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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
王都編
31/74

23-第五側妃ミフィシーリア・アマロー

 いよいよミフィシーリアが正式に側妃となる前夜。

 王宮で暮らす人々も一部を除いて完全に寝静まった頃。

 そんな夜更けに、王宮の中庭を静かに横切る影が幾つかあった。

 影たちは闇に紛れ、物陰に潜み、見張りの死角をついてゆっくりと、だが確実に歩を進める。

 目指すは後宮。その一室で眠っているであろう一人の少女の身柄の確保こそが彼らの標的。

 しかし、彼らの足は中庭の中程まで来たところで止まる事となる。




 中庭には一人の女が立っていた。

 月光を背に受けながら、薄い夜着を羽織っただけの女。

 短い黒髪と中性的な容貌から男にも見えなくはないが、月光が夜着を透かして浮かび上がらせるそのシルエットは明かに女のもの。

 挑発的に突き出した胸。細くくびれた腰。そして魅惑的な丸みを帯びた尻。

 それは男の本能を直撃して止まないような魅惑的な眺めだったが、中庭に潜んだ影たちはそんな思いを味わうどころではなかった。

 まるで幽鬼のように静かに佇む女。その女から放たれている途轍もない鬼気を影たちは明確に感じ取っていた。

 女がつと流し見るように物陰に潜んだ影たちに視線を移す。

 それだけで本来なら男の煩悩を刺激するその視線は、影たちの背中に冷たいものを流れさせる。


「隠れていないで出てきたらどうです?」


 不意に女の声がした。

 まるで凍て付く冬の北風のような声に、影たちはまるで死神の声を聞いたような錯覚を覚える。


「出てこないのですか? では──」


 いや、影たちにとってこの女は正に死神であった。


「──その場で死になさい」


 死神の処刑宣告。それと同時に中庭の各所で「黒い何か」が幾つも湧き上がるように姿を現し、物陰に潜んだ影たちに一斉に襲いかかった。

 湧き上がった「黒い何か」の姿は様々。人のようなものもあれば、獣のようなものもあり、また、鳥のようなものもある。

 そして同時に中庭の幾つかの物陰から上がるくぐもった悲鳴。だが、女はそれらの悲鳴を耳にしてもまるで本物の死神のように眉一つ動かさない。


「おいおい、本当に殺すなよ?」


 突然背後から聞こえてきたその声に、女は静かに振り向く。

 女が振り向いた先には、一人の男が片手で頭を掻きながら突っ立っていた。


「こいつらは生け捕りにして背後関係を吐かせろ。いいな、マリィ」

「こいつらが素直に吐くと思っているのですか、シーク?」


 相変わらず北風のような冷たい女の声に、男は呆れたような溜め息を一つ零した。


「相変わらず敵の前では性格が豹変するんだな」

「当然でしょう? 敵に情をかける必要などない」

「それでもここは生かしておけ。俺たちにはサリィがいる。あいつの前で沈黙は無意味だ」

「ふむ。それもそうですね」


 もしもこの場にミフィシーリアがいたなら、今のマイリーと彼女の知るマイリーが同一人物であるとはとても思わないだろう。

 いつも穏やかで春風のように爽やかなマイリー。だが、彼女は自分や自分の大切な者を傷つけようとする者が現れると、まるで極寒の氷原を渡る北風のような冷たい存在に変貌する。


「ミフィの前ではその性格を表に出すなよ? 今のおまえをあいつが見たら、絶対引くぞ?」

「それは困りました。私もミフィには嫌われたくありません」


 それまで冷たいものだったマイリーの表情がふいに穏やかなものに変化した。

 それと同時に、あちこちの物陰から上がっていた悲鳴が止み、二、三人の黒尽くめの男たちがよろよろとまろび出て来る。

 マイリーはこの時になってようやく駆けつけて来た警備の兵たちに彼らの身柄の拘束を命令すると、ユイシークと連れ立って中庭を後にする。


「しかし、なんだってこんな日に襲って来やがるんだ? 明日……いや、もう今日か。今日はミフィのお披露目があるんだぞ」

「だから、でしょうね」

「何?」

「おそらくですが、側妃になってからだと警備が尚更厳重になると思ったのではないですか?」

「じゃあ、あいつらの目的は……」

「ええ。彼らの目的はおそらくミフィでしょう」




 太陽が沈んでしばらくすると、徐々に王宮に馬車が集まり始める。

 その馬車から王宮前の広場に降り立つのは全て着飾った紳士淑女たち。

 馬車から降りた彼らは、案内役の侍従たちに従って王宮の大広間へと向かう。

 そこで今夜、新たな五人目の側妃が紹介されるのだ。




 大広間には既に多くの招待客たちが集まっていた。

 そしてその場にアミリシア・ミナセル公爵夫人がコトリを伴って姿を現すと、大広間に集っていた殆どの人が彼女らへと注目する。


「これはミナセル公爵夫人。お珍しいですな、猊下が夜会にお顔をお見せになるのは」

「しかもコトリ様までご一緒とは。いやはや、今日この場に居合わせた者は本当に幸運だ」


 早速、アミリシアたちの傍にいた貴族たちが挨拶を寄越してくる。


「あら、今夜は私に新しい娘ができる日ですもの。顔を出さないわけにはいきませんでしょう?」


 その後も次々と寄ってくる者たちに笑顔で応対するアミリシア。コトリの周囲にも年若い青年たちが集まるが、人見知りの激しい彼女はすぐにアミリシアの影へと隠れてしまう。

 もちろん、交わされる会話はアミリシアの周囲だけではない。広間のあちこちで様々な会話が交わされている。

 そして、その殆どの会話の主題は今夜紹介される五人目の側妃についてだった。


「お聞きになられましたか? 新しい側妃様の事は」

「ええ。何でも辺境の下級貴族の出身だとか」

「私は大層地味な方だとしか聞いておりませんが……」

「しかし、何故陛下はそのような者を側妃にと望まれたのか理解に苦しみますな」

「全くです。そのような娘よりも我が家の娘の方が──」

「いや、それなら我が娘でも──」


 様々に交わされる会話の中、扉の前の呼び出しが国王の入場を告げた。

 途端、しんと静まり返る大広間。やがて正面の大扉が静かに開くと、一人の青年が威風堂々と入場する。

 集った人々が頭を下げる中、国王ユイシーク・アーザミルド・カノルドスはゆっくりと玉座を目指して歩んで行く。

 白で統一された国王の礼服を身に纏い、頭上には王冠。腰には礼装用の細剣を佩き背にした白いマントを翻して。頭を下げる人々の前をユイシークは黙って進む。

 そして大広間の最奥、階段状に高くなっているところに設置されている玉座にユイシークが腰を下ろすと、人々は再び頭を上げた。


「今宵、我が新しき側妃のために集まってくれた諸卿らにまずは礼を言おう」


 ユイシークが国王としての挨拶を幾つか続けると、場面はついに新たな側妃の入場となり、呼び出しがミフィシーリア・アマローの名を告げる。

 広間が再び静まり返り、居合わせた人々が一斉に大扉へと視線を注ぐ中、遂にその大扉が開かれた。

 開かれた大扉の向こう。本来なら新たに側妃となる者が一人で控えている筈の場所。

 だが、そこにいたのは一人ではなかった。




「………………は?」


 思わず呆然とその光景を眺めるユイシーク。

 開かれた大扉の向こうに控えていたのは、ミフィシーリアだけでなく他の側妃たちも一緒に控えていたのだ。

 ざわつき囁き合う人々の好奇の視線の中、アーシアを先頭にして五人の側妃たちはゆっくりと入場する。

 今、五人の側妃たちが身につけているのは、色こそ違えど全く同じ意匠のドレスだった。

 マーメイドラインで裾や肩にレースをあしらったのそのドレスは、五人の身体を魅惑的に彩る。

 彼女たちを更に魅力的に輝かせるのは、その身に纏った五つの色彩。

 第一側妃のアーシアは広大な海のような蒼を。

 第二側妃のサリナは高貴さを感じさせる黄を。

 第三側妃のマイリーは春の新緑を思わせる碧を。

 第四側妃のリーナはその身に秘めた情熱の如き赤を。

 そして。

 そして第五側妃となるミフィシーリアは、花嫁衣装を連想させる汚れなき純白を纏って。

 化粧を施し、純白の衣装を纏った彼女は、普段とはまるで別人のように艶やかで、周囲の貴族たちはおろか段上から見下ろすユイシークまでもがその姿に見入ってしまっている。


「なんと美しい……」

「誰だ? 新しい側妃が地味だなんて言ったのは!」

「純白のドレスに黒髪が何とも映えて……」

「た、確かに。美姫として名高い他の側妃様たちにも決して劣っておりませんな……」


 ざわざわと最初こそざわついていた人々は徐々に静かになり、いつしか黙ってゆっくりと歩く五人の側妃を熱い眼差しで見詰めていた。


「ふふふ。上手く行きましたね」

「うん! パパもみんなもびっくりしてるね!」


 大広間の片隅で、この企てに荷担した一人の女性と一人の少女が楽しそうに頷き合っていた事を、国王を始めとしたこの場に居合わせた者は誰も気づかなかった。




 やがて五人は玉座の足元、階段状になっている手前に辿り着く。

 そこに着くとアーシアとリーナが玉座のユイシークから見て右に、サリナとマイリーが左に分かれた。

 そして四人は玉座の下で、右手の掌を左胸に当て互いに向き合う形で跪き、そっと頭を垂れる。

 左右から頭を下げた側妃二人ずつに挟まれた中を、ミフィシーリアが最後にゆっくりとユイシークに向かって跪いた。


「ミフィシーリア・アマローです。本日より、ユイシーク陛下のお傍にお仕えさせていただきます」

「あ、ああ…………うむ」


 いまだに呆然としているユイシークはそれだけしか口にできない。

 そんなユイシークに向けて頭を上げたミフィシーリアは、くすりと悪戯っぽく微笑むと、ようやくユイシークはこれが側妃たちが仕組んだ悪戯なのだと気づいた。

 いや、側妃たちだけではあるまい。これだけの衣装を揃え、五人に同じように化粧を施したのだから、きっと叔母であるアミリシアも一枚噛んでいるに違いない。

 それを悟ったユイシークは、今回ばかりは自分の負けを認めて玉座から立ち上がり、段下で跪いているミフィシーリアに向かって段を降りていく。

 そして四人の側妃たちが頭を下げる中、ミフィシーリアの傍まで来ると自ら彼女の手を取って立ち上がらせ、そのまま段上の玉座の前までエスコートする。

 ユイシークは、じっと自分たちを見詰めている者たちに振り向くと高らかに宣言する。


「この者、ミフィシーリア・アマローはこの時を以て余の側妃となった。貴卿らはこれからも余と余の側妃たち、そしてこの国のためにその力を貸して欲しい」


 ユイシークの言葉に、この場の貴族たちは一斉に拍手と歓声を送る。

 この時こそが、ミフィシーリアが正式に側妃として国中から認められた瞬間だった。




「まったく、今回ばかりはやられたよ。発案者は誰だ? おそらくサリィあたりだと思うが」


 ユイシークが前を向いたままそっと呟くと、ミフィシーリアは微笑んだままそれに答える。


「ふふふ、ご名答です。さすがですね、シーク」

「えっ!?」


 ミフィシーリアが自分を呼んだその呼び方に、ユイシークは驚いて振り返る。


「い、今、俺の事を何て……?」

「あ、あの、アミィさんに、家族になるのだから『様』をつけるのはおかしいと言われまして……ご不快でしたか?」

「い、いや、いい。俺もおまえにはそう呼んでもらう方が嬉しいからな。しかし、やっぱり主犯はサリィか。まあいい。今回の件については、側妃全員にしっかりと仕返ししてやる。特に主犯のサリィは念入りにだ。だがまずは──」


 おまえからだ、というユイシークの呟きに、驚いたミフィシーリアが彼の方を向くのと、彼がミフィシーリアをそっと抱き寄せるのは同時だった。

 そしてミフィシーリアを抱き寄せたユイシークは、驚いている隙を付いて彼女のその可憐な唇にそっと自分の唇を落としたのだった。



 『辺境令嬢』更新しました。


 これにて、ようやくミフィは正式に側妃となりました。いや、ここまで長かった。

 実は今回の四人の側妃たちが跪いて頭を下げる中を歩くミフィの姿が描きたくてこの『辺境令嬢』を書き始めたようなものなので、ようやくこのシーンに辿り着けて自分なりに満足しています。

 ただ心配なのは、自分が思い描いたシーンを読んでくださっている人たちにきちんと伝わっているかですが。

 こればかりは自分の表現力の問題なのですが、少しでも伝わっていればいいなぁ。

 後、今回のもう一つの自分的目玉は裏モードのマイリー姐さん。

 ちなみに、五人の側妃の中でマイリー姐さんが一番スタイルがいいという裏設定があったり。


 次回からは新しい展開に入ります。影で蠢いている連中がもう少し活発になるかと。うひひ。


 それでは、これからもよろしくお願いします。

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