる事もなくすんなりと受け入れた。


「ともかく、ここであれこれ言っていても所詮は推論だ。だから直接現地に行ってみて、詳しい情報を集めてくらぁ」

「判った。近衛の方は隊長の代理を立てておいてくれ」

「了解。それから、ジークを借りていってもいいか?」

「ああ、構わない。ただし、シバシィの爺さんとジーク本人には、ちゃんと話を通しておけよ」

「承知しているさ」


 ジェイクがジークントを連れて行こうとしているのは、大規模な火災となれば当然怪我人が出る。

 その怪我人の治療のために、医術の心得のあるジークントを連れて行こうとしているのだ。


「それから、できる限りの医薬品や食料なども準備させるから持っていけ」

「済まねぇな」


 ユイシークは執務室の外に控えていた兵を呼び寄せると、宮殿医師のシバシィとその弟子のジークントを呼びに行かせる。

 そして別の者には、侍従長であるリーナに、ガルダックへと運ぶ物資の手配をするように伝えさせた。

 一通りの報告を終え、執務室を後にしようとしたジェイクを、何かを思い出したような様子のユイシークが呼び止める。


「そういえば、この前言っていた城下にいるらしい面白い奴ってどうなった? なんでも、かなりの技術を持った吟遊詩人とか言っていたが?」

「ああ、あいつか。それがな、この前もう一度あいつを尋ねて行ったんだが、今は王都を離れていて会えなかったんだ」

「ほう。まあ、吟遊詩人なんて各地を放浪するものだからな。それで、どこに行ったかは判っているのか?」

「それが……リントーの親父が言うには、ガルダックへ向かったらしいんだ」

「ガルダックだと?」


 奇妙な符号の一致に、ユイシークだけではなくケイルもまた訝しげな表情を浮かべた。




 自分の居室である後宮第六の間。

 その部屋の日当たりのいい窓際の大きな椅子に腰を降ろし、ミフィシーリアはずっと考え込んでいた。


『ミフィはシィくんの事、好きじゃないのかな? 彼を愛してはいないのかな?』


 脳裏で何度も反響するアーシアの言葉。

 果たして、自分は彼をどう想っているのかとミフィシーリアは改めて自問する。

 確かに彼には惹かれている、と自分でも思う。

 時折仕掛けられる悪戯には手を焼かされるが、幼い頃に弟に悪戯された時のような怒りは不思議と沸き上がってこない。

 そして最近、彼とは何かと一緒にいる事が多い。

 毎朝の朝食の時。

 とりとめもない事を互いに言い合い、穏やかに笑い合う朝。

 執務の昼の休憩時間。

 疲れたとかもう仕事したくないとか愚痴る彼を、励ましたり宥めすかしたりしてやる気を出させて送り出す、まるで母親にでもなったような気分になる昼過ぎ。

 そして、夜。身体を重ね合わせる時。

 最初こそ苦痛しかなかったが、最近はそれなりに満ち足りた気持ちになる。

 なにより、肌と肌を直接合わせて彼の腕に抱き締められる時、なんともふわふわとした気分になるあの瞬間が彼女は決して嫌いではなかった。

 ここまで考えて、ミフィシーリアは一つの事実に思い当たる。

 すなわち、シークに対して悪い印象があまりない、という事実を。


(やはり、私はあの方を……)


 そんな思いがミフィシーリアの頭を掠めた時、近くに誰かが立つ気配がした。

 思考を取り止め、ゆっくりとそちらに眼を向ければ、最近彼女付きになった侍女のコラルの姿があった。


「ミフィシーリア様にお客様がおみえです」

「お客様? どなたかしら?」


 いつもなら来客を告げるのは侍女頭となったメリアの役目だが、現在彼女はミフィシーリアの要望で厨房へ行っていて不在だった。

 正式に側妃となり、そして正妃になるとの噂のある彼女の元へは、連日のように誰かが尋ねて来るようになった。

 基本的に国王以外の男性の立ち入りを禁止している後宮なので、来客が来ても直接この第六の間に入れるのではなく、面会専用の部屋で対面する。

 だが、今日の客はどうやらこの部屋の前まで来ているようなので、そういった面会を望む者ではないのだと知れた。

 そしてその推察通り、コラルの口から出た名前は彼女にとってとても親しいものだった。


「はい、コトリ様がおいでになっています」

「あら、コトリが? いいわ。入ってもらって」


 ミフィシーリアの許可を得て、一礼したコラルは踵を返して入り口へと向かう。

 しばらくすると、相変わらず元気一杯なコトリがミフィシーリアの元へと駆けて来た。


「えへへ、こんにちわ、ミフィ」

「はい、こんにちわ、コトリ。と言っても、先程の昼食の時に会ってますけどね」


 一瞬、互いに見つめ合い、そしてくすくすと笑い出す二人。


 そんな二人の邪魔にならないよう、コラルたち使用人は部屋の隅へ静かに控える。


「それで、どうしたのですか?」

「うん。ちょっと気になって……お昼ごはんの後、ミフィがなんか元気ないみたいだったから……」


 あの昼食の後、務めて平静にしていたつもりのミフィシーリアだったが、どうやらコトリには心の奥の動揺に気づかれていたようだ。

 そして、コトリが気づいたのならば、アミリシアやアーシアたちもまた気づいているだろう。

 それでいて、敢えて何も言わないでいてくれたアーシアたちに、ミフィシーリアは心の中でそっと感謝した。


「それで……ミフィが気にしていたのは、やっぱりパパのお嫁さんになること?」

「はい……」


 続けてミフィシーリアが何かを言おうとした時。

 不意に部屋の扉が開かれ、なぜか顔を真っ赤にしたメリアが転がり込むように飛び込んで来た。

 いつもなら、突然部屋に飛び込んで来るのはコトリなのに、今日はメリアが飛び込んで来るなんて珍しいわね。

 などと、そんな事を思わず考えながらメリアを見やるミフィシーリアは、とある事に気づいた。

 それは。

 顔を真っ赤にしたメリアの手に、小さな花が握られている事だった。



 『辺境令嬢』更新。


 大変遅くなりました。仕事が忙しいのと、中々筆が進まないのとでずるずると遅くなるばかりで……。あ、後、冬童話祭用の短編を書いていたのも原因ですかね。

 それから、お陰様をもちまして、当『辺境令嬢』のお気に入り登録数が600を超えました。

 偏に読んでくださる皆様のおかげと感謝致しております。ありがとうございます。


 今後『魔獣使い』とも更に密接に繋がってきます。『辺境令嬢』共々、そちらにも眼を通していただければ嬉しく存じます。


 では、今後もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ