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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
王都編
30/74

22-後宮の管理人

 アミリシア・ミナセル公爵夫人。

 『解放戦争』中に命を落とした先代ミナセル公爵──当時は男爵──の夫人にして、ユイシークの母の妹であり、アーシアの実母でもある女性。

 特に幼い頃に両親を亡くしたユイシークにとっては、第二の母と呼んでも過言ではない人物。

 また、未亡人でありながら公爵という高い身分と、その二十代後半程にしか見えない若々しく美しい外見から彼女に求婚するものは決して少なくない。

 そして現在では故人となった先代に代わり、王国序列第二位の公爵となったミナセル家の当主を務めながら、公職には就かずに後宮に引きこもり、ユイシークやアーシアを始めとした後宮の住人の世話──食事の支度や後宮の掃除、洗濯などまで──をしながら、彼女なりに楽しく穏やかに毎日を過ごしている。

 そんな彼女は、いつしか人々から「後宮の管理人」と呼ばれるようになっていた。




「それで、ミフィシーリアさんのドレスの新調や化粧などの件ですが、私に任せてもらえますか?」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 アミリシアの正体が公爵だと判明してから。

 メリアが狼狽しつつも平身低頭額を床にこすり付けるようにして謝罪したり、ミフィシーリアもそんな侍女と一緒に謝ったり。

 そして当のアミリシアは、ぺこぺこと謝る二人を「気にしなくてもいいですよ」と笑って済ませてしまったり。

 一通りの騒動が納まった後、アミリシアは来たるミフィシーリアのお披露目での彼女の身支度の件について、改めて全てを引き受けると申し出たのだった。


「あ、あの……でも、どうしてアミリシア様がそこまでしてくださるのですか?」

「あら、当然でしょう? だって、もうミフィシーリアさんも家族の一員なのですから」

「家族……ですか?」

「ええ。私はサリナさんやマイリーさん、それにリーナさんやコトリも、実の娘であるアーシィや甥であるシークさん同様家族だと思っています。そして「娘」たちに認められたミフィシーリアさんも、ね」

「アミリシア様……」


 きっとこの女性がいたからだ、とミフィシーリアは思う。

 想像していた後宮という場所。「女の戦場」とまで呼ばれた様々な駆け引きと思惑が水面下で交差する魔境。

 だが、実際に赴いた後宮は考えていたような陰惨な所ではなく、とても暖かな場所だった。

 天真爛漫で可憐なアーシア。

 高貴ながら高飛車なところがまるでないサリナ。

 いつでも穏やかな春風のようなマイリー。

 知的で冷静、それでいてどこか可愛いところのあるリーナ。

 妹のような娘のような、純真で無邪気なコトリ。

 時に悪戯に手を焼かされるものの、優しく接してくれるユイシーク。

 そして何よりも、後宮ここがこんなに大らかで暖かいのは。

 それらはきっと、アミリシアが後宮ここにいて、いつも彼らを見守っていたからなのだろう。

 だからミフィシーリアにはとても嬉しく感じられたのだ。アミリシアに家族だと言ってもらえた事が。


「──ありがとうございます、アミリシア様……」

「あら、家族なのに『様』をつけるのはおかしいわ。私の事はアミィと呼んでください。私もミフィさんと呼ばせてもらいますから」

「はい。判りましたアミィさん」


 素直に返答するミフィシーリアを、アミリシアはとても深い笑みで見詰める。

 そしてその笑みが、次にメリアへと向けられた。


「メリアさんもね。ミフィさん同様、私の事はアミィと──」

「そ、それだけは勘弁してくださいっ!!」


 何故に平民でしかない自分が、公爵猊下であるアミリシアを愛称で呼ばなければならないのか。いや、そもそも愛称などで呼んでいいものなのか。

 今思えば、アミリシアと厨房などで会話していた際、気安く「アミリシアさん」などと呼んでいたが、その時に周囲の料理人などが実に微妙な表情をしていた。

 あれはただの侍女でしかない自分が、公爵であり国母にも等しい彼女を「アミリシアさん」などと呼んでいたからだろう。

 それでも何も言われなかったのは、料理人や使用人たちはアミリシアの性格を良く知っていたからに違いない。

 だが、アミリシアが公爵であると判った以上、メリアにはもう彼女を「アミリシアさん」と呼ぶことは不可能だ。

 それなのに更に愛称で呼べとは。これはもうある意味で拷問にも等しいとメリアは思う。

 だが、至極当たり前の筈の反応をしたメリアに、アミリシアはとても残念そうな顔をする。


「そうですか? せっかくいいお友達ができたと思ったのですけど……」

「お、お友達ぃっ!? そ、それってもしかして、私の事ですかぁっ!?」


 とんでもない事を実に残念そうに言うアミリシアに、メリアの心臓は休まる暇がない。


「ええ、そうですよ。でも、こんな親子ほど年の離れたおばさんに、友達と言われてもメリアさんの方が困りますね」


 そう言って頬に片手を当て、ふぅと溜め息を吐くアミリシア。とてもじゃないが、18歳の娘がいるようには絶対に見えなかった。

 そして気を取り直したように姿勢を正したアミリシアは、改めてミフィシーリアへと向き直る。


「メリアさんの事は残念ですが、今はミフィシーリアさんの件ですね。そろそろ私が手配した商人も来る頃でしょうし」

「あの、アミィさん、ミフィさんのお披露目に関して、わたくしに一つ考えがあるのですが」

「あら、どの様な考えですか、サリナさん?」


 それまで黙って話を聞いていたサリナが突然割り込むが、アミリシアは嫌な顔一つせずにそれに応じる。


「いつもシークさんに悪戯されてばかりでは面白くありませんから、たまにはシークさんを驚かせようかと思いまして」

「へえ、シィくんを? それは面白そうだね」


 サリナの言葉を聞いたアーシアまでもが妙にわくわくした顔付きになっている。


「実は────」




「────何だ、これは……?」

「さぁな。俺に判るわけねぇだろ?」


 政務の合間に第六の間を訪れ、部屋の中を見て呆然とするユイシーク。彼よりも少し前にここに来ていたと覚しきジェイクに目の前の光景について尋ねるも、明確な答えを得られなかった。

 なぜなら今、第六の間の中はとんでもない事になっていたのだから。

 アミリシアが呼んだ商人が持ち込んだ色とりどりな布地や様々な装飾品といった商品が溢れ反り、そんな商品たちに囲まれて実に姦しく、それでいて楽しそうに会話しているのはアーシアを始めとした側妃たちとアミリシアとコトリ。

 仕事が終わったのかそれとも抜け出して来たのか、その中にはマイリーとリーナの姿も見受けられた。

 そしてなぜかこの部屋の主にしてこの騒ぎの主役である筈のミフィシーリアが、部屋の隅で所在なさげにしているのが何とも奇妙であったが。


「あ、この色合いの布地ならミフィちゃんに似合いそうだよね」

「あら、こちらの首飾りはだめですわね。ちょっと華美過ぎてミフィさんには似合いませんわ」

「ミフィには原色よりも淡い色合いの方が似合いそうね」

「じゃあ、こちらの銀の耳飾りなどはどうです? アクアマリンがちょっとしたアクセントになっていますよ」

「ねえねえ、アミィさん! この布地の色、コトリに似合うかな?」

「ええ、確かにコトリに似合いますね。でも、今日はミフィさんのためのものを選ばなければいけませんから、コトリのはこの次にしましょうね」

「はーい!」


 三々五々、好き好きに騒ぐ女性陣を前に、ユイシークとジェイクは無言のままぱたんと第六の間の扉を閉めた。


「……場違いだ……この場に男の俺たちがいるのは、絶対に、確実に、間違いなく場違いだ……」

「……ああ、同感だ。ここは男がいていい場所じゃねぇ……」


 そして二人は互いに頷き合うと、そそくさと戦略的撤退を選択するのだった。




「……行ったね?」

「……ええ、行きましたわ」


 アーシアとサリナが閉じられた扉を見ながら呟いた。

 コトリがささっと素早く扉に身を寄せ、聞き耳を立ててユイシークたちが遠ざかって行くのを確認し、振り向いて部屋の中にいる他の者たちににやりと笑いながら親指を突き出して見せる。

 それを見た側妃たちは、アミリシアの周りに集まって密談を開始する。


「これでしばらくシィくんたちはこの部屋に近づかないね、お母さん」

「ええ。では、まずはドレスの意匠から決めましょうか。取りあえずはこんな感じで──」


 アミリシアが周囲に溢れた布地や装飾品の下に隠しておいた木の板を取り出し、そこに木炭でささっとドレスの意匠を描き、細部を側妃たちの意見を聞き入れながら修正していく。


「後、誰をどの色にするかだけど──」

「はいはい! ボク、蒼い色がいいな! で、リィは赤い色が似合うと思う!」

「じゃあ、わたくしは黄色にしましょうか」

「では、私は碧で」

「あの……私はどうしたら……?」


 好き好きに話している側妃たちに、おずおずとミフィシーリアが切り出せば四人の側妃たちは一斉にミフィシーリアへと振り向く。


「あら、ミフィの色はもう決まっているわよ?」


 四人を代表するかのようにリーナが言うと、他の三人もそれに笑顔で頷く。

 そしてやはり四人を代表してリーナが口にしたその色は、余りにも直線的にある事を象徴する色だったため、思わずミフィシーリアの頬に紅い花が咲いた。


「ほ、本当に私はその色なのですか……っ!?」

「ええ。きっとそれっぽく見えると思うわ。それにあの色は意外にあなたに似合いそうだし」


 頬を染めて狼狽えるミフィシーリアを見て、リーナは楽しそうに微笑む。


「それに、きっとシークもびっくりするでしょうね」

「シーク様が……?」


 リーナたちが言う通りの色のドレスを身に纏い、ユイシークの前に出た時。

 その時、彼はどんな顔をするだろう。

 リーナが言うようにびっくりするだろうか。

 その時のユイシークの反応が見てみたい。そんな思いがミフィシーリアの内側にむくむくと沸き起こってくる。


「……判りました。やってみます」


 そうミフィシーリアが答えると、四人の側妃たちとアミリシア、そしてコトリの六人は大きく頷いた。


「それでは、その方向で行きましょうか。うふふふ、これから忙しくなりますね」


 アミリシアの言う通り、ミフィシーリアのお披露目までもう残された日数は少ない。

 そんな中、ミフィシーリアを含めた側妃たちは、着々と計画を進行させて行くのだった。




 そしてついに。

 ミフィシーリアのお披露目はその当日を迎えた。




 『辺境令嬢』ようやく更新できました。


 なぜか、今まで一番の難産の今回。今までなら書き始めればだいたい1~2日ぐらい、早ければ1~2時間で書けてしまう時もあるというのに。

 今回だけは4日ほどかかってしまった。予定では6日か7日に更新の予定だったんですが……

 では、次回いよいよミフィが正式に側妃となります。相変わらず忙しい毎日を送っており、段々と更新が遅くなってきておりますが、今後ともよろしくお願いします。

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