20-側妃たちのお茶会-2
「あの……少々よろしいでしょうか?」
お互いの呼び方でようやくの合意を得て──一部脅迫じみた事があった事は忘れる事にした──から、ミフィシーリアは今まで気になっていた事を、集まっている側妃たちに尋ねてみる事にした。
「皆様は、もうずっとシーク様とそ、その……夜の関係を続けてこられたのですよね?」
相変わらず顔を赤くしたまま尋ねる彼女に、他の側妃たちは笑顔で頷いた。
「そうですわね。シークさんが即位して……いえ、リィさん以外は即位前からシークさんと関係を持っていますわ」
側妃を代表してサリナがそう答える。
「それでは皆様、随分長い事シーク様と……つ、続いていらっしゃるわけですが……御子が一人も生まれていないのはなぜでしょう?」
『解放戦争』が終結してもう数年。それ以前から肉体的に結ばれてきたシークとアーシアたちの間に、一人も子供が生まれていない事が、ミフィシーリアはずっと疑問だったのだ。
普通なら、それだけの時間があれば一人ぐらいは生まれてきそうなものなのに。
「なぜ、と言われてもねぇ。こればっかりは運の良し悪しもあるしね」
「ええ、子供は授かり物です。産もうと思って産めるものではありませんしね」
「でも、ミフィちゃんの言う事も尤もだよね。そろそろ誰か一人ぐらい妊娠しても良さそうなものなのに」
リーナたちも改めて言われて疑問に思ったようだった。
その後、あれこれと推測してみるも、当然原因など判る筈もなく。
自分たちで考える事に限界を感じたリーナが、妥当な案を提示した。
「私たちでいくら考えても埓が明かないわ」
「リィの言う通りだね。じゃあ、どうするの?」
「簡単な事よ」
アーシアの問いかけに、リーナは腕を組んで自信満々に答える。
「私たちで判らなければ、判る者に聞けばいいのよ」
「それで僕が呼ばれたんだね……」
実姉に呼ばれ、慌てて駆けつけて来たジークントは、呼ばれた理由を聞くと見るからに脱力しながら呟いた。
「申し訳ありません、ジークント様。私が皆様におかしな事を尋ねたばかりに……お忙しかったのではないのですか?」
「いいえ、大丈夫ですよ、ミフィシーリア様。お気になさらず」
ぱたぱたと手を振りながら答えた弟に、その姉が面白くなさそうな視線を向けた。
「随分と私とミフィでは態度が違わない? あなたまさか、彼女に好意を持っているんじゃないでしょうね?」
「ば、馬鹿な事言わないでよ、姉さん! よりにもよって義兄さんの奥さんとも呼べるような人に、そんな想いを抱くわけないじゃないか!」
真っ赤になって必死に弁解するジークントに、リーナはあやしいわねと一言呟くと彼を呼びつけた理由について尋ねる。
「それで? 子供ができない事について、何か心当たりはある?」
「それはやっぱり、義兄さんの異能の力が強すぎるからじゃないかな?」
「異能?」
姉の聞き返しに、弟はそうだよと答える。
「理由は判っていないけど、異能持ちには子供ができにくいという説があるんだ。そして、その異能の力が強ければ強い程、子供ができにくいらしい」
ここまで言うと、ジークントはここからは僕の推測であり、確証を得ているわけではないと言い置いて先を続ける。
「異能は言ってみれば種としての突然変異なんだと思う。突然変異体は生殖能力が低い場合が多いからね」
「それは父親か母親、片方が異能持ちの場合でもそうなの?」
「うん。両親のうちどちらかが異能を持っていると、子供ができにくい場合が多いそうだよ」
「じゃあ──」
姉弟の会話を聞いていたアーシアが、サリナとマイリーに視線を向けた。
「両親共異能を持っていた場合、子供ができる確率はもっと下がっちゃうの?」
「アーシィ義姉さんの言う通り。両親共異能を持っていた場合、子供ができる確立は更に下がるそうだよ。そして、これが義兄さんと義姉さんたちの間にいまだに子供ができていない最大の理由だと僕は思う」
ジークントは一度側妃たちを順に見回すと、改めて言葉を続ける。
「義兄さんの異能は極めて強力だ。そして只でさえ強力な異能を二つも抱えている。アーシィ義姉さんとマリィ義姉さんの異能も、義兄さん程ではないにしろ力の強い異能だしね。正直言わせて貰うと、僕はアーシィ義姉さんとマリィ義姉さん、そしてサリィ義姉さんには子供ができる確立は極めて低いと思っている」
ジークントの言葉に、アーシアとサリナ、そしてマイリーの表情が目に見えて曇る。
やはり一人の女性として、愛する者との間に子供ができないという事実は大きな衝撃のようだった。
だが、ここに一人、別の事に衝撃を受けている者がいた。
「あ、あの……今のジークント様の言い方だと、もしかしてサリナ──」
言葉の途中でサリナから鋭い視線を向けられたミフィシーリアは、慌てて言い直す。
「──サリィさんも、異能を持っているように聞こえたのですが……?」
「ええ。わたくしも異能持ちですわ。言っていませんでしたか?」
「は、はい。初耳です……」
アーシアの『癒し』の異能は広く有名だし、マイリーの異能は先日聞いた。だが、サリナまでもが異能を持っているとは思いもしなかったミフィシーリアである。
「わたくしの異能は、アーシィやマリィのような目に見えて強力なものではありませんから」
「でも、サリィの異能はとても重宝したよね。特に『解放戦争』中は」
どこか懐かしそうに告げたアーシアの言葉に、サリナとマイリーは揃って頷く。
ここまで話を聞かされると、当然気になるのはサリナの異能の種類である。
その思いが顔に出ていたのか、サリナはミフィシーリアに向けてにっこりと微笑むと、己の異能の種類を明かした。
「わたくしの異能は『感応』……相手の思いを読み取る異能です」
「──それはつまり、心が読める……と?」
「いいえ、わたくしが読めるのは相手の表層の感情のみ……例えば、ミフィさんがわたくしに対して少し恐怖したのは判りましてよ」
淡々と告げたサリナの言葉に、ミフィシーリアは驚いて頭を下げた。
「も、申し訳ありません! わ、私……」
「気にしなくても構いませんわ。心を読めると聞いて恐怖しないわけがありませんもの。それに、今ミフィさんが本当にわたくしに対して申し訳ないと思っているのも伝わって来ましてよ?」
手にした扇で口元を隠し、楚々と笑うサリナ。
「安心してください、ミフィ。サリィの異能は誰彼構わず感情を読み取るのではなく、読もうとした相手の感情のみを読み取ります。それに、彼女のこの異能のおかげで、『カノルドス解放軍』は瓦解する事なく短時間で勝利する事ができたのですから」
マイリーの言葉から、ミフィシーリアは彼女の言わんとした事を理解した。
サリナの異能は、解放軍に入り込もうとした間者や、解放軍を裏切ろうとする離反者を容易に発見したのだろう。
間者や離反者は軍の瓦解を容易にする。ましてや、初期の『カノルドス解放軍』は単なる反乱軍に過ぎなかったのだ。間者や離反者は最も恐れる対象であっただろう。
「当時、庶民の参入者はともかく、貴族で我々に協力したいと言い出した連中の中には、少なくない旧貴族派の間者が紛れていました。そんな連中をいち早く見つけ出し、対応できたのは間違いなくサリィの異能のおかげです」
「判りましたマイリー……いえ、マリィさん。私はサリィさんを信じます」
そう言ってサリナに向かって微笑むミフィシーリアに、当のサリナは安堵の溜め息を吐いた。
サリナは実は恐れていたのだ。自分の異能の事を知った目の前の少女が、自分の事を恐れるようになるのではないかと。
自分が気に入った相手に恐れられるのは、やはり気分のいいものではない。
この少女なら自分の異能を知っても受け入れてくれるという思いはあったが、それでもやはり人の心はちょっとした事で変化する。それをよく判っているサリナだけに、この少女に恐れられるのがサリナには怖かったのだ。
だが、それも杞憂であった。
やはりこの少女は自分を受け入れてくれた。その安堵感がサリナの胸を一杯にする。
「ありがとう、ミフィさん」
だからサリナは改めてミフィシーリアに笑顔を向ける。自分を受け入れてくれた感謝と共に。
「あ、大変!」
その後は再び穏やかな雰囲気に戻り、それぞれお茶やお菓子を楽しんだ後。
そろそろこのお茶会もお開きにしようか、という時。
不意にリーナが声を上げた。
「私とした事が大事な用件を一つ忘れていたわ」
腰を上げかけた側妃たちが再び腰を落ち着け直したのを確認すると、リーナは一同を見回してから告げた。
「ミフィの側妃としてのお披露目の日取りが決定したのよ」
それを伝えるのを忘れていたわ、と続けたリーナ。
そして、アーシア、サリナ、マイリーは揃ってミフィシーリアに笑顔を向けた。
「おめでとう、ミフィちゃん。これで正式にミフィちゃんも私たちの仲間だね!」
「今後も何かあれば、遠慮なく頼ってくださって構いませんわよ?」
「そうですね。もう私たちは家族のようなものですから」
「そういう事ね。遠慮は無用よ」
それぞれに暖かい言葉を寄越してくれる側妃たちに、ミフィシーリアは感謝を込めて深々と頭を下げる。
「はい、皆様。これからも……いえ、これから、よろしくお願いします」
『辺境令嬢』更新しました。
えー、更新が遅れて申し訳ありません。俄に仕事が忙しくなって、取れる時間が少なくなってしまいまして……
申し訳ありませんが、11月一杯はこの調子のようなので、更新は週に一回ぐらいになります。
加えて、馬鹿な事にももう一本、新しい連載を始めてしまいました。『王子と付き合う魔法のコトバ』という現代高校生を主人公とした学園モノです。まだ1話しかありませんが、もし気になったら覗いてみてください。
では、しばらく少々更新のペースが落ちますが、よろしくお願いします。