表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
争乱編
33/74

02-新参者

 ユイシークの執務室。

 今ここには、この国の首脳陣とも呼ぶべき者たちが全員顔を揃えていた。

 政治の頭、宰相のガーイルド・クラークス侯爵。

 軍部の統括者、将軍のラバルド・カークライト侯爵。

 近衛隊の隊長、ジェイク・キルガス伯爵。

 宰相補佐の一人、ケイル・クーゼルガン伯爵。

 後宮騎士隊の隊長、第三側妃マイリー・カークライト。

 もう一人の宰相補にして王の侍従長、第四側妃リーナ・カーリオン。

 そして彼らと対峙するのは、新たにこの国に組み込まれようとしている五人の男たち。


「──そんなわけで、これから世話になるサンズ・ガストロ……っと、この名前は捨てたんだっけな。新しい名前はジェイナス・ガーバーで。仲間共々、よろしくお願いしやすぜ、旦那方」


 一国の王や首脳陣を前にして、一向に悪びれた風も見せずに語ったその男。高くも低くもない身長にありふれた体付き。髪もカノルドス王国では最も一般的な焦茶で目の色も同様。

 顔つきも極めて平凡で、大衆の中に紛れたら絶対に探し出せないような凡庸なもの。

 だが、それはこれまで裏稼業に従事してきた彼のような者にとって決して損害となるような事はない。

 それどころか、誰の印象にも残り辛いというのは極めて有利な特徴であった。

 その男と仲間たちは、昨夜後宮に忍び込もうとして捕らえられた男たちで、雇い主をユイシークたちへと鞍替えした者たちだ。


「おう、頼むぜ。取りあえず、表向きおまえらは新入りの近衛兵って事になっている。だが……」

「判ってますぜ、王様。俺たちの本当の役目は密偵……でしょ?」


 ジェイナス──前の雇い主を裏切ったため、命が狙われる可能性があるのでその対策の一つとして名前を変えた──の言葉に、ユイシークはにっこりと微笑む。


「俺は反対だな。こんな奴らは信用できねぇ」

「私もジェイクに同意だ。国を動かすためには時に後ろ暗い行為も必要なのは認める。だが、だからと言ってこんな奴らにそれを任せる必要はない。一度裏切った奴は次も裏切りかねないからな。第一、それが必要なら俺たちに命じればいいんだ。俺もジェイクもおまえが命じるなら喜んでそれに従うぞ?」


 射抜くような鋭いジェイクとケイルの視線に晒されて、ジェイナスは戯けたように肩を竦める。


「安心してくだせえよ、伯爵閣下。俺たち五人は誰一人あんたらを裏切ったりしませんぜ? そのために俺たち五人の内、誰か一人でも裏切ったら残りの四人全員を連体責任で処罰するって約束にしたでしょう? この約束なら、俺たち自身が相互監視するから裏切りようがないってもんだ。そもそも、あの心を見抜くおっかないねえさんがいる以上、裏切ろうとしたってすぐにバレちまうじゃねえですか。おっと、おっかないと言えば、さっきからこっちを睨んでいるそっちの姐さんもですな」


 そう告げたジェイナスの視線は、冷たい北風のような殺気を隠そうともしないマイリーへと向けられていた。


「それにしても驚きやしたぜ、王様? あの王宮と後宮の間にある庭園。あの庭園そのものが俺たちみたいな侵入者に対する罠だとは思いもしねえってもんだ」


 王宮から後宮へと向かう途中の中庭にある庭園。王宮で働く者、王宮に訪れた者が誰しも憩いの場としているあの庭園が、実は後宮へと忍び込む者を捕らえるための罠なのだと、ジェイナスはユイシークから聞かされた。

 後宮に足を踏み入れるためには、王宮から続く回廊を使うのが一般的だ。

 だが、その回廊は中庭の庭園を迂回するように作られており、近道として庭園を抜ける者は数多い。

 それに回廊には身を隠すような物陰は殆どなく、逆に庭園には身を隠す物陰が豊富なので、後宮へ忍び込もうとするなら庭園を抜けようと試みるのが侵入者たちの心理というものだろう。

 その心理の裏をつき、庭園そのものが侵入者を招き寄せる罠となっているのだ。

 庭園の物陰という物陰には、マイリーが異能によって生み出した無数の『使(つかい)』が休眠状態のまま四六時中待機しており、不審者を発見すると同時に主であるマイリーへとその存在を知らせ、マイリーの指示の元に素早く不審者を捕らえるかもしくは始末する。

 物陰に潜んだジェイナスたちを捕らえたあの黒い影のようなもの。あれこそがマイリーによって生み出された『使』なのである。

 つまり、あの影たちはいわばコトリの兄弟姉妹なのだ。

 尤も、人語を理解してあそこまで自由に振る舞える『使』はコトリだけであり、後は与えられた使命を果たす程度の知能しかない。

 だが、コトリとユイシークが離れていても感覚の共有や意思の疎通ができるように、『使』たちとマイリーの間にも感覚の共有がある。『使』たちが感じたものはマイリーが感じたものに等しく、ゆえに昨夜ジェイナスたちの侵入にいち早く気づいたのもマイリーであった。

 なお、休眠中の『使』たちは小さな黒い石のような姿をしているので、それが庭園の植木やベンチの下にあっても誰も不審には思いもしない。

 このような『使』は庭園だけではなく、王宮や後宮の至る所に潜んでいる。後宮に住む側妃たちが普段から護衛や共の者も連れずに気軽に出歩いていたのは、その事実があるからだった。

 昨夜正式に側妃となったミフィシーリアにも、この事は近々知らされるだろう。今までは正式な側妃ではなかったので、王国の機密でもある『使』の事は、ミフィシーリアにもその詳細を教えるわけにはいなかった。

 マイリーが側妃であるにも関わらず後宮守護の責任者になっているのは、この『使』たちによる監視体勢の要が彼女だからという事実が大きい。


「まあ、貴様らに裏切るつもりがあろうがなかろうが儂にはどうでもいい。もし、貴様らが不審な行動をするようなら、宰相の権限で容赦なく処断するまでだからな。それより、儂には他に知りたい事がある」


 大柄な身体で腕を組み、威圧するかのようにガーイルドはジェイナスとその仲間たち対する。


「貴様たちとそのリガルという男を結びつけたのが、アグール・アルマンであるというのは間違いないのだな?」

「絶対──という確証はありやせんね。だけど、俺たちの根城にあのリガルって野郎が来た時、奴がアルマンの豚野郎の紹介状を持っていたのは確かですぜ」

「ふむ……どうやら、それがアルマンを牢獄から連れ出した理由のようだな」

「どういう事だ、ケイル? 俺にはさっぱり判らねぇぞ? 説明してくれ」


 疑問顔のジェイクに詳しい説明をしたのは、隣に立つ幼馴染みではなく、ユイシークの隣にいたリーナである。


「つまり今回の黒幕は、元々彼らのような裏の仕事を引き受けるような連中との伝手がなかった。そこで奴隷の密売をしていて、裏の連中とも付き合いの深いアルマンをリガルという男を雇って脱獄させ、アルマンの伝手でジェイナスたちと接触を持った。全てを失ったアルマンに、唯一残されていたのが裏の人脈だったというわけよ」


 ほー、なるほどねぇと感心したような声を零すジェイク。

 ちらりと見渡せばガーイルドとケイルが小さく頷いているところから、彼らもリーナと同じ読みだというのが窺えた。


「だが、それならわざわざ危険を犯してアルマンを脱獄させる必要があるか? 裏稼業の連中となら、裏通り辺りにいる連中に金出せば幾らでも集められるだろう?」


 ユイシークの疑問に答えたのは、雇われた当人であるジェイナスだった。


「側妃様を誘拐するような大それた仕事は、その辺の裏通りにいるような連中には手に余るってものでさぁ。となると、当然その道の本職の仕事って事になる。つまり、俺たちみたいな連中の出番だ。ですが一応、俺たちの稼業にもそれなりの掟って奴がありやしてね。一見さん相手に俺たちのような連中はまず動かねぇ。今までそれなりの付き合いのある御仁の紹介でもなきゃね。だがリガルって奴はあの豚野郎の紹介状を持ってきた。しかも、依頼料も半端じゃなかったから俺たちは今回の仕事を受ける事にしたんでさぁ。ま、結局は仕事も失敗してその上掟まで俺たちは破っちまったから、こうして王様たちの庇護を受ける事になっちまったってわけですがね」

「それに加えて、アルマンはミフィに対して深い恨みがある……か。確かに利害も一致するし今回の件の黒幕からすれば、アルマンは利用しやすい駒ってところか」


 そう呟いたユイシークに、相変わらず疑問顔のジェイクが更に質問する。


「なあ、その話の筋だと、今回の黒幕はあの嬢ちゃんに恨みを持つ奴って事にならねぇか?」

「ああ。まずその線で間違いないだろう。わざわざアルマンを脱獄させてまでジェイナスたちを雇い、後宮にいるミフィを誘拐しようとしたんだ。そうとう恨んでいる奴の仕業だろう」

「だけどよ、あの嬢ちゃんがそこまで恨まれるような事するかね?」

「今のミフィシーリア様はれっきとした側妃だ。それだけで恨み──いや、妬みまくっている奴はいくらでもいるだろう」


 その場に居合わせた面々は、ケイルのその言葉に深々と頷いたのだった。




 この日、新たな顔ぶれを迎えている場所がもう一つあった。

 それは第六の間。言わずと知れたミフィシーリアの居室である。


「本日を持ちまして、私、コラル・リコート以下二名、ミフィシーリア様付きの使用人となります。よろしくお願いします」


 赤毛の髪をきっちりと編み上げ、それまでの下働きのお仕着せではなく侍女服を着込んだ二十歳前後の女性。

 きびきびとした仕草で頭を下げるその様子から、彼女の性格が真面目なものである事が窺えた。

 そんな彼女の背後には、侍女と侍従のお仕着せを着た、人間の腰ほどの高さの生物が二体、直立不動の姿勢で控えている。

 いや、二体と数えるのは失礼に当たるだろう。彼ら獣人族は人間と同じく一人、二人と数えるのべきというのが一般的な捉え方なのだから。

 そう。

 今日、新たにミフィシーリア付きの使用人として配属された三人の内、コラルを除く二人は獣人族、それも犬人族(コボルト)で、着ている服装から彼らの性別がそれぞれ男性と女性だと知れた。


「僕、タロゥと言います。よろしくお願いします、ミフィシーリア様」

「私はポーロです。よろしくです、ミフィシーリア様」


 ちょこんと頭を下げるタロゥとポーロを、ソファに腰を下ろしたミフィシーリアは驚いた顔で見詰めていた。

 そんな彼女の様子を見て、ミフィシーリアの対面に座っていたアミリシアの顔が若干曇る。

 コラルたち三人をここに連れて来たのは彼女だった。


「あら? もしかしてミフィさんは獣人排斥主義者なのかしら?」


 貴族の中には彼ら獣人族を人間とは見なさず、人間よりも劣った存在だと決めつけている者たちがいる。

 過激な者には、獣人族を人間の町や村落から追い出してしまえと声高に主張する者までいて、そんな者たちは獣人排斥主義者と呼ばれている。

 タロゥとポーロに驚いたミフィシーリアを見て、アミリシアが頬に手を当てた姿勢で尋ねる。


「あ、いえ、決してそういうわけではありません。実は、私、獣人族の人たちを間近で見るのが初めてで……」

「あら、そうだったの? それで? タロゥたちを間近で見た感想は?」

「とても可愛いですね。思わず抱き締めたくなるくらいです」

「あらあら、そう言って貰えると私も嬉しいわ。彼らはコラルも含めて今まで私がとても可愛がっていた子たちなの。もちろん、使用人としての務めもきっちりとこなすわ」


 アミリシアの言葉通り、タロゥとポーロの毛並はよく整えられており、それを見ただけで手間暇かけて手入れされているのがよく判る。

 タロゥは茶色い毛並で耳がぴんと立っていてどこか精悍さも感じさせる。対してポーロの毛並は白に近く、愛くるしい瞳が印象的だ。

 コラルもしっかりと使用人としての技能は叩き込まれている。


「ミフィさんが正式に側妃となり、メリアさんだけでは色々と手が足りなくなりそうだとリィから報告を受けていてね。それであなたの侍女を何名か追加しようとしたのだけど……」


 相変わらず頬に手を当てた姿勢のまま、アミリシアの眉が悲しげに寄せられる。


「本人を前にして少々言い辛いのだけど、なかなかあなたの使用人になる事を承知してくれる者がいなくて」

「いえ、お気になさらず。その人たちの気持ちも判りますから」


 王宮や後宮で働く侍女や侍従は、その殆どが貴族の子弟が行儀見習いのために働いている。

 そのため、カノルドス王国の貴族の中でも最底辺に位置するアマロー男爵家の出である、ミフィシーリアの使用人になる事を快く承知する者は殆どいなかった。

 いくら側妃になったとはいえ、自分の家よりも遥かに家格が下の娘の使用人になるなど、彼女たちの矜持が許さなかったのだ。

 その事をリィから相談を受けたアミリシアは、自分の使用人の中から庶民の出であり、しかもしっかりと仕事をこなす者を選んでミフィシーリアの新たな使用人とする事に決めた。

 現に今彼女の侍女を務めるメリアも庶民の出身であり、ミフィシーリアも出自に拘わったりしないだろうと判断したためであった。


「これからメリアさんはミフィさんの侍女頭として、コラルたちを指導して下さいね」

「承知しました。公爵夫人猊下(げいか)

「あらあら、嫌だわ、メリアさんったら。私の事はそんな畏まった呼び方などせず、今まで通りアミリシアと呼んでくださいな?」

「そ、そんな畏れ多い! いくら知らなかったとはいえ、今まで気軽にアミリシアさんなんて呼んでしまって、もう恥ずかしいやら畏れ多いやらで死んじゃいたい位なんですからっ!!」


 事実、今にも泣き出しそうなメリアに、アミリシアは苦笑しながらそれ以上は言及しない事にした。


「ところで……」


 アミリシアは、にこやかな笑みを浮かべながらミフィシーリアへと視線を動かす。

 ソファにゆったりと腰を下ろしているミフィシーリア。だが、アミリシアには彼女のちょっとした仕草や姿勢の違いから、微妙な変化を感じ取っていた。

 それは長年世話をしてきたメリアにも感じさせない程の僅かなもの。

 それでもアミリシアが気づけたのは、彼女もまたかつてそれを体験し、彼女の娘であるアーシアもまた同じ経験をしたのを見てきたからだ。


「どうやら滞りなく、シークさんとの初めての夜は過ごせたみたいね」


 ちょっと心配していたけど、何事もなく済んだみたいで良かったわ、と告げるアミリシアに、ミフィシーリアは顔を真っ赤に染める事で返事としたのだった。



 『辺境令嬢』今年初めての更新です。


 大変お待たせしてしまいました。『魔獣使い』や活動報告などでも告げていますが、現在とても仕事が忙しくなっております。毎年の例だとこの状態は桜が咲く頃まで続くので、しばらくは更新が停滞がちになるものと予想されます。

 気長にお付き合いいただけるよう、お願いいたします。


※蛇足ながら今回ちらっと登場した犬人族のタロゥとポーロですが、タロゥは直立歩行する柴犬、ポーロは同じくポメラニアンを想像してください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ