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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
アマロー男爵領編
3/74

02-三人の旅人たち

「そうですか。ここのご領主のお嬢様でしたか」


 例の三人組の一人、長剣を下げたどこか冷めた印象の薄茶の髪の男性が答えた。


「はい。当地の領主、アマロー男爵の長女で、ミフィシーリアと申します」


 そう名乗ったミフィシーリアに、これはこれはご丁寧に、と先程の男が改めて頭を下げた。

 あれから呆然としたままのミフィシーリアの前で、三人は言い争いを始めた。

 もっとも言い争いといっても、「治癒」の異能を使った少女が喚くのを、残る二人が苦笑しながらなだめていただけなのだが。

 その後三人は、ぼーっと見つめたままだったミフィシーリアにようやく気づき、自分たちのことを説明すると言って場所を「紅雀の巣箱」亭の中へと移した。

 そして客のいない酒場のテーブルに一つを占め、互いのことを説明し始めたのだ。


「私は市井で学者を営んでおります、ケイルと申します。この二人は今回の旅のために雇った護衛でして」


 そう言ってケイルと名乗った男が、彼の両隣に腰を下ろしている二人に視線を向けた。

 その視線に促され、二人はそれぞれ自分の名を名乗る。


「俺は、ジェイクってんだ。ま、見てのとおり魔獣狩り(ハンター)だな。ちなみに、こいつとは幼馴染の腐れ縁だ。よろしくな、貴族のお姫様」


 と、先程大剣を持っていたジェイクという名の金髪の男は、にへらっと笑って隣のケイルを親指で指す。

 指されたケイルが小声で「余計な事は言うな」と言ったのが、ミフィシーリアの耳に届いた。


「……コトリ……」


 対してもう一人。先程「治癒」の異能を使ってみせた少女は、ケイルの影に隠れるようにしながら小さく告げた。


「コトリ……?」

「ええ、このの名前はコトリです。それがどうかしましたか?」

「あ、いえ、珍しい響きの名前だなと思いまして……」

「そうですね。何でも古い言葉から取ったと、彼女の保護者は言っていましたね」


 そう答えたのはケイル。そのケイルは口調こそ軽いものの、その視線はじっとミフィシーリアに注がれて離れない。


「それともこの娘の名前がもっと別の……皆が知るような名前だとでも思ったのですかな?」

「えっ!? い、いえ、そのような事は……」


 図星だった。

 それこそまさにミフィシーリアがずっと考えていた事なのだった。

 ミフィシーリアと同じ年頃で「治癒」の異能の使い手といえば、誰でも思い浮かべる名前が二つある。

 一つはユイシーク・アーザミルド・カノルドス。

 「雷」と「治癒」の二つの異能をその身に合わせ持つ、この国の若き国王。

 そしてもう一つがアーシア・ミセナル。

 現ミセナル公爵──「解放戦争」前は男爵──の一人娘にして、現国王の従兄妹にあたる姫君。

 そして目下、将来の王妃候補第一位と噂される女性である。

 彼女はユイシークが「解放戦争」に立ち上がったた際、従兄妹であるユイシークに協力する形で「カノルドス解放軍」に参加。

 直接戦場には立つ事はなかったが、その身に宿した従兄妹と同じ「治癒」の異能は、数多くの「カノルドス解放軍」の兵士の命を救ったいう。

 また、誰にでも分け隔てなく接する優しい性格から、いつしか「癒し姫」の異名で呼ばれるようになった女性である。

 事実、現王国の騎士や兵士の中には、「我が忠誠は王でも国でもなく、「癒し姫」にある」と公言して憚らない者もいるとか。

 ミフィシーリアもコトリと名乗った少女の異能を目撃した時、真っ先に思い浮かんだのが彼女の名前であった。

 もしかして目の前の少女はアーシア姫では、と考えたミフィシーリア。いや、彼女に限らず、誰もがそう考えるだろう。

 しかし、よくよく考えてみれば。

 今頃王都にいるはずのアーシア姫が、このような何もない辺境にいるはずがないではないか。

 その考えがミフィシーリアの頭を過った時、彼女がこの「紅雀の巣箱」亭を訪れた目的を遅まきながら思い出した。


「と、ところで──」

「なんでしょう、ミフィシーリア様?」

「先程市井の学者様だと仰しゃられておりましたが、何用でこんな何もない辺境に?」

「ああ、その事ですか。実を申しますと、この村にはただ立ち寄っただけなんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。私の本当の目的地は別の場所なんです。ここは単なる通り道でした。あれ? ひょっとして、入領税とか通行税が必要でしたか? それなら直ちにお支払い致します」

「いえ、その必要はありません。商人の方が領地内で商いをされる場合は商業税が必要ですが、ただの旅人の方から税金はいただいておりません」

「そうですか。それを聞いて安心致しました」


 そう言って笑顔を浮かべるケイル。そして彼は更に続けた。


「ご心配なさらずとも、領地内で問題は起こしません。もちろん、この二人にも厳重に言い含めてあります」

「いえ、そのような心配は……」

「いえいえ、領内に見知らぬ人間が現れば、領主として警戒するのは当たり前です。当然の態度ですよ」

「申し訳ありません……」


 お気になさらず、と応じるケイル。そのケイルの横で、ふと思い出したようにジェイクがミフィシーリアに告げた。


「なあ、お姫様。一つ頼みがあるんだけどな」

「なんでしょうか」

「さっき見た、コトリの異能の事だよ」

「……コトリさんの異能……」

「そう。コトリの異能はそんなに強くない。だからこいつが「治癒」を持つことは内密にして欲しいんだ」


 と、ジェイクは座ったままミフィシーリアに頭を下げた。



 「治癒」の異能。その価値は計り知れない。

 怪我や病気を癒す「治癒」の力は、誰もが縋りつく対象となる。

 誰もが怪我や病気を我が身に負った時、それを癒したいと願う。それが重大なものならば特に。

 そしてそんな怪我や病をたちどころに癒す異能。それが「治癒」である。

 どんな医師や薬師にも見放された病人。戦争や事故で身体の一部を失った者。そんな彼らが最後に頼るのが「治癒」の異能を持つ者である。

 だが「治癒」の異能を持つ者の数は少ない。

 そもそも異能を持つ者が少ないのだ。そのなかから「治癒」限定となれば当然その数は更に少なくなる。

 そしてこれが最も誤解されがちな事実なのだが、「治癒」の異能といえども万能ではない。

 「治癒」に限らず異能の力には個人差がある。力の強い「治癒」なら癒せる疾病も、力の弱い「治癒」なら癒せない事がある。そしてそれを理解している者は意外に少ない。

 医者や薬師に見放された病人。そんな病人が最後に縋り付いた「治癒」の異能者。だが、そんな「治癒」の異能者でも癒せるとは限らない。

 そしてその事実を突き付けられた者。一度は見出した希望を奪われた者。そのような時、行き場を失った感情は容易に逆恨みに変貌する。

 そんな理由から、「治癒」の異能を持つ者──数は極めて少ないが──はそれを公にするのを避ける傾向がある。その異能が弱ければ特に。

 そのような話をジェイクから告げられたミフィシーリアは、彼の頼みを快く引き受けた。


「恩にきるよ、お姫様」

「あ、あの……」

「ん? なんだいお姫様?」

「その「お姫様」というのはやめていただけませんか? アマロー家は貴族とはいっても名ばかりの貧乏貴族です。私は「お姫様」と呼ばれるような身分ではありません」


 きっぱりとそう告げたミフィシーリアに、最初は驚いたような表情を浮かべるジェイク。その隣に座る残る二人もまた、彼と同じような表情を浮かべていた。

 やがてジェイクの表情が変わる。驚愕から興味へ。彼の表情は確かにそう変化した。


「了解したよ、お嬢さん。これならいいかい?」

「ええ、それでお願いします。ところで、みなさんはいつまでこの村に?」

「そうですねえ。ここまでちょっと急ぎ足で旅してきたもので……暫く逗留してゆっくりしようと思っていたのですが……構いませんか?」

「それはもちろん構いませんが……ここ、本当に何もありませんよ?」

「それがいいのですよ。私のように普段から忙しく働いている者にとって、何もせずのんびりするというのは一番の娯楽なのです」


 ケイルのその言葉に、ミフィシーリアも違いないと同意してくすりと笑った。



「どう見る?」

「どう見るって……あのお嬢さんの事か?」


 ミフィシーリアが「紅雀の巣箱」亭から去った後、取った部屋に引き上げたケイルは、部屋の扉を閉めたのを確認するとジェイクにそう問い質す。

 その視線と言葉は、先程までミフィシーリアと会話していた時のような柔らかさがまるでなく、冷たく鋭い。


「正直驚いたな。あそこまではっきりと「自分はお姫様と呼ばれるような身分ではありません」と言い切る貴族の令嬢は初めて見た」

「同感だ。これまで見てきた貴族どもは、多かれ少なかれこちらを見下したところがあったからな」

「まあ、俺たちは平民だったし? 貴族にしてみれば当然じゃねえの?」

「確かにそうだ。だが……」

「ああ。あのお嬢さんみたいな貴族がもっとたくさんいたら、あいつや俺たちが苦労する事もなかったんだろうな」

「同感だな。ところでコトリはどこへ行った?」

「ん? なんかあのお嬢さんの事、追いかけて行ったみたいだぜ?」

「なに? あの人見知りの激しいコトリがか?」

「どうやら、あのお嬢さんの事が気になるのは俺たちだけじゃないようだ」


 ジェイクは窓辺に歩み寄ると、そこから見えるこの村の領主の館に、何とも楽しそうな視線を向けた。



 つけられている。

 「紅雀の巣箱」亭からの帰り道、ミフィシーリアは自分が追けられている事に気づいた。


(一体誰が……)


 敢えて振り返る事はせず、意識して前だけ見て歩く。気づいている事を悟られないように。

 いくらアマロー家が貧乏貴族とはいえ、貴族であることには変わりない。

 貴族の令嬢である自分を、野盗か盗賊の類が狙う可能性は否定しきれない。


(ですが、最近では野盗や盗賊の類はすっかり出なくなった筈……)


 王国の支配者が変わる前、世間には野盗、山賊、盗賊などが蔓延っていた。

 当時の支配者であった王侯貴族たちは、自分たちの事しか頭になく、自分たちに害が及ばない限り、盗賊たちのことなど完全に放置していたかのだから。

 それが新王国になり、新しい国王の勅命により徹底的に盗賊狩りが行われた。その結果、盗賊たちは殆どその姿を見なくなった。

 だが、盗賊たちがこの世から完全に消えるはずもなく。どこかに隠れ潜んでいた連中が、たまたまアマロー男爵領の界隈にいたのかもしれない。

 いくら辺鄙な辺境とはいえ、いや、辺境だからこそ若い娘の独り歩きは危険である。

 こんなことなら誰かに同行を願えば良かった、とミフィシーリアは胸中で後悔する。

 アマロー家がいくら貧乏貴族とはいえ、使用人が一人もいないというわけではなく、数人の使用人を雇っている。


(今度からは、シリアかメリアに一緒に来てもらいましょうか……)


 シリアとは古くからアマロー家に仕える使用人で、ミフィシーリアの乳母も務めた中年の女性である。そしてメリアはそのシリアの娘であり、ミフィシーリアとは同い年で本当の姉妹のように仲が良い。

 ちなみに、彼女たちの父親もアマロー家の使用人として働いている。

 そんな事を考えているうちに、アマロー家の屋敷が見えてくる。

 ここまで来ればもう大丈夫、とミフィシーリアがこっそり安堵の溜め息を吐いた時。不意に背後の気配が動いた。


「うみゃっ!!」

「えっ!?」


 悲鳴のような少女の声。あまりに想定外の背後の動きに、思わずミフィシーリアが振り返ったその先に。

 先程「紅雀の巣箱」亭で出会った、あの魔獣狩りの少女の姿があった。



 なぜか顔面から地面にダイブしたような、地面に突っ伏した姿であったが。


 チェックが済んだので投稿。


 投稿初日にしてPVが1300以上、ユニークが約300という快挙。どうなってんの? と思わず我が目を疑ったり。

 プロローグと第一話しか投稿してないのに、ですよ。ホント、びっくりしました。

 で、調子に乗って急いで次話を投稿した次第です(笑)。


 あ、全くの余談ですが、コトリのアクセントは日本語の小鳥のようにコ『ト』リではなく、『コ』トリです。


 では、今後もよろしくお願いします。

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